「合気道って気を大事にしてるんですけど、その気は動作をする前からもう発せられてるものというか、相手から。それをキャッチすることによって、合気の技が成り立つわけです。音楽もそうなんですよね。音を出した時に反応してたら遅いわけで、その人が何かやりそうっていうところから始まっているから、その気配みたいなものをキャッチするっていうところはすごく似てる」
TEXT BY sumiko sato
PHOTO BY Shingo Wakagi
hair & make by Rie Tomomori
ある日、ライブに行ったら、キーボードがやたらかっこよかった。あれは誰? それからいろいろと音源をたどって聴いてみたら、活動の幅の広さに驚いた。簡単には輪郭を定めようとせずに疾走しているアーティストがいた。そして話してみた小田さんは、自らやっていることの先や、反対側や、裏側を、いつも見つめて、探していた。話している最中でさえ思考の視点がどんどん動き、そして確実にひとりの自分に戻ってくる、その運動の習性がとても魅力的だった。
——三浦透子さんのライブで拝見したんです。
小田 聞きに来てくださった。
——はい、横浜へ。その時初めて小田さんの演奏を聴いたんです。それで、なんだかすごいぞ、と思って。それからいろいろな音源を聞いたんですけど。たくさん歌を歌っていらして、さまざまなことをされていて、驚いちゃって。
小田 そうなんですよ。
——いろんな人といろんなジャンルのいろんなことをされていますが、成り行きでそうなっていったんですか。
小田 そうなんです。ほんとに成り行きで、こうしようとかいうふうにあんまり思ってはいなくて、出会った人とって感じです。
——じゃあ大体向こうからオファーが来る?
小田 CRCK/LCKSというバンド活動をやってますが、そのバンドに関しては自発的に。でも何か、そうですね。大学時代に作曲科にいたんですけど、演奏する人っていいなと思っていて。ただ、クラシックをめっちゃ弾けますとか、ジャズをめっちゃ弾けますとか、そういうジャンルに特化した技術があるとは思っていないから、どうかなとは思っていたんですけど。
その時にたまたま高橋竹山さんっていう三味線の方と出会って。それで全国いろんなところに連れてってもらったのが結果的に演奏活動のスタートみたいな感じになって。それまで全然民謡のことは知らなかったんですけど。竹山さんが現場特訓型というか、知ってても知らなくてもとにかく舞台に上がることで演者は鍛えられるんだ、みたいな感じの人で。全然よく分かってない民謡をおじいちゃんおばあちゃんの前で演奏するということをやって、けっこうメンタル的に鍛えられた。そこから始まって、出会った人とやってきた感じです。
——じゃあまずはライブからですね。
小田 そうですね。
——ずっと「演奏する人」になりたかったんですか。
小田 元々は作曲する人になりたかったんです。作曲家ってかっこいいなと思って。楽譜って、残ってれば演奏できるじゃないですか。
——うんうん。
小田 それがいいなと思って。ベートーヴェンとか、いまだに演奏できる。
——そうですね。
小田 すごいなと思ってて。だから作曲家になりたかったんですけど、でも何か徐々に、楽譜は同じなのに演奏者によって全然演奏する内容っていうか、かっこよさが違うっていうことの面白さとか、そっちのほうが気になってきて、演奏したいなって思うようになった感じです。
——「演奏する人」の時と「作曲する人」の時は、違うモードになるんですか。それとも同じように感じるんですか。
小田 結果的に、それが混ざった状態でいられる現場に呼んでもらえてるっていう感じはあって。自分は演奏に特化していると思っていないので、そういう現場だとあんまりうまくいかなかったりするんです。三浦透子ちゃんもそうですけど、俯瞰(ふかん)して見る目があるというか。もちろん演じて没頭するってこともあるけど、遠くから見るってことと近くから見るってことが両方できると、すごく心地がいいというか、やりたいことができるというか、力が発揮できるので、そういう居方、存在の仕方を許してくれる人と一緒にいるっていう感じがします。
——ライブもやるし、編曲もしたり、スタジオで一緒に作ったり。
小田 作曲してる時は、何かを構成することにおいては客観的なところがあるんだけど、演奏をしてる時はパフォーマンスに没頭してなきゃいけないから、同じところもあるけどけっこう違うところはあるんです。それが混ざってる部分を楽しめる人と、みたいな感じです。
——じゃあどういう環境で入っていけるか、みたいなことで仕事を選んでいる?
