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養生×バイタルデータの可能性——茅野市×ARCH Toranomon Hillsで目指す地方創生と健康経営

麻布台ヒルズや虎ノ門ヒルズなど大都市の街づくりで培ったノウハウを活かし、都市部と地域をつなぎ、地域の活性化にも様々な形で携わっている森ビル。長野県茅野市とのプロジェクトもその一環だ。茅野市は八ヶ岳や蓼科高原など自然環境に恵まれ、オンシーズンは観光地や別荘地として賑わいを見せる。その一方で人口減少や少子高齢化が進み、オフシーズンは閑散としがちだ。

2018年茅野市は森ビルの協力により茅野駅直結のコワーキング施設「ワークラボ八ヶ岳」をオープン。茅野市や地元の企業・団体は、虎ノ門地区のインキュベーション拠点「ARCH Toranomon Hills」に参画する大企業のアセットやテクノロジーとの共創を探り、ARCH Toranomon Hillsの参画企業は、豊かな自然に恵まれ、デジタル田園健康特区に指定されている茅野市の最新の取り組みや、地方都市が抱える課題を新規事業創出に活かすなど、2拠点間の連携や人的交流が進められている。

2021年からは、ビジネスパーソン向けのウェルネス体験・研修プログラム「ウェルネステレワーク」の実証実験がスタート。昨年12月13〜15日の3日間、白樺湖のほとりにある池ノ平ホテルにて実施したウェルネステレワークには、ウェルネス領域での新規事業に取り組む8社17名が参加した。プログラムの監修・講師を務める須田万勢医師、ウェルネスの計測デバイスを提供するセイコーエプソンの黒田真朗氏、プログラムに参加したロッテの小原裕平氏に話を伺った。

TEXT BY Kazuko Takahashi

一歩ホテルを出ると目の前に白樺湖が広がる

「養生」を通じてストレスをリセットし、
「余力」を生み出す

須田 ウェルネステレワークは、日本古来の「養生」の考え方をもとにした2泊3日の研修プログラムです。ビジネスパーソンは日々忙しく働く中で、知らず知らずのうちにストレスをためています。そのストレスを放っておかず、日々リセットして「余力」を生み出すというのが養生の考え方です。自然環境の良い場所で五感を解放しながら養生を体験することで、自分の心身にどのような変化があるのか、テレワークの生産性やパフォーマンスがどのように変わるのかを実感し、体験を持ち帰って日々の暮らしや業務に活かす、というところまでを視野に入れて設計しています。

須田万勢|Masei Suda 諏訪中央病院医師。神奈川県横浜市生まれ。2009年東京大学医学部卒業。以後、諏訪中央病院、聖路加国際病院で研修。2018年一般社団法人統合医療チームJIN設立。2019年長野県原村に移住。2021年長野県茅野市DXアーキテクト就任。photo by Ayako Mogi

小原 コロナウイルスの感染拡大をきっかけにテレワークが一般的になり、私が勤めるロッテもテレワークを取り入れた働き方に変わっています。そうした中でいかにして生産性を高めるか、社員一人一人が意識するようになりました。さらに私自身はヘルスケア領域の新規事業開発を担当しており、例えば、なぜ健康に良いとわかっていて行動に移せないのか、三日坊主で終わってしまうのかなど、ヘルスケア商品をサービスに落とし込むうえでの課題と日々向き合っています。ウェルネステレワークは、ヘルスケアへの行動変容が起こりやすくなるメカニズムを自分の心身で実感できるとともに、計測データを通じて重要なポイントを可視化できるように設計されています。そこが魅力だと感じて参加しました。

黒田 長野県諏訪市に本社を置くセイコーエプソンは、バイタルセンシングの技術開発に30年以上取り組んでいます。バイタルセンシングは、人の生命活動の証しであるバイタルサイン(生命兆候)をデバイスで計測する技術です。この技術により、健康市場における日常生活の歩数、消費カロリー、睡眠などのモニタリングや、ストレス、運動強度の可視化など、様々な価値提供を行っています。このバイタルセンシングを通してウェルネステレワークの肝となる「データドリブン」に貢献していきたいと考えています。

