ARCH PARTNERS TALK #18
建築業界の課題を解決する住宅の“完全ユニット化”に向け、トレーラーハウスプロジェクトが始動── YKK AP 東 克紀 × WiL 小松原威
大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの小松原威氏が、YKK APの東 克紀氏を迎え、同社の取り組みに迫った。
TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Koutarou Washizaki
高断熱とオフグリッドを実現する「CUBE BASE」
小松原 YKK APの新規事業というと、2016年にスタートした「未来窓プロジェクト」が印象的です。家電のコントロールなどができる「未来窓」や、AI機能を搭載した「未来ドア」はメディアでも話題となりました。そして今、新たなプロジェクトに取り組んでいると伺っています。
東 はい。住宅の完全ユニット化に向けた取組みの一つとして、高断熱のトレーラーハウス「CUBE BASE」を開発し、PoC(新たなアイデアやコンセプトの実現可能性や効果などについて検証すること)を重ねながら様々な利用価値を提案しています。
小松原 トレーラーハウスに着目した理由というのは?
東 建築業界は今、深刻な人手不足に直面しています。各工程の職人をはじめ、設計士や現場監督も不足しています。当社では、熟練した職人の手を借りなくても安定した品質の住宅を建てられるように、当社が「未来パネル」と呼んでいる、トリプルガラスの樹脂窓を装備したユニットパネルを研究しています。深刻な人手不足は今後も進むと考えており、工場生産の範囲をパネルからハコへと広げ、住宅の“完全ユニット化”を目指すべくカタチにしたのが木造トレーラーハウスCUBE BASEです。
小松原 なるほど。トレーラーハウスは日本ではあまり馴染みがありませんが、アメリカではトレーラーハウスを住居としている人たちが大勢います。
東 確かにアメリカでは多く普及しています。日本でも近年のグランピングブームに乗ってリゾート地を中心に少しずつ増えていますよね。ただ、一般的なトレーラーハウスとCUBE BASEでは品質が大きく違います。一般的なトレーラーハウスは断熱性に乏しく、日本の夏の暑さや冬の暑さにおいては四六時中エアコンをつけている必要があります。そのわりに思うように冷暖房が効かず、エアコンの騒音が気になって夜も眠れず、しかも電力消費が膨大、というケースが大半です。一方、未来パネルを用いたCUBE BASEは、北海道に建つ住宅と同等の断熱性能があり、真夏でも真冬でも快適に過ごすことができます。また、太陽光×蓄電の自給自足で電力をまかなうオフグリッドの環境で実証実験をしたところ、エネルギー消費は一般的なトレーラーハウスの約1/10でした。
小松原 オフグリッドで電力をまかなえると、それも大きな魅力になりますね。
東 CUBE BASEの特徴を活かした提案としては、建築基準法で建物が建てられない自然があふれる場所でのワーケションや福利厚生施設、グランピング施設、新鮮な魚や野菜の販売所を兼ねた養殖生け簀やLED野菜・果物栽培施設、農業体験・農家支援など農地再生・地域創生に向けた農泊施設、災害時の仮設住宅・避難所、災害時のEVステーション、工事や災害現場作業者のための快適な休憩・居住空間、地域プロジェクトなど宿泊施設がない地域での事務所兼滞在場所、イベントなどのVIP控え室やショップ、テレワーク施設、ドローン基地及び管理事務所などを想定しています。
小松原 いずれも移動が可能で建築基準法に縛られないトレーラーハウスだから実現できるアイデアです。
東 おっしゃる通りです。また、近年は建築資材の価格が軒並み上昇しており、地域の中小工務店は人材確保に加え、資材確保においても課題を抱えています。CUBE BASEはコンテナトレーラーと違って木造なので、役目を終えたら地域の大工さんがリフォームして新たな場所に移し、再利用していただけます。構造は住宅と同じなので、地域の職人さんを活用したり、国産木材を活用することで、国内の森林資源の循環にも貢献できると考えています。
ARCHの会員に提案したい「大人の林間学校」
小松原 オフグリッドの実証実験の他にはどのようなPoCを考えていますか?
