A Chronicle of Hope Questioning Everything — David Byrne’s American Utopia
現在公開中の映画『アメリカン・ユートピア』が、なんかすごいことになっている。その元となったステージを、デイヴィッド・バーンの独占メッセージと共にレポート!
2019年10月、ブロードウェイのハドソン・シアターで体験したステージ『アメリカン・ユートピア』。オーディエンスは実際、どれくらい盛り上がった? あの「冒頭のイラスト」は一体なに? 映画だけでは伝わらないあれやこれ、そしてデイヴィッド・バーンから寄せられたメッセージ「ぼくが伝えたかった事」を紹介しよう。
TEXT BY Mika Yoshida & David G. Imber
Special thanks to Susanne Tighe
EDIT by Kazumi Yamamoto
PHOTO by Matthew Murphy
「観た?」「観た!」 今や一部の大人の間で挨拶代わりになっている、話題の映画『アメリカン・ユートピア』。日本でも熱狂的なファンが日ごとに増える本作は、そもそもブロードウェイで上演したショウが元になっている。2019年10月から翌年2月までの5カ月にわたってほぼ連日、日によっては2回も公演し続けたというから凄まじい。演者そしてオーディエンスの熱量が炸裂する、何から何まで異例の「ブロードウェイ・ショウ」なのである。
時は2019年秋にさかのぼる。「デイヴィッド・バーンがブロードウェイにやってくる!」 このニュースにとまどったNY人は少なくない。「ロックのミュージカル」という言葉に飛びつく音楽ファンは世の東西を問わず少数派と言って良い。ラスベガスのホテルで往年の人気バンドが長期公演する懐メロコンサートを連想した人もいただろう。ところがフタを開けて誰もが驚いた。まさかこんなにオルタナティブなブロードウェイ・ショウだったとは!
舞台を観た人が「広めたい!」次々、評判に
10月4日からのプレビューを経て、20日に本公演が開幕した。まず駆けつけたのは、当然ながらデイヴィッド・バーンやトーキングヘッズのコアなファン、そしてブロードウェイの目利き達だ。実際、筆者に知らせてくれたのも演劇プロデューサーの友人である。「デイヴィッド・バーンの音楽には詳しくないのだけれど、余りに素晴らしかったので!」と、矢も楯もたまらない様子で連絡を寄こしてくれた。畑違いの音楽で演劇人が感動するとはただ事ではない。そして「ステージの緞帳、これはマイラ・カルマンですね?」との報告が……。
映画を観た人なら覚えているだろう。冒頭、どこかコミカルで可愛らしいイラストがちらりと登場する。実はあのイラスト、ステージの緞帳いっぱいに描かれた絵の一部。舞台『アメリカン・ユートピア』のためにNYのアーティスト、マイラ・カルマンが描き下ろした作品なのだ。そういえば、マイラ本人から「デイヴィッドが凄いことを始めるわよ」と聞いたのは夏頃だったか。まさかこの事だったとは。もはや行くしかない!
10月31日の午後8時、場所は44丁目のハドソン・シアター。客層の大半はNYや近隣州のいわゆる地元民。70~80年代にはライブハウスに通ったであろう、40年前のニューウェイブ少年少女が日常からしばし離れ、幕が開くのをワクワク待っている。マイラの絵を指さしては互いにコメントし合ったり、クスッと一人で笑ったり。そうこうしている内にキャパ970席のシアターは満席となる。
場内アナウンスも気さくで粋で、いかにもNYらしい。席ごとに料金が決まっている劇場だから勝手に移動はしないこと、まわりの人は貴方の歌声を聞きにきたんじゃないから一緒に歌わないこと。でも歌って踊ってOKの曲もちゃんと用意しているので、その時は思いっきり盛り上がりまくること!
