FINANCIAL INCLUSION

お金の未来を決めるのは、どうやら消費者(=あなた)らしい

フィンテックは「金融を民主化した」といわれる。技術力、資本力、専門性を持たない一般ユーザーに、高度な「金融サービス」へアクセスする機会をもたらしたからだ。その一方で、フィンテックの本命でもある仮想通貨に対する不信感は、まだまだ拭い去れない。昨年末に『誰がFinTechを制するのか』を上梓した北澤直(Coinbase Head of Japan)は、日本におけるフィンテックの今後を、どう見ているのだろうか。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KAORI NISHIDA

金融機関は医者ではない

言うまでもないことだが、お金は、何をするにも必要になってくる極めて重要な存在(概念)だ。

にもかかわらず、日本ではいまだに“お金の話題”はタブー視されがちだ。果たしてあなたは、「資産運用どうしよう」「保険をどうしよう」「お前の給料いくら?」といった話を、友達や同僚とするだろうか? 

結婚、住宅ローン、相続、退職金……。お金にまつわるいろいろな人生の場面において、相談できる相手がいない以上(両親には相談できるかもしれないが、世代が違うので、感覚がズレることは否めない)、結局は金融機関へ駆け込む人が多いはずだ。

しかし、金融機関は医者ではない。彼らは商品を売る側なので、彼らなりの経済事情、つまりは売り手側の事情によって「さまざまな商品」を勧めてくる。要するに、そこに対等な関係は成立し得ないということだ。

誤解しないでいただきたいのは、「金融機関がおかしい」わけではない、という点だ。損するものと得するものがあれば、経済活動の常として「得するもの」を売らざるをえないのは当然で、彼らに対して「おかしい」というのは、「構造としておかしい」ことになるからだ。

「金融」における課題は、ほかにもある。

たとえば、公明正大かつ透明性が担保されるべきとされる株式市場は、もはや高度なアルゴリズムを用いた高頻度取引(ナノ秒単位でプログラム同士が取引を繰り返し、その差分で利ざやを稼ぐ)が全体の70%以上を締めているとされ、技術力や資本力や専門性を持たない一般ユーザーが伍して戦うことは、およそ無理に等しい状態といえる。

そうした非対称性や閉鎖性をテクノロジーによって覆し、金融を民主化しようというのが、フィンテックと呼ばれる分野のひとつの価値ではないだろうか……。そう考えているのが、北澤直(Coinbase Head of Japan)だ。昨年末に『誰がFinTechを制するのか』を上梓した北澤に、日本におけるフィンテックの見通しについて訊いた。

日本人のお金に対する意識は2つに割れている!?

北澤 日本はすごくおもしろい国で、お金に対する向き合い方が二極化しているんです。まず、1800兆円ある個人の金融資産のうち、半分以上が預貯金だといわれます。彼らはみな、リスクを取りたがらないわけです。

かつてこの国にも、高い成長率を誇った時代がありました。みんなで豊かになり、みんなで成長することができ、預金さえすればお金が増えたのです。その頃に芽生えた「とりあえず預金」という常識に、まだ囚われているのかもしれません。

その一方で、ギャンブルといっても過言ではないレバレッジをかけたFXの取引が非常に盛んです。実際、世界一の取引高をあげているのは日本の会社だったりします。あと、昨今のクリプトアセット(暗号資産≒仮想通貨)のブームも、「億り人」という言葉に代表されるように、投機的な側面もありました。

そこからは、「どうせリスクを取るのだから儲からなきゃダメでしょ」という一攫千金的な思考が読み取れます。その意味でいうと、日本人は、リスクに関する考え方がゼロサム的なのかもしれません。その点、例えばアメリカの場合は、1960年代には早くも401kといわれる確定拠出年金が出てきたりして、自分の資産をリスクに晒しながら少しずつ資産を増やしていくという成功体験を、多くの人が味わいました。

「よくよく考えると、世界経済って基本は成長しているので、大暴落は何度かあるけれど、10〜20年置いておけば複利も考えるとそれなりに増えるよね……」ということで、預金口座に置いておくのは意味がないという発想が浸透していったのだと思います。

「前職の時、『ロボアドバイザーで安定した運用をしましょうよ』というと、必ず『でも、なくなっちゃうかもしれないんですよね?』という声と、『そんな利回りじゃダメだよ』という声が、圧倒的に多かったんです。日本人の二極化が表れているなと思いましたね」(北澤)

インフラが整っているからこその落とし穴

北澤 もうひとつ、日本の特徴を表す言葉として「金融包摂(Financial Inclusion)」が挙げられます。

世界には金融から外れてしまっている人たち、例えば銀行口座を持っていない方々、あるいは金融インフラがちゃんとしていない国に住んでいる方々がまだ大勢いるわけですが、日本というのは、そうした金融インフラがとてもキチンとしている国なんです。

そうしたインフラを作った先人たちの努力は想像を絶するもので、だからこそ僕らはいま、お金を送る時に「届かない」なんて心配をすることはありませんし、「偽札を掴まされるなんてありえない」というレベルで暮らしているわけですが、これって実はすごいことなんです。

逆に言うと、キチンとしているインフラを壊して、新しいものを始めましょうということには、なかなかならないわけです。

拙著『誰がFinTechを制するのか』でも触れましたが、QRコードは、20年ほど前にデンソーの技術者によって開発されました。当時はソフトウェアではなくハードウェアを売っていくビジネスモデルで、それなりに国内に普及しましたが、現在そのQRコードを使って最先端のUXを享受しているのは、支付宝(アリペイ)や微信支付(ウィーチャットペイ)を持つ中国の方々なわけです。

