ARCH PARTNERS TALK #09

「スマートコントラクション」が世界の未来を変える──コマツ 冨樫良一 × WiL 小松原威

大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの小松原威氏が、コマツの冨樫良一氏を迎え、同社の取り組みに迫った。

TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Koutarou Washizaki

若いアイデアを活かすコマツのオープンイノベーション

小松原 冨樫さんと初めてお会いしたのは、私が前職SAPのシリコンバレーオフィスにいた頃ですよね。

冨樫 はい。コマツにCTO室が設立されたのが2014年で、その翌年だったと思います。

小松原 新技術の発掘をミッションとするCTO室の代表として、シリコンバレーによくいらしていて。シリコンバレーに常駐という形を取らないところがコマツのユニークなところです。

冨樫良一|Ryoichi Togashi コマツCTO室 Program Director。 1992年コマツ入社。新事業推進業務に従事。自走式破砕機、ハイブリッド油圧ショベルなどの設計開発を手がけたのち、オープンイノベーション推進業務を経て、2014年から現職。社外活動としては、研究産業・産業技術振興協会の研究開発マネジメント委員会委員長、高校生・高専生のための起業体験プログラムStartupBase-U18の審査員の他、2020年からはARCHのメンターを務める。

冨樫 そうですね。シリコンバレーに限らず、世界中で情報を集めています。

小松原 その成果について伺う前に、まずはコマツのオープンイノベーションの取り組みについて聞かせてください。御社は国内の製造業ではオープンイノベーションの先駆者です。冨樫さんもその一員として活躍されたと思います。

冨樫 私は1993年入社ですが、最初に配属されたのが新事業推進の部署だったんです。

小松原 最初から新事業だったんですね。それは希望して?

冨樫 はい。まだ世の中にないものを自分で設計して市場に問う、まさにものづくりの現場です。部員が30人に満たない部署でしたから、新製品の企画、設計、製造現場のフォロー、営業、納品、お客さまからのクレーム対応など、さまざまな業務に携わりました。

小松原 何から何まで(笑)

冨樫 はい(笑)。新入社員はお客さま対応が大切な仕事で、長い時は1カ月ほど納品先に詰めて対応します。すると改善点がわかってくるので、次のモデルチェンジの時には主要メンバーとして設計に携わることになります。 

小松原 若い社員でも第一線で活躍する機会が与えられるのですね。

冨樫 そうです。私の経験をお話すると、お客さまのニーズを受けて建機の部品改良を提案したことがありました。ところが規格を変えたくない部品メーカーが改良に応じてくれず、仕方がないので自分で部品の設計図を引いてメーカーを公募し、韓国のメーカーに切り替えました。若い私の提案を上司が支持してくれたから実現したことで、今思えばオープンイノベーションの走りだったと思います。

小松原 どんな建機を開発していたのですか?

冨樫 主に自走式破砕機の開発に携わりました。解体工事で生じたコンクリートの塊などを細かく粉砕し、同じ現場で再利用するための粉砕機です。

小松原 建材を再利用できるということは、環境に配慮した建機の走りでもあったのでは?

冨樫 おっしゃるとおりで、環境リサイクル機械というカテゴリーの商品であり、海外からも多くの注文がありました。そのため当時から世界各地を飛び回っていたんです。この自走式破砕機は2000年のシドニーオリンピックのスタジアム建設などにも活用されたので、その前年はほとんどオーストラリアにいました。

トップ管轄のCTO室が始動

小松原 新事業推進の部署にはどのくらい?

