CREATING THE FUTURE FROM HUMOR

ユーモアを形に。バーチャルモデルから未来を考える── yutori社長 片石貴展×久保友香|対談

バーチャルモデルの葵プリズム。彼女は実在はしていないが、インフルエンサーとしてインスタグラムの中で絶大な人気を誇る。彼女が所属するバーチャルモデル事務所「VIM」を運営するyutoriの代表片石貴展。「盛り」を研究する久保友香が、片石と未来を語らう。

TEXT BY RIE NOGUCHI
PHOTO BY Shintaro Yoshimatsu

リアルの雑誌では追いつけないスピード感

久保 私はもともと技術分野の研究者ですが、日本の伝統文化にヒントを見出だしながら日本の未来がどうあるべきかを展望しています。片石さんがなさっている事業は、私が長年考えてやっとたどり着いた未来の仮説に近いのです。SFを見ているような、でも、フィクションではなくてファクトで、実装しているところがすごいと思っています。

私が立てる未来の仮説のひとつに、これからは誰もが”生まれ持ったビジュアル”の制限を受けずに、才能を発揮できるようになっていくだろうということがあります。いままでは、たとえ何かに秀でた才能を持っていたとしても、生まれ持ったビジュアルが良くないと、可能性が狭められることが多くありました。しかし生まれ持った能力で評価されるなんてそれはあまりに原始的で、文明は必ずそれを変えていくだろうと思っています。こういう未来は片石さんが作ろうとなさる世界とも重なるかなと。

片石貴展|かたいし・たかのり 1993年生まれ、神奈川県出身。明治大学商学部卒。2017年12月にInstagramで個人的に「古着女子」を立ち上げ、現在はフォロワー30万人を突破。2018年4月に初期投資0円”インスタ起業”として株式会社yutoriを創業。その後、「9090」や「spoon」などのD2Cブランドを展開。「古着女子」は書籍としてムック本を定期的に刊行している。2019年7月、世界初のバーチャルインフルエンサーのみが所属するモデルエージェント「VIM」を設立。バーチャルモデルの葵プリズムやucaが所属する。

片石 そうですね、考え方としてはそうかもしれないです。ぼくが高校生のときは街自体がメディアになっていました。原宿でスナップされて、それが雑誌に載って、全国に拡散する。リアルがバーチャルに転換されていた。

でもいまは街にメディアとしての価値がなくなっていると思っています。なぜかというと、インスタでもツイッターでも、即、全世界ネットワークに接続できて、バズれば一夜にして有名人になる人もいる。このスピード感と、リアルの雑誌やものを通して拡散していく昔のスピード感は違いますよね。

それをインスタグラムで再現しようとしたらどうなるのかと、創業するきっかけとなった個人的に始めたものが「古着女子」というリポストメディアです。古着を着ている10代後半から20代前半くらいの子が参考になるようなコーディネートを、単純にインスタにトレースしたという感じですね。

当時は、自分1人で撮影するスキルなどはなかったのでコンテンツを作れるわけではない。でもコンテンツをあげている人はたくさんいるから、それを何らかのタグラインでまとめて、その子たちの投稿をある種借りることで、編集するセンスさえ良ければメディアとして成立すると考えました。

久保友香|くぼ・ゆか 1978年、東京都生まれ。2000年、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2006年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師、東京大学大学院 情報理工学系研究科 特任研究員などを歴任。専門はメディア環境学。著書に『「盛り」の誕生 女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識』(太田出版)。

久保 2017年のことですよね。

片石 そうですね。理想のライフスタイルを送っている華々しいインスタグラマーがいて、でもそのアンチパターンは真逆。お金もないし、自分のルックスにもそんなに自信がない。だけど、自分の好きなものの組み合わせやセンス、好きなものに対する気持ちが共感の渦になって、どんどんコミュニティが広がっていく。赤文字系の先天的な、自分の優位性を誇示するみたいな思想とは真逆だから。これはロックでかっこいいなと思っていて、それらが理由で始めたものです。

当時実際にやっていたのは、古着を着ている女の子たちのコーデをリポストして、こちらでタイトルを決めて特集にする。現在でもフォロワーは1日300~500人伸びていて、30万人を超えました。最近では書籍版として、ムック本「古着女子」もいまは第2弾が出ています。

