Tony Awards 2018

トニー賞発表! この夏、絶対に見逃せない新作ブロードウェイ・ミュージカル5選

年1回のニューヨーク演劇界最大のイヴェント“トニー賞授賞式”が現地時間の6月10日夜(日本時間では11日昼)に開催された。前年夏から当年春までにブロードウェイの劇場で開幕した作品が対象となるこの賞は、ニューヨークを訪れた際に何を観るべきか、の大きな指針になる。受賞作となったばかりの旬な新作ミュージカル5本を紹介しよう。

TEXT BY Masahiro Mizuguchi
PHOTO BY Theo Wargo/Getty Images
for Tony Awards Productions

作品賞受賞の『迷子の警察音楽隊』は渋い意欲作

2015年『ファン・ホーム』(Fun Home)、2016年『ハミルトン』(Hamilton)、2017年『ディア・エヴァン・ハンセン』(Dear Evan Hansen)と、このところ新たな地平を開拓しようとする意欲作の作品賞受賞が相次いでいる“トニー賞”。今年のミュージカル作品賞受賞作『迷子の警察音楽隊』(The Band’s Visit/邦題は同名原作映画による)も、かなりの意欲作だ。

https://youtu.be/bUg4Sj17O_Y

ミュージカル作品賞受賞作『迷子の警察音楽隊』(The Band’s Visit)

劇場に入ると目に入るのが、舞台に下りた半透明の幕に映し出された3行の携帯電話に関する注意書き。一番上が「Please turn off your cell phones」と英語で、その下がアラビア語、一番下がヘブライ語。それが象徴するように、この作品は、エジプトの伝統音楽を演奏する警察音楽隊がイスラエルを訪れて、偶然のいたずらから地元の市井の人々と交流することになる、という物語なのだ。

2007年公開の原作映画をご覧になった方はおわかりと思うが、冒頭で音楽隊の面々が、ちょっとした手違いによって砂漠の小さな町に着いてしまうこと以外、大きな事件は何も起こらない。後は淡々と進んでいく。日常言語が通じ合わないアラビア語とヘブライ語なので、共通言語の英語でたどたどしく話すことも、それに輪をかける。だが、そんな状況が逆に異国の人々の心を不思議に通い合わせる。

そうした内容に合わせて、音楽も渋い。そして、滋味深く、充実している。楽曲賞を受賞したデイヴィッド・ヤズベク(作曲・作詞)はニューヨーク生まれながら、母はイタリア系ユダヤ人、父はレバノン系という家系を持つ。彼にとっては、これが4作目のブロードウェイ・ミュージカルだが、初めてその出自を反映した楽曲を書き、見事な成果をもたらした。

他に、脚本賞、演出賞、編曲賞、照明デザイン賞、音響デザイン賞、主演男優賞、主演女優賞、助演男優賞を受賞。地味なミュージカルながら、総なめと言っていいほどの評価を得た。その背景には、アメリカ社会が国内外で直面している重要な事案の断片を図らずも映し出すことになった、この作品の“現在性”に対する共感があるのかもしれない。

観逃せないリヴァイヴァル『回転木馬』の女優陣

『The Band’s Visit』が大量受賞してしまったので、その他に受賞したミュージカルは4作品のみ。しかも、3作品はリヴァイヴァルだ。

そのリヴァイヴァル3作品の内、リヴァイヴァル作品賞を“獲らなかった”2作品の出来が素晴らしい。

一つは『回転木馬』(Rodgers & Hammerstein’s Carousel)。この作品は、振付賞と助演女優賞を受賞した。

振付賞と助演女優賞受賞作 『回転木馬』(Rodgers & Hammerstein’s Carousel)

『サウンド・オブ・ミュージック』(The Sound Of Music)で広く知られるリチャード・ロジャーズとオスカー・ハマースタイン二世だが、そのコラボレーション2作目にあたり、初演は1945年。古典的と言っていい名作だが、今回のリヴァイヴァルは、むしろ初演当時の挑戦的な姿勢を生々しく感じさせる、今に生きる新鮮な舞台に仕上がっている。