以前の中国では、タクシーを乗る時は助手席に乗るのが常識だったそうです。偽札を掴まされないようにドライバーを見張るためです。あと、ガラケーも普及していなかったので、いきなりスマートフォンが普及しました。

新興国が、先進国がたどってきたステップを経ずに、いきなり最先端の技術に到達してしまうことを「リープフロッグ現象」といいますが、金融においても、それまでは「外側」にいた人たちが先端のサービスを享受している一方で、日本はインフラが整っているがゆえに、「そのインフラの不便さを疑わない→イノベーションが起こりづらい→最新のサービスがなかなか普及しない」という状況に陥っていると言えます。

最近になってようやく、送金も24時間可能になりつつありますが、つい最近まで「15時以降に送金すると翌日扱いになる」ことを誰もが受け入れ、すごいがんばって15時までに送金していたわけですよね。

僕たちの前の世代やその前の世代が一生懸命つくったインフラを「所与のもの」として無意識に扱い、その先ってあんまりないんじゃないかと思っている時点で、成長やイノベーションは止まってしまいます。ただ、少しKYな人が「あれ、なんでこうなんだっけ?」とツッコむことでイノベーションが起きるケースがあって、金融も、まさにそういう人たちによって徐々に風向きが変わりつつあるのが現在だと思います。

金融の場合、特有の知識が必要だったり、ライセンスを取得する必要があったりと、参入障壁が高いことは事実なのですが、それでも「Think outside the box」といいますか、従来の発想に囚われない考え方であったり、文字通り金融の外側にいたプレイヤーたちによる、「よくわからないけど、それってなんででしたっけ?」「なんでそれってダメなんですか?」といった発想が、今後はより一層必要になってくると思います。

「そういえばこの前、太宰府天満宮にお参りに行ったとき、名物の梅ヶ枝餅を買おうと思ったらアリペイだけ使えるんです。結局そうなっちゃっているわけです。こんなところでUXが一番いいのは、中国人の観光客の方々なんだと、愕然とするわけです」(北澤)

今後の主導権は、ユーザーが握っている!?


北澤 フィンテック企業というのは、総じて「誰かのなにかの悩みを解決したい」とか「こういった新しい世界を作りたいといった」ミッション・バリューを掲げているはずで、それが言い訳にならず、常に自分たちの行動規範としている会社が、これからどんどん出てくると思います。

そして、技術によってもっともっと業界の透明性が浮き彫りになってくると、ユーザーも使い勝手がいい、自分が好きなサービスをユーザーが選ぶようになってくるはずです。つまり、主導権がどんどんユーザーに移っていくという状況が起きるわけです。

もうひとつ、技術というのは、言ってしまえば世界中の天才たちが自然発生的に生み出していくわけですが、それが社会に実装されていくにあたっては、技術とユーザー、技術と社会の間に、きちんと架け橋を作ってあげることが重要だと僕は思っています。例えば、いま僕がいるCoinbaseは、取引所として、クリプトアセットと法定通貨(フィアットカレンシー)を行ったり来たりできるような安全な橋となることを目指しています。

みんながクリプトアセットとフィアットを行き来し始めることで、ようやく暗号資産は、投資のフェーズからユーティリティのフェーズに行くはずだと考えています。

実際、クリプトアセットにはまだまだ可能性があります。ビットコインからは、ライトニングネットワーク(日常的な細々とした支払いや決済にビットコインを使用できるプロトコル)のような発想が生まれ、イーサリアムの登場によってスマートコントラクトの可能性が膨らみ、今度はERC20(ICOで使用されるトークンの統一規格)で……といった新しい発想が、技術や時間をかけずにできるような状況になってきました。

北澤の著作。川鍋一郎(日本交通株式会社代表取締役会長/JapanTaxi株式会社代表取締役社長)や、小泉文明(株式会社メルカリ取締役社長兼COO)など、いわゆる金融の外側からイノベーションを起こしている人物たちへのインタビューも収録されている。

北澤 個人的にいま一番興味があるのは、(価格が一定のため、実生活で使いやすい)ステーブルコインです。サイファーパンクの人たちが考えるような「完全形態」ではないと思いますが、少なくとも、クリプトアセットなのにフィアットの担保があるという、ブレトンウッズ体制前の貨幣のようなものだと捉えています。このステーブルコインによって、よりデジタル通貨的な発想が出やすくなり、クリプトアセットを使って取引を行う際の課題を、解決してくれるかもしれません。

この先、現金が一気になくなることはまだ難しいですが、既に鉄道の切符を買うことはなくなりましたし、タクシーに乗る際も、「現金で支払うのがメンドクサイから」と、キャッシュレスで払えるタクシーを選ぶ人も出てきていますよね。そうやって徐々に「お金の摩擦係数」をプレイヤーがなくしていくことで、徐々にみんな気づいていくはずです。「あっ、これってめんどくさかったんだ」って。

そうした場面が、この先どんどん増えていくと思います。個人的には、できれば2019年中に「ウチのおかんがクリプトアセットを持っている」、というところまで行ければいいなと思っています(笑)

北澤直|Nao Kitazawa
1975年東京都生まれ。慶応義塾大学法学部卒業、ペンシルバニア大学大学院修了。モルガン・スタンレー証券に投資銀行員として6年間在籍し、不動産部門の成長に貢献。それ以前は弁護士として6年間、日本とNYにて金融・不動産関連の法律業務を手がける。2013年8月、お金のデザイン設立に参画。ロボアドバイザー「THEO( テオ)」のローンチとビジネス拡大に携わる。2018年より米国最大手の仮想通貨取引所 Coinbase に参画。日本代表として、日本市場の立ち上げに従事。