大ヒット上映中の映画『トイ・ストーリー4』を生み出したピクサー・アニメーション・スタジオは、いかにして複雑な分業作業を効率化させたのか?
TEXT BY Masamichi Yoshihiro
「いい映画には、いいストーリーを」。これが創業時から守られているピクサー・アニメーション・スタジオ(以下ピクサー)のモットーだ。創業者たちはこのモットーから、全編3DCGによる世界初の劇場用アニメーション『トイ・ストーリー』(95)を生み出した。その結果は、今のハリウッド、そして世界の映画市場をみれば明らか。ハリウッドではそれ以降、セル画による手描きはもちろん、2Dのアニメーションから撤退し、劇場用アニメーションといえば3DCGアニメーション、という標準ができあがった。世界市場においては、95年当時、ぽっと出の新スタジオだったピクサーが、今では「作る作品にはずれなし」の一大ブランドとして知られるようになっている。
そんなピクサーが今夏発表したのは、スタジオの原点に立ち返る『トイ・ストーリー4』。95年版からこのシリーズの陣頭指揮をとってきたジョン・ラセター自身が企画を立ち上げ、ピクサーを去るまで手がけてきた『トイ〜』シリーズの最新作だ。
監督はジョシュ・クーリー。『トイ〜』に憧れてピクサーに入り、これまで脚本などの要職を務めてきた彼が、ラセターから指名を受けて初の長編監督に挑んだ。「ラセター本人から指名を受けて監督になったけど、このシリーズを手がけることがどれだけのプレッシャーだったかは分かるだろ? でも、そのプレッシャーをはねのけてくれたのは、創業時からピクサーに携わり、シリーズ全作に関わってきたアンドリュー・スタントンなどのベテランが全面的にサポートしてくれたから。それにプロデューサーのジョナス・リヴェラとマーク・ニールセンは『トイ〜2』から制作スタッフとして働いていたからね」(監督)
重鎮たちに支えられて完成した『トイ・ストーリー4』は、アメリカではアニメーション映画史上3位のオープニング成績を記録(ちなみに2位は『ファインディング・ドリー』)。日本でも、洋画アニメーション映画の最高記録を保持している『アナと雪の女王』のオープニング成績を超すロケットスタートを切った。では、本作がどのようにして作られたのか、制作のディテールについて、掘り下げてみよう。
8つの作業工程をつなぐ画期的なシステムとは?
現在、六本木ヒルズ展望台 東京シティビューで開催中の『PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス』では、そのディテールの一部を垣間見ることができる。
体感型のこのイベントで展示されているのは、大きく分けて8つの作業工程で、それは以下の通り。モデリング(キャラクターを骨組みから3Dで形成)、リギング(3D化したキャラクターの関節や筋肉をつける)、サーフェイス(キャラクターの外見を決める)、セット&カメラ(キャラクターがいる世界をあらゆる方向から撮影できるように構築)、アニメーション(キャラクターを動かす)、シミュレーション(キャラクターの動きに付随するものの動作を決める)、ライティング(照明の強弱をつける)、レンダリング(デジタルデータを映画館で上映する映像に変換)。一つ一つの作業が、どういった意味を持つのか、どういうことをしているかは、実際に『PIXARのひみつ展』に足を運んで体験してもらうと分かるだろう。想像以上に人力と知恵、クリエイティブで柔軟な頭脳がないと、ピクサー作品が完成しないことが分かっていただけるはずだ。
技術に馴染みのない人がCGやCGアニメーションと聞くと「ボタン一つでキャラクターが動いて演技する」と思いがちだが、これは大きな間違いであることに、この展示に参加すると分かるだろう。3DCGアニメーションは1000人以上のクリエイターが、先に述べた8つの作業工程の専門分野で分業し、監督をはじめとする作品の首脳陣がそれを統括している。これはピクサーに限ったことではない。だが、ピクサーでは、この一連の分業作業を効率的に作品制作につなげるためのシステムを構築した。それが「パイプライン」だ。
パイプラインとは、映像制作のデータを作業工程内で円滑にやりとりする仕組みのことを指す。当たり前といえば当たり前なのだが、分業制で一つの作品を作り上げるとなると、一つ一つの工程を責任持って遂行しても、最終段階で監督からダメだし、もしくは途中でダメだしが出た際に、一から作り直し、ということもざらだった。
8つの行程を例にとると、シミュレーションまで進めたシーンでキャラクターに不備が見つかった場合、モデリングまでさかのぼってやり直し、となる。これは、一つ一つの作業工程が、その一つ前の作業に依存していることから起きる(連続する滝のようにただ下に落ちていくようにみえることから、これをウォーターフォールという)。
それを防ぐために編み出された効率的な制作フローがパイプラインだ。パイプラインはウォーターフォールのように各工程が前の作業に全依存するのではなく、それぞれの工程が同時に作業してできたものを自動的にデータ合成し、レンダリング一歩手前の映像をチェックすることができる。これによって、監督らがチェックしたレンダリング前の映像で出た修正点を、各作業セクションは何度でも改善でき、何度でもフィードバックできるようになった。
