Jean-Georges Tokyo 10th Anniv.

天才シェフ、ジャン・ジョルジュ インタビュー|フランス料理の革新者、その哲学と美学

六本木ヒルズの中心、六本木けやき坂通りに佇む『ジャン・ジョルジュ トウキョウ』。グランシェフ、ジャン・ジョルジュ氏がアジアでの修業時代に会得した巧みなスパイス使いによる洗練された料理ともてなしのモダンフレンチ。ニューヨークの本店では、ミシュランガイドニューヨーク版創刊以来、19年連続して星を獲得し食通の舌を魅了してきました。このたび、六本木ヒルズ店の開業10周年を迎えるにあたり、ジャン・ジョルジュ氏が来日。2日間限定で繰り広げられたイベントの合間を縫って、ご本人にお話を伺いました。

TEXT BY AKIRA TANAKA
PHOTO BY HIROHIDE YAMADA
EDIT BY TM EVOLUTION.INC

——幾度も来日されていますが、日本の印象などで感じることはありますか?

JG 六本木ヒルズに店をオープンして10年になりますが、その間日本を訪れるたびに新しいインスピレーションを得ることができます。そのひとつが、日本の食材を使って料理を作れるということです。また四季の移ろいを感じられることも良い経験です。ヨーロッパで作り上げた私の料理哲学をベースに、例えば北海道のカニやキンキといった魚介、アスパラガスといった野菜など旬のものや、ゆず、昆布、出汁といった調味料や食材を料理に生かせるのが楽しいですね。日本は料理のアイデアやインスピレーションの宝庫です。青山・国連大学前の「ファーマーズマーケット」には日本に来たら必ず足を運び、色々なものを購入しますが、オーガニックや各産地の食材は魅力的です。それらで得たひらめきを持ち帰り、ニューヨークでも生かしています。築地にあった頃の中央卸売市場にも何度も行ったことがありますし、マグロのせりも見たことがあります。日本は季節の風情が豊かで春は桜なども咲き、とても美しいですね。初夏にかけての食材も豊富です。秋にはきのこなど実り豊かな食材も多いので個人的には春や秋が好きですね。日本の夏は酷暑ですから(笑)

——六本木ヒルズに店を構えたきっかけや、この地への思いなどをお聞かせください。

JG 12年ほど前に六本木の『グランド ハイアット 東京』に宿泊した時、このエリアを散策しました。高級住宅地でもありながらビジネス街でもあり、ショッピングも楽しめる、とてもよいエリアだと。ハイエンドなこの街には何か計り知れない可能性があると直感的に感じました。六本木ヒルズのこの店は『ジャン・ジョルジュ』の名を冠したレストランの中では1階カウンター14席と最も小規模です。しかし路面店で個別のエントランスを構える上質なメゾンですし、何より森ビルの施設内というステイタス、その地の利は何ものにも代え難いものです。小さいですが、むしろお客様と近い距離でお話をしたり、行き届いたサービスができたりと私にとってはとても大切な一軒です。“カウンターでお任せコースというスタイル”も日本的。そういう試みは私にとって貴重です。

料理はメモリー。アニバーサリーには原点回帰し、普遍的なメニューを提供

——10周年の記念メニューはどのような内容なのでしょうか?

JG 普段はひと月に1度メニューをアップデートし、フランスとニューヨークのレシピを日本のスタイルで提供しています。今回の記念メニューは原点に立ち戻り、10年前のオープニングでお出しした料理を提供します。料理はメモリーです。スペシャリテのキャビアエッグ、鮮魚のグリル、ロブスター……。1997年ニューヨークに『ジャン・ジョルジュ』をオープンした時もこのメニューです。また昨年オープンした京都でも同じメニューをお出ししました。

ジャン・ジョルジュ・ヴォンゲリヒテン|Jean-Georges Vongerichten 1957年フランス・アルザスのストラスブール出身。16歳の時、当時3つ星の『オーベルジュ・ド・リル』で料理人の修業をスタート。22歳の時に、フレンチシェフとしてバンコクのオリエンタルホテルに赴任。その後シンガポールのメリディアンホテル、香港のマンダリンホテル、大阪のプラザホテルとアジアでの経験を積み、1986年ニューヨークに渡りドレイクホテルで5年間勤務。1991年に満を持して自身がオーナーとなるビストロスタイルのカジュアルレストラン『JOJO / ジョジョ』をニューヨークにオープン。NYタイムズで高評価を得る。以降、様々なレストランのアイデアを具現化するために、コンセプトの異なるレストランを世界中で展開している。

