ビースティ・ボーイズやX-Girlのグラフィックなどを通して1990年代のカルチャーシーンを牽引し、2005年からは長編映画を手がけて高い評価を得るマイク・ミルズ。自分の父親を描いた前作『人生はビギナーズ』に続き、6月3日(土)から公開される最新作『20センチュリー・ウーマン』では、「母と息子」の物語が描かれる。はたしてマイク・ミルズが自らの父親や母親を映画のテーマに選ぶ理由とは? その奥にある彼自身の変化や決意をめぐって、エッセイストの華恵が聞く。
PHOTO BY Kenshu Shintsubo
Interview by Hanae
なぜ今、自身の母親をテーマに描いたのか
──新作『20センチュリー・ウーマン』を拝見すると、監督がちょっと変わった環境で育てられたことを知る一方、私自身の姿をこの映画の中に見出すこともできました。どうしたらこんな風に、観る人それぞれが「これは自分の物語だ」と感じてしまう作品が撮れるのでしょう?
ミルズ 描写が具体的であればあるほど、観る人はそこに普遍性を見出すものです。私の好きな映画のひとつに『Love film』(監督:イシュトヴァーン・サボー)という1970年の作品があって、第二次世界大戦から動乱を経て現代に至るハンガリーの日常が描かれています。
https://vimeo.com/ondemand/lovefilm2
当時のハンガリーについて何も知らない私が深く共感できるのは、この映画が徹底して細かな描写にストーリーテリングを委ねているからでしょう。
──少し踏み入った質問になるかもしれませんが、私はエッセイストとして、自分の日常や家族について書くのですが、伝えたいことを明瞭にするためにあえて誇張したり省略したりすることはあるものの、人に見せるには時期尚早と思うときもあるのです。自分の中でブレーキがかかってしまうのかもしれません。監督はなぜ今、お母さまを描こうとしたのですか。何かタイミングのようなものがあったのですか?
ミルズ 母が亡くなったのが1999年で、脚本を書き始めたのが2012年ですから時間も経ち抵抗感も薄らいだ時期でした。ただし私の場合、悩みの解決の糸口はセラピストに通ったり、妻(ミランダ・ジュライ)と話し合ったりすることを通して見出すので、「答えを見つけるために書く」ことはありません。むしろ脚本を書くときには答えが出ており、そこが出発点となります。
したがって多くの人が「映画を見てカタルシスを覚えた」「癒された」と言ってくれるのはうれしいのですが、自分の印象とは少し違う。前作の『人生はビギナーズ』(2010)でゲイであることを伏せていた父を、新作で母を描こうと思ったのはあくまでもいいストーリーになると思ったからにすぎません。そもそもメモワール的な視点で描かれた映画が好きなので、自分でもやってみたかったんですね。
1世紀を跨いで語り継ぐこと
──今回の作品を見ながら、親に親らしくいて欲しいときにかぎって、親は一人の人間として子と接し、親に一人の人間として話して欲しいときにかぎって、親は親らしくなってしまうなと、自分の体験と重ねてしみじみ思いました。これを描くことができたのは、監督自身が親になったことと関係がありますか?
ミルズ 脚本を書き始めて1年ほど経ったところで息子が生まれて、すべてが変わりました。劇中で母親役のドロシアが子育てについて周囲の女性たちに語りかけますが、たしかにあれは私自身の言葉だと思います。〈あなたは外の世界へ出て行く息子のありようを見ることができるが、母親には永遠にそれができない〉と。あの言葉は、初めて息子を保育園に送り出し、その後ろ姿を見たときに陥った感覚です。今でも息子を見ていると、母を媒介にした言葉が思い出されて不思議な気持ちになるのですが、この感覚が何なのかは自分でもまだよく理解できません。
──この映画を撮ってお母さまに対する気持ちに変化はありましたか?
ミルズ 亡くなってしばらく経つ両親と、こうやって「交信(commuing)」できるプロセスはとても好きですね。「蘇り」というほど大げさなものではないけれど、親の状況や視点を想像できるのはいいものです。
──映画の中で〈自分の親がどんな人だったのか、子どもに伝えるのは難しい〉という言葉があって胸が詰まりました。この映画を撮ったのは、それでも語り継ぎたいという気持ちの表れなのでしょうか?
ミルズ 自分の息子が生まれた時、私には「ついに母に息子を会わせることができなかった」という悔いが残り、その思いがあのセリフにつながっています。息子は2012年生まれで、母は1925年生まれ。1世紀を跨ぐギャップがあるのでうまくできるかどうかはわかりませんが、さまざまなやり方を通して伝え続けることはあきらめないつもりです。
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1966年カリフォルニア州バークレー生まれ、サンタバーバラ育ち/映画監督、グラフィックデザイナー。『サムサッカー』(05)『人生はビギナーズ』(10)に次ぐ長編3作目となる本作で、今年のアカデミー賞脚本賞(オリジナル)にノミネートされた。
1991年アメリカ生まれ。東京藝大音楽学部楽理科を卒業後、エッセイスト、ラジオパーソナリティとして活躍中。著書に『たまごボーロのように』『本を読むわたし My Book Report』など多数。
映画『20センチュリー・ウーマン』
監督自身が育った故郷サンタバーバラを舞台に、自らの母親をモデルとした「母と息子」の物語。互いに必要とし合っているのに、うまく表現できない、愛情深いシングルマザーと反抗期の15歳の息子。そして彼らを助ける2人の個性的な女性たちとの特別な夏を、パンク・ロックなどの当時のカルチャーとともにユーモアを交えて爽やかに描きだす。監督:マイク・ミルズ、出演:アネット・ベニング、エル・ファニングほか。6月3日(土)より丸の内ピカデリーほかにて公開。
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