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学問という未知——ICF2021ファシリテーター5名に聞く〈3/3〉

2021年11月25日(木)にアカデミーヒルズで開催される「Innovative City Forum 2021(以下、ICF2021)」リアルセッション。エマニュエル・トッドのキーノートののち行なわれる「原点からの問題提起」をテーマとした分科会では、働く、学び、信用、都市、経済、観光の6分野で議論が行なわれる。HILLS LIFE DAILYでは、分科会でファシリテーターをつとめる5名の有識者に3つの問いを送付、ICF2021への意気込みを聞いた。第3回は「学問」について。アカデミアとの向き合い方を尋ねた。

Edit by SHINYA YASHIRO

Q:学問がもつ「価値」とは?
 
学問にどのような価値を求めるべきだと思いますか? ICFでは例年キーノートスピーカーを海外のアカデミアから迎え、各セッションにも多様な分野から研究者に登壇いただくなど、学問の視点から議論を行なうことを重視してきました。インターネット、スマートフォンが普及し簡易に取得できる情報が増えるなかで、先行研究の精査から新しい言説を生む学問の価値は相対的に高まりつつあります。ただし経済的なシュリンクが進み、SNSでの「バズ」が優先されるなかで、学問を「非効率的」であるとする見方も少なくはありません。新しい未来を考えるうえで、われわれは「学問」とどう向き合うべきなのでしょう。

 

❶ 蓄積から限界を乗り越える——川口大司

東京大学 公共政策大学院 / 大学院経済学研究科 教授
担当セッション● 働くの未来像 ~「働く」とは何か?リモートワークがもたらす社会の変容~

継承と革新です。学問にはそれぞれの分野の蓄積があり、その発展を一つの文脈で理解し現在までの到達点と限界を明らかにし、そのうえで限界を乗り越える革新的思考をすることが求められます。ある言説が単なる思い付きなのか真に革新的なのかを分けるのは、それまでのその問題に対する先人の取り組みを踏まえたものであるかどうかに依存します。

そのため真に革新的な言説を展開しようとすれば、論理的・実証的な厳密性が求められるのは当然のこととして、その分野についての相当の知識の蓄積が必要になります。これは日々の会話の中でも会話の流れを踏まえた発言が場の雰囲気を盛り上げるのと同じことです。自分が思いついたくらいのことは、先人がすでに考えているはずだと考える謙虚さをもって学問と向き合うことが必要でしょう。

 

❷ 歴史のもつタイムスパンと濃度——小池藍

GO FUND, LLP 代表パートナー / 京都芸術大学 専任講師
担当セッション● 信用の未来像~アートと市場と共感の新たな関係~

学問の価値は「歴史に何を残すかを決める」ところにあると考える。SNSなどの普及で誰もが世の中に向けて発言をできるようになった今、一つの事象について瞬間的に議論が燃え上がっては消える、を繰り返す中で、物事に対する深い議論がなされているとは考えづらい。

専門家による取捨選択やキュレーションを入れることにより、ある分野において、どの事象に注目し、残すことがその後のためになるのか、という視点が加わり、また、議論を専門家も交えて行うことができるため、それは必然的に深くなるはずだ。薄いニュースばかりでは歴史は紡がれない。学問は見ている時間軸も異なり、また、歴史を残すという目的があるため、その重要性は消えることがない。

 

❸ 本質を美しく抽出する——太刀川英輔

NOSIGNER代表 / デザインストラテジスト
担当セッション● 学びの未来像~これからの社会に求められるクリエイティビティとは何か?~

学問が弱体化した一つの原因は専門分化が進みすぎたからではないでしょうか。研究分野が細分化しそれぞれの専門で先鋭的な研究が行われましたが、それがどのように社会と接点を持つかを明確に示し、社会の変化を促せる学問はもはや少なくなったのではないでしょうか。逆にノーベル賞を今年受賞した真鍋淑郎先生の気候モデルによる研究がそうだったように、社会との関係が明確に示せている学問は今でも輝きを失っていません。こうした研究から得られたデータをグレタ・トゥーンベリさんが気候変動へのアクションでインターネット上のミームとして拡散したように、現在では刹那的なSNSの情報と本質的な学術情報が1つの流れとして語られるときに、どちらの言説も初めて力を持つのだと思います。

