端肉や余ったパン、野菜などを捨てずに発酵させ、自家製調味料にして料理で提供する——。昔ながらの知恵を活かしながら美味しさだけでなく、身体に良くて自然にも優しいイタリア料理を独自に進化させるレストラン『falò+』が実践する、「未来の食」へと繋げる試行と挑戦を、シェフの江口拓哉氏に伺いました。
TEXT BY MIKO FUJITA
PHOTO BY AKIKO SATO
EDIT BY TM EVOLUTION.INC
食材を無駄にしないための“発酵”というアプローチ
——発酵と炭火焼きがキーワードになっているとのこと。まずはこのふたつのキーワードについて教えてください。
江口 店名『ピュウファロ』の『ピュウ』はイタリア語でプラス(+)の意味です。代官山『ファロ』は食材のポテンシャルを引き出せる炭火を使った料理法によりシンプルを極め、焚き火イタリアンとして親しまれてきました。その姉妹店としてオープンするにあたり、同じことをしていてはつまらない、炭火焼きに何かをプラスして個性を出していきたい、と考える中で“発酵”をもうひとつのテーマに掲げることにしました。
発酵を考えついたきっかけは、契約している農家さんや猟師さん、精肉屋さんから送られてくる野菜や肉を無駄なく使いたいという思いです。捨てないために保存食にするには、イタリアでは酢漬けや塩漬けでピクルスにしたり乾燥させてパウダーにしたりする手法がありますが、酢の酸や塩味だけでは料理の幅や味の奥行きを出すには至りません。
発酵は、誰にでもできる“サステナブル”
江口 そこで、イタリア料理という枠は一旦取り払い、日本はもとより中国など大陸で生まれた発酵文化の手法、つまり麹と塩で発酵させ味噌や醤にする、あるいはご飯と合わせて熟鮓(なれずし)を作り、それを調味料として料理に使うことに。発酵ならではのコク、旨味、酸味から奥深い美味しさを生み出すことができますし、どんな食材でも作れるので個性のバリエーションも無限大。すっかり発酵の魅力に取り憑かれてしまいました。
あれこれ試してみたくなりますが、発酵させる食材は料理で使うもののみ。「わざわざ買ったりしない」という制限を課し、枠には捉われないけれど冷静さは失わず、最終的にはイタリア料理に落とし込む、ということを肝に銘じています。
また、発酵は腐敗にも繋がりますから、管理には気を遣っています。毎日混ぜて状態を確かめるなど手間と時間がかかり、まさに「育てている」という感覚になるので、かなり愛着が湧きますが、その愛着を語り過ぎないように気をつけています。発酵って特別なことではなく、やろうと思えば誰でもできますし、物を大切にするという当たり前のことをやっている……そんな心持ちでいたいからです。
発酵由来の味わいをプラスした看板料理「ポルケッタ」
——代官山『falò』の看板料理「ポルケッタ」に、どのような「発酵」をプラスして『falò+』スタイルにされているのでしょう?
江口 「ポルケッタ」とは、本来は“仔豚の丸焼き”を意味する料理。イタリア各地に拡がるストリートフードで、イタリア人にとっては郷愁の味です。それを『falò』では豚のバラ肉を巻き、仔豚に似せた塊にしてオーブンで30〜40分火を入れ、仕上げに炭火で焼き上げています。味付けはシンプルに塩、ニンニクのみですが、『falò+』では豚の熟鮓に生クリームを少し混ぜてまろやかな風味に仕立てたペーストをバラ肉に塗って巻いています。
熟鮓は「ポルケッタ」を作る時のバラ肉の形を整えた際に出る端肉を捨てずに集めておき、1kgくらい溜まったら500gのご飯と塩を合わせ、ホーロー容器に詰めます。そして1日1回ゴムベラで天地を返しながら発酵させます。夏は10日くらい、冬は2週間くらいでいい具合に。そうしたら火入れして発酵を止めて冷蔵庫で保存します。
『falò+』特製「豚の熟鮓」の作り方
自然の力で、美味しさを増していく
江口 発酵由来の甘い香り、旨み、酸味が炭の香りと相まって、味わい全体に厚みが出るところが気に入っています。決して難しいことをやっているわけではないのですが、「自然の力で美味しさを増す」ということを体感していただける料理になっていると思います。
看板料理「ポルケッタ」の作り方
新しいメニュー作りにも果敢に挑戦
食前のスープにも、発酵の技術を活かす
——様々な食材の発酵を手がけていらっしゃるようですが、新しい料理に繋がる試作や発見などがあれば教えてください。
江口 季節に合わせたものを出していけたらと思い、この夏は奄美大島のソウルドリンクと言われている健康乳酸飲料「ミキ」を参考にしたメニューを考えました。現地ではお粥、サツマイモ、砂糖を使っているようですが、店ではお通しとしてお出しして、食前に飲んでいただき、爽やかな酸味が食欲を掻き立てる「ガスパチョ」のようなスープに仕立てたかったので、砂糖は使わず作りました。
『falò+』特製「ミキ」の作り方
経験を増やして、美味しさを追求していきたい
江口 オープン準備期間の2年の間に白インゲンやレンズ豆など、イタリア料理で使う乾燥豆で味噌を仕込んだり、余ったパン、鹿肉の端肉で醬を作るなどしてきましたが、今はさらに幅が広がり、春はホタルイカで魚醤を、夏はトウモロコシや枝豆、インゲンなどが余りやすいので、そういった季節の余剰食材を使って仕込んでいます。
これらの発酵調味料ができ上がるのは半年から1年後くらい。味を見てどんな料理に使うと相乗効果が得られるのかを考えます。常に課題を抱えているという感じですが、新しい味に出合えるワクワク感、そこからメニューを考える楽しみなど、料理のやり甲斐をより感じるようになりました。
熟成期間は食材によってまちまちなのも面白いですね。1年熟成で美味しいもの、2年経つとさらに美味しくなりものもありますし、ピークを迎えてあとは味が落ちていくものもあります。でもそれも温度や湿度など環境によって変わると思うので、予定通り理想の味になるというわけではありません。発酵を手がけて3年くらいですが、経験を増やしていくしかないと思っています。
“発酵”が料理を進化させることを多くの人と共有したい
——営業時間が平日16時から、週末は13時から通し営業にされていて使い勝手がいいですね。
江口 きっちりとしたレストランというスタイルではなく、食べたい時、飲みたい時に気軽に立ち寄っていただけるような店作りにしたいなと。というのも、うちの料理のベースにあるのはイタリア伝統料理のレシピですが、そこに自家製発酵調味料を使うことで今までにない進化を遂げる新しい味わいになっています。
デンマーク・コペンハーゲンのレストラン『noma』のシェフ、レネ・ゼレビさんが発酵を料理に取り込むことで世界を驚かせる新たな料理を生み出したように、古来の知恵を現代に蘇らせ、料理を進化させていく……この楽しさを多くの人とシェアできたらという気持ちだからです。
お客様とのコミュニケーションも大切に
江口 発酵調味料を使っているので、よりワインとの親和性も高いと感じています。ワインはペアリングが流行っていますが、うちでは逆に好きなワインを飲んでいただけたらと思っています。ソムリエに遠慮なく好みや気分など伝えてください。
厨房のスタッフにもどんどん声をかけてほしい。そういうコミュニケーションも大切に、とにかく食事の時間を楽しんでいただき、今日はしっかり食べたいとか、軽く食べつつしっかり飲みたいとか、好きに使える“行きつけ”にしてもらえたら嬉しいです。
※ 2024年9月現在の情報となります。
※ 表示価格は全て税込価格です。
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