緞帳が上がり、ステージが始まると凄まじい歓声と拍手が劇場を埋め尽くす。後で映画版を観た時に、劇場ではわからなかった真俯瞰からのステージやメンバーのアップに感激する一方で、現場の歓声や熱気はやはり生に限る、と再認識。「バーニング・ダウン・ザ・ハウス」などヒット曲をブロードウェイの劇場で1,000人近くが共に歌って踊るというのは滅多にできない体験だ。一緒に歌う楽しさを、デイヴィッド・バーンはよく知っている。
ロビーの物販コーナーでは、ステージに登場する「脳」のオブジェを売っていたりも。その横には、選挙人登録ができるブースが設けられ、若い女性が「選挙人登録がまだの方はこちらへ~」と声を張り上げている。大学の近くなど、町なかでよく見かける光景をシアターの売店に持ち込むセンスもデイヴィッド・バーンらしい。とはいえ、このショウの客層は必ず投票に出かけるタイプの人々だ。ここで初登録した人は殆どいなさそうだったが、みんなニコニコ見守っていたのが印象的だった。
緞帳のイラストを描いたマイラ・カルマン
緞帳の絵を描いたマイラ・カルマンは、デイヴィッド・バーンの盟友だ。マイラの夫チボー・カルマンはトーキング・ヘッズのアルバム『リメイン・イン・ライト』のアルバムジャケットをデザインし、マイラもバーンとコラボの絵本を出版するなど、40年以上に渡って深い交流と信頼関係を築く仲間である。そもそもトーキング・ヘッズ自体、4人のうち3人が名門デザイン大学のRISD(ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン)出身で、残るジェリー・ハリソン(ギター/キーボード)もハーバード大学で建築専攻という、デザイン/アート畑なバンドだ。磨かれた審美眼と知性、ちょっとシニカルなユーモアセンスと良心を持ち合わせたニューヨーカー、それがデイヴィッド・バーンでありカルマン夫妻なのだ。
マイラ・カルマンにはいくつかの作風があるが、緞帳に用いた「ちりばめイラスト」のテイストは、著書『Beloved Dog』の日本語版『たいせつなきみ』(創元社)でも確かめられる。
デイヴィッド・バーンからのメッセージ
ステージ版『アメリカン・ユートピア』で貴方が伝えたいことは? との問いに対し、デイヴィッド・バーンが以前メッセージを寄せてくれた。「HILLS LIFE」プリント版102号(2020年7月)の「Changemakers in an Emerging World それぞれの「新しい日常」のはじまり。これからの街のあり方を考えてみよう!」特集の扉ページを堂々飾ったバーンの言葉を、今あらためて紹介する。
僕が演じる主人公は最初、
とても内向的でアタマの中に閉じこもってる。
それがエンディングでは、
目が外へ向き他者や社会と大きく関わる人間へと変わっていく。観に来てくれるオーディエンスはこの「変容」を
自分のことのように受けとめてくれる。
やはり、今がこういう時代だからね。観客を力づけるのは、
セリフや歌詞といった「ことば」じゃない。ステージ上のバンドを観て感じる、その体験だ。
喜びにあふれ、互いにしっかりと機能しあうコミュニティがそこにある。知識じゃなく、実際に目撃し、体感すること。
それがなにより大切なんだデイヴィッド・バーン
ステージ版『アメリカン・ユートピア』の上演はコロナ前。だがアメリカ史上最大の汚点と呼ばれるトランプの悪政に国民は苦しみ、強欲で支離滅裂な圧政や、全米で山火事のように広がるその悪影響に希望を奪われ続ける日々だった。『アメリカン・ユートピア』の「元気」が全身を充たす、飛びきりの幸福感の裏にはこうした切実さ、そして怒りがある。
日本のオーディエンスも、この1年余りでアメリカの「ブラック・ライブズ・マター」とその歴史を見聞きした。投票によって大統領を替えてしまうことで、中世の暗黒から常識の国へと180度、転換し得るという事実も間接的に目撃した。世界を変えよう、それも楽しく変えていこう。今の日本だからこそ響く映画『アメリカン・ユートピア』、最高のタイミングで公開中だ。
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