CITY OF AMORPHOUS 10

アンチエイジングと凍結都市——連載:菊地成孔「次の東京オリンピックが来てしまう前に」10

「2020年」に向けて、大なり小なり動きを見せ始めた東京。その変化の後景にある「都市の記憶」を、音楽家/文筆家の菊地成孔が、極私的な視点で紐解く連載シリーズ第10回!

TEXT BY NARUYOSHI KIKUCHI
ILLUSTRATION BY YUTARO OGAWA

第10回:アンチエイジングと凍結都市

この、古典的ともいうべきイメージ(近代都市が、異常気象により完全に凍結してしまったら?)の、最初のものが、H.G.ウエルズによるものか、スウィフトによるものか小松左京によるものか、意外と最近のCG、VFX当たり前のハリウッド映画界によるものかは定かではないが、私個人はレイ・ブラッドベリだと良いな、と、凍結した新宿区を窓から眺めながら思っている次第。最初に断っておくが今回は途中から滑らかにフィクションです(H.G.ウエルズにリスペクトして)。

「眺めながら」と書いたが、窓外をヴァンホーテンのココアでも飲みながら憂いの横顔で見つめている。等といった余裕綽々のものではない。私はインフルエンザA型(高熱の出る、キツい方のやつね)に罹患し、銃で撃たれたウサギのように動けなくなり、ただ首が向いている先が偶然窓外だったに過ぎない。偶然とはいえ、氷結都市の美しさと、うっすらした心地よい恐怖感は全く色褪せなかったが。

55歳の身体にインフルエンザのA型はキツい……と言っても、55歳ぐらいというのは、一番身体にばらつきがある年齢だそうだ。10歳や70歳になると、差は少ない、一方、50〜55歳というのは、もう60代みたいなのも、まだ20代みたいなのもいる(ものの考え方は全員バブルだけど……日本人に限りますよ)。

私はアンチエイジングに必死で、可処分所得の多くを費やしている人々に逆恨みを買うほど「歳より若く見える派」である。これは生みの母親と育ての母親という二人の魔女が、いつまでも私が可愛い子供であるように、私にかけた呪いのせいだから致し方なく、よくある話だが、当人は嬉しくもなんともない。片方は死んだから、そろそろ呪いも解けるだろう。

早く死ぬ直前のデニス・ホッパーやテレンス・スタンプ(存命だが)のようになりたいのだが、何せ32の時に、井の頭線・新代田の駅で財布を落としたら、駅員に、「ぼく!……ねえぼく! 大切なもの落としたよお〜!」と、洒落でもなんでもなく、ガチで言われたのである。彼は本当に子供に話しかける口調で、ニコニコしながら、手を「こっちこっち」みたいに、可愛くこまねいていた。

いかなその時の服装がアロハシャツにハーフパンツにサンダルだったとしても、私はすでに最初の結婚をしており、あまつさえ不倫なんかもしちゃってたりして、どう見ても駅員のが年下に見えた。

ついでだからもう一つ、37の時に、旧東ドイツを、ドイツのプログレバンドと一緒にサーキットした時のことだ。彼らは全員私よりも年下だったが、全員私の父親に見えた。禿頭や肥満を差別する気は全くないが、ゲルマン系の老けっぷりというのは惚れ惚れするほどで、ハゲとビール腹の大男(ゲルマン系はラテン系と逆で、大男が多い)は、既に人生に疲れ果てていたように見えた。

1カ月ほど彼らと暮らしを共にしたが、40近い私を、彼らはどうやら天才高校生ぐらいに思っていたのだと思う。最終日のライプツィヒ(ちなみにこの日、フェリックス・ガタリが窓から投身自殺した。カフェで向かいの客が読んでいた新聞の一面に出ていた)に日本から妻(当時)が来て、身長150㎝に満たず、面白い丸顔をした、面白いメイクと面白い格好をした妻を、彼らは、森のヘンテコな妖精か小鬼か何かかと思うしかなかったと思う。あの時の前妻は元祖ジャパンクールだった、と回想するにやぶさかではない。

彼女がニヤニヤしながら私と自分のパスポートを出した時の、爆発物が破裂したかのような騒ぎは忘れられない。それはドカーン!という感じで、私の拙いドイツ語でも「うっわー! 見ろこれマジかよ!」「うおー!」「え? え? お前年上だったの俺たちの!!」「なんかの病気か? だったら騒がないぞ俺は!! 悪いからな!!」「それにしてもうおー!!」「何なんだよ日本人!!」「これじゃドイツが先に滅ぶだろ」「トージョー!」「ジーザス!」「ハイルヒトラー!(勿論これは冗談である)」「お前の嫁、人間?!」と、はっきり聞き取れる騒ぎは5分以上止まらず、私は、旧東領ドレスデン出身の、この1カ月ものすごく寡黙だった彼らが、パリピのようにもう大騒ぎが止まらなくなっているのを楽しく、そしてぐったりと見ていたものだ。

