若手指揮者として随一の活躍をみせている原田慶太楼。アメリカと日本を頻繁に行き来し、日本でも全国の主要オーケストラとの共演を重ねる日々を送る。サントリーホールにおいては、12月に開催された「こども定期演奏会」に続き、2月に自身が正指揮者を務める東京交響楽団の定期公演においてタクトを振る。今回は若きマエストロに指揮者としての日々の暮らしと、クラシック音楽が向かうべき方向性、そしてサントリーホールへの思い入れを聞いた。
INTERVIEW & TEXT BY KENSUKE YAMAMOTO
EDIT BY AKANE MAEKAWA
アメリカと日本を行ったり来たりの毎日
——原田さんの経歴を教えていただけますか。
原田 現在はアメリカのジョージア州にあるサヴァンナという歴史的な町のオーケストラの芸術監督兼音楽監督を務めながら、日本では東京交響楽団の正指揮者をしています。僕は東京生まれ、東京育ちですが、1歳ぐらいの時から、インターナショナルスクールに入っていたので、中身が全く日本人らしくなくて。大人になったら、多分日本にはいないだろうなと思っていました。アメリカとロシアで指揮のキャリアを積んだこともあり、海外にいる方が生活は馴染みやすいですね。数年前に呼んでいただいた日本でのコンサートがきっかけで、日本での公演の機会や活動も少しずつ増え、今は、日本とアメリカを毎月2往復ぐらいする生活をしています。今月(インタビュー時12月)は3往復していますね。
——タフな生活リズム、つらさはないですか?
原田 普通の人からみたら大変な生活に見えるかもしれないですが、僕の師匠(指揮者の)ロリン・マゼールは84歳で亡くなる前年まで世界中で年間100回以上のコンサートを重ねていました。自分が目指していた活躍している指揮者というのは、毎週世界中を飛び回っているイメージだったんですよね。それを思うと大変なことというよりむしろ夢が現実になってきた感じがあって、すごくいいです。先日もNHK交響楽団の指揮で来日していたマエストロ・ブロムシュテットも95歳で現役バリバリで活躍されています。37歳の僕が大変とか絶対言ったらダメだと思いますね。
サヴァンナ・フィルハーモニック(以下サヴァンナ・フィル)では芸術監督というポジションであるため、そこには演奏家やスタッフみんなの生活を背負う責任があります。なるべく現地にいるようにしていますが、日本にいる時も、アメリカ時間で仕事をしていて、大体夜の10時半ぐらいに zoomでミーティングをはじめて、朝の4時ぐらいまでリモートで話し続けているのが日常ですね。元々ショートスリーパーなのですが、日本にいるとなおのことあまり寝ていないです。
どう音楽を楽しんでもらいたいか
——日本のクラシック音楽のシーンについてどう思われていますか?
原田 クラシック音楽にはハードルが高いイメージを勝手に持っている人が多いと思っています。日本の人口全体からみても、どこかのオーケストラの定期会員になっている人は1パーセントにも全然満たないと思うんですよ。渋谷のスクランブル交差点で、定期会員の人、手を挙げてくださいと言ってみても多分誰もいない気がします。
ただ、同時に音楽が好きですか?というアンケートを国民全員にしたら、99%が好きですと答えそうな印象もあります。音楽を好きな人はたくさんいるはずなのに、なぜかクラシック音楽となると、急にハードルが高くなってしまうイメージがあります。
——なぜハードルが高くなるのでしょう。
原田 何が問題でそうなっているかというと、演奏家や会場の雰囲気がハードルを高くしてしまっていて、気軽にコンサートに行こうというシチュエーションになかなかなりにくい、というような話をよく聞きます。何着ていったらいいかわからない、何聴いていいかわからない、曲を知らずに行ってどこで拍手をしたらいいかわからないなど、この3点はよく耳にします。
ただ僕はユーザーエクスペリエンスの設計の問題だと思っていて、チケットを1枚買うのに、タイムロスが激しすぎますね。そこが日本のクラシックコンサートの集客の一番の問題だと思っています。
あとチラシです。コンサートの情報がLINEで入ってきたほうがスムーズですし、そこからシームレスにチケットが購入でき、スマホをタッチするだけでコンサートに入場できたらと思います。そういうことがアップデートされていくといいですよね。
——どのような変化が必要だと思いますか。
原田 多くの人が生の音楽に触れる機会がそう多くない現状で、コンサート会場に来てください、ではなく、演奏家の方から人が集まっているところに繰り出して行く、それだけでも変わるのではないでしょうか。日本だと駅前で演奏していることはあまりなく、それすら僕には不思議なんですよ。バランスだと思うのですが、いきなり第九に来てくれたら嬉しいです、といっても、ほとんどの人は一生来ない。会場に来るというルーティンを作るにはどうすべきかを考えていく必要があります。
今年から、NHK交響楽団を皮切りにいくつかのオーケストラがカーテンコールでスマホでの撮影をOKにしました。カーテンコールでの撮影、そもそも何が悪いのか、わからなかったんですよね。撮影できれば観客のみなさんも今以上にSNSにも出してくれて、そうするとクラシック音楽の評判も上がりますよね。
——実際にコンサートの具体的なアイデアはありますか?
