2020年、デンマーク最大の国立病院の新北棟が完成した。「ヒーリング建築」をコンセプトに、ユニークな外観と大きな窓、オラファー・エリアソンをはじめとするデンマークを代表するアーティストによるアート作品などが、患者や家族、スタッフに寄り添う。完成から2年、コロナ禍を経た北棟について広報担当者に聞いた。
TEXT BY Chieko Tomita
PHOTO BY Adam Mørk
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
ジグザグ型が廊下と病室を分断する
「明るく親しみやすく、居心地のよい病院であることが、内外ともに認識されやすいこと」をコンセプトに、デンマーク国立病院「リゥスホスピタル」の北棟プロジェクトがスタートしたのは、2013年。病院側から具体的に、大きな窓やインテリアの色使いで明るい雰囲気を保ち、院内の機能を隠すことなく、フレキシブルに対応できることなど、多くの細かい条件が挙げられた。
7チームが参加したコンペを経て、V字型を並べたインパクトのある建物を提案した「3xn」をメインに、北欧の3つの建築事務所が関わる協働プロジェクトとして進められ、2020年に完成した。2021年のヨーロッパ・ヘルスケアデザイン賞を受賞し、国内外から視察の問い合わせが後を絶たないという。
3xnといえば、国内では、教室のない学校や円盤型の水族館、海外ではスイスのIOC本部など、ユニークな建築で知られるが、北棟は、心電図をヒントにしたV字型を並べたジグザグ型が特徴だ。この構造により、病院スタッフの歩行距離が最小限に抑えられ、病室が廊下と分断されているため、患者はスタッフの活動の喧騒から切り離され、治療や静養に専念できるという。
オリジナルのアート作品がもたらす、癒し効果
地上8階、面積54,000㎡、209病室(個室196室を含む)、33手術室、ICU、会議室、研究室などを集結した北棟では、脳外科から骨折まで幅広い治療が行われ、およそ1,500人のスタッフが働く。その建物に足を踏み入れて驚くのはその明るさ。吹き抜けの空間に大きな窓から自然光がふんだんに差し込んでいるからだ。光に反射するように動く、25mのオラファー・エリアソンのモビールアート、螺旋階段横の壁一面に優しい色合いのアート作品が飾られ、伝統的で無機質な病院にはない、優しくソフトな雰囲気を醸し出している。
「多くの人にとって、病院訪問は楽しいことではありません。そんな気持ちを少しでも和らげるため、明るい空間と、優しい色合いのアート作品は欠かせません」と、広報担当者のヤコブ・グルンルーブ・オーン氏は話す。北棟には、他にもデンマークを代表するアーティストたちによるオリジナル作品が飾られているが、そのプロセスについてオーン氏に聞いた。
「アートのスペシャリストのアドバイスで、アーティストを厳選しました。各アーティストには、作品を展示する病院のエリアを割り当てましたが、多くの人がアートの恩恵を受けられるような共有エリアに限りました。作品については、病院という空間を配慮し、強い色を使用せず、挑発的にならないことを条件に、自由に創作してもらうよう依頼しました。結果的に、患者、家族、スタッフのために、素晴らしいオリジナルのアート作品を展示することができました」
オーン氏によると、今回のような長期にわたる建築プロジェクトの場合、物価の変動などで当初より予算がオーバーしがちで、アートや家具などの備品が真っ先に削られる例が多いが、それを避けるため、あらかじめ余裕のある予算が計上されていたという。アート作品は中からだけでなく大きな窓を通して外からもよく見えるから、通行人の目も和ませてくれる。
患者や家族、スタッフにとって最適な環境とは?
1階の受付から始まり、4階までは検査室、外来診察室、会議室、手術室などがあり、5階以上が病室だ。レイアウトが似ているため患者や家族が迷わないよう、各階ごとにドアやフロアは同じ色あいで統一されている。病室にはデザイン家具が置かれ、自然光が入る大きな窓から隣接する広大な公園の緑が見える。患者はよい環境で治療や療養に集中できるし、見舞いに訪れる家族を励ます効果も期待されている。
2箇所にある螺旋階段は段差が緩やかで、全体を覆うような手すりが付けられている。これは術後患者がリハビリの一環として、安全に階段を上り下りできるよう設置された。デンマークでは医療費は全額税金で賄われているため、患者の入院期間を短縮する傾向があり、医師の判断にもよるとはいえ、患者は積極的に身体を動かし、早期の回復、退院に向かって励むことが推進されているからだ。
また、大きな窓から自然光をとりいれることで、人工的な光源の節約に貢献している。ファサードに使われている自然石は、本館より明るいトーンのタイプを選び、日中の自然光の変化で建物が活気に満ちて見える効果を狙っている。
未来の変化に対応するフレキシビリティ
北棟は、患者や家族に優しい環境に加えて病院としての機能に関しては、1970年代に建てられた本館での経験を踏まえ、最も大きく改良されたのは、フレキシビリティだという。2020年1月の開館後、デンマークはコロナのパンデミックを経験したが、その際はどうだったろうか?
「パンデミック時には、2週間で約100台のコロナ患者用の特別なベッドをすばやく用意する必要があり、スタッフの対応や病院の機能の一部が変更されました。たとえば、病床エリア、個室、手術室、オフィスセクションなどですが、全てが標準化されているため、比較的容易に進められました。私たちの明確な見解は、建設が高品質で行われ、標準化されているという理由だけで、病院は新しい治療要件に対してもフレキシブルな対応が可能であるということです」と、オーン氏は話す。標準化とは、シンプルなコンセプトでデザインされているから、未来のニーズにも対応する空間が提供できているということだ。
インパクトのある建物ながら、そこからは開放感、透明性、安全性が伝わる。加えて、持続性があり、将来の病院機能に対応するフレキシビリティがある。ユニークな外観なのに、圧迫感がなく、周辺環境にしっくりと馴染んでいる。まさに、ヒーリング建築と呼ぶにふさわしい北棟は、人々に寄り添う未来型の病院のモデルケースとなるに違いない。
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