ムック版「古着女子」(ぶんか社)。

ハッシュタグは時空間を超える

久保 私が高校3年生だった1994年に『東京ストリートニュース!』という雑誌ができて、それまで雑誌に取り上げられるのはモデルやタレントのような特別な子だけでしたが、全く一般の高校生でありながら街でちょっと有名な子が雑誌に載るということが起こりました。その後、そのようなストリート系雑誌が増え、街で目立てば全国に情報発信ができるということで、派手なギャルファッションをすることなどが広まりました。しかしそれをできるのは、平日の昼間に渋谷などに行かれる子、東京に住んでる限られた人でした。それを完全に時空間を飛び越えてしまったのが古着女子です。

私はハッシュタグというもの自体もタイムマシンの機能を持つと思っています。以前ならば、同じ場所に、同じ時間にいる人としかつながれなかったのが、いまでは同じインスタ映えスポットに、違う時間にいった人とも、ハッシュタグを通じてつながり、さかんに情報交換を行っている様子もよく見かけます。

片石 リアルに出てくる必要がないんですよね。いままではリアルが起点で、雑誌に載ることは、容姿と比例していました。でもいまはバーチャルが軸でリアルに転換しているという流れだから共感が大事です。

久保 古着女子が誕生する前は、原宿を拠点に学生さんたちのファッション団体が多くあって、ファッションショーなどがよく開催されていたかと思います。リアルなファッションショーだと顔を見せざるをえないけれど、ファッションを見せる目的において実は顔は必要ないですよね。古着女子を見ると完全に顔が隠れていて、昔の雑誌を見慣れている人からすると異様な感じがします。でも考えてみれば、顔を隠すのは日本では昔からある文化です。古代より神事で歌や踊りをする巫女さんは、顔は濃い化粧をして個性を隠していたようです。江戸時代の遊女も、顔は白塗りをして個性を隠して、しゃべり方も均一化し、歌や踊りで個性を表していたようです。現代の女の子たちの「盛り」もその延長線上にあると思っています。

「古着女子」は女の子たちの顔を見せないのが特徴。

リアルとバーチャルの境目が溶け合う現在

久保 バーチャルモデルも同じで、顔がある意味隠れているからこそ、スタイリングのセンスが強調されているのですよね。古着女子の延長にあることにすごく納得がいきます。

片石 そういう解釈もできるのですが、最初はビジネス視点が強くて、インスタを軸にビジネスするとなると、D2Cかインフルエンサービジネスが一般的ですよね。そうなるとインフルエンサーを囲ったり、インフルエンサーを使った何かを仕組みを作ることになる。ぼくは人を軸にするのが個人的に嫌で、突き詰めるとそれは芸能になるし、人だと裏切られることもある。

どうしようかなと思ったときに、当時海外で注目されていたバーチャルモデルのミケイラを見つけて、シンプルに面白いなと思って。バーチャルモデルは、いるかいないかで言ったら、いるというには難しい。でも、リアルにはいないものをいろいろ人が議論したり、いろいろな人を巻き込んでいくのは痛快で、ユーモアがあるなって思っています。

久保 単純に面白い。

片石 未来を考えると、みんながアバターのような全く自分と違う人をインターネット上で運用するのというのは、ぼくはそこまでは行かないのではないのかなと思うんです。自分からは離れてはいないんだけど背伸びはしている。この背伸びが究極的に言えば離れていく高さに近づいていくと思う。あくまでも自分という立脚点があり、そこでどう化粧していくのかになると思いますね。

久保 もし誰もが一番理想的なアバターを作れるとしたらどうなるんだろうと、考えてしまいますね。Vtuberを見ていると、多くの男性が女性のビジュアルのアバターを選んでいます。知り合いの女性たちに聞くと、やっぱり女性のビジュアルのアバターにしたいと言っています。私の場合は、研究者としての知識や思想は実際のままにしたいですが、小さいころから運動神経がすごく鈍いので、最近はもう気にしていませんが、せっかくならスポーツは実際よりもできるアバターにしたい。そう考えると、自分にとってこだわりのあるものはそのまま残し、どうでもいいものは取り替えて、アイデンティティを形成していくようになるのかなと思います。

片石 現実と同じくらいの質量を持つものでない限りアバターにはならないと思いますね。アバターの機能は、そもそもネットに顔を出すような、ネットとリアルの距離が遠かったときに、ここをつなぐスケープゴートとしてあったと思うんです。昔はネットに顔をアップするなんてリスクがあるし、実名なんて書こうものなら怒られていた。

でもいま、ツイッターで実名でない人の方が少ない。リアルとバーチャルの境目が限りなく溶け合っていて、アバターという翻訳機能は必要がないと感じています。リアルな自分が嫌いな人は仮想世界に転生するというか、嫌な自分を殺してそちらに価値を置くというのがあるのかもしれないけど、マスの感覚ではないと思っています。