冨樫 15年ほどです。その後、大阪勤務を経て2012年に東京本社に呼び戻されました。当時の社長の野路國夫から、自前主義が強い会社の風土を改革し、社を挙げてオープンイノベーションに取り組むので、専務取締役の大橋徹二と世界がどのように動いているのかを見て回るようにと言われたのです。

小松原 大橋さんは2013年には社長に就任されましたが、2012年にこういった、いわゆる「見聞を広める活動」もされていたんですね。

冨樫 そうなんです。ですから2012年はシリコンバレーやイスラエルなどオープンイノベーションが進んでいる国々を大橋と一緒に回りました。大橋が社長に就任すると、野路は会長となり、経済同友会の科学技術・イノベーション委員会の委員長に就任しました。野路はこの委員会で、「民間主導型イノベーションを加速させるための23の方策」を発表しました。私も作成を手伝った提言で、「全世界視野での先端技術の探索」「自前主義からの脱却」「ベンチャー投資の促進」などを説く内容でした。

小松原 発表後の反響はいかがでしたか?

冨樫 政府を含めて各方面から大きな反響がありました。この提言には、「既存組織と切り離したトップ管轄の革新的商品開発チームを創設すべき」という内容もありました。そう提言したコマツみずから実践していこうと、2014年4月に発足したのがCTO室です。

小松原 コマツには以前から研究開発本部がありました。それとは別の組織を立ち上げたわけですね。既存事業である建機の研究開発は従来の研究開発本部で行い、新規事業の開発はCTO室で行っていく。つまり「知の深化」と「知の探索」という両利きの経営を本格始動させた。

冨樫 その通りです。とはいえCTO室の設立当初のメンバーは私1人でしたが(笑)

小松原 そうだったんですか(笑)

冨樫 ただ、最初の目標は明確でした。コマツの新たな柱となるコンセプト「スマートコントラクション」を打ち出すことです。スマートコントラクションは、建設生産プロセス全体のあらゆるデータをICTで有機的につなぐことで、測量から検査まで現場のすべてを「見える化」し、安全で生産性の高いスマートでクリーンな「未来の現場」を創造していくソリューションです。

小松原 今、建設現場はさまざまな課題を抱えていますからね。

冨樫 高齢労働者のリタイア、少子化や採用競争による若い労働者の不足、長時間労働の是正など、多くの課題を抱えています。スマートコントラクションは、こうした建設現場の諸課題の解決に向けた取り組みで、CTO室の設立早々、大橋から「来年1月にスマートコントラクションについて大々的にお客さまや報道向けに発表する。会場ももう予約済みだ」と言われたんです(笑)

小松原 すごい(笑)。まだ具体的な製品はなかったわけですよね。

冨樫 そうです(笑)。そこで早速検討を始めて、ドローンに着目しました。これまで手作業だった工事現場の地形の測量にドローンを活用できないかと考えたのです。2014年当時、ドローン研究といえばシリコンバレーが活況でしたので、8月からパートナー探しを開始しました。

スタートアップと長期的なビジョンを共有できるか

小松原 パートナーのあてはあったのですか?

冨樫 シリコンバレーと東京に拠点をおくベンチャーキャピタル、ドレイパーネクサスベンチャーズ(現・DNXベンチャーズ)の協力を得て、大学のドローン研究チームにアプローチしました。とても優れた技術を持っていたのですが、彼らはBtoCビジネスでスケールアップしたいと考えていて、うまく折り合えませんでした。でも、たまたまその場に居合わせた人が「BtoBならSkycatch社がいいんじゃないか」と教えてくれて、同社を紹介してもらいました。

小松原 Skycatch社といえば、ドローンを使った測量サービスで世界の先頭を走る会社ですが、当時の実績は?

冨樫 同社は当時、アップル新社屋の工事現場に技術を提供していました。アップルは環境意識が高く、資材の搬出入を工事現場内で循環させることを考えていました。そして、そのエビデンスを地域住民や株主に示すために、Skycatch社のドローン技術を用いて工事現場を撮影し、記録していたのです。

小松原 ドーナツ型で知られるあの新社屋ですね。その工事のサポートとなると実績は大きい。ただ、コマツとのビジネスとうまくかみ合うかどうかは別の話で、当時そのへんの交渉はどのように?