東 愛媛県しまなみ海道の大三島にあるWAKKAさんにご賛同いただき、同地でCUBE BASEの展開を計画しています。目に海が広がるWAKKAの外観や内装はとてもおしゃれで、オーナーからはラグジュアリーな空間をCUBE BASEで実現してほしいとリクエストを受けています。
小松原 CUBE BASEの室内図面と、WAKKAの風景を含めたイメージ写真を拝見しましたが、めちゃめちゃ行ってみたいです。
東 ありがとうございます。CUBE BASEの開発は、自社では無理で、可動空間の活用を通じて地域創生に取り組んでいるエリアノ社と協力して行っています。エリアノは、トレーラーハウスの設計・製造・販売・設置、運営の他ナンバー取得などの諸手続きを担えるベンチャーです。彼らとは、他に山梨県で宿泊体験ができる可動型の住宅展示場を展開したいと考えており、そこの運営はエリアノのほか、古民家再生を通じて山梨移住を提案し、荒廃農地や空き家問題に取り組んでいるベンチャー・MEKIKI社にも担ってもらう計画です。そして一定期間が過ぎたら、CUBE BASEごと地域の工務店や移住者に還元していく。そうやって協業ベンチャーや地域の事業者のビジネスが回るような仕組みづくりにも取り組んでいます。
小松原 そうしたビジネスモデルも含めてCUBE BASEを見てみたい、泊まってみたいと思う企業人は多いのではないでしょうか。
東 実は、ARCHの会員企業に参画を呼びかけて、合宿型の集中ワーケーションをWAKKAで開催できないかと考えています。海に囲まれたワーキングスペースや、サイクリング、焚き火、バーベキューなど、精神的にも身体的にもリフレッシュできる空間を作り、コロナ禍で直接の対話がままならなかった各企業のメンバーに集まっていただき、ARCHのメンターもお迎えして、豊かな時間をともにしながら事業創造を目指すという構想です。私は勝手に「大人の林間学校」と名付けています(笑)
小松原 ARCHの活動にふさわしいアイデアですね。WiLのシリコンバレーオフィスは複数の日本企業から駐在員を受け入れているのですが、駐在員同士で声をかけ合って休日にキャンプに出かけたりしているんです。ですからとても共感します。
東 ARCHの会員企業の皆さんは目が肥えていますし、中には社長を連れて参加する企業も出てくるかもしれません。そうした方々に共感頂けるよう、緊張するくらいのラグジュアリー感のある空間を作りたいと思っています。
小松原 「緊張するくらいのラグジュアリー」というコンセプトがいいですね。ますます行ってみたいです。
東 ARCH会員の第一生命とJ-POWERがすでに協賛企業として手を挙げてくださっていて、両社と連携しながら参画企業を募ろうと思っています。目標は、全国各地で同様のプログラムを展開し、n数を増やすこと。地域にとっては、オフグリッドによる事業の実現、企業×地域による地域課題の解決、全国からの送客による地域活性や地方創生などにつながる取り組みなので、各地の自治体への呼びかけも進めています。最近では奄美大島も動き始めています。
新規事業は本業の課題解決が大前提
小松原 今までのお話は、本業とは関係ない“飛び地”の新規事業ではなく、完全に本業の先を見た取り組みですね。
東 それが大前提だと思っています。
小松原 サラッとおっしゃいましたが、本来は簡単なことではないと思います。本業に近いほど「あえて新規事業としてやる必要はない」となりがちで、本業から離れるほど「わけのわからないことをやって遊んでいる」と思われがちです。本業の課題解決を見据えて新規事業を創造するまでのストーリーがあまりにも完璧で、お見事だなと。
東 どんな新規事業でも最終的にYKK APの窓とドアが売れなければ意味がないと思っていて、そのスタンスは何を企画してもずっと変わっていません。
小松原 どうしてその軸をブラさずにいられるのでしょう。