読んでいる雑誌、世代の違いはあるがストリートカルチャーについても語らうふたり。

コンプレックスから作るもの

久保 私が立てる未来の仮説として、いますでに一人の人がネットの中でいくつものアイデンティティを持つことはありますが、逆に複数の人でひとつのアイデンティティを作るということも増えるのではないかと考えています。バーチャルモデルも一人のように見えて、実は複数の方によって生み出されているんですよね。

片石 そうですね。集合知でもありますね。

久保 人格という概念の拡張としてはすでに、おそらく経済的な目的でできた、集合体としての人格を表す法人格という概念がありますが、いままた人格というもののあり方を改めて見直すべき時代なのかなと思いますね。集合体でひとつの人格を作ったり、一人が複数のアイデンティティを作ったり。これからは自由になりますよね。片石さんのyutoriという会社も、お互いの強さ弱さを認めて補い合っている集合体だというようなことを、以前記事で読んで、ひとつの有機的な人格を作り出している雰囲気に近いのかなと思いました。

片石 最後はみんなひとつになるようなエヴァンゲリオン的な感覚かもしれない。ぼくは、基本的に自分に自信がなくて、コンプレックスも強い方で、いつも憂鬱だったりする。常に暗くはないですが、ネガティブな要素が強い方なんです。でも、観察するのが癖で、ハッシュタグやカテゴリーを作るのが得意なのかもしれない。古着女子もyutoriという会社もそうで、yutoriで働いている人たちは、その思想や空気感、あとはその中でやることが、自分が好きなことに紐づいている。

カテゴリー化して気づく“好きなもの”

久保 片石さんはカテゴリーを作ることのプロ、カテゴリデザイナーなのですね。yutoriの目的のひとつに「好きなことで生きていく」とあったのがとても印象的だったのですが、それと関係がありそうです。

片石さんが未来的なことを実装されるのは、未来論を考えているからかと最初思っていたのですが、そうではなく、根本にあるのは、好きなことで生きていく、ということ、それを貫き通した結果なのだと気づいて、はっとさせられました。でも好きなことを見つけるのも実は難しいですよね。完全な自由の中で好きなものを見つけられる人は少ない。だからカテゴリーが欲しいのではないでしょうか、カテゴリーの中に入り、その中でなら好きなものを見つけることができる。

片石 好きなものを見つけるけど、それにベットできるかどうかは自信がないということなのだと思います。「好きなこと」という言葉のハードルがあって、白馬の王子様みたいなものだと思うんです。結婚は理想をずっと追い求めて白馬の王子様がいると思うとなかなかできないけど、意外と身の周りに自分の結婚に値する人がいて、どこのラインまでを認めることができるかということで。

好きなこともそれに近い性質を持っていると思っています。好きなことが高貴だったり、尊いという印象があるから、自分の中で「何となくいいな」と思っていても、「本当にこれ好きなことなのかな」と自身が持てない。

だけど「みんな一緒に渡れば怖くない」という話で。同じような人が集まり「私たち、これ好きだよね」と集団で認知すると、それが一気に自分の中で信じられるようになる。ないものを見つけてあげるというよりは、すでに持っているものに質量を持たせる。

久保 なるほど、カテゴリーとしてラベルをつけられることによって「あ、そうだ、自分はこれだったんだ」と気が付くわけですね。

25歳の片石の今後の展開が楽しみだ。

テクノロジーだけで語れない未来

──片石さんの5年後くらいのビジョンを教えてもらってもいいですか?

片石 2025年だと30歳になります。ぼくはコンプレックスから居場所を作りたくて。数字的なものはあまり決めていないけど、同世代から5個下、10個下くらいの子が持つ葛藤や憂鬱、揺れ動いて自信を無くしている人に対して、しっかり居場所を提供していきたいですね。

久保 なるほど。みんなの居場所がある世界というのは理想的ですね。未来はどうなるべきなんだろうといつも考えていますが、シンプルにすると、そこなんだなということに気づかされました。

片石 コンプレックスというか、憂鬱から場所を作るという感じですね。ぼく、人の欲が好きで、そのドロっとしたものに触れるとおもろいなと思うタイプです。

久保 人間の暗い部分、そういうところに注目することが大事だということですね。未来のヒントをいただきました。テクノロジーありきで未来を考えるだけではなく、人間の本質を見ることが大事ですね。