DREAM WALL

アートは路上にある——麻布台ヒルズの仮囲い壁を飾る、ミット・ジャイイン《ドリーム・ウォール》

2023年11月24日に開業した〈麻布台ヒルズ〉において建設が進められているレジデンスB。その工事現場の仮囲いに、森美術館が監修したカラフルなアートワークが登場! 作品イメージを提供したタイのアーティスト、ミット・ジャイインに話を聞いた。

TEXT BY Mari Matsubara
PHOTO BY Koichi Tanoue

〈麻布台ヒルズ〉は敷地内の多くの場所にアート作品が置かれていることが特徴的だ。そのコンセプトから、現在工事継続中のエリアを、ミット・ジャイインの絵画のイメージで構成した《ドリーム・ウォール》が囲っている。サーモンピンク、エメラルドグリーン、ターコイズブルーなど鮮やかな色を使って、絵の具を彫刻のように厚く盛ってレンガブロック状の矩形が描かれている。ともすれば殺風景になりがちな道路に明るさと華やぎをもたらしている。

ミット・ジャイインの油彩作品のイメージが工事現場の仮囲いを彩る。

2023年12月上旬、来日したミット・ジャイイン氏が仮囲いのアートをチェック。

——ご自身の作品が仮囲いを彩ることとなって、どんなお気持ちですか?

ジャイイン 私はタイ北部のチェンマイ生まれで、現在もスタジオをそこに構えています。35年以上前にアート活動を始めた頃からつねに、自分の作品をオープンな場所で展示することを心がけてきました。それまでは、アートとは静謐で閉じられた建物の中に展示されるべきもので、空間や物事の中心に据えられるものだと認識されていました。しかし私の場合は、寺院の敷地や墓地など、何もない空っぽの場所に作品を展示したいのです。その根底には、アートとはストリートにあるものだという私の信念があります。だから今回、人々が行き交うストリートの壁を私の作品を出力したプリントで覆うというアイディアを聞いた時、とても嬉しく思いました。

カラフルな色彩とレンガブロックを思わせる抽象表現が印象的。

古代において、人間は狩猟に出かけない時に洞窟の岩盤を尖ったもので引っ掻いたり、色を作って絵を描いたり、自分のサインを刻みつけたりした。それがアートの起源なのですから、本来アートとは身近な、そして制限のない場所で行われる行為だと思うのです。ところが現代ではあらゆるものがグリッドで構成されていて画一的ですし、天井や壁で四角く仕切られた制限された空間ばかり。私のアートはそういう場所から解放されたいのです。

——《ドリーム・ウォール》のもとになった作品について教えてください。

ジャイイン 過去に制作した5点のペインティングで構成しています。枠に張ったキャンバスの上に色彩をレンガブロックのように嵌め込むイメージで描きました。そのイメージをスキャニングして仮囲いに張ったので、パッチワークのように色を配した壁面になっていると思います。

ミット・ジャイイン|Mit Jai Inn 1960年タイ・チェンマイ生まれ。少数民族ヨン族出身。バンコクのシルパコーン大学美術専攻を経てウィーンに渡り、応用芸術を学ぶ。フランツ・ウエストの助手を経て1992年タイへ帰国。CMSI(チェンマイ・ソーシャル・インスタレーション)を設立し、タイ国初のパブリックアートプログラムを展開。「国際芸術祭あいち2022」など世界中の国際芸術祭や美術館、ギャラリーにて展示や個展を行なっている。

——ざらりとした質感のレンガブロックのように、絵画の表面にはテクスチャーが感じられますね。絵の具をかなり分厚く塗っているのですか?

ジャイイン そうですね。視覚的に色を見せるだけではなく、手触り感も表現したいのです。絵の具は既製品ではなく、自分でリンシードオイル(亜麻の種子から取れる油)と顔料のパウダーなどを混ぜて作っています。そのせいで顔料の粒子が残り、ざらついた表面になります。これは古代ローマ時代からある方法で、私は若い頃からずっと自分で絵の具を調合しています。そうすることで安く上がりますし、自分で色をコントロールでき、また既製品よりも乾きが速いので便利です。私にとって絵画の表面は“肌”のようなもの。いろんな層が重なり合っている様子は、音楽のようでもあります。

——ジャイインさんのさまざまな作品に共通するのは鮮やかな色彩ですね。色のインスピレーションの源は何ですか?