原田 クラシックありきではなく、まずフラットに、どの人がどういうプログラミングのコンサートをすれば、人は来てくれるのだろうかと想像して、それをアコースティックでパフォーマンスしていくのも一手では、と思います。例えば国民的アイドルの誰かとか、山下達郎さんと竹内まりやさんにサントリーホールでアコースティックコンサートをやってもらえないか、とか。そうすると全くちがうファンベースが会場に足を運びますよね。そういう機会にサントリーホールに足を踏み入れたら、この場所にもきっと興味を持ちます。そこからサントリーホールでは、様々なコンサートが行われているということを知り、チケットを買い、行ってみようかなという気持ちになるかもしれません。
僕、音楽をジャンルで分けるという考え方が嫌いなんです。クラシック音楽を、クラシックと言っている時点で、大嫌いです。音楽だけでいいと思いますね。その上で、生の音楽を生で体験してもらいたいです。今日ではSpotifyとか、YouTubeとかで手軽に音楽を聴く、観る機会があります。こんな便利な時代に今我々は生きていますが、音楽の魔法の力というのは、肌で感じてはじめて得られる部分があると信じています。会場に来てもらえてこその化学反応なのですよね。
アメリカのオーケストラのバランス感覚
——アメリカで、興味深い事例があれば教えてください。
原田 先日、僕が芸術監督を務めるサヴァンナ・フィルで、(世界的テノール歌手の)アンドレア・ボチェッリの公演を9,500人規模の会場で行ったんですが、満席でした。この規模の会場でわざわざ開催する以上、しっかり利益をあげないと意味がないです。アリーナ席は9,000席あって、1席だいたい25万円です。スタンドの安いチケットでも4万円くらい。ここでしっかり収益を得てはじめて、定期演奏会で現代音楽の世界初演など芸術的な観点からみても素晴らしいチャレンジに取り組めたりするわけです。奏者やスタッフの待遇を良くすることも含め、オーケストラとしてのレベルをあげていくためには、収益に寄与するものと芸術性の高いものと、結局両方必要なんですよね。
シンシナティ交響楽団にいた頃も夏のフェスティバルで、アレサ・フランクリンやマライア・キャリーが出演するような、一公演2万人くらいの来場者数の公演がかなりありました。お客さんが一番目当てにしているのはスーパースターたちですが、バックにロックバンドではなくてオーケストラがいることに意味があるんです。
スーパースターがアイキャッチになって、オーケストラが視界に入ってくると目で覚えますし、その時の写真を見返してふたたびオーケストラを目にするとき、今度はオーケストラを聴いてみたいかも、という気持ちになるかもしれません。そうやって頭のメモリーに刻まれていくことも重要だと思っています。
まったく同じやり方は難しいかもしれませんが、日本でもそういう取り組みにチャレンジができないかなとは思います。25万円のチケットが売れれば最高ですが、日本では高すぎる気もするので、もう少し手頃なプライスに設定しても、とにかく人が集まって、実際にオーケストラを目にしてもらえるコンサートを実現していきたいです。そういう機会が、本当に大事だと思っているんですよね。
指揮者と経営者目線
——音楽のことに留まらない目線をお持ちの印象ですが、指揮者にも経営者的な感覚も必要なものでしょうか?
