SF映画では定番の「パワードスーツ(身につけるロボット)」が、実際に量産化されて2年あまりが経つ。建築・介護・物流といった過酷な現場で活躍を始める一方、さらに身近な存在となるには「変形」が鍵となりそうだ。株式会社ATOUNでパワードスーツの開発を担う中野基輝に話を聞いた。
TEXT & PHOTO BY SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN
着るロボットは「腰のサポート」から始まった
労働人口が激減する最中、多くのテックベンチャーが〈着るロボット〉、いわゆる「パワードスーツ」の事業へ参入し、凌ぎを削っている。駆動方式は電動モータか、あるいは人工筋肉か? アシストするのは全身か、それとも脚や腕に特化すべきか。
各社が試行錯誤を繰り返す中、ここ数年は腰のサポートを重視するタイプが市場を賑わしている。出力は大きくないが、軽量。物流や建築、あるいは介護といった現場において、まず腰の負担を減らしたいという声が圧倒的に多かったのである。
——最近はどの会社も腰タイプを主力に置いています。全身をサポートしてくれるスーツは、ニーズがないんでしょうか?
中野 腰だけでなく腕もサポートしてほしい、というニーズは強くあります。ですが全体的に重くなるので、下半身で支える機構とセットになる。つまり全身型ですね。
弊社には、すでに腕や足をアシストするさまざまなモデルがありますが、上半身は現場のニーズに合わせてカスタムされるべき、と考えています。
——そんな流れの中、下半身についてまったく新しいコンセプトを持つ「KOMA」を発表されましたね。さすがに、変形には驚きました。
中野 従来型の下半身タイプは、二足歩行を強化するという発想でした。しかし、遠く離れたところまで荷物を運搬する目的には不向きだった。そこで、変形機構が必要だという発想に至りました。
効率のいい移動を可能にする「KOMA」の実力
——どうして変形する必要があるんでしょう?
中野 二足歩行は段差や溝を超えるのに有利ですし、階段の上り下りもできる。しかし平らなところで荷物を運ぶには台車がてっとり早い。その二つを切り替えられれば、万能な運搬手段になりえます。
——「人間をアシストする」という狭いフィールドから「台車&人間を代替する」というフィールドへと拡張する。そのための変形は、パワードスーツの正当な進化というわけですね。
中野 世の中には階段を登るための特殊なカートとか、細かいニーズに特化した商品はいろいろあります。作業が複数の人間で分担できるなら、それもいいでしょう。しかし労働力不足は深刻で一人でアレもコレもこなさなければいけない時代になった。だからこそ、用途に特化しないマルチな1台が必要になると考えています。
——変形ロボットが手に入るなんてワクワクしますね。商品化の時期は?
中野 2020年を目標に置いています。「凄く便利な電動マウンテンバイク」といった雰囲気にしたい。十徳マウンテンバイクかな。
——ところで、どうしてゴーグルを装着するんですか?
中野 このスーツは人間がロボットを前に抱える独特のスタイルなんですが、足下が見づらい。そこで前部にカメラを着けたんです。
——カメラ画像を確認するためのディスプレイが必要なんですね。
中野 というより、カメラ画像そのものを眺める必要がないように、画像認識AIを使って障害物を判定する機能を実装しました。アクティブサイトと呼んでいますが、自動運転車に似た仕組みですね。なので、ゴーグルといっても視界の片隅に小さく警告が表示できる程度で十分なんです。
——AIが障害物を見つけたら、強制的に停止するという構想もあるのでしょうか?
中野 今は、あくまで人間がゴー・ストップを判断することにしています。それこそがパワードスーツの利点であり、存在意義だからです。
ヒトという「非力なロボット」を強化せよ
中野 そもそもなぜ“着るロボット”が必要かという話ですが、今までは完全に自動化するか、あるいは人間の手作業か、その二択だった。しかし、中間的なニーズがあります。
——半自動というか、セミオート的な?
中野 ロボットを用いた完全な自動化って、かなりハードルが高いんです。設備投資がかさむ上に、ある程度シンプルな作業じゃないと自動化しづらい。たとえば物流の現場。すごく小さな商品でも、かなり大きめの箱に梱包されて送られてくるでしょう?
——そうですね。SDカード1枚とかでも、大きくて平べったい箱で送られてくる。
中野 ああいう過剰梱包はなぜ起こるのか? 箱の大きさを揃えてしまえば、システムで扱いやすくなるからです。ロボットの導入もやりやすい。しかし、日本の配送業者が扱う荷物って、かならずしも同じ大きさじゃないでしょう。
——私たちは荷物を紙袋に入れてガムテープで留めたり、そういうラフな包み方をしますね。
中野 Amazonなどは、ロボットにいろんな物体を拾わせる競技会を開いたり、技術革新を待ち望んでいます。しかし、なかなか進歩しない。
——人間を活かす方が現実的なんですね。
中野 センサーの塊ですからね。人工知能ならぬ天然知能(笑)も入ってますし、完成度が高い。
——ロボットと見立てても、わりとイケてるなぁ、と。
中野 そう。わりとイケてる。でも、アクチュエーター(駆動装置)の出力が足りねぇなぁ、みたいな。だから強化してやる。
——馬力のないロボットである「人間」を強化する。凄いですね、その発想。
中野 あまり頑丈でもない。タンパク質とカルシウムの塊。だから、負荷を減らしてやりつつ、人間と接触しながら、意図をくみとり、一緒に動く。動きをトレースする。そういうマシンが必要になってきます。
——自動と手作業の間、半自動の世界はなくならないでしょうか?
中野 究極的には、災害救助といった極限状態の仕事が残ると思います。
——想定外の出来事が起こるからですね。状況次第で判断が必要になる。それに、遠隔操作したくても、現場でカメラに泥がついたら終わりかもしれない。
中野 でも将来、ロボットが人間並に“共感する力”を持ってくれれば、それすら必要なくなるかもしれないという期待はゼロではないんです。
——“共感する力”ですか?
中野 たとえば猫の毛が原因で動かなくなるロボットと、猫アレルギーの人間って、「君も猫が苦手なんだ。わかるわかる」という感じに、共感できる可能性がある。共感は、それぞれが価値観を持っているという前提があって成り立ちます。いまのところロボットやAIはあくまで命令を遂行するだけの存在。それでは人間の立場を思いやることができない。
——ロボットと人間がわかり合う。それには、まずロボットが自分を認知して、価値観を持つというステップが必要になるんですね。価値観を持てば自律的な判断ができるようになる。
中野 そして、次に他者である人間の価値観を教え込む。その先には、未知の出来事に対処し、人間の代わりに判断を任せられるロボットが現れるかもしれない。いつごろそうなるかはわかりませんが、それまではパワードスーツを着た人間が頑張るべきでしょうね。
中野基輝|Motoki Nakano
1983年北海道生まれ。株式会社ATOUN 商材開発本部 特車二課課長兼重作業パワードスーツパイロット。北海道大学情報科学研究科にて「人間の筋骨格を考慮したパワーアシスト技術」の研究に従事し、情報科学博士号を取得。2013年より現職。主にパワードスーツの制御系開発を担当する。
吾奏 伸|SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN
映像演出家。CGアニメと実写の両方を手がける映像工房タワムレ主宰。京都大学大学院(物理工学)を修了後、家電メーカーのエンジニアを経て現職。理系の感覚を活かした執筆など、映像以外にも活躍の場を広げている。
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