冨樫 Skycatch社に赴いてクリスチャン・サンズCEOと会い、建設現場が抱える課題について熱く語りました。高齢化や作業の効率化は世界共通の課題ですよねと。そうしたらとても共感してくれて、出会ってから1カ月程度で業務提携が決まりました。

小松原 日本の大企業は、組むべき相手かどうかの吟味に時間がかかったり、不確実性が少しでもあると決断できなかったりするところがとても多い。コマツはなぜスピード感をもって決断できるんでしょうか。

冨樫 旧来のやり方では時代の変化に対応できないというトップの強い思いがあるからだと思います。また、当社は「5ゲン主義」を徹底していて、つまり、現場に足を運び、現物・現実を確認し、原理・原則に即しているかを検証して手応えがあれば、不確実性があってもトライする企業文化があります。

小松原 なるほど。

冨樫 当時のSkycatch社との交渉においても、私の話を聞いた本社の役員がすぐにシリコンバレーの現場に飛んできて、現物・現実、原理・原則をふまえてゴーサインを出してくれました。コマツは役員のフットワークが非常に軽いんです。また、組む相手の技術が100%自社とマッチするものでなくても、一緒に高めていけばいいという考え方なので、それも決断の早さにつながっていると思います。

小松原 稟議を何回も経ないとトップに意見が届かないような組織だとなかなかそうはいきません。コマツは役員と社員の距離が近いですよね。

冨樫 それともう一つ、オープンイノベーションは組む相手に対して目先の成果を求めるだけではうまくいきません。長期的なビジョンを共有できるかどうかです。シリコンバレーのスタートアップにアプローチしている日本企業は当社に限りませんが、1、2度は相手が話を聞いてくれるものの、3度目から訪問を断られるところが多いと聞きます。

小松原 おっしゃる通りで、そういう企業をいくつも見てきました。

冨樫 なぜかというと、先方に「何度来ても同じ話しかしない」と思われているからなんですよね。相手が実力あるスタートアップであるほど、どれだけ発展性のある話ができるかが問われてくると思います。

小松原 今のご指摘は日本の大企業のオープンイノベーションを加速させるうえで非常に重要なポイントだと思います。

スマートコントラクションを進化させる新会社を設立

小松原 その後のスピードも速かったですよね。

冨樫 シリコンバレーのスタートアップはイノベーターに惜しみなく先行投資するので、優れた研究者がすぐに集まります。Skycatch社も同様で、優秀なメンバーが当社の目指すレベルまでドローン測量の精度を高めてくれました。その結果、複雑な地形においても誤差5センチ以内で測量できるようになりました。

小松原 すばらしい。何しろ発表する日は決まっていましたからね(笑)

冨樫 はい(笑)。予定通り発表の日を迎え、2015年2月1日からスマートコンストラクション推進本部が新設されました。以後、パートナー会社も増え、サービスは進化を続けており、測量だけでなく、刻々と変化する工事現場の状況や、現場で働く作業員の動き、建機の動きなどを最短20分で3次元データ化できるようになっています。現在1万9000を超える現場で導入されています。

小松原 土木の現場は、測量、土地の造成、基礎工事、施工、メンテナンスなどさまざまなプロセスがあり、それぞれを別の会社が請け負っています。中にはIT化が進んでいない中小の会社もたくさんあって、「雨が降って作業が遅れたのに電話がうまくつながらず、次の工程の業者が現場に来てしまった」といったことが当たり前にあったのではないでしょうか。

冨樫 そうですね。

小松原 そもそもコマツは、建機の情報を遠隔で確認できるシステム「コムトラックス」によって建設現場のICT化をけん引してきました。ただ、コムトラックスが追えたのは機械の稼働状況のみだったと思います。スマートコントラクションによって現場全体のあらゆる工程が追えるようになるわけですね。

