A Foundation for the Future: Technology Meets Beauty with Sustainability
海藻が廃水を浄化するパネル〈インダス〉。輝く可能性を発掘した背景とは?
微細藻類の力によって廃水から有害物質を除去する〈インダス〉が今、大きな注目を集めている。若き建築家が発案・開発したこのパネルは、一体どんなものなのか?
INTERVIEW BY David G. Imber
TEXT BY Mika Yoshida
EDITOR Kazumi Yamamoto
PHOTO Courtesy: induswater.co , artsfoundation.co.uk
末広がりのフォルムがイチョウの葉を連想させる〈インダス〉には、葉脈のように細い溝が一面広がっている。溝に敷かれたジェルの緑色はマイクロアルジェ(微細藻類)だ。ここに廃水が流れると、マイクロアルジェが光合成することで有害成分が吸着される。自然の力で廃水を浄化するパネル〈インダス〉を発案・開発したのはシュニール・マリク。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)在籍の建築家/バイオデザイン・リサーチャーだ。
新進気鋭のアーティストやクリエイターを支援する財団「ジ・アーツ・ファウンデーション」が、2021年度・未来アワード賞のマテリアル・イノベーション部門で最優秀賞に選んだのがマリクの〈インダス〉である。高い評価を得ているのは、有機的に浄水できるからだけではない。まずは〈インダス〉誕生のきっかけから説明しよう。
インドで水資源の有効活用を
それは2017年、生物学者とバイオケミカル・エンジニアと共にマリクがインドのコルカタを訪れた時にさかのぼる。インドの水の70%は廃水で汚染されており、その40%が手工業の職人由来だ。布地や皮革の染色、装飾品作りなどの職人は仕事で出た廃水をそのまま地面や川に流してしまう。当然ながら健康被害や劣悪な生活環境など深刻な問題に直結し、政府も未処理産業廃水の投棄禁止とのお触れは出すが、一向に効果はない。西欧の浄水装置は彼らには高価過ぎるうえ、技術に対応できず、そもそも設置する場所すらないからだ。2050年までに世界人口の18%を占めると言われているインドだが、廃水再生率は世界全体のわずか4%。布の染色だけでも従事者の数は3,500万人。一日に出る廃水は、実に39億リットルというから凄まじい。
切羽詰まった状況を目の当たりにしたマリク達。新たなデザインを使った地元主体の取り組みができないだろうか? と導き出したのが〈インダス〉。「マイクロアルジェを敷き詰め、廃水が通過する間に光合成によって有害物質を取り除く」パネルである。素材はインドの現地で調達できる粘土やラテライト(紅土)。焼き物も当地で継承されてきた伝統文化のひとつだ。UCLにあるマリクのスタジオでデジタル制作した型を使い、インドの職人がパネルを一枚一枚こしらえる。パネルは何枚も組み合わせられるモジュールだ。設置場所のサイズや排水量に合わせ、面積を自由自在に変えられる。地元で無理なく手に入る材料を使い、地元の手でつくる。審美性にも長けている点に注目したい。〈インダス〉と協働したいと名乗りを挙げる会社も続々登場した。製造業のプロセスを改善し、循環エコノミーを目指したいと言うのだ。
シュニール・マリクに話を聞いた。「葉脈のような模様は、水の流れや表面とボリュームの最適な割合を追求し、アルゴリズムで生み出された機能性のたまものです。同時に、UCLバイオインテグレイテッド・デザインラボの私たち〈インダス〉チームにとって懸案事項である、社会や文化、人間のふるまいやアイデンティティとも深く結びついているのです。
気候変動の問題、ことに水資源の危機に面する今、最も重要なのは自然資源との関わり方を根底から見つめ直し、いかに足元から水質改善に取り組むかと自分に問うことです。バイオロジーとデザインを掛け合わせることで、人の行動や消費活動、そしてリサイクルへのこれまでにないやり方を少しずつ取り入れてもらえるのではないだろうか、と常に考えます。〈インダス〉は装飾的な要素も強く、視覚的にアピールします。廃水の浄化、メンテナンス、少人数の共同体でも利用できる新しい手法、といった要素を見映え良く伝えることができるのです。通常そうした要素は人の目から隠され、どこか後ろ暗いイメージがつきまといます。そこを〈インダス〉の高い審美性により、文化に深く根ざしたコミュニティのアイデンティティとして転換させ、エシカルでエコロジカルに水を再生することを自分たちの誇りとし、広く世界に発信してもらいたいのです」。
