7月末、「人工生命(Artificial Life)」をテーマにした国際カンファレンス「ALIFE 2018」が日本科学未来館で開催された。ここで音楽家・渋谷慶一郎が作曲とピアノを担当したアンドロイドによるオペラ『Scary Beauty』が上演された。人工知能(AI)を搭載したアンドロイドが人間のオーケストラを指揮するというものだ。公式のリーフレットによれば、このオペラは「自らが生み出したテクノロジーに従属することでしか生きていけない人間」の縮図だという。会場を訪れた科学者や芸術関係者らを驚きと興奮に陥れた“キカイなオペラ”のインプレッションをお届けする。
TEXT BY AKIHICO MORI
機械が“生命のようなもの”になったとき
会場の天井には、地球の姿を映し出す、有機ELによってつくられた球体「ジオ・コスモス」がミラーボールのように輝いていた。
ジオ・コスモスが地球の気温予測シミュレーションを表示すると、温度上昇する地球は赤く輝き、2050年を表示する頃には火球のようになった。聴衆に背を向けて立っているアンドロイド「オルタ2」はその不吉な赤い光を受け、ひとりで上演を待っていた。
この時聴衆は、機械としてオルタを見ていた。血の通うことのない、プログラムを命令通りに実行する機械として、である。
アンドロイド・オペラ『Scary Beauty』では、オルタ2の指揮に従って約30人からなるオーケストラが演奏する。オルタ2は人工知能を内蔵しており、テンポや強弱を自律的に設定し、生み出された伴奏に合わせて自ら歌をうたうのだという。
開演すると、序盤は即興演奏のようだった。オルタ2の動きに合わせて奏でられるそれは幾分、“壊れた”音楽のように感じられた。しかし次の瞬間、オルタ2が身体を上下に揺らすような動きを始めた。まるで呼吸によって肩が上下するような動きだ。オルタ2がこの動きをした途端、音楽に変化が生じた。
先程まで“機械”だったはずのオルタ2が、音楽そのものになっていったのだ。彼の動きに合わせてオーケストラが演奏を続けるたび、彼が体から放つ躍動感や高揚感が、会場の全体へ拡大されていった。彼はまさにオーケストラの指揮をしていたのだ。
会場からの盛大な拍手とともに演奏が終わり、ふたたび会場に佇むオルタ2を見たとき、多くの人は最初に感じた「冷たい機械」といった印象を失ったのではないだろうか。みな、この会場を感激させた、ひとりの指揮者として彼を見るようになっていた。彼の持つ気配は機械が機械ではない何か、“生命のようなもの”を感じさせたことの証左でもあった。
音楽は、呼吸によって生まれた
そもそもオーケストラにおける指揮とは何か。スイスの代表的なオーケストラ「ルツェルン交響楽団」の首席指揮者として知られる若手指揮者・ジェームズ・ガフィガンによれば、指揮とは「先行の芸術」だ。指揮の仕事は、オーケストラによって実際に音楽が生み出される前に行われ、作曲者の意図を身体の動きで再現してゆくことにある。
そして演奏者は、テンポや音の強弱、質感などを提示するいわば複雑なメトロノームのような指揮者の動きから、演奏の意図をつかむ。こうして、指揮者と演奏者が相互作用することで、オーケストラは一体となって音楽を奏でる。
しかし『Scary Beauty』では、指揮者は人間ではなくアンドロイドのオルタ2だ。オーケストラの演奏者たちはどのようにしてオルタ2の動きから演奏の意図を汲み取っていたのだろう? 渋谷慶一郎は、実際にアンドロイドの指揮によってオーケストラが演奏するのは非常に難しく、コラボレーションは困難だったと話している。ブレイクスルーとなったのは、オルタ2の肩を上下に動かし、大きく呼吸をするような上下運動にあったという。
「偶然、プログラマーがつくったものでした。この動きを見たとき、演奏者が口々に『これならできるかもしれない』と言ってくれた。なぜなら、『息をしている』から。オルタ2に指揮をさせようと思った当初、僕たちは腕や手の動きばかりを考えていた。しかし本当に大切なのは呼吸だったんです。人間はしゃべっているときも、相手の呼吸を見てしゃべっている。演奏も同じだった。呼吸によってアンドロイドと人間が相互作用することができる。これを見つけた時は感激しましたよ」
オペラ終演後のポストトークにおける渋谷の弁である。
なお、指揮者と演奏者の相互作用については、本稿でも参照した、米・ヴォックスメディア(Vox)によるジェームズ・ガフィガンのレクチャー動画「指揮者がステージでやっていること(What a conductor actually does on stage)」が分かりやすい。
オルタ2が見せた、人工生命の予知夢
アンドロイド・オルタ2は、ロボット工学者・石黒浩(大阪大学教授)および人工生命研究者・池上高志(東京大学教授)のコラボレーションによって生まれている。オルタ2がどうして「高度な機械」というだけではなく、「生命らしさ」を感じさせる振る舞いを実現できたのか。重要なことは「ゆらぎ」の再現なのだという。
「“ゆらぎ”こそが、生命らしさを作る上で重要なものなんです。たとえば人間は心臓の鼓動すらもゆらいでおり、完全に整った周期ではないんです。オルタ2の運動は人工神経回路(ニューラルネットワーク)によって生成されています。これは神経回路なので、似た運動であっても、毎回同じ結果にはならず“ゆらぎ”が生じる」
そう池上は語っている。
近年重要性が増しつつある人工生命の研究は、『Scary Beauty』におけるオルタ2のように、「あり得ない生命」を研究することを通し、生命の本質に迫ろうとする。人工生命とは、文字通り生命を人工的につくりだそうとする試みだ。昨今は人間の知性や意識を再現または上回るような人工知能の創造が社会的にも注目を集めているが、人工的な生命さえ創造できれば、人工的な知性や意識は自発的に生じると考える研究者もいる。私たちの生命は知能を包含しているからだ。そして池上はそうした考えを持つ研究者の一人である。
アンドロイドの研究で広く知られる石黒浩は『Scary Beauty』を振り返り、「人間をロボットに置き換えて再構築していくことで気づくことはたくさんある」とコメントしている。
「私は当初、オーケストラの指揮者が何のために存在しているのかが分からなかったんです。しかし、ロボットに置き換えてみると身体の動きが何とシンクロしているのか、手の動きがどのように音と合わさるのか、それらのひとつひとつの意味を考えることで理解が進みました。オルタ2の面白いところは人間の指揮者ではないから、これまでの人間主体のオーケストラでは創造できなかった、全く新しい音楽や表現をつくることができる点にあると感じています」
『Scary Beauty』は、テクノロジーの進歩によって、生命性そのものがつくりだせる世界が訪れようとしていることを告げる、予知夢のようなオペラだったのかもしれない。
※ 参考資料
シンギュラリティは既に起きている。ALife研究者・池上高志が語る「過剰性と生命」
森 旭彦|Akihico Mori
サイエンス、テクノロジー、アートに関する記事をWIRED日本版、Forbes Japan、MIT Technology Review、boundbawほか、さまざまなメディアに寄稿している。最先端のサイエンスやテクノロジーと現代のコンテクストを、インタビューを通し伝える記事を多数執筆している。近年はメディアアートへの関心から、オーストリア・リンツにあるアートセンター「アルスエレクトロニカ」に関する記事を執筆している。AETI(Ars Electronica Tokyo Initiative)の活動にも関わっている。
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