学問を探求するための科学的手法の中には、私たちが新たな課題を認識したり、現在までの文脈を把握したり、その上で未来の軸線を示す知恵が詰まっています。そして優れた研究は往々に「領域越境」「新たな視点」「コンセプト化」「モデル化」「可視化」を備えており、多分にデザイン的でもあるのです。

ダヴィンチやヘッケル、フラーは言わずもがなですが、かつて数千年単位でサイエンスとデザインが一緒だった頃には難しい学問から本質をコンセプト化・モデル化して美的に抽出し、美しくビジュアライズするのは当然のことでした。しかしこの数十年、今やほとんどの科学者がパワポしか使っていないことに危機感を感じます。それは本質的エッセンスを美しく抽出する能力が今の科学者から失われたということだからです。今こそ科学者はデザイン的なリテラシーを持って本質を美しく抽出して示すデザイン力を持って欲しいと願っています。

 

❹ 豊饒な世界を映し出す——塚田有那

編集者 / キュレーター
担当セッション● 観光の未来像~体験価値と消費の新たな関係~

学問とは、人間の根源的な探究心を支えるものであり、この豊穣な世界をあらゆる角度からさらに豊かに映し出す万華鏡のようなものだと思っています。しかし短期的な視野での実用性や有用性ばかりが求められる従来型の日本の教育では、学問が本来持つクリエイティビティが見過ごされ、文化やリベラルアーツへの価値がおざなりにされてきました。学問は楽しむものであり、この世界をあそぶためのツールとして向き合えば、いつでも未来が楽しくなると思います。

 

❺ 未知の知を生み出す——葉村真樹

ボストン コンサルティング グループ(BCG)パートナー&アソシエイト・ディレクター
担当セッション● 都市の未来像~距離と密度の価値の再定義~

「学問」は、「すでにある知を身につけること」ではありません。確かに、手元の端末から検索エンジンでアーカイブ情報にアクセスしたり、SNSでのフロー情報を適宜得ていくことで、すでにある知を効率よく身につけることは容易になりました。しかし「学問」とは、「これまで誰も見たことのない知を生み出す」ことであり、そのためになされるあらゆる所為であり、その価値と必要性はますます高まっていると考えます。

しかし「これまで誰も見たことのない知」を生み出すことは簡単ではありません。容易に取得可能になった「すでにある知」を組み合わせることで「これまで誰も見たことのない知」を生み出すためには、あらゆる「すでにある知」を「メタ化」できる能力が必要となります。

日本はこれまで、一つの分野を掘り込んで「持続的イノベーション」を追求すれば国際競争に勝ってきました。しかし、近年の「破壊的イノベーション」の多くは学問の壁を越えた学びからもたらされています。これは、最近のノーベル賞受賞者の研究領域を見ても分かるでしょう。

そして、彼らの多くがまさに「メタ化」できる能力と、その能力を最大限発揮する環境に恵まれたというのは偶然ではありません。大きくは「理系」「文系」という枠組みに始まり、「学問」の世界は様々な既成のサイロで自己を押し込んでいる状況ですが、まずはここを破壊し、より多くの「すでにある知」を幅広く、より多く取得し、視野を広げ、思考することが重要と考えます。


● ICF2021ファシリテーター5名に聞く[全3回]
 
Q1:いま求められているイノベーションとは?
 
Q2:あなたが考える「オルタナティブ」を教えてください

INNOVATIVE CITY FORUM 2021
会期 11月22日(月)〜25日(木) 全セッション オンライン視聴無料(日英同時通訳付)※申し込みはこちらから! ※11月25日の会場参加はご招待者様限定です 会場 六本木アカデミーヒルズ(六本木ヒルズ森タワー49階) 主催 森記念財団都市戦略研究所、森美術館、アカデミーヒルズ