小田 今そう言いましたけど、あんまり選んでるっていう感じではなくて、自然とそういう人たちと出会うというか、仲良くなることが多いのかもしれないです。
——そうなんですね。東京藝大を卒業されていることもあって、曲を作る時には理論みたいなこともあると思うんですけど、演奏はもうちょっと肉体的というか、自然に出てくるものでもあるように想像します。
小田 作曲っていってもすごく広くて、いろんなやり方で作曲してる人がいると思うんですけど、クラシックの勉強をしてると一応美学がはっきりとあって、それは一回学んじゃうとどこかずっと染みついてる。これが美しい、みたいな感覚。それがちょっとコンプレックスだったこともあって。その美学って、別にただ、一つの美学じゃないですか。絶対正しいわけじゃなくて一つの宗教みたいなものだから。だから、それからちょっと逃れられない、自由じゃないなみたいなことを思ってたことがあったんですけど。
最近はそういうものが自然に出てきたら、それはそれで自分のものとして受け止めつつ、でもあんまり考えずに作ってみよう、みたいな感じです。取りあえず列車を発車させて行き着くとこまで行ってみよう、という気持ちで作曲できることがちょっとずつ増えてきたので、そういう意味ではより楽しくできてる感じがします。
——大学を卒業してからそこまで、10年くらいかかったことになるのかな。でも大学以前から作曲はされていましたね?
小田 うちの母がピアノの先生だったので5~6歳ぐらいからヤマハ音楽教室に通ってたんですけど、そこが子どもに作曲させる方針で。全然数は多くないんですけど1年に何曲か作ってました。
——覚えてますか? 5歳の時作った曲。
小田 一番最初に作ったのが組曲みたいな、ピエロの曲を作ってて。ピエロが好きだったんですけど、最初はすごく楽しいピエロがみんなにワーとか言って空中ブランコとかやってて、途中でちょっと家に帰って切なくなるというか悲しくなるみたいな。たぶんチャップリンの『ライムライト』か。
——5歳で『ライムライト』!
小田 『ライムライト』のオルゴールがうちにあったんです。ピエロがこうやって自転車をこいでいて。その旋律のもの悲しさが子ども心にすごく好きで。そこから直接的に影響があったと思うんですけど。ピエロって、めっちゃ人を楽しませるけど、ちょっと悲しくてかっこいいみたいな。
——ピエロになりたかったって、どこかでおっしゃってましたね。
小田 そうそう。ピエロになりたいみたいな気持ちが演奏家になりたいみたいな気持ちと通じていて。
——喜ばせつつ、ちょっと俯瞰してというか寂しいというか。
小田 そうですね。そういえば、喜ばせたい、という気持ちって自分にとってけっこう大事なんだなって、最近考え事をしてて改めて思いました。
——ピエロって、顔に涙を描きますよね。
小田 泣き笑いですよね。映画の『ジョーカー』もそうですね。
——作曲の種というか、どういうことに刺激とかきっかけを受けて作るんですか。
小田 そうですね。そこは盛り上がった時、自分の中でエネルギーが湧き上がってる時は書けるみたいな、普通にやる気の問題になる感じです。何がっていうテーマが先にあるわけではないんですけど、何か作れそう、みたいな、そわそわする感じがあると何かを捕まえられるというか。これは面白そう、こういうことをやりたい、っていうアンテナが立つみたいな感じなのかな。
——そわそわするきっかけはいろいろあるわけですか。
小田 そわそわするきっかけは、そうですね、いろんなところにありますね。最近ごみの収集場が気になって、見学ツアーとかに行ってきたんですけど、すごく面白くて。面白いって言うとあれですけど、東京ってこんなことになってるんだみたいな。別にそこから今、直接的に曲が生まれてるとかじゃないんですけど。それはネタ探しのために行くんじゃないんですけど、でも自分が興味を持ったことは全部、取りあえず気になったら行ってみるとか、気になったらやってみる。そういうことから、後から自分の中に残ってたものを時間の経過を経て引っ張り出してくるみたいなことはあるかもしれないです。
——人から頼まれる、初めからテーマがあるような場合と、自分でただ作ろうみたいな時と、両方ある?