東 会社には、好きなことをやらせてもらっているので、本業に貢献したいという思いは強いです。ただ、そこばかりに縛られてしまうと思い切った飛躍ができません。実際、飛躍できずに悩んでいる新規事業担当者もいます。ちなみに当社は、ロボットやドローンを活用した新規事業の創出も進めています。私はそのチームの一員ではないのですが、関係者に一つの案を提案しました。世の中には犬や猫が自由に出入りできるペットドアを作っています。この応用版として、4足歩行ロボットがセンサーでペットドアを出入りできるようにして、マンション1階に届いた荷物やデリバリー商品を上の階に運ばせたり、ゴミ出しをさせたりすれば、住民も出入りする業者も労力や作業時間の削減につながります。当社はセンサーつきのペットドアをマンションの全戸に採用してもらえ、窓とセット価格などにすれば、窓の採用にもつながります。
小松原 まさに窓とドアの売りにつながるアイデアですね。
東 エレベーターのないUR賃貸住宅などには高齢の住人も多いですから、ゴミ出しをロボットが代わってくれたらとても助かるはずです。宅配業者やデリバリー業者にとってもメリットが多いので、共同開発の可能性も探れるアイデアだと思います。
小松原 これまでのお話だけで、東さんが優れたアイデアマンであり、チャレンジャーであることが伺えます。若い頃からそういうタイプだったのですか?
東 どうでしょう。私は3人兄姉の末っ子で、上は弁護士と医者。私がいちばんデキが悪いんです(笑)。ただ、末っ子特有の要領の良さはあるかもしれませんね。あと、うちは母子家庭なのですが、母親は事業家で、最初は思い切った借金をして事業を興して軌道に乗せた人。その姿を見ているので、何でも思い切ってやってみようというマインドが自然と身についているのかもしれません。
小松原 なるほど。何でもやってみようという話で言うと、東さんは社外の活動も行っていますよね。
東 一般社団法人LIVING TECH協会の理事と、ワールドハウジングクラブ(WHC)の取締役を務めています。WHCは未来パネルなどを使って設計された「キットハウス」を販売しているほか、「HiL(HOME i LAND)」というバーチャルタウンをウエブ上に公開しています。HiLでは、キットハウスのCG画像や、YKK APがLIVING TECHとWHCと共働して真鶴に建てたスマートハウスの映像などを見ることができます。また、家の購入を考えている人と登録工務店をつなぐプラットフォームの役目も果たしています。
小松原 キットハウスが売れれば未来パネルなどが売れるわけですから、別会社とはいえ本業にしっかり結びついているんですね。
東 WHC は様々な業種業態が参加できるシェアビジネスの形を取っています。YKK APの本業につなげることが私の大事な仕事の一つだと思っています。
外部にネットワークを広げて突破口を探る
小松原 東さんのキャリアについてもう少し伺っていきたいのですが、新規事業に携わる以前は、どのような仕事に従事していたのですか?
東 私は建築科出身で、もともとは技術者として十数年商品開発に携わっていました。CADでバルコニーの図面を描いたりする仕事です。当時から自分が変わっていたのは、商品のデザインも営業も兼任していたんです。大企業ですから縦割り的なところがあって、技術者がデザインや営業の領域で仕事をするのは異例でした。
小松原 それは自分から望んで?
東 そうです。自分で開発したモノは自分でデザインして自分で売りたいと思っていたので。ですから販売されてから数カ月は営業と一緒にお客様のところに足を運んで商品を説明し、お客様からいろいろと話を聞き、次の開発に活かしていました。そうした中で「この商品はあの人に聞けば課題が見つかる」「あの工務店がいいと言ってくれればきっと売れる」といった関係性ができていきました。私にとって開発した商品は自分の子どもみたいなものなので、どう成長していくかをきちんと見届けたいわけです。
小松原 生み出しておしまいではなく、正しく育ていきたいという……
東 はい。企画もやると商品に愛情が持てるので、開発者はそこからかかわっていくべきだと思っています。
小松原 新規事業に携わるようになったのはどのような経緯で?
