Imaginary journey

おうち時間は「旅する」読書——森美術館キュレーター4人が選ぶ珠玉の7冊

自宅ですごす時間が多くなったいまだからこそ、本を開いて想像力で広い世界へ旅に出てみませんか? その場にいながら「あの場所」へと心を誘ってくれる珠玉の7冊を、森美術館の4人のキュレーターがおすすめします。

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❶ 小松左京が52年前に想像した21世紀の未来世界
——『空中都市008 アオゾラ市のものがたり』

「1968年に執筆された、子供でも理解できる未来の国際空中都市『あおぞら市』についてのSF小説。緑化され、地下にも伸びる超高層ビル群、メタボリズムのように代替可能な家、超超音速旅客機による世界旅行、アンドロイドのお手伝いさん、宇宙人との遭遇、中央コンピューターにより全てが制御された都市の危険性、そして月旅行まで、近未来都市が体験できます。単純に新しいものが良いという観点では描かれていないところが味わい深い一冊です」
『空中都市008 アオゾラ市のものがたり』小松左京・著(講談社青い鳥文庫)

❷ 日本を代表するアーティスト、奈良美智のすべて
——『ユリイカ2017年8月臨時増刊号 総特集=奈良美智の世界』

「奈良さんの幼少期から美大生時代、さらにアーティストとして国際的に活躍し始めた2000年代から2017年までの活動がギュっと一冊に詰まっています。椹木野衣氏、加藤磨珠枝氏、高橋しげみ氏、さらにはニューヨークを代表する批評家ロベルタ・スミス氏による奈良評、本人よる樺太旅行記など、奈良ワールドを理解するのには必見の一冊。アーティストという側面は、旅人としての奈良美智のほんの一部だということを感じられる一冊です」
『ユリイカ2017年8月臨時増刊号 総特集=奈良美智の世界』(青土社)

選んでくれたひと|椿 玲子 さん
滋賀県生まれ。 森美術館キュレーター。 2002年より森美術館。「医学と芸術展:生命と愛の未来を探る」(2009年)、「宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ」(2016年)、「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」 (2017年)、「六本木クロッシング2019展:つないでみる」(2019年)などの企画に携わる。現在、「STARS展:現代美術のスターたち-日本から世界へ」を準備中。

❸ 116の旅のエピソードが紡ぐ、探求と発見の物語
——『逃亡派』

「去年の12月にポーランドへリサーチに行ったときに、ノーベル文学賞を受賞した直後で母国の書店や駅のキオスクには彼女の本が積まれていました。現地在住のアーティストのシオン(MAMプロジェクト028出展作家)とヤクブ(※)に勧められたこの作品は、異なる複数の物語が断片的に紡がれるトカルチュクが得意とするスタイルで書かれていて、読み始めて全体像が見える頃には、独特の作品世界に引き込まれます。〈旅〉が重要なコンセプトで、様々な境遇で旅行や移動をする登場人物たちが魅力的です。それぞれの旅の中心には、自己への探求が据えられていて、文学の王道といえる、でもエッジの効いた素晴らしい現代小説です」
『逃亡派』オルガ・トカルチュク・著/小椋彩・訳(白水社)

(※)ヤクブ・ユリアン・ジュウコフスキ……シオンのパートナーで、欧米で著名なアーティスト

❹ 草間彌生が紡ぐ、巨匠と若きアーティストの恋
——『沼に迷いて』

「森美術館の次回展『STARS展:現代美術のスターたち』で草間彌生さんを担当しています。過去の活動や作品をリサーチする中で、草間さんの小説を初めて読みました。『沼に迷いて』は、長年のパートナーだった巨匠ジョセフ・コーネル(1903〜72)との関係を題材にした作品です。ふたりのアーティストの交流が闊達な文章で描かれていて、1960年代の草間さんのニューヨークでの活動が伝わってきます。『マンハッタン自殺未遂常習犯』(工作舎)では、本文とは関係なくページの端に百人一首のパロディが掲載されていて、こちらは……抱腹絶倒。現代アートだけではない、スターの底知れぬ創作力を目の当たりにした瞬間でもありました」
『沼に迷いて』草間彌生・著(而立書房)

選んでくれたひと|徳山拓一 さん
静岡県生まれ。森美術館アソシエイト・キュレーター。2012年より京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで学芸員、2016年4月より森美術館。森美術館にて担当している今後開幕予定の展覧会に「STARS展:現代美術のスターたち-日本から世界へ」、「MAMプロジェクト028:シオン」がある。

❺ 母語の外に飛び出して見える文学世界とは
——『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』

「旅(とくに一人旅)に持って行きたい本ということで、まずは1冊選んでみました。ベルリンを拠点に、日本語とドイツ語の両方で執筆活動されている多和田葉子さんの、言語についての名作エッセイです。言語というと何かと『正しい日本語』とか、『英語がうまい』とか狭い視野でものを見てしまいますが、多和田さんの2つの言語の間を自由に行き来する思考の在り方に、きっと心が解き放たれるはず。旅行中に偶然出会った人と、お互いカタコトなのに妙に心が通じて盛り上がる、あの喜びといったら!」
●『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』多和田葉子・著(岩波現代文庫)

❻ 19歳の青年兵士が見つめる、現代のアメリカ
——『ビリー・リンの永遠の一日』

「こちらは移動せずして旅をする(traveling without moving)1冊。旅行では訪れることのできない現代アメリカの深部を垣間見ることができます。イラク戦争の英雄としてアメリカ国内の凱旋ツアーへ駆り出される若き兵士ビリー・リンが、同国最大のイベント、スーパーボールのハーフタイムショーに参加する1日を描き出しています。アメリカンフットボールの様々な用具の在庫を管理する倉庫を訪れるシーン(文字にするとつまらなそう)のとにかく常軌を逸した圧倒的な物量に、アメリカひいては現代の資本主義社会の狂気を感じます。世界は広い、だけど同時に、絶望的に狭くもあるのです」
『ビリー・リンの永遠の一日』ベン・ファウンテン・著/上岡伸雄・訳(新潮社クレストブックス)

選んでくれたひと|熊倉晴子 さん
東京都生まれ。森美術館アシスタント・キュレーター。「MAM PROJECT023: アガサ・ゴス=スネイプ」(2017年)、「六本木クロッシング2019展:つないでみる」(2019年)などの企画を担当。現在、「STARS展:現代美術のスターたち-日本から世界へ」の企画を担当している。

❼ オタク青年の恋を阻むのはドミニカの呪い?
——『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』

「アニメとゲームが大好きで、太った容姿のオスカーは、アメリカに住む典型的なオタク少年。モテたい一心で女の子に近づくも勝機は一切なし。そんなオスカーの報われない青春時代がコミカルに語られるのだが、徐々に彼の一族にまつわる過酷な歴史と、彼らの故郷であるドミニカ共和国を支配する独裁政治へと物語がシフトしていく。優しく純粋なオスカーが、一家にかけられた『呪い』に翻弄されるながらも、愛を探し求めた旅の終着点は悲しくも美しい」
『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』ジュノ・ディアズ・著/都甲幸治、久保尚美・訳(新潮社クレストブックス)

選んでくれたひと|矢作 学 さん
福岡県生まれ。森美術館アシスタント・キュレーター。現在「STARS展:現代美術のスターたち-日本から世界へ」の企画に携わっている。今年、アカデミーヒルズで開催予定の国際シンポジウム「アレクサンドリアから東京まで:アート、植民地主義、そして絡み合う歴史」の企画も担当。