小田 それが難しくて。人に頼まれることを長くやってたら、自分からやるスイッチが入りにくくなっちゃって。それを最近、勘を戻すじゃないけど、そっちに切り替えていかないと人生がつまらないなと思ってやってるんですけど。人に頼まれたほうがやっぱり楽、楽っていうか楽しめる。そのお題をどうしようかっていうふうにやる楽しさがすごくあって。
——そうですね。
小田 佐藤さんは翻訳もやってらっしゃるんですよね。
——はい。
小田 その場合は絶対的に題材があるわけですよね。
——そうです、完全に。自分からじゃないっていうところを楽しむという。
小田 ですよね。でも、それをどう伝えようかみたいなとこに。
——そうですね。だから、もうひとつ手前の、何を訳そうかってところがすごく大事で。
小田 そうですよね。本によると思いますけど、一冊にどのくらいかかるんですか。
——半年とか、1年とか。
小田 いや、でもすごく分かります。自分がずっと付き合えるものじゃないと付き合えないですよね。
——そうなんです。作曲しようって時は、すわって、さあこれからやろう、っていうふうにやるんですか。
小田 そうできたらいいなって思うんですけど、全然できないです。村上春樹さんみたいに早朝から午前中までとかね。
——朝走ってから、みたいに。
小田 そうやりたいんですけど。ほんとに興が乗った時みたいな感じだから、寝る前に思いついちゃったら起きなきゃいけないというか、そこからやんなきゃいけないし。それはそれでいいんですけど、そうじゃない、毎日のルーティンとしてやるみたいな作り方もちょっとこれからしてみたいなと思ってます。
——起きてご飯作って食べたり、テレビは見るかどうか分かりませんけど、そういう日々やることの中に「音楽を作る」は自然にあるんですか。それとも、音楽作ってる時は没頭して他のことはあんまりしないのか。毎日の暮らしはどんなイメージなのかなと思って。
小田 憧れとしては生活の中にあるっていうのが憧れなんですけど、今はまだそんな感じではなくて。演奏とか練習とかはルーティン化がある程度しやすいというか、やることが見えてるからいいんですけど、作曲はまだ全然自分でもつかめないものとして捉えてるんだと思います。
でも、つかめないものとして捉えない作曲も全然あるなと思うから、それはちょっとやってみたいんですけど、やっぱり没頭するとご飯とか忘れちゃうみたいな感じはけっこうありますね。一人暮らしなのでいくらでもできちゃうので。一緒に住んでる人がいるとリズムをその人と合わせてということもありそうだけど。一回、がーってなっちゃうと戻ってくるの難しいです。
——人と暮らすのは、今は難しい感じですか。
小田 いや、暮らしたいです。
——本当?