ジャイイン 今回の《ドリーム・ウォール》に使っている色は自然界には存在しない、人工的な色合いです。私はベビーブーマー世代で、1970年代に登場したショッキングカラーやネオンカラーを見て育ちました。13歳の時に故郷を離れてバンコクに行きましたが、24時間、いたるところに人工的な色が溢れている世界で、それが私にとても大きな影響を与えました。それと同時に、瞑想をするとまぶたの裏に鮮やかなトロピカルカラーともいうべき色が見えることがあります。

ミット・ジャイイン《Untitled》2022年

私自身は、まだ言葉も喋れず現実を把握できなかった赤ん坊の時、こうした鮮やかな色を見たことを覚えているんです。本当ですよ! 怒りを感じたり、悲しみを覚えたりした時、ちらちらと明るい色がきらめくのを確かに見たのです。言葉で説明しにくいのですが、スピリチュアルな経験です。こうした幼児期の記憶があるからこそ、私は画家になったようなものです。

ミット・ジャイイン《2000》2000/2017年 アクリル、油彩、キャンバス サイズ可変 展示風景:「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」森美術館、2017年 撮影:木奥恵三 画像提供:森美術館、東京

さらに言えば、私は色を塗っているというより、光を表現したいと思っています。現実の中には光しかないんですよ。私たちが認識する色とは、プリズムを通過して赤や青や緑色を帯びる光そのもののことであり、いわば幻影なのです。瞑想の中でイリュージョンのように現れてくる色彩に、私はワクワクするんです。

ミット・ジャイイン《Untitled》2023年

現代においては、色彩すらもコントロールされていると思います。公共の場所も建築も、果たすべき機能に応じて色が決められている。オフィス空間は落ちついたグレートーンでなければならない、とか。それはとてもつまらないことです。インドの屋外マーケットなどに行くと、視覚に押し寄せてくる鮮やかな色の洪水、自由奔放で刺激的な色の氾濫に心躍ります。それはオーロラやプリズムなど刻一刻と変化する儚い光、北極の光やトワイライトに似ています。《ドリーム・ウォール》も、道ゆく人がじっと立ち止まって凝視するというよりは、通り過ぎる一瞬のうちに目に飛び込んでくる色どうしのコミュニケーションやバイブレーションを感じ取ってもらえるものでありたいと考えています。

——ところで、来日されて初めてご覧になった〈麻布台ヒルズ〉にどんな印象を持たれましたか?

ジャイイン ヘザウィック・スタジオが手がけた低層部の建物には、近未来を感じると同時に、手仕事感も感じられたのが印象的でした。時代の最先端をいくモダニティがあるのに、近づいてよく見ると、天から地へと波打つような建物のフレームにはブツブツとした小石混じりのテクスチャーがあります。メカニックな均一な仕上げではなく、凸凹としたヒューマンタッチがある。フレンドリーさを新しい形で表現されている点が、見ていて嬉しくなりました。

ミット・ジャイイン《Untitled》2023年

——ヒューマンタッチを感じさせる建築であることは、仮囲い壁に採用されたジャイインさんの、思わず触りたくなるようなマチエールのある作品とも呼応していますね。

ジャイイン おっしゃる通りです。現実には叶いませんが、本来は私の作品は手に触れて鑑賞して欲しいぐらいなのです。《ドリーム・ウォール》の前を通り過ぎる人たちにとって、太陽の光を浴びながら、宇宙のエネルギーを感じ、未来を夢見るきっかけになればと思います。

——現在建設中の〈麻布台ヒルズ レジデンスB〉の中に、ジャイインさんの作品も収められると聞いています。

仮囲いは全長330mほど(アート作品はその内の一部に掲出)。同じシリーズの作品から異なるイメージが抽出されている。

ジャイイン はい。エントランスにいくつかの作品が置かれる予定です。キャンバスを帯状に切って縦横に編んだシリーズがあるのですが、その新作を取り入れようかと考えています。竣工までの間にもう少し検討しますが、アートと世界と見る人の関係性を紡ぐような、表面のテクスチャーを視覚的にタッチして楽しめるような、そんな世界を創れたらいいなと考えています。

ミット・ジャイイン
《ドリーム・ウォール》
仮囲い壁アートプロジェクト


麻布台ヒルズにはデジタルアートミュージアムや麻布台ヒルズギャラリーに加え、中央広場、森JPタワー、住宅・ホテル棟など街区全体にアートワークが配置されています。今後当敷地に完成予定の住宅棟にも国内外の現代アーティストによる作品を設置予定です。

ミット・ジャイインは1960年、タイのチェンマイに生まれ、少数民族ヨン族出身。現在も同地に在住し、アジア、欧州など世界各地の国際展や美術館に出品しています。35年以上にわたって絵画の可能性を拡張し、カラフルな絵画は彫刻のように厚く盛られ、キャンバスは巻かれ、切って編み込まれます。

「DREAM WALL[ドリーム・ウォール]」は1年以上にわたって日々目に触れる工事現場の仮囲いのため、太陽の光を浴びながら、宇宙のエネルギーを感じ、未来を夢見るミット・ジャイインの絵画のイメージを特別に構成したものです。

場所=麻布台ヒルズ レジデンスB 建設現場周辺