原田 アメリカで指揮者として仕事をするということは、100%経営者ということです。経営ができない人、お金を持ってこられない人は指揮者になれません。そこが指揮者としてのクオリティの圧倒的な基準なんですよね。もちろん芸術の基準も存在していますが、この人がきっかけで、インカムが上がるのか下がるのかが評価のベースです。
日本の音楽監督や常任指揮者の方々の中にも、企業とのパートナーシップを大事にされている方も中にはいらっしゃいますが、指揮者の仕事が芸術だけとなってしまうのは、それはそれでよろしくない、と思います。指揮者とは、オーケストラの中では1番のリーダー的存在。リーダーは芸術だけをやっていればいいわけではないんです。実際、そんなの誰でもできるし、歴史的にみてもカラヤン、バーンスタインといったマエストロたちも当然のようにしっかりとしたビジネスマンでした。
すべての音楽家にとっての夢の場所
——原田さんにとって、サントリーホールとはどのような場所ですか?
原田 サントリーホールは、僕だけに限らず、すべての音楽家にとって夢のような場所だと思います。まず、歴史があり、そして、この感覚はどう表現したらいいのか……、カラヤン広場の滝からもうドキドキするんですよね。ホールを中心として、広場が作られていて。
入ってきた時の内装のエレガントな雰囲気、あと開場時のオルゴールも。ホール内部はどこに座ってもステージが見やすく、座席も心地よい。悪い席が1つもないと思いますね。そして演奏家としては、やっぱり音響が素晴らしい。今までにできなかった領域の表現を可能にしてくれるホールだと思います。もし、作曲家がこのホールを知っていたとしたら、もっと違う風に曲を書いていたかもしれないな、とも思います。ベートーヴェンやラヴェルは絶対にそうです。
響きが随一なのはもちろんのこと、あたたかさがあります。同じオーケストラが同じ指揮者で同じ曲を演奏したときに、サントリーホールとサントリーホール以外だと明確に差が出るでしょうね。サントリーホールサウンド、独特で魂がすごく入っていて、ホールのスピリットがあります。このあたたかさで包んでくれるような環境はどこからくるのか、ウッドの内観、座席の配置、ステージの建て付けなど、すべての絶妙なバランシングに、携わった人たちがとにかく徹底的に研究して作り上げたものなんだなというのが演奏していてもすごくわかります。
オーケストラが乗るステージの床は一定の時間を経ないと音が響くようにならないんですよね。以前、出来たてのステージで演奏したとき、なかなか音が響かず苦労しました。ステージの床の木がまるで生まれたての赤ん坊のように楽器の振動にまだ慣れてない感じがするというか。不思議なことに、年数が過ぎてこないと響くようになってこないんです。
サントリーホールはもう35年以上にわたってこれだけの回数のコンサートをこなしてきているステージだからこそ、オーケストラの振動にすごく慣れていてよく響きます。ステージの床板は、オーケストラにとってのアンプリファイア、PA(音響装置)みたいなものですよね。
一切子供っぽくない子供のための演奏会
——ホールで精力的に取り組まれている「東京交響楽団&サントリーホール こども定期演奏会」への思いを教えてください。
原田 サントリーホールが東京交響楽団と一緒に企画している、こども定期演奏会はもう21年続いています。定期会員だけでチケットが完売してしまうくらいファンの方もついている演奏会です。
どこが素晴らしいかというと、こども定期演奏会と題していますが、一切子供っぽくはしていないんです。プログラムは基本的に大人メインの通常のコンサートと同じレベルで考えられていて、子供向けだからちょっと優しい曲をやろうとか、そういう要素が一切ありません。プロフェッショナルの演奏家たちが真剣に演奏します。
学校での公演とか、音楽教室的なコンサートは世界中でやっています。その多くはオーケストラが子供たちのために、この曲はこう聴いて、こういう曲ですよと説明をして1から教えるような内容ですが、そうした演奏会とは全くちがいます。