小田 暮らしたいけど、なかなか相手がいなくて。
やらない後悔よりはやる後悔のほうがいい
——歌もたくさん歌っていらっしゃるけれど、演奏する時と歌う時っていうのも違うんですか。
小田 どうなんだろう、違うのかな。そこはあんまり分けては感じてないかもしれない。
——歌が楽器っぽいというか、弦楽器みたいな歌を歌う人だなと勝手に思ったんです。
小田 ほんとですか。うれしいです。弦楽器大好きなんで。楽器みたいに自分のことを考えていて。それはそれこそ三浦透子さんとかと似てる感じがしてるんですけど。だからあんまり私の歌はこう、みたいなふうに思ってなくて。音楽のほうがすごいと思ってるというか。その音楽に自分がどういられるか、みたいな意識のほうが強くて。だから歌う時、楽器的な存在をしているかもしれないです。ただ、それが最近どうなんだろう、違う在り方もあるだろうなと思って。バンドの新しいアルバムは、楽器的な在り方じゃない在り方をちょっと自分でやってみようかなと思ってやりました。
——歌詞の言葉の意味は、楽器としての歌の中でどういう位置付けになるんだろうか。意味より音なんですか。
小田 いや、そこはほんとに不思議で、魔法みたいなとこだと思ってて。メロディーと言葉の組み合わせっていうか、奇跡的に絶対にそれでしかないものみたいなのがあったりするじゃないですか。歌謡曲の名曲とか。それは、おっしゃってることとまたずれちゃうかもですけど、意味の遠近ときっと関係があるんだろうなと思ってて、意味が分からなくても受け止められる音としてっていうこともすごく大事じゃないですか。
——うんうん。
小田 洋楽とか聞いてても、分かんないけど何かかっこいい、エネルギーがあるっていう。そのエネルギーとしても音として受け取ってるっていう部分と、でもたまにその意味が近づいてくるとなるほどみたいな、また自分の中でエネルギーが生まれるみたいな。全然突き詰められてないですけど。言葉と音楽の魔法みたいなものはなかなか分析できない。音楽、特にクラシックとかってすぐ分析できるって思いがちだけど、それも後付けの解釈に過ぎないし、みんななかなか魔法について分かってないからこそ、私もずっと惹かれ続けてるというか。
——難しいですよね。でも確かに意味の分からない洋楽とかもいいなと思ったり……
小田 しますよね。
——します。でも、そんなにひどいことを歌ってはいないという信頼がないと楽しめないじゃないですか。
小田 そうですね。何かの本で読んだんですけど、ほんとにいい俳優さんはレストランのメニューを読み上げただけで人を泣かせられるとか。それって、究極的に意味じゃない世界じゃないですか。歌もそういうところがあるし、言葉って面白いし難しいですよね。
——作詞はどういうふうにやるんですか。
小田 作詞は音楽を作るよりもハードルが高くて。メロディーと一緒に出てくる時もフレーズみたいに、それこそ意味で考えてないというか。何で自分がそんなこと思ったのか分かんないけど、メロディーと言葉が一緒に出てきたみたいな部分を大切にして一曲にするっていうこともあったり。あと、音楽を先に作って、そこに言葉を当てはめていくってこともあったり。あと、自分の詞ではやったことないんですけど、人の詞に曲を付けるのはけっこう好きで、それは言葉のほうに連れてってもらうというか。
——三枝伸太郎さんとの「Duo」で、詩を歌っていますね。
小田 あれは作曲は三枝さんのが多くて、自分の曲はあまりないんですけど。そう、あれは人の言葉で歌う。私は役者じゃないですけど、ちょっと役者的な気持ちというか、そういうところはあるかもです。
——歌手になりたかったこともあったんですよね。
小田 歌手になりたいとは思ってたんですけど、私は歌姫タイプじゃないって子どもの頃から思ってたので。
——自分のことを?
