日本のポップミュージックシーンを牽引し続ける、ユーミンこと松任谷由実さん。現在、2022年にデビュー50周年の節目を迎えたその歩みを振り返る展覧会「ユーミンミュージアム」が、六本木ヒルズ森タワー52階・東京シティビューにて開催中。『ユーミンの罪』の著者として知られる、エッセイストの酒井順子さんと共にユーミンの唯一無二の世界を体感する。
TEXT BY TOMOKO OGAWA
PHOTO BY MANAMI TAKAHASHI
天才少女作曲家からシンガーソングライターへ、旅のはじまり
会場に入ると広がる吹き抜けのギャラリーには、ユーミンの奏でる音楽世界を体現するようなグランドピアノのインスタレーションが聳える。ユーミン自身が各コーナーをナビゲートする無料の音声ガイドが、本展をより特別で立体的なものにしてくれる。エッセイストの酒井順子さんも、屈んだり、見上げたり、馴染みの音を追うように原稿用紙に書かれた言葉を追いかけていく。「ユーミンがいったいどんな字を書くのか、想像がつきませんよね。だから、こういう字なんだ、意外にかわいらしい‥‥、という驚きがありましたし、文字は書いた人の人となりを表すものですから、生身のユーミンに触れたようでわくわくします」と酒井さん。
エントランスを抜けると、「50years」と書かれた通路が見えてくる。ここが東京・八王子の老舗呉服店の娘として生まれたユーミンの50年の歩みのスタート地点となる。左手には、実家のアルバムから本展示に向けてピックアップしたという幼少期からデビューまでのユーミンの写真が、右手にはデビューシングルとこれまでリリースされた38枚のオリジナルアルバムジャケットがずらりと展示されている。
「子どもの頃から、とてもおしゃれですよね。八王子は絹の街として栄えたところですから、その街の雰囲気の中で、呉服屋のお嬢様として大切に育てられたことが感じられます。加えて、都心に出られないわけではないけれどそれなりに離れているというその距離感が、都会的な歌の数々を生み出したのかもしれません」
通路の先に用意された「はじまりの部屋」のコーナーには、1976年に撮られたユーミンの生まれ育った八王子の部屋の写真が飾られ、小学6年生から米軍基地にあるPX(米軍専用のスーパー)に通って収集したレコードコレクションの一部も披露。ユーミンが当時過ごしていた部屋にあった私物で再構成された空間も。美大で日本画を専攻していた時代に描かれた絵、読んでいた本、三味線など、ユーミンを作り上げたものたちをじっくりと眺めながら、酒井さんはこう指摘する。
「清元のお稽古をする一方で、海外の音楽にも大きな影響を受けたユーミン。様々な音楽やカルチャーをこの部屋で少女時代にいっぱい吸収したことが伝わってきます。そういう素地があったから、初めて学校でパイプオルガンを聞いたときの衝撃も大きかったんだろうなと」
「はじまりの部屋」を抜けると、ファーストアルバム「ひこうき雲」につながる楽曲を構想していた頃、高校1年生から大学時代に書かれたクロッキー帳(原本)とその中身(複製)を展示するコーナーが。この展覧会のために実家を探った際に見つかったものだという。「絵を描くことも音楽も、ユーミンの世界をつくる上で必要なことだったんだなと改めて感じる」と酒井さんは考察する。「ひこうき雲」「中央フリーウェイ」「翳りゆく部屋」など数々の名曲の歌詞、譜面、制作メモなどを眺めていると、直筆で書かれた文字からユーミンの息遣いを感じ、ユーミンの頭の中をほんの少しだけのぞけたような気分になってくる。
名言や衣装、ライブセットで魅せるユーミン世界
歩みを進めると、ユーミン自身が選んだ思い入れのある雑誌の企画や対談の誌面や、ツアーなどのポスター、これまでのステージで実際に着用した衣装などが見られる展示室へと続く。そこには、ユーミンを追いかけていた青春時代に愛読していた雑誌を懐かしく眺め、記憶に残るツアー衣装に反応する酒井さんの姿も。
「音声ガイドでユーミン自身も雑誌が大好きとおっしゃっていましたが、当時は雑誌が時代をリードするメディアでしたから、ユーミンも積極的に発言していますよね。世の中でゲームのような恋愛が流行ったバブルの時代にこそ純愛、ということで『Delight Slight Light KISS』は、舌を入れないキスの意味だとのこと。物質文明が極まったタイミングでは、精神世界への興味を示したり。そのちょっと早いスピード感がかっこいいんですよね。衣装だけ見ているとかなり派手ですが、ユーミンが着ると映える。個人的には男性的なマタドール風や海賊風の衣装が好きで、『先輩、かっこいい!』と女子高魂が刺激されます(笑)」
さらに奥へと進むと、2021年9月から2022年7月まで行われていた、「深海の街」ツアーのセットの一部をそのまま会場に移築したスペースが。まさにユーミンがその上で歌って踊っていたセットで記念撮影をすることも可能となっている。そして、これまでの歴史を辿った後に現れるのは、現在のユーミンの自宅のデスク・スタジオを再現した小さな部屋。今も変わらず自宅のピアノの前に座り、ボールぺんてるを握って、譜面を書き、歌詞を生み出すユーミンの日常に触れたところで本展は締め括られる。
「やはり今のユーミンの部屋に置かれている物に、私は一番興味を持ちました。広辞苑じゃなく古語辞典なんだなとか、のど飴は「森下仁丹ののど飴」なんだなとか。色鉛筆をつかって曲のイメージを色分けしたメモも印象的でした。ビジュアルと音楽を重ね合わせて曲をつくっていくというプロセスは、最初の頃から一貫して変わらないものなのですね」
まだ余韻の残るうちに、眺望の良い回廊にあるベンチにほんの少しだけ腰をかけてもらいたい。音声ガイドのスペシャル企画として、各界の著名人がユーミンに宛てたメッセージとリクエスト曲や、ステージで収録された懐かしのラジオ音源を存分に堪能できるスポットだからだ。展示を通して、ユーミンの歩みを今一度振り返った酒井さんはこう話す。
「音楽、言葉、そしてビジュアルの世界が融合することによってユーミンの世界が出来上がっていることが実感できる場でした。時代ごとにユーミンの人生を追って行くことによって、タイムトリップ気分も味わうことができます」
最後に、酒井さんが一番思い入れが強いユーミンの1曲を訊ねてみると、1982年にリリースされたアルバム『PEARL PIERCE』に収録される「夕涼み」を挙げてくれた。
「自分の青春時代とユーミンの曲が爆発的に売れていた時代が重なっているので、若さの喪失と、盛り上がった時代の終わりを重なって感じられる。ちょっと悲しくて、ちょっと寂しい夏の終わりの歌が好きなんですよね」
酒井順子|Junko Saka
1966年東京生まれ。 高校時代より雑誌「オリーブ」に寄稿し、大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。 一貫して、日本の女の生き方・考え方をテーマにし、2003年に刊行した『負け犬の遠吠え』はべストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。2013年『ユーミンの罪』がヒット。近著に『処女の道程』『鉄道無常 内田百けんと宮脇俊三を読む』『うまれることば、しぬことば』『女人京都』『ガラスの50代』などがある。
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