模様もコミュニティごとに固有のデザインにすることで、アイデンティティもより強まる。また、廃水を浄化した後に残るカドミニウムやニッケルなどの重金属も、再利用を目指すという。ただしそこはまだ研究段階で、実用化は今後の課題です、と語る。
若い才能を発掘、支援する財団の姿勢とは
すべては緻密なリサーチと、異分野の仲間たちとの協働体制から。
ちなみに「ジ・アーツ・ファウンデーション」財団の未来アワード賞のカテゴリーはアート・文学・クラフト・デザイン・映像と幅広い。いずれも公募はせず、財団の関係者や理事たちが常に新しい動向に目を光らせ、確かな人々からの情報を吟味し続ける。各カテゴリーで毎年16人ほどの候補を選び、二次選考で4名、最終選考で1名に絞り込む。最優秀受賞者には1万ポンド、二次に残った3名には1,000ポンドの賞金が授与される。
〈インダス〉が受賞したマテリアル・イノベーション部門は2013年頃に加わった新部門だ。財団理事の一人で、テキスタイルのデザインスタジオのクリエイティブディレクターを務めるヴァージニア・ホッジの提案だった。当時、これは将来まちがいなく世の中を変えると思わせられるプロジェクトが美術系大学から次々出てきており、ホッジは無名の才能たちに感激する。彼らのことを世間は知らず、互いに横のつながりもない。「素材イノベーション」と言われてもまだ誰もピンと来ない時代だったが、革新的なマテリアル作りに取り組む若い人々を支援するための賞を作らねば、と立ち上がった。
「協賛の依頼のため訪れたのは〈クロースワーカーズ〉でした」とホッジは語る。〈クロースワーカーズ・カンパニー〉はロンドン繊維業界の組合組織。創立は1528年、今から500年近くも連綿と続く歴史ある団体である。
「当然ながら非常に保守的な人々で”素材イノベーション”という言葉もご存じありませんでしたが(笑)、ぜひ支援したいと。ただし繊維業界に刺激を与え、雇用を生み出すものを、と。抽象的なイメージではなく、実現を前提にしたものでなければならないという要望で、これは私たちも同感でした。とはいえ全くの新ジャンルの試みです、成功する確信はありません。ですが長年ファッション業界にいた為”先を読む”クセが身についています。これは成長する分野だろうと踏み、実際その通りになりましたね。
〈クロースワーカーズ〉はヴィクトリア&アルバート博物館で歴史的な品の修復を手がけたり、と過去には強いんです。でも未来の見方がわからない。協賛団体になるのを〈クロースワーカーズ〉自身、発展へのチャンスだと信じてくれたのですね。彼らにもリスクを伴う賭けだったと思います」。
最先端マテリアルを生み出す若々しいデザイナー達と、500年の歴史を誇る重厚な団体とが支援と刺激を交わしあうとは! ホッジはこうも言う。「プロジェクトがまだ未完の人でも、優れていればファイナリストに選びます」。受賞による賞金やメディア紹介が、コンセプトを実現に近づける推進力になれば、という願いがここにある。そもそも、賞を始めたのは「無名だが素晴らしいプロジェクトを紹介するプラットフォームを提供するため」。なるほど出来上がった天才の業績を称える賞もいいが、隠れた若き才能を見出し丁寧に支えていく賞こそ、未来の世界を動かす力になるのではないか。
シュニール・マリクが今、チームと意欲的に取り組んでいるのが〈インダス2.0〉。廃水が長く留まることで、マイクロアルジェの皮膜と長く作用するようパネルの「静脈」のパターンを工夫した。またインドだけではなくイギリスの土も使って試験を繰り返し、機能向上を模索する。「バイオを掛け合わせたデザインシステムが、実際の現場でどう力を発揮するか。私たち皆、心躍る思いです」
INDUS WATER
ジ・アーツ・ファウンデーションの賞への賛同・支援の連絡先: Shelley Warren
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