小田 そうです。だから、前に出ていくっていう選択ができなかったんですよ。同時に作曲が好きだったから、だったら裏方的なというか、誰かに歌ってほしい、と。曲書くほうがいいなあっていうのもほんとの気持ちだったんですけど、同時に自分は歌姫じゃないからみたいな諦めみたいなのもあって、それを大人になってから解消してるって感じです。ちょっとずつ。
——ある時から出ようと思った。
小田 そうですね。やらない後悔よりはやる後悔のほうがいいみたいなこともあるんですけど。震災の年に……別に私は震災で大きな被害を受けたということはないんですけど、あの時に大学生で、美術学部の友達が立ち上げた卒業展示に音楽で関わっていて。けっこう大きな企画だったんですけど、それが震災でおじゃんになった。
その時のムードとか、やろうと思ってたことが、ぱって、自然なことによってできなくなっちゃったこととかを見ていて、やっぱりやりたいなってちょっとでも思ったことはどんな形でもいいからやっとかないと、自分の人生に対して駄目だと思って。そこら辺から何となくライブハウスで歌ったりとかするようになった感じでした。
——まだやれてないけど、これからやりたいのはどういうことですか。
小田 最近人と演奏することがすごく楽しくて、そういう現場がありがたいことに多くなってるので、それはそれでとてもうれしいんですけど。音楽だけじゃないと思うんですけど、社会で人が生きていくって、やっぱ人と共有できることをやっていかないといけないじゃないですか。独り善がりじゃないことというか。だからある程度は意味を共有できることをやってかなきゃいけないんだけど、全然そういう意味から離れた遠いところの音を聞きたいとか作りたいみたいな気持ちがあって。ただ、それはなかなか人と共有し合えないかもしれないから仕事にならないかもしれないとか、そういうことを考えてしまうんです。でも、そうですね、もっと、あ、話してて思ったけど、やっぱりだから人に聞かせるみたいなことをどこかで意識してるけど、全く人に聞かせなくていい音楽みたいな、神の奉納音楽とかあるじゃないですか。
——聞いちゃいけない音楽。
小田 聞いても全然いいんだと思うんですけど、たまたま聞いてた、みたいなぐらいの音楽をやってみたい。
——それは何か自然の中の音みたいなことに近いのかな。たまたま通りかかると聞こえるぐらいな。
小田 雅楽の笙(しょう)っていう楽器があって、最近それを習い始めてて。すごいんですよ。ここら辺 [顔の前] で吹くから、ここら辺 [あたまのあたり] がわーって響いて、吹いてるほうもけっこうちょっとトランス……トランスまでいかないけどちょっとふわってなるみたいな感じがあって。
完全に音の方向が上だから、もちろん人は聞こえるし、みんなで共有するんだけど、向いてる先が違うな、みたいなことを思ったりとかして。そういう、人間はたまたま聞いてるぐらいの音楽をやってみたいな。いろんな人と。一人ではできるんです。家でやってればいいから。それを人とできたらいいな、って思ったりしてます。
——それをたまたま聞きたい!
小田 あ、でも全然才能ないんですけど、絵を描きたいとかはあります。
——そうですか!
小田 そう。ほんとに自分で家で何かいろいろやるたびに、とにかく見た目のセンスが私はないと思って絶対に頓挫してしまうんですけど。でも、そういう自意識を気にせずに何かを作るみたいなことをやりたいなと。
——やってみてるんですか。
小田 粘土がすごく好きで、家で粘土作ったりとか。作るってほどではないですけど。そういう時間は大切にしたいですね。
たまたま行き当たって、取りあえず体験してみる
——いま、ライブに行く人が増えていると聞きます。ライブが盛り上がっているという実感はありますか?