「食」「運動」「睡眠」「呼吸」「思考」の
5本柱で行動変容を促す

須田 プログラムの導入となるウェルネス講座では、養生の基本として「食」「運動」「睡眠」「呼吸」「思考」が大事であることと、この5本柱を具体的にどのように行ったら良いのかを説明します。養生はもともとは江戸時代の学者・貝原益軒が『養生訓』で著した思想ですが、ひたすらの節制を唱えるなど、現代人が継続的に行いにくい面もあります。そこでプログラムでは、継続できる「New養生」の3原則として、「データドリブン(測定機器により得られる客観的なデータを通して、自己への気付きを促す)」「『快』体験(心身が整った状態を実感できる。またその状態になりたいと思う)」「コーチ・伴走者(参加者がこの人に学びたいと思えるコーチをつける)」を掲げています。コーチ・伴走者は、私や黒田さんのほか、茅野市在住の地産地消料理研究家・健康管理士の中村恭子さんがウェルネス食の講座を担当しています。

センシングデバイスと心拍変動データを分析するアルゴリズムで集中度などの可視化が可能(技術検証用開発中モデル)

小原 プログラムのロケーションが白樺湖を望む自然豊かな場所だったので、到着早々からやはり気分が違いました。午前中に須田先生のウェルネス講座を受けたあとは、食事(通常食)、デスクワーク、散歩、体力測定、マインドフルネス講座、食事(通常食)、サウナという流れで初日を終えました。

黒田 体力測定では、体組成、瞬発筋力、持久力などを測定し、また、3日間を通してバイタルセンシングの計測デバイスを腕に装着していただきました。このデバイスが読み取る重要なデータとして、例えば交感神経指標(心拍数)・副交感神経指標(RMSSD)があります。

グラフでは、交感神経指標を赤色、副交感神経指標を青色で示しています。赤色は車で例えるとアクセル、青色はブレーキで、赤の値が優位なときは心拍数が高まったアクティブな状態、青の値が優位なときはリラックスした状態と言えます。小原さんの1日目のグラフを見ると、赤の線と青の線がかなり入り乱れていて、全体的には赤が優位、つまり1日中気を張っている状態です。これは特別なことではなく、毎日忙しく働くビジネスパーソンに多く見られる傾向です。

黒田真朗|Masao Kuroda セイコーエプソン 技術開発本部 技術開発戦略推進部 シニアスタッフ。静岡県浜松市生まれ。1998年セイコーエプソン入社後、ダイブコンピューター、活動量計といったウオッチ応用商品の開発に従事。新規事業プロジェクト、ウエアラブル機器開発を経て、現在は新規事業創出のため共創活動に従事。photo by Ayako Mogi

小原 須田先生のウェルネス講座を聞いた時点から赤が優位の状態がなだらかに続いていて、集中していたんだなと思います。意外だったのは、その集中した状態を維持してデスクワークに移行したつもりが、実際はそうではなかったこと。波形の乱れを見てそのことに気がついたので、リフレッシュするために白樺湖畔の散歩に出かけました。

須田 18時からのマインドフルネス講座は、5本柱の「呼吸」と「思考」を整える方法を学ぶ時間として用意しています。外部からの刺激によって高まる興奮や緊張をリセットし、自分の内部を見つめる時間を、瞑想などを通じて体験していただきました。

黒田 小原さんがマインドフルネス講座を受けたあとのグラフを見ると、青色が優位になっています。1日の疲れをリセットできている状態です。

そして2日目の朝のグラフからは、前日に比べてとてもリラックスした状態であることが読み取れます。

小原 実感としても、自宅での起床時よりリラックスしていました。部屋の窓から望む白樺湖のすばらしい景色の影響もあったと思います。

バイタルデータをもとに
集中力をセルフコントロール

須田 何時から働いて、何時から休んで、という1日の行動や時間配分は参加者ご自身で決めていただくプログラムですが、小原さんは2日目の朝にサウナに入っていますね。

車山や白樺湖を見ながら入ることができるサウナ

小原 はい。サウナの効果については、1日目に日本サウナ学会のメンバーでもある黒田さんからレクチャーを受けていたので、ぜひ自分で試してみたいと思っていました。サウナのあとは1時間余りデスクワークをし、そのあと一緒に参加した同僚と仕事の話をしながら湖畔を散歩しました。

黒田 そのときのグラフを見ると、サウナを出てリラックスした状態からワークの集中した状態にスムーズに切り替えられていることがわかります。サウナの計測データは「サウナ→水風呂→外気浴」を1セットとして心拍数の変化を見ていきますが、小原さんは朝のサウナを2セットに抑えました。3セットだったらリラックスし過ぎてワークに集中しづらかったかもしれないので、そこのセルフコントロールを上手にされたと思います。