もちろん、このシステムは95年の創業時からあったわけではない。『トイ・ストーリー』は全ての作業が分割されたウォーターフォール型で、とてつもない時間と労力がさかれていた。だが以降、いいストーリーを映画にするために、絶え間なく改善を繰り返してきたのも、ピクサーのすごいところ。代表的な一例としては、ピクサー作品は新作のたびに、その作品を効果的に見せるための新技術(ソフトウェアやプラグイン)を必ず開発すること。たとえば『ファインディング・ニモ』のために作り出されたのは、視界のぼやけや水の流れによる光のゆがみ、それにともなう背景の動きなど海中での視覚効果だったり。一作で開発された技術を挙げてもきりがないほどの新技術を作り出してきた(ピクサー作品のエンドロールで「ソフトウェア・ディベロップメント」で出てくる人たちが、これらを開発している)。
それらの積み重ねによって、各シーンにまつわる各セクションが、共同作業できるよう体系化され、2016年の『ファインディング・ドリー』の制作からパイプラインが可能となったのだ(現在これは、兄弟会社のウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが採用しているほか、映像制作からポスプロまで一から完成までを手がけるゲーム業界で取り入れられている)。
もっとも大がかりで重要だったシーンとは?
さて、前振りが長くなってしまったが、『トイ〜4』を例に制作の話に戻そう。
まず制作の第一段階は、プリプロ(Pre Production)と呼ばれる開発作業がある。監督や脚本家など少人数の首脳陣が、ストーリーについてを話し合い、キャラクターの内面まで練り上げていく。
脚本が仕上がったところで、まずこのシーンをストーリー・アーティストがイラスト化する。脚本をもとに絵コンテを作る、実写映画と同じ作業だ。これをプリプロのメンバーは議論し、持ち帰り、さらにプレゼンを繰り返す。改良を加えていったものを、エディターが仮の映像(パラパラアニメのような粗いもの)に落とし込み、仮の音声・効果音もつけたうえで実際に観ることができるカットごとのデモリールを作る。このプロセスだけで1〜3年を費やすが、本作では2年程度をかけている。
OKが出たカットが各作業に移ってからは、プロダクションとなる(ざっくり言うと、前述の8つの作業はプロダクション)。このとき、エディターはほかのすべての部署をつなぐハブのような役割を果たす。ひとつのシーンは、パイプラインの中でさまざまな部署を移動するが、その間、そのショットが正しい形で映画に貢献するか確認するため、常にエディトリアルに戻ってくるのだ。そうやってシークエンスが固まると、次にカメラ、ステージングに移り、今度は彼らが彼らなりの表現を加えていくことになる。
本作でもっとも大がかりで重要だったのは、アンティークショップのセットだ。約750平方メートルの店内に、10,000個以上の商品が混在し、それらを収めている棚なども作らないといけなかったからだ。店内をもので埋めるだけでも骨が折れるというのに、商品はアンティークだけにテクスチャーや色、素材などもバラバラ。一つのものを作るだけでも2時間くらいかかる作業なので、ショップ全体を作り上げるために2年かかっているという。
しかも、このシーンではウッディとフォーキーだけでなく、ギャビー・ギャビーとベンソンという新キャラクターが登場し、芝居をする。アンティークショップから出ることができないギャビー・ギャビーとベンソンの薄気味悪さ、それに対してウッディとフォーキーが不安に陥るという演技や視覚効果は、キャラクターのサーフェイスとアニメーターによる仕事だけでなく、セットデザイン、ライティング、カメラ位置など、全てがコントロールされていなければならない。
このシーンでピクサーがとった工夫は「敢えて同時に作業する」ということ。あまりに複雑なために、全てを決め込んで一斉にゴー、とするよりも、見切り発車で各セクションが仕事を仕上げていき、足りないもの、改良点を見出し、セクションをまたいで意見を出し合っていくことで乗り越えていった。このために、「シークエンス・デイリー」と呼ばれる、毎日全部署参加によるミーティングが行われたのだそう。こうした積み重ねによって一つ一つのシーンが作り出され、編み上がり、一つの作品に仕上がっていく。ちなみにこのアンティークショップのシーンだけでも、ファイナルバージョンまで62回アップデートされたのだとか。
「いい映画には、いいストーリーを」のモットーのもと、ここまで試行錯誤が繰り返されて生まれた最新作『トイ・ストーリー4』。映画として楽しむのはもちろんのことだが、『PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス』での体感型展示や、本記事を足がかりに、裏側を知った上で見直してみると、また新たな発見があるかもしれない。
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