——原点といえば、ジャン・ジョルジュさんのプロフィールには、生まれ育ったストラスブールでの家族との食の思い出が色濃く残っているそうですね。

JG ドイツの国境近く、海がない地域で育ったので、カエル、うなぎ、ザワークラウト、ローストポーク、ソーセージ煮込みといったいわゆるアルザス地方伝統のシンプルな田舎料理をよく食べていました。魚は週に1回くらいで、他の日は肉料理です。鴨、フォアグラなどを使ったどっしりと重い肉料理も多かった気がします。今回お出しする「ブラックフォレスト」というデザートは、ドイツの「シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ」に想を得て考案したオリジナルですが、よく散歩した生まれ故郷の深い森をイメージしてデザインしました。子供時代も含め、これまで経験したことをシェフとも共有し、料理へ大いに投影しています。

開店10周年特別メニュー(ランチ¥25,000、ディナー¥30,000・サービス料10%別)より、アミューズ3点。(奥)「ツナヌードル ジンジャーマリナードソース」。9種のスパイスを使った本マグロの赤身をヌードル仕立てにし、コブミカンの葉をトッピング。(左)「ウニのトースト ゆずのグレーズ」。バターを塗ったサワーブレッドに、ゆずのグレーズソースと唐辛子で味付けした北海道産のウニをのせて。(右)「クリスピートラウト“スシ”」。酢飯をプレスして固めて米粉をまぶして揚げたものに、チポトレ(唐辛子)などを挟み、上には信州サーモンを。

『ジャン・ジョルジュ』といえばこちらのスペシャリテ「スクランブル エッグキャビア」。卵の殻の中には優しく火入れし、塩とバターのみで味付けしたスクランブルエッグ。レモンの香りとウォッカを効かせたクリームをまとわせ、ジャン・ジョルジュセレクトのキャビアを。

——これまでの経験といえばアジアのホテルのレストランでも数多く研鑽を積まれているようですね。大きく影響を受けたことはありますでしょうか。

JG 私の料理人としての経歴はアルザスにはじまり、リオン、そしてアジアのタイ・バンコクに移りますが、バンコクではとにかくカルチャーショックを受けました。パクチーやレモングラス、口にしたことのない食材が多くありましたから。フランスではドライで使うもの……例えばジンジャー、ココナッツ、胡椒などを生で食べたのも初めてでした。それは例えばドライとフレッシュなガーリックが全然違うのと同じような鮮烈な体験でした。唐辛子も多種多様で、フレッシュスパイスには本当に驚きました。今でこそポピュラーな醤油やナンプラーも、1980年代のフランスではあまり使われていませんでしたから。

ナツメグの香り豊かなローストしたホタテ貝を主役にしたひと皿は「ローステッド スカラップ カリフラワー ケイパー レーズンエマルジョンソース」。コクのあるソースにイタリアンパセリをあしらって。

「グリーンアスパラガス マッシュルーム シェリービネガー ビネグレット」。旬のグリーンアスパラに香ばしく焼いたマッシュルームとハーブを添えて、見た目も味わいも爽やかなひと皿に。

バターで和えたズッキーニとトマトをアイナメのローストにトッピングした「アイナメのシアード シャトーシャロンソース」。芳醇なソースは煮出した香味野菜の出汁を、白ワインとヴァン・ジョーヌ(黄ワイン)と呼ばれる「シャトー・シャロン」で香りを出し、バターで仕上げたもの。

——アジアで展開されている他の『ジャン・ジョルジュ』のレストランと六本木ヒルズ店との違いはありますか?

