SPORTS ANALYTICS

アナリティクスは、スポーツをどこまで進化させるのだろうか?

2019年は、「スポーツにおけるゴールデンイヤーズ」の幕開けだとされている。そんな時世において、選手やチームの強化はもちろん、マーケティングやメディア領域においても欠かせない存在となりつつあるのが「スポーツアナリティクス」だ。その動向の一端に触れる。

TEXT BY TOMONARI COTANI
photo: Getty Images

西野JAPANは「使って」いなかった!?

1月5日から、UAEにてサッカーの「AFCアジアカップ」が開催されている今となっては少々古い話題だが、昨年の「FIFAワールドカップ ロシア」において、大きなルール変更が3つあったことを覚えているだろうか。

ひとつは、延長戦に入ったら交代枠が「+1」されること。2つめは、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が採用されたこと。そして3つめが、FIFAが用意したタブレットと分析用アプリケーションを使った試合中のデータ分析が、ルール上認められたことだ。

VARは、試合の流れを止める一方で、より公正なジャッジがなされるという利点を見せたが、この3つめのルール変更、つまり、スタンドに座っているアナリストが、トラッキングシステムで得た情報──例えばチーム全体のポジショニング、パスの本数、選手ひとりひとりの走行距離やスプリント回数……等々を解析し、ベンチに座るコーチ陣に対して、戦術的アドバイスを“試合中に”送ることが可能になったことも、ゲームの質を少なからず変えることにつながったとされている。

修正のスピード、例えばポジショニングのミスがあったときの修正のスピードが、極めて早くなったからだ。

アナリストがリアルタイムに敵味方双方のプレイを分析し、「今日は相手のビルドアップがこの形だから、ウチはこの陣形に変えてプレッシングしていこう」といった“勝つための戦術変更案”を、ハーフタイムを待つことなく、それこそ前半開始1分であってもベンチに伝えることが可能になったことで、ハイレベルなサッカーにおいてはプランBどころか、Fくらいまでフォーメーションのパターンを用意する必要性が生じたとされる。アナリティクスの進化が、サッカーというスポーツ自体の進化を促したといえるのではないだろうか。

ちなみに、というかこの文脈でこの話題を差し込むのは悪意と取られるかもしれないけれど(笑)、筆者がとあるスポーツ系のカンファレンスに出席した際に登壇者から聞いた話によると、西野JAPANは、このFIFAが用意したタブレットと分析用アプリケーションを活用していなかったそうだ。つまり、この先アナリティクスのさらなる活用によって、日本代表はより進化する可能性がある、ということだ(と思いたい)。

「伝達力」が不可欠

日本においてスポーツアナリティクスにスポットが当たり始めたのは、およそ10年前のことだという。JSAA(一般社団法人日本スポーツアナリスト協会)によれば、「選手及びチームを目標達成に導くために、情報戦略面で高いレベルでの専門性を持ってサポートする」のが、スポーツアナリストという職業なのだという。そしてスポーツアナリストには、「情報収集」と「分析力」だけではなく、「伝達力」も不可欠だとされている。

確かに、データを迅速に“解析”できたとしても、それをコーチ、引いては選手に“解釈”させられなければ、パフォーマンスに落とし込むことはできない。その意味でも、データの受け取り手を意識したUI/UXの構築は、スポーツアナリティクスにおいて必須であることはうなずける。

実際、海外のスポーツアナリティクスでは、いかにしてデータを理解してもらうかに大きな労力を割いている。

例えばドイツに本社を置くエンタープライズ系ソフトウェア企業のSAPは、サッカーのドイツ代表や複数のクラブチーム(FCバイエルン・ミュンヘンやホッケンハイム等)に対し、アナリティクス用のソリューションを提供しているが、選手ごとに見てほしい試合映像を小分けに編集し、マッサージルームやリラックスルームに置いた複数のタッチスクリーンでの閲覧を促している。あるいは、戦術のタクティカルボードや解析した映像を、コミュニケーションツールを使って個人やグループ単位宛に送ることで、戦術的なメッセージを端的に、明確に伝える工夫を凝らしている。

これらのソリューションの肝は、選手に対し、いかにわかりやすくスカウティング/アナリティクスの意図を伝えるか、というコミュニケーションにおけるデザイン設計にあり、データは、あくまでその裏付けとして存在しているに過ぎないのだという。

「2014 FIFAワールドカップ ブラジル」の際、ドイツ代表に対してSAPが提供した「Match Insights」の様子。

ちなみにSAPは、デザインシンキングを企業文化として取り入れているが、そのデザインシンキングの殿堂とも言われるスタンフォード大学のd.schoolを生むきっかけを作ったのが(多額の寄付をした一人が)、SAPの創業者の一人Hasso Plattnerだったことは意外と知られていないのではないだろうか。

データを統合し、蓄積するメリット

さて、ここまでサッカーにまつわるアナリティクスの一端を記してきたが、アナリティクスをいち早く取り入れることで“進化”したスポーツとして、バレーボール、テニス、バスケットボール、ラグビー、セーリング、バドミントン、卓球などの名を挙げる必要があるだろう。そして、忘れてはいけないのが野球だ。『マネー・ボール』で知られる、オークランド・アスレチックスのビリー・ビーンGMが取り入れたセイバーメトリクスの手法や、かつて野村克也氏が提唱した「ID野球」(懐かしい……)が一時代を築いたことに、異論を挟む余地はない。

競技を超えて共通しているのは、スポーツアナリティクスには、データを統合するメリットと、データを蓄積するメリットがあるということだ。

例えば、いままで分断されていた練習と試合と怪我のデータを統合することで、何かしらの相関関係が見えてくることがあるはずだ。あるいは、育成年代からのデータを長期的に保有することで、選手育成と収支のバランスが浮かび上がってくることもあるだろう。

試合を観戦/視聴する側にしてみれば、リアルタイムのデータに裏付けされた補助線が引かれることで、(感情論や絶叫では決して伝わらない)そのスポーツの本質やエンターテインメント性に、より深く触れられるような体験が待っているのかもしれない。

あるいは、今後アナリティクスのエンジンとしてAIが力を発揮してくれば、新たなビジネスチャンスを見つける人も出てくるだろう。

今年から「スポーツにおけるゴールデンイヤーズ」がスタートするらしい。それは取りも直さず、スポーツアナリティクスのゴールデンイヤーズが幕を開けることでもある。この分野の動向に目を向けていると、案外おもしろいことが待っているかもしれない。