須田 散歩の時間もうまく取っていますよね。私が勤務する諏訪中央病院には季節の花や草木を眺めることができるハーブガーデンがあり、リハビリをする患者さんがここを歩くのを楽しみにされています。自律神経を整えて治療や痛みのストレスをキャンセルする意味でも散歩は効果的で、健康な人にも同じことが言えると思います。特に日々忙しいビジネスパーソンは、黒田さんがおっしゃったように交感神経指標優位の状態が続きがちです。ワークの合間に適宜緊張を緩める行動を取ることで、クリエーティブなアイデアが浮かんだり、発想の転換ができたりということもあると思います。

黒田 散歩をしている間は心拍数が上がりますが、散歩を終えたあとは副交感神経指標が優位になる方が多く、5本柱の一つである「運動」が、アクティブ→リラックスのスイッチとして有効であることがデータからもわかります。

小原 2日目の昼食は、中村さんの指導のもとでウェルネス食をいただきました。事前の情報で「信じられないくらい量が少ない」と聞いていたのですが(笑)、自分は満足度が高かったです。

一汁一菜のウェルネス食

ウェルネス食の開発と食の講座を指導する、地産地消料理研究家の中村恭子氏

「一口30回咀嚼する」「一汁一菜」「食べ物の香り、味、食感などをじっくりと感じ取る」といった「養生食」のコンセプトが前日のマインドフルネス体験につながる感覚もあって、一つのアクティビティとして楽しめました。

黒田 急いで食べたりすると心拍数は急激に上昇しますが、小原さんが養生食を食べたときの上昇の仕方はとても緩やか。良い食べ方をしたことが伺えます。

須田 中村さんの講義を通じて、カロリー過多の食事とカロリーを抑えた食事とでは、そのあとのワークにおける記憶力や集中力がどう変わるのかなど、ウェルネス食のパフォーマンス向上効果についても学んでいただきました。

小原 2日目の13〜15時はデスクワークをしました。休憩を挟んだあとはラウンジに場所を変え、一緒にプロジェクトを進めている同僚と今後の事業計画についていろいろと話し合いました。このときの波形を前日の波形と比べると、気持ちの切り替えがはっきりできていることがわかります。デスクワークを1本調子で続けるのではなく、意識的に休憩を挟んだり環境を変えたりすることで、テンションをコントロールできた実感がありました。自分としては一つの発見でしたし、東京の日常生活においても心がけるようになりました。

小原裕平|Yuhei Kohara ロッテ 経営戦略部 事業開発課。岐阜県岐阜市生まれ。2014年ロッテ中央研究所に配属、国内外の商品開発を担当。2020年経営戦略部に異動。社内新規事業制度の運営と事業開発を推進。photo by Ayako Mogi

須田 初日のウェルネス講座では、「集中力が持続するのはだいたい45分」という話もさせていただきました。作業をし始めたときは体内でアドレナリンやドーパミンが分泌されて交感神経が高まり集中力がよく働くのですが、時間経過とともにストレスホルモンが分泌されて集中力が働かなくなっていきます。仕事の生産性を高めるうえでは、働き続けるよりも合間に散歩や環境の変化を挟んだ方がむしろ効果的です。しかも「なんとなく」ではなく、データで自己認識し、日常業務に活かしていくというのがウェルネステレワークの目的ですので、小原さんは非常に上手に実践されていると思います。

小原 養生の3原則の一つ「『快』体験」は、私にとってはサウナでした。サウナに入っているときの詳細なデータも興味深かったです。

黒田 先ほどもお話したようにサウナの計測データは「サウナ→水風呂→外気浴」を1セットとして心拍数の変化を見ていきます。ちなみにグラフでは水風呂の時間が5分になっていますが、サウナを出てから外気浴までの間を水風呂と定義しています。サウナに入ったときの典型的な心拍数の動きは、サウナに入った時点で急激に上昇し、水風呂を経て外気浴をする間に少しずつ落ち着いていきます。小原さんは1日目に3セット入っていますが、副交感神経指標のグラフを見ると、3セット目のあとに副交感神経指標がとても高まっています。つまり、眠りに入るのにとてもいいリラックスした状態です。

小原 サウナに3セット入るとかなりリラックス効果があるとわかり、それはデータドリブンならではの発見でした。それもあって、翌日の朝は2セットに抑えたんです。緩み過ぎてワークに支障が出るとまずいので(笑)

須田 サウナのリラックス効果は人によりけりで、私の場合はサウナは好きですが小原さんのグラフのようなカーブを描かないんです。最近は自宅にサウナを持つ人が増えていますが、本当に効果があるなら投資する価値があるわけで、そういったことを明らかにできるのもデータドリブンの強みだと思います。

