TOKYO VENTURE CAPITAL HUB

「Tokyo Venture Capital Hub」は、日本経済においてどのような起爆剤になりうるか?——赤浦 徹・インキュベイトファンド 代表パートナー

麻布台ヒルズのガーデンプラザB 4階・5階に入居する「Tokyo Venture Capital Hub」は、ベンチャーキャピタル(以下VC)が集結する日本初の大規模拠点です。近年急速にコーポレートベンチャーキャピタル(以下CVC)や独立系VCが増えるなかで、ベンチャーキャピタリストや起業家などのプレイヤーが集う場は、日本経済においてどのような起爆剤になりうるのでしょうか。インキュベイトファンドのファウンダーとして日本のVCシーンを盛り上げてきた赤浦徹氏にうかがいます。

TEXT BY Shunta Ishigami
Portrait by Mie Morimoto

VCとしてゼロからインパクトを生み出すきっかけを

VCが集積する場となるTokyo Venture Capital Hubに欠かせない要素は、シンボルにふさわしい建物デザインであり、且つ低層で誰もが気軽に訪れることのできる場所であること。この2つの相反する要素を満たす唯一無二の場所として「ここしかない」と定まったことでプロジェクトは大きく推進した。

交流会 VC・CVC同士はもちろん、それぞれのVCが投資するスタートアップやARCH Toranomon Hillsに入居する大企業の新規事業部門などとの交流を通じて、有望な投資先やプロジェクトとの出会いの機会を提供します。

自分のキャリアはVCからはじまっています。就職活動の時は漠然と起業したいと思っていたんです。会社のつくり方もわからないなかで、まずは経営者に会える仕事に就こうと思い、1991年に現ジャフコ グループ株式会社に新卒で入社しました。そこでアメリカのVCを視察してきた先輩から現地の話を聞いて衝撃を受けたんです。アメリカのVCは日本と真逆で、すべて個人が動かしている。人に話を聞いたり本を読んだりするなかで、それまで日本にはなかったパートナーシップ制のVCをつくってみたいと考えるようになりました。

VCとして働きはじめて6年目くらいに人生のミッションを考えました。それは「21世紀のソニー、トヨタ、ホンダが生まれるきっかけをつくる」こと。当時の日本では先人達が世界を変えるほどのインパクトを生み出していました。そこで自分は本田宗一郎になるのではなく、VCとしてそういう人が生まれるきっかけをつくろうと決めました。少しでも、自分がいたことによって世の中が変わればいいなと思ったのです。


ランチをもって集まる情報交換「もくもくハブ」は、会員同士先進事例を報告しあったり、投資先スタートアップの事業紹介など、少人数ならではの交流が魅力。

そんな気持ちを持ち続けて30年弱、今ではスタートアップを取り巻く環境も変わりました。起業へチャレンジする若い方々は増えましたし、起業という選択肢は一般化しました。他方で、米国との差は依然として大きいままです。例えば、GAFAMはどれも創業期に米国のVCが関わっていて、GAFA4社と東証の時価総額は同じぐらいだと言われています。約30年前、世界の時価総額の上位50社のうち32社を日本企業が占めた時代もありましたが、今はそんなことはありません。米国ではVCが世界を代表する企業を生み出したのに、日本ではVCが機能を果たせなかったと言えます。もちろん日本のVCも成長してきていますが、再び日本が成長するためにはVCも力をつけていく必要があると思っています。

日本と米国の差が広がっている理由を考えると、日米でVCの位置づけが異なっている部分もあると思います。もともと日本はVCより銀行の存在感が大きく、かつては日本のメガバンクの仕組みが世界経済をリードしていたわけです。今後を考えるうえでは、単に日本のVCだけが突出して成長するのではなく、メガバンクとも協調しながら日本が世界をリードできるような仕組みをつくっていく必要があると思っています。

麻布台ヒルズをVCとアイデアが集結する場所に

今回麻布台ヒルズにつくられたTokyo Venture Capital Hubは、まさに日本のVCエコシステムを変えていくものと言えそうです。かつては存在しなかった独立系のVCが日本ではこの10年急速に増えていて、今では50ファームほどあると思います。こうした独立系VCが集積することはこれまでほとんどありませんでしたが、森ビルの方と相談していくなかで、Tokyo Venture Capital Hubの構想が生まれていきました。体制としては日本ベンチャーキャピタル協会の他、日本の名だたる独立系VCが15社入居しました。