そんな私も齢55を数えるにあたり、だんだんインフルエンザに罹患する割合が減ってきた。一回目が5年前で、その前が更にその10年前である。その時など、40のおっさんだったのにもかかわらず、気も体も20代ぐらいに若かったせいで、インフルエンザウイルスによって軽い意識障害を起こしたか、漫画「あしたのジョー」のスウェット上下を着て、救急病院で、呼ばれてもいないのに、どんどん検査室に入って行って、看護婦3人に力ずくで追い出された。鼻の穴に検査用の細長い金属のアレを突っ込まれるのが好きなのである。うわ言のように「鼻にあれを突っ込んで下さい。そうしないとわからないから」と言い続けた。

今年の1月22日月曜、東京23区は豪雪が降った。私は東京の雪など舐めていて、傘も持たず、あまつさえ、フード付きのジャケットも着ないで、カシミヤのコートと毛糸の大きなストールを巻いただけで出かけてしまった。その姿で荻窪駅の北口の青梅街道沿いに立ち、新宿方面行きのタクシーを待ったら、ものの5分で私は雪柱になってしまった。

「やばいこのままでは凍死する!」「やべえやべえ雪舐めてた!!」等と叫びながらも、雪というものは磁石をかました砂鉄のようにどんどんくっついて大きくなるので、あっという間に身長の二倍ぐらいの雪柱になった。

パチンコ屋のウインドウに映った自分の壮麗な美しさ、これぞ自然の作る芸術。やっとつかまったタクシーに乗り込む際、私はどさっという音と共に、まずは雪柱の部分を落として、中から自分が出てくるところを運転手に見せなくてはいけなかった。運転手は、タオルとティッシュペーパーの箱を私に投げつけながら「お客さん、危なかったっすねー(笑)」と思わず笑った。私は「危なかったよー、凍死するかと思った。もう手足の感覚全部ねえし!」と、「洒落になんないよ」的なトーンで言い返した。運転手とは意気投合して、新宿に無事着いたが「いやあ、お客さんはまだお若いから良いけど、50過ぎのお客様だったら、マジで命危なかったっすよね」と言ったので「オレ55だよ!!」と叫ぶと、「えええええええ!(笑)嘘だあ(笑)! 4530円になります」と言われた。呪いについては、もうコメントはない。私は「カードで」と震える指先でクレジットカードを出した。

気も体も若い私にはとても若いガールフレンドがいて、我々はそのままラブホテルで集合した。互いに仕事が忙しい身だったが、あれよあれよという間に、互いの仕事はどんどん中止になっていった。つまり、数時間ちょっと会おうよ。の予定が、豪雪によって、ほぼ一晩中一緒にいられるようになったのである。

「やったね! 得した気分だね!!」とガールフレンドは、暖房を効かせまくった部屋で裸のまま、はしゃいでいた。裸のまま寝てしまい、起きてまた私に絡みついたりした。「凄い見て見てあの雪、うわー! SFみたい! こんな日に一緒に入れて嬉しい! お風呂入れて熱燗飲みたいね!」と、こんなまっとうな台詞があるかというほどの見本的な台詞を言って、下着を着なおして、リアーナの曲をかけてストリップを踊ったりした。私は内心で「このツケは高くつくな」と思った。あまりに、図式的なまでに楽しすぎる。というか、私が憂慮したのは、楽しみ方が若すぎるのに比して、実際の年齢が全く追いついていないことだ。

しかし、そんな事を気にしてもしょうがない。「楽しすぎると怖くなる」なんて、20年前の古内東子の歌か、最近の10代の防衛機制(傷つかないように、あらかじめ悪く考えておくとか、そういう類の心的行為)の典型ではないか。窓の外は、明日以降確約される氷の星が建造中、そして私は、いくつに見えようと初老なのである。それが事実だ。

私は、四つん這いになって窓の外を見ている彼女の尻に噛み付いて「痛い痛い痛い! あははははははははは!」と言わせてからタックルのように下半身だけに抱きつき、それから全身で抱き合った。そして雪山遭難から無事救助され、彼女と手を振って別れた瞬間から発熱し、つばが飲めないほどの咽喉痛と眩暈、全身を貫く激しい痛みに見舞われ、その足で行きつけの内科医に行き、インフルエンザA型に罹患していることを知った。観測至上何年ぶりだかの寒い夜に、医者に向かう間、私の体は痙攣していた。つまり私は、久しぶりで大当たりを引いたのである。また若いまま、冷凍保存されたかね。

まあ、ちょうどいいかもね。こんなもんだろうね。これが俺だ。しかしいつまで呪いが続くのかなあ。もう解けてると思ってたんだけどなあ。街が完全に凍ってるや。何年ぶりこれ?と思いながら、私は5日ほど気絶して、多くのかなり重要な仕事を飛ばしまくり、解凍されて現場に復帰するや否や、とんでもなく高くついたツケを猛烈な勢いで支払い始めた。この原稿はその第一弾である。ガキにはこのツケは払いきれまい。ふっふっふ。

profile

菊地成孔|Naruyoshi Kikuchi
音楽家/文筆家/音楽講師。ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。「一個人にその全仕事をフォローするのは不可能」と言われるほどの驚異的な多作家でありながら、総ての仕事に一貫する高い実験性と大衆性、独特のエロティシズムと異形のインテリジェンスによって性別、年齢、国籍を越えた高い支持を集めつづけている、現代の東京を代表するディレッタント。

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