黒田 睡眠の質もデータで明らかにしています。

小原さんの1日目は深い睡眠の時間がゼロですが、午前1〜4時まで“目覚め”を示す大きな体動はありませんし、レム睡眠の時間もあるので、睡眠の質としては悪くないと思います。2日目は1日目よりも「覚醒」の時間が多いですが、覚醒と言っても睡眠のレベルとしてはほぼ無意識の状態なので、この時間も眠れていたとは思います。午前4時頃に見られる体動は夢を見ていたのかもしれません。それ以外は目覚めるまでに大きな体動はないので、やはりきちんと眠れていたと思います。

小原 自分としては1日目も2日目も日常と変わらない眠り心地でした。普段身につけているデバイスでも深い睡眠の時間が短いというデータが出るので、納得感がありました。あと、1日目の方が眠りの質が安定していたのは、やはり寝る前のサウナが影響していたと思います。

地方創生と企業の健康経営の
両方に貢献していきたい

最終日には1on1で測定結果のフィードバックが行われる

黒田 プログラムの最終日には、参加者一人一人にバイタルセンシングの結果をフィードバックしました。一般論だと関心を持ちづらいですが、ご自身のデータなので皆さんとても納得感があったようです。

小原 参加者の皆さんには、ロッテの主力商品の一つであるガムのモニタリングにも協力していただきました。当社では、ガムを噛むことがリラックス効果や認知機能の向上に貢献することを研究結果として発表しています。色の変化で噛む力を数値化する「咀嚼チェックガム」と、その結果を簡単に評価できるアプリの運用も始めています。また、今回のウェルネステレワークではスイッチを入れるとき、反対にオフにするときなどシーンに合わせて選べるガムをガムバーとして導入して参加者の皆さんに試していただき、セイコーエプソンさんのデータとかけ合わせたところ、ガムを噛むことがリラックスにつながっている人と、逆にストレスに感じている人がいました。ヒアリングをしてみると、普段ガムを噛む習慣がある人にはリラックス効果があり、習慣がない人には効果が薄いことがわかりました。このギャップにこれまで注目してこなかったのは反省点であると同時に、とても意味のある発見でした。先ほど須田先生のお話にあったように、リラックス効果は人によりけり。「この方法は自分に向いていないのなら、あの方法はどうだろう」と、データをもとに建設的な行動につなげていけるのもこのプログラムの魅力ではないかと思います。

須田 ウェルネステレワークの目的の一つは、企業の健康経営に役立てていたたくことです。社員が心身の健康を害して離脱や退職してしまうのは企業にとって損失で、経営の維持・発展において健康経営は不可欠です。実際、健康診断やストレスチェックに力を入れる企業は増えています。ただ、病気になる手前での体調不良傾向の早期発見や具体的な介入は難しいというお悩みをよく耳にします。我々のデータドリブンの取り組みは、健康経営に投資する合理的な判断材料になります。それと同時に、心身のセルフマネジメントができる能力を企業研修の枠組みの中で育てていくことも重要だと考えています。

小原 須田先生からの医学的なインプット、中村さんからの食に関するインプット、バイタルセンシングデバイスからのデータのインプットなど、様々な角度からのインプットをベースにしながら、ワーク、散歩、サウナなど、自分のアウトプットの方法をいろいろと試し、そこで得られたデータを次のアウトプットに活かす。このサイクルを通じて、どう行動を変えれば集中力を意識的にコントロールできるかなどが見えてくるプログラムで、インプットだけで終わらないところがすごくいいですよね。

黒田 それはやはり、須田先生が提唱する養生のコンセプトが土台にしっかりあるので、一つ一つのインプットがピースとしてうまくはまるのだと思います。プログラムを通じて現代人にフィットする「New養生」が世の中に広まるといいなと思います。

左から、須田さん、黒田さん、小原さん。ARCH Toranomon Hillsにて。photo by Ayako Mogi

須田 「ウェルネス」や「ウェルビーイング」はある種のブームでありながら、どこか茫洋としています。黒田さんにおっしゃっていただいたように、「ウェルネステレワーク」では養生の考え方を軸とすることで、よりシャープなプログラムを提供できていると思いますし、いわゆる「ワーケーション」との差別化にもなっています。現在は実証実験を行っている段階ですが、今後は、地元である茅野市のプレイヤーを巻き込んで自立した事業へと発展させ、地方創生と企業の健康経営の両方に貢献していきたいですね。