JG シンガポールや上海など、それぞれの地で趣向を変えています。例えば、日本国内の東京と京都を比べても、京都は清冽な水と空気に育まれた米、京野菜、山菜など、地の食材をふんだんに用い、より日本的な部分を色濃く意識しています。東京はそれよりグローバルな印象です。日本全国はもとより、世界中の豊富なハイクラスの食材が集結する都市。それによって料理のインスピレーションをより高めてくれるのです。また東京には素晴らしいレストランがたくさんあることは、大いに刺激になります。

——ジャン・ジョルジュさんにとっての料理における美学や哲学とはどういったものですか。

JG 私は何より季節感を大切に考えています。春が旬のアスパラガスを秋には調理したくないですし、たけのこの旬はたった2、3週間ですが、この“短い旬”こそが重要なのです。今はビニールハウスなど栽培技術の向上によっていつでも美味しく食べられるイチゴも私は旬の春が一番だと思っています。四季や旬に寄り添って料理することが私の本意とするところです。日本では72の季節(二十四節気七十二候)があると聞きますから、本来はメニューを72回変えなくてはいけないですね(笑)。また食材は仕入れたらなるべく早く調理することも心掛けています。そして、タイを中心としたアジアでの料理人としての経験……例えばタイのチリやココナッツ、漬物などの日本の発酵食品、ドイツのザワークラウトなども含め、私の経験から得たものをひとしずく加えることが私の料理の哲学であり、美学です。

トーストしたバゲットに、低温で優しく火入れし、ふっくらとしたロブスターをのせた「ロブスター タルティーヌ」。ロブスターの殻から取った濃厚なソースには、フェヌグリークやレモングラス、ナッツ、コリアンダーなどのスパイス類を加え、複雑で凝った味わいを表現。

肉料理は「フランス・ブレス産小鳩のロースト」。シナモン、クミン、ジンジャーをミックスしたものをまぶした小鳩のロースト。下に敷いたのは鳩のジュ(出汁)でゆっくり火入れした玉ねぎのローストやリザーブドレモンなど。奥はコーンパンケーキの上に、シブレットをのせたフォアグラのソテーを。

ジャン・ジョルジュ氏が小さい頃の思い出を投影したというデザート「ブラックフォレスト」。グレイズドチェリー(シロップ漬けチェリー)、バニラクリーム、サワーチェリーソルト、アーモンドなどを用いて、木や木の葉を表したチョコレートで洗練されたデザインに。

——今後の目標や六本木ヒルズのお客様にひと言お願いします。

JG 将来的にはもっと野菜をメニューに取り入れていきたいと思っています。世界的な潮流として健康を見据え、お客様を腹12分目なほど満腹にさせないというのも大切です。優秀なスタッフがベストチームでお客様をお迎えします。是非“お任せコース”をお試しください。四季や旬を料理に込めた『ジャン・ジョルジュ トウキョウ』流の味とスタイルをご堪能いただければ嬉しいです。

スタッフから見たジャン・ジョルジュ氏とは?

“『ジャン・ジョルジュ トウキョウ』のスタッフは最高のチーム”と語るジャン・ジョルジュ氏。ではスタッフから見たジャン・ジョルジュさんはどう映るのだろうか。同店で調理を統括するエグゼクティブシェフの望月良一氏に聞きました——


「ジャン・ジョルジュは、世界中で60店舗以上のレストランを経営していますが、なかなか有名シェフといえどもそれほどの店をもっているシェフはいないでしょう。それは料理の技術は言うに及ばず、人としての“人間力”を持ち合わせているからだと思います。好奇心旺盛でインスピレーションとアイデアを求めて様々な国を常に渡り歩き、自らを“世界人”と称しているほどです。例えば、普段、自国では火を入れて食べる食材を、訪問した国では生食するとしたら、躊躇なく生を口にして料理のヒントにするような方です。お会いする度、食に対するあくなき探究心、経営者としての手腕に感服しています」(望月シェフ)

ジャン・ジョルジュ トウキョウ 住所=東京都港区六本木6-12-4 六本木ヒルズ 六本木けやき坂通り 1F 電話=03-5412-7115 営業時間=11:30〜15:00(L.O.13:30)/17:00〜23:00(L.O.21:00) 定休日=無休 ※各種クレジットカード利用可

※2024年6月現在の情報です。
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