また、日本の場合は大企業の存在も無視できません。多くの大企業が新規事業やイノベーションの創出のためにCVCをつくろうとしていて、現在は優に100社を超えるCVCが生まれていると言われます。これまで大企業は大手町エリアに、スタートアップは渋谷エリアに集まると言われていたのですが、最近はその中間にあたる虎ノ門に、イノベーションを志す大企業が集まるようになりました。そこからさらに渋谷へ近づく麻布台にVCが集積し、スタートアップやVC、大企業のイノベーション部隊、大企業が連なるような環境が生まれていくと思います。ある種、地域に集積するというのは、コミュニティを形成するうえでも、重要な要素なのではないかと思っています。米国では「サンドヒルロード」というエリアに多くのVCが集まっていますが、麻布台ヒルズは日本版サンドヒルロードになっていければいいなと思っています。私自身が港区のアークヒルズから活動を始めたこともあって、日本の独立系VCは港区から始まるという気持ちで取り組んでいます。

Tokyo Venture Capital Hubのなかでも集結することで生まれるインパクトがあると感じています。VCは横のつながりが強いですし、リスクを背負う必要があるからこそ、コミュニティが機能する必要性もある業界だと思います。

コロナ禍を経てリモートのコミュニケーションも一般化しましたが、対面で集まる価値は非常に大きいと思います。セレンディピティと言われるように、人が集まる場があると必然的な偶然が起きやすくなります。特に今回はVCファームはもちろんのこと、スタートアップが集まる施設もあるので、さまざまな人が集まりやすい空間になっています。

赤浦 徹|TOHRU AKAURA インキュベイトファンド 代表パートナー/1991年日本合同ファイナンス株式会社(現:ジャフコ グループ株式会社)入社、1999年10月VCとして独立開業、以来一貫して創業期に特化した投資育成事業を行う。2013年7月より一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会理事。2015年7月より常務理事、2017年7月より副会長、2019年7月より会長、2023年7月より特別顧問就任。ベンチャーキャピタルの振興を目指し、10年間にわたり「Tokyo Venture Capital Hub」の設立に尽力。

自分の経験を振り返っても、あの時ここで出会っていなかったら生まれていなかったと感じるビジネスもたくさんありますし、偶然の出会いを生むような場所は必要不可欠だと思っています。

アークヒルズを25年ほど前から借りていますが、森ビルの手掛けているものは、いつまでも古くならない。例えば六本木ヒルズは竣工から20年経っていますが、古くなるどころかどんどん進化しているような印象さえ受けます。港区からイノベーションを生み出していくうえでは、古くならずに進化し続けるようなエリアが赤坂や六本木、麻布台にあることは大きな刺激になりうると思いますし、VCやスタートアップが成長するうえでも相乗効果があるはずです。森ビルは、ある意味誰よりもベンチャー的でリスクテイカーだと思っています。麻布台ヒルズだって非常に地価の高いエリアに先鋭的なデザインの建物をつくって、さらにはVCを集めようとしているわけですから。日本を変えていこう、世界を変えていこうという志がないとこんなことはできません。

エコシステムの熱気を日本全国へ

VCは起業家を支える黒子のような存在とされていますが、麻布台では、イノベーションを創出するために主体的に情報発信していこうと思っています。

具体的には、Tokyo Venture Capital Hubで多くのイベントを実施していきます。実際にJVCA事務局も併設されていますが、JVCAはすでに年間50近いイベントを行っています。オフラインはもちろんのこと、オンラインも含めたハイブリッド形式のイベントも多いですし、勉強会やセミナーなどその内容もさまざまです。インキュベイトファンドとしてもイベントやコミュニティに強みをもっているので、どんどんイベントを増やしていくつもりです。黒子であるVCがイノベーションのきっかけをつくるための、セレンディピティの場をつくっていきたいです。

いま官民を問わず多くの方々が日本の将来に危機感をもっていて、東京都も積極的にスタートアップを重視した政策を取り入れようとしています。麻布台や虎ノ門に熱い意志をもった取り組みが集まっていくことで、その熱量が東京全体、ひいては日本全体へと広がっていくのではないかと思います。個人的にも、最近地方の方々から声をかけていただく機会が増えていますし、各地に東京の熱気が広がっている印象を受けています。アークヒルズや六本木ヒルズが進化しながら街の雰囲気を変えていったように、麻布台ヒルズから新しい世代をリードしていくような才能が増えていくといいですね。麻布台に尖った人が集まっていき、新たな文化が生まれていく。その文化が世の中全体にも大きなインパクトを与えていってほしいなと思います。もちろん、自分自身もその一員であり続けたいです。

Tokyo Venture Capital Hub


麻布台ヒルズに入居する、日本初の大規模なベンチャーキャピタル(VC)集積拠点。2023年11月に開業し、独立系VCや大企業のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)など約70社が集結するハブとして、スタートアップへの投資を促進し、投資家間の協力を強化する。施設内には、イベントスペースやラウンジ、サロンなどが備えられ、コミュニティマネージャーが常駐してネットワーキングを支援することで、スタートアップの成長と日本経済の活性化を図るエコシステムの中心地となっている。