冨樫 そうです。建機にGNSSや通信システムを搭載したコムトラックスは2001年から標準搭載を開始したものですが、これはすべて“自前”のシステムでした。自前開発ではリードタイム(商品の発注から納品に至るまでにかかる時間)の短縮に限界があるとしてオープンイノベーションを推進したことで、スマートコントラクションの取り組みが加速しました。一方で、ICT建機への買い換えが難しいお客さまもいます。

小松原 大きな課題ですよね。ICT建機がなければスマートコントラクションは実現できませんから。

冨樫 はい。そこで、従来型の建機にもICT機能を後付けできる「スマートコントラクション・レトロフィットキット」を開発し、2020年4月から販売を開始しました。価格は70万円ほど。世界中の建設現場のDXに貢献するため、どのメーカーの建機にも装着できるキットです。このキットをつけた建機が1台でもある現場はスマートコントラクションが実現します。

小松原 昨年は新会社EARTHBRAIN(アースブレーン)を設立されました。

冨樫 NTTドコモ、ソニーセミコンダクタソリューションズ、野村総合研究所と共同で、建設現場でのDXを目指す会社です。

小松原 しかも資本金は約150億円。国内では異例の規模です。

冨樫 EARTHBRAINは、建設生産プロセスのデジタル革命を国内外で加速させていきます。スマートコントラクションがうまく機能すれば、例えば1カ月かかっていた工事が2週間で終わる。工期が半減すれば、建設現場で排出されるCO2も半減できます。

小松原 世界規模、地球規模の課題解決に挑んでいることになりますね。すばらしいと思います。

建設生産プロセスのデジタル革命を世界に広める

小松原 現代社会が抱えるさまざまな課題の解決に貢献するスマートコントラクション。だからこそビジョンを広める必要がありますね。

冨樫 その通りです。そこで、毎年複数のテーマで動画を制作し、社内外に発信しています。

小松原 動画だと未来像をイメージしやすいですよね。

冨樫 そうなんです。動画はディスカッションの導火線であり、見た人の潜在能力を引き出すトリガーです。オープンイノベーションを一緒にやりたいスタートアップにも必ず見てもらっています。

小松原 なるほど。冨樫さんはサラリーマンでありながら考え方は起業家みたいですね。そういう人材を育てたい企業は多いと思います。どうやったら冨樫さんみたいな人を育成できると思いますか? 「冨樫さんのつくり方」をご伝授ください(笑)

冨樫 これはコマツの社風と言えると思いますが、失敗しても、そのあとのリカバリーができればいいという発想なんです。ですから、失敗を許す、許さないというよりも、失敗されることを怖れずにチャレンジさせることが大事ではないでしょうか。私自身、自由にチャレンジさせてもらっています。

小松原 冨樫さんはARCHのメンターとしても活躍されています。

冨樫 ARCHは他企業の皆さんと自由闊達な意見交換ができる貴重な場です。シリコンバレーのような雰囲気がありますよね。霞ヶ関の省庁と連携して事業を進めていくという点で、虎ノ門という立地も魅力です。CTO室のメンバー、特に若手にはARCHの利用を勧めています。新技術の発掘は感度が命。コロナ禍で海外での活動が思うようにできなくてもARCHに来れば何かしらの刺激があると思いますから。

小松原 会員にとっては冨樫さんの存在が刺激になっていると思います。

冨樫 そうだとうれしいですね。ARCHの皆さんと思いを共有し、日本をいい方向に変えていけたらと思います。

 

profile

小松原威|Takeshi Komatsubara
2005年に慶應義塾大学法学部卒業後、日立製作所、海外放浪を経て2008年SAPジャパンに入社。営業として主に製造業を担当。2015年よりシリコンバレーにあるSAP Labsに日本人として初めて赴任。デザイン思考を使った日本企業の組織/風土改革・イノベーション創出を支援。2018年にWiLに参画しLP Relation担当パートナーとして、大企業の変革・イノベーション創出支援、また海外投資先の日本進出支援を行う。

ARCHは、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、さまざまな産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階