たとえば、子供たちが書いたメロディをベースラインに、そこからプロがアレンジしたかたちで演奏をするなどの取り組みをしています。こども定期演奏会の20周年の記念では、そうした新曲プロジェクトに取り組みました。子供たちが書いたメロディをいくつか選び、さらに若手の日本人の作曲家がそのメロディをメインにした5分くらいの曲を作曲し、サントリーホールで世界初演を録音と同時に実施するというものです。子供たちのためという土台があり、さらに若手作曲家のキャリアのスタートにもなっています。
もう1つ素晴らしいのが、こども奏者というプログラムです。オーディションで選ばれた「こども演奏家」が東京交響楽団のメンバーとステージで一緒に演奏するというものです。これも長年にわたり行っているもので、プログラムに参加していた人が世界で活躍するソリストになっていたり、オーケストラで活躍したりしています。東京交響楽団にコンサートマスターとして2021年に入団したバイオリニストの小林壱成さんも、十数年前にこども奏者として東京交響楽団と同じステージで演奏していたんですよね。そうしたサクセス・ストーリーもあって、次のスターを見つけるみたいなものも含めて、いろいろな角度で楽しんでいただける内容になっています。
日本人作曲家への思い入れ
——日本人であることはどのように作用していますか?
原田 海外での様々な経験を、日本でどのように活かすことができるかというのは常に考えていますが、同時にその反対のことも考えていかなくてはと思っています。自分が日本人であるからこそ、海外で演奏した時に聴きに来てくれたお客さんにどんなメリットが提供できるか、ということはいつも強く意識しています。日本人の僕が振るブラームスとかベートーヴェンをドイツ人が聴いたところで、あまり魅力的に映らないケースというのも当然あり得ることなんです。
そういう背景も踏まえると、巨匠から若手まで日本人の作曲家の曲を海外で広めていくということは自分が日本人であるからこそやれることであり、同時にやらなくてはいけないことだと思っています。人生のミッションのひとつですね。最近は日本人作曲家とも交流を深め、昨年末にリリースしたばかりのCDにも吉松隆さんの楽曲が収録されています。このように1つずつ歴史に残していくことで、今の時代だとストリーミングで世界のどこでも好きな時に聴けるようになるのはいいことですよね。
2月のサントリーホールでの東京交響楽団の定期演奏会では、東京交響楽団が委嘱した小田実結子さんの「Kaleidoscope of Tokyo」を世界初演するのと、菅野祐悟さんの交響曲2番を取り上げます。特にヨーロッパはそうかもしれないですが、自分たちの国に近しい著名な作曲家がいることで、クラシックが近く感じられるところは絶対にあって。あと、実は自分でも作曲するんですよ、演奏されることはなかなかないですけれどもね。
東京という街とオーケストラ
——最後に、今後の抱負をお願いします。
原田 オーケストラがこれからできることは、まだまだたくさんあると思っています。ただ、アイデアを公開するとすぐに真似をされるので(笑)ここではオープンにしないですが、自分の中でもいろいろと準備をはじめているプロジェクトがあります。
その街、そのオーケストラ、そのホールならではのものを作るのもひとつの方向性として可能性を感じています。けれども、東京にはかなりの数のオーケストラが存在し、たくさんのコンサート会場があるため、街を代表するオーケストラとしてのユニークネスを確立していくのがなかなか難しいと感じている部分はありますね。(クラシック音楽メディアの)『ぶらあぼ』のコンサート情報欄を見ていると、1カ月にこんなにたくさんコンサートがあるのだと驚きます。もちろんそれは恵まれている部分でもあり、世界で一番コンサートが開催されている街だと思うんですよね。東京に住む人の仮に1%しかコンサートに足を運んでいないとしたら、どれだけ競争率高いの、という話ですよね(笑)。残りの99%の方々が来られるようなクラシックのコンサートを作っていかないといけないと僕は思っています。それができたら、本当に大成功なのですけどね。
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