東 商品開発部で異端児的な動きをしていたので、いっそ社長のお膝元である経営企画のセクションで何かやってみないかと今の上司に呼んでもらえたんです。そうやってトップや上司が社内で自由に振る舞う私を生かしてくれて、予算を与えてくれたり、背後でサポートしてくれたから、新しいことをやってこられたんだと思います。
小松原 そして「未来窓プロジェクト」を始めたわけですね。
東 そうです。
小松原 ご苦労はなかったですか?
東 始めの2、3年は社内の理解を得るのに苦労しました。このままでは思うようなモノが作れないと考えたので、外部の力を借りることにしました。未来の体験を具現化するプロダクトやサービスを提供し、企業とのコラボも多く行っているPARTY社です。彼らと組んでからの開発のスピードは早かったですね。外部に気の合う仲間ができると、また新たなネットワークが広がります。今はそのサイクルがうまく回っています。
小松原 東さんのように外部とうまくつながれない人もいると思います。どうやってネットワークを広げたのですか?
東 こちらが出資する側なので、とりあえず話を聞いてもらえるということがあります。あとは、「東に案件を持っていけば、何かしら動いてくれる」という期待感を持ってもらう事と、自分に興味をもってもらう人間である事が重要だと思います。
小松原 なるほど。協業ベンチャーや地域事業者のビジネスがうまく回るようにという先ほどのお話に通じますね。ちなみに社内の理解を得るのに苦労したということですが、今はどうですか?
東 「未来窓」や「未来ドア」が話題を呼んだ事例もあるので、今は「今年はどんな面白いことをやっているの?」と周囲から聞いてもらえるようになりました。
小松原 すばらしい。そこにたどり着いたんですね。
東 ただそれは、自分の部署や仕事に関係のある情報が欲しいということで、必ずしも「いいネタをもらって新しいことをやりたい」という動きにはなっていません。こちらから新しいことをやろうと持ちかけても、持ちかけられた方にとっては面倒な仕事が増えるだけなので、尻込みされることの方が多いです。
小松原 新規事業をインキュベーションし、スケールし、既存の部署に渡すときにも起こりがちな話です。
東 はい。大企業の多くが抱えている課題だと思います。
小松原 YKK APの取り組みとして新たなトピックはありますか?
東 CUBE BASEは人手不足という本業の困りごとを解決するために開発したプロダクトです。そういう意味で言うと、アルミ製が多かった窓やドアに、樹脂などアルミ以外の素材も多く使うようになっており、YKK APが誇るアルミ加工の技術や製造設備の新たな活用法を探る必要が出てきています。その一つがアルミ膜構造です。短期で建設・解体が可能なアルミ膜構造の建築物は、近年注目されていて、よく知られているのがテスラのテキサス工場です。この公三であれば、解体後は更地になるので廃墟になることはありませんし、工場以外では災害時の活用なども考えられます。社会課題の解決にも寄与できる事業として研究が始まっています。
小松原 時代の潮流を捉えつつ、本業の困りごとを一つひとつ着実に新規事業の種にしているところにYKK APの強さを感じます。興味深いプロジェクトをいろいろとご紹介いただき、ありがとうございました。
小松原威|Takeshi Komatsubara
2005年に慶應義塾大学法学部卒業後、日立製作所、海外放浪を経て2008年SAPジャパンに入社。営業として主に製造業を担当。2015年よりシリコンバレーにあるSAP Labsに日本人として初めて赴任。デザイン思考を使った日本企業の組織/風土改革・イノベーション創出を支援。2018年にWiLに参画しLP Relation担当パートナーとして、大企業の変革・イノベーション創出支援、また海外投資先の日本進出支援を行う。
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