それに大きく貢献しているのが、振付賞を受賞したジャスティン・ペックの手がけた躍動的な、モダン・バレエ色の濃いダンス。冒頭、中間、終盤と、都合3カ所に配された長いダンス・シーンが、この作品に対する作者たちの強い意欲を、よく示していて刺激的。ちなみに、ダンスは2階席から観た方が、その魅力がよりわかりやすい。

助演女優賞を受賞したのはヒロインの親友役を演じたリンゼイ・メンデズだが、同じく助演女優賞で候補になったメトロポリタン・オペラの歌姫ルネ・フレミングと、『ビューティフル』(BEAUTIFUL The Carole King Musical)で主演女優賞を受賞し、今回も同賞の候補になったジェシー・ミューラー、という3人の主要女優陣の歌が素晴らしい。オリジナル・キャストの音源がCDリリースに先駆けて、すでに配信されている。

現代の息吹を感じる『マイ・フェア・レディ』の新しさ

もう一つの注目リヴァイヴァルは『マイ・フェア・レディ』(My Fair Lady)。こちらは衣装デザイン賞しか獲らなかったが、これも今日的な意欲作。

衣装デザイン賞受賞作『マイ・フェア・レディ』(My Fair Lady)

どう意欲的かと言うと、コヴェント・ガーデンの貧しい花売り娘からレディへと変貌するヒロイン、イライザを、自立した女性として描いていること。加えて、その描き方が紋切り型ではなく、自立しているがゆえの苦悩も描き、かつ、それを描くために歌の演出に工夫を凝らしたことが新しい。

これまでストレート・プレイにしか登場してこなかったローレン・アンブローズの起用は、そうした方針に沿ったものだろう。今回主演女優賞の候補にもなったアンブローズは、実はオペラの歌唱も学んでいて、歌う力は充分に持っている。にもかかわらず、演出のバートレット・シェールは、アンブローズの歌唱をストレート・プレイ的な色合いで運ぶことで、過去のイライザ役には見られない現実的感触のパフォーマンスにした。それが、前述したイライザ像を生み出し、これまた古典的名作である『マイ・フェア・レディ』に新しい息吹を与えている。

ちなみに、リヴァイヴァル作品賞を獲ったのは『ワンス・オン・ディス・アイランド』(Once On This Island)。1990年初演のアンティル諸島のとある島を舞台にした幻想的な物語に、現実の移民問題のイメージを重ね合わせている風なのが今回の特色。楽曲もよく、見応えはある。

リヴァイヴァル作品賞受賞作『ワンス・オン・ディス・アイランド』(Once On This Island)

残るトニー賞受賞作は、装置デザイン賞を獲った『スポンジ・ボブ』(SpongeBob SquarePants: The Broadway Musical)。“あの”同名アニメーションの舞台ミュージカル化だが、キャラクターが着ぐるみではない辺りのアイディアが、凝りに凝った装置も含めて視覚的に面白く、ロック・アーティストたちが書き下ろした楽曲によるショウ場面も多彩で楽しい。

装置デザイン賞受賞作品『スポンジ・ボブ』(SpongeBob SquarePants: The Broadway Musical)

ロングラン作品が有名なブロードウェイ・ミュージカルだが、本当に面白いのは開幕から間もない“新作”の内。積極的にご覧になることをオススメしたい。

profile

水口正裕|Masahiro Mizuguchi
ブロードウェイの劇場通いを始めて30年。オンのミュージカルは99.9%網羅。たまにウェスト・エンドへも。国内では宝塚歌劇、歌舞伎、文楽を楽しむ。 ミュージカル・サイト「Misoppa’s Band Wagon」同名ブログのほか、電子書籍版音楽雑誌「ERIS」で「ブロードウェイまで12時間と45分」を連載中。