小田 ライブ、どうなんでしょうね。私も聞きたいです。逆に。ライブが復興する時代なのだろうか。
——ざっくり言えば復興するのかなとは思いますね。ライブが大好きという人もけっこういるし、自分の好きなアーティストのライブだったらどこへでも行くみたいな人もたくさんいる気がする。フェスもたくさんあるし。
小田 確かに。フェスとか、そういう人たちが緩やかにつながる場所みたいな感じなんだろうけど。推しみたいな、自分が決めたものをずっと追うみたいなこともすごくいいと思うんですけど、特に決めてないけど取りあえず体験するみたいな、そういう感覚があると人生いいよな、と自分に対しても思ったりするんです。音楽もそういう体験の仕方、できるといいですよね。
——私もフジロックにずっと行ってたんですけど。フジロックの楽しみは、もちろんいくつかお目当ての人がいるんだけど、全く知らない人をたまたま行き当たって聴いてっていうのが幾つもあるんです。それが、すごく楽しい。午前中とかで別に見たいものが何もなくて、ふらっと行ったステージが一番印象に残ったりするから。
小田 そうなんだ。
——それがすごい。
小田 フェス、本屋さんに行って、目当ての本じゃないけど買っちゃったみたいなね。
——そうそう。
小田 そういう出会いがやっぱりいいんですよね。
——いいんですよ。
小田 私は人混みが苦手で、出演しているくせにあまり行ったことがないんですけど。でも本屋さんとかで偶然の出会いをするのは大好きで。だけど、最近本屋さんすごく減ってるじゃないですか。うちの近所の何軒かも閉店しちゃって、すっごく悲しいんですけど。
——本屋は大事ですよね。
小田 本屋はほんとに大事。
——私も本屋での出会いは大好きです。ネットではあれは起きない。
小田 ネットにも偶然はあるけど、なんか質が違いますよね。
——勧められるものも自分がかつて見たものの周りだから、全く違うものをこれどう?って言ってくれないでしょ。
小田 そういう偶然の出会いの場が全体的にどの業界も少なくなってるんですかね。
——そうかもしれないですね。それは推し文化の反対側ですね。
自分の意識するポイントを定める
——音楽以外で何かはまってることはありますか?
小田 最近いろんなところで言ってるんですけど、合気道にはまってて。
——合気道。へええ。どこかで習ってるんですか。
小田 うちの近くに道場があって、ほぼ毎日開いてるんです。で、いつ来てもいいみたいな感じで。いつもやってるわけじゃないけど、都合が合う数時間があったら行ってよくて。だから、仕事があんまりない時は週4とかで行って、忙しくても週1ぐらいでは行っていて、1年半ぐらいやってます。めちゃくちゃ面白いです。
——まず行って、どうするんですか。
小田 道着に着替えて、作法というか、礼とかいろいろやって。
——一斉に始まるわけですね。
小田 そうですね。一斉に始まって、体操を10分とか15分とかやって、そこから技の稽古に入るんですけど。なんかめちゃくちゃ音楽と似てて、合気道が。合気道をやってから、より演奏することが楽しくなってて。
——どういうところが似てるんでしょうか。
小田 合気道って気を大事にしてるんですけど、その気は動作をする前からもう発せられてるものというか、相手から。それをキャッチすることによって、合気の技が成り立つわけです。音楽もそうなんですよね。音楽も音出した時に反応してたら遅いわけで、その人が何かやりそうっていうところから始まっているから、その気配みたいなところをキャッチするっていうところはすごく似てる。
あと、私が行っている合気道の流派っていうか、合気道の中にもいろいろあるんですけど、私が行ってるとこはとにかく力を抜いてリラックスするっていうのが教義みたいな流派で。リラックスすればするほど技が決まるっていうところなんです。それも音楽もほんとにそうで、ライブとかで、いい演奏してる人は絶対体の状態がリラックスしてる。どんな力強いものだったとしても力みではない力の使い方してる人っていうのがすごくいい音出すわけです。そういう、うすうすというか、別に合気道やらなくてもみんな直感的に感じてることだと思うけど、それを分解して理解すると、なるほど、この人、いや、こういう感じなんだみたいなのが見えてきて面白いです。
——ライブのアドリブという感じ?
小田 アドリブがなくても、決まりきったことやってても全然そうなんです。私が行ってる流派は野球人で通われていた方が多いみたいで。王貞治さんとか。あんまり公表されてないけど長嶋茂雄さんも実は行ってて、ちょっとだけ創始者の先生に習ってたらしい。今話題のドジャースにも教えに行ってたとかいうとこなんです。王さんの一本足打法っていうのがあるじゃないですか。あれがうちの流派の稽古してる時に編み出されたという話を、王さんが対談で言っていて。私もたまに一本足でキーボード弾くんですけど(笑)、ちょっとね、いいんです。
——ミートが。
小田 そう、すっ、て定まるというか。前から自然とやってはいたんですけど。
——姿勢が変わりましたか。
小田 姿勢というよりも、自分の意識するポイントが定まるというか、落ち着けるというか。他のところに余分な力が入らないみたいな。多分ずっとやってるとつらいんですけど。
——合気道は1回行くとどれぐらいやるんですか。
小田 1時間でもいいし2時間でもいい。
——それは基本1対1で?
小田 基本は1対1でやります。たくさんいる時はいろんな人と組んだりして。
——興味が湧きました。
小田 ぜひお勧めです。あと荷物が軽くなりました。体感が。物の持ち方とかが自分の体の使い方一つで変わってくる。どうですか。
——通われている教室は何という流派ですか?
小田 心身統一合氣道というところです。現代人は心と体が一致してないみたいなところから始まってて、心の状態と体の状態を一致させましょうみたいな合気道で、あんまりアクティブ過ぎないというか、落ち着くというか。
——合気道以外にはスポーツはやってこなかったですか。
小田 どちらかといえば運動音痴なので、人とやるようなスポーツはやってなかったんですけど。水泳は誰とも会話しなくていいし、ずっとひたすら泳ぐみたいなのは、8年ぐらいやってて。そんなにいっぱい泳ぐとかじゃないですけど、ちょっとだけ毎日泳ぐのはやってました。人と関わることにすごく消極的なんです、基本的に。合気道に行き始めて、ちょっとそれが楽に、楽というか構えなくていいんだなって思えるようになって。今でも全然構えちゃうんですけど、来たものを受け入れるみたいな感覚がちょっとだけ付いたかもって感じはあります。
——でも音楽家は人に向かって開かないといけない仕事じゃないですか。
小田 逆に言うと、音楽があるからできてるっていうか。音楽がなかったら全然話せないんですよ。人と。
——うーん、そうかそうか。
小田 だから楽器も音そのものだって思っていれば向き合えるんですけど、何か意味を持ちはじめるとなんかウッてなっちゃう。
——じゃあ何かこういうことをみんなに伝えよう、発言しようとか思って音楽を作ったりはしないんですね。
小田 そういう作り方はあまりできないですね。
——鍵盤はもう自分の延長みたいな感じですか。
小田 それはけっこう子どもの頃の環境で、グランドピアノが家にあって、その下で寝てたりとか、ちっちゃい頃とかしてたので、ほんとにパーソナル過ぎて、逆に見られるのが恥ずかしいぐらいな感じなんです。部屋を見られてるような感じです。だから、バンドとかでキーボードぐらいのほうがまだ気が楽っていうか。今日みたいにグランドピアノがあると、ちょっと見られてる感があって恥ずかしくなっちゃう。
——個人的なものなんですね。
小田 そうですね。けっこう個人的な感じです。
——相性のいいピアノってあるんですか。
小田 それはやっぱありますね。それ一番最初に演奏活動を始めたのが竹山さんっていう話しをしたんですけど、竹山さんと行った時にはとにかくいろんなとこに連れて行ってくれて、いろんな状態のピアノと、それこそ合気道っていうか。あったら、ああこんにちは、そういう感じですね、みたいな、お願いします、みたいな感じで、ほんとに一期一会だから。たまにすごくいい出会いとかもあったり、今日は大変だけどよろしく、みたいな、お互いに人見知りみたいな時もあったりとかして。
——人格があるのね。
小田 あります。けっこうツンデレのピアノとかあります。
——全国を回ったら、その振れ幅が大きそうですね。
小田 大きいです、ほんと。
——おもしろい……きょうはとってもおもしろかったです。ありがとうございました!
佐藤澄子|Sumiko Sato
1962年東京生まれ、名古屋在住。クリエーティブディレクター、コピーライター、翻訳家。自ら立ち上げた翻訳出版の版元、2ndLapから『SNOW FOOD』『ニーナ・シモンのガム』『スマック シリアからのレシピと物語』発売中。訳書にソナーリ・デラニヤガラ『波』(新潮クレスト・ブックス)ほか。







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