OUR ECOLOGY

ノイハウス萌菜さんと巡る「私たちのエコロジー」展@森美術館(〜3/31)

森美術館開館20周年記念の展覧会「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」が3月31日まで開催中です。日頃から環境保護に関心を寄せるノイハウス萌菜さんが展覧会を鑑賞して考えたこととは?

PHOTO BY MANAMI TAKAHASHI
HAIR & MAKE-UP BY MAILA TSUBOI
TEXT BY MARI MATSUBARA

J-WAVE「STEP ONE」でナビゲーターとして活躍中のノイハウスさん。実はこの展覧会を見るのは2回目だとか。今回は本展のキュレーターの一人、椿玲子さんの解説付きで巡ることになった。最初の展示室にはなんと、床一面に貝殻が敷き詰められている!

ニナ・カネル《マッスル・メモリー(5トン)》2023年 Courtesy: Barbara Wien, Berlin; kaufmann repetto, Milan and New York

椿 これはニナ・カネルというアーティストの作品で、オホーツク海で水揚げされたホタテ貝の貝殻5トンが敷き詰められています。観客がこの上を歩けるようになっていて、歩を進めるたびに貝殻が押しつぶされ、音を立てながら砕けていくんです。

ノイハウス 私が数週間前に来た時には、もっと貝殻が大きかったのですが、たくさんの来場者に踏まれてずいぶん細かくなりましたね。踏むたびに足裏から身体の筋肉や神経に伝わってピシピシと響く感じが、タイトルの「マッスル・メモリー」につながっているのでしょうね。

ホタテの貝殻は展示後には建材として再利用されるという。

椿 ホタテの貝殻の主成分は石灰で、それは建築などに使われるコンクリートの原料にもなっています。でも、北海道ではホタテの貝殻が毎年約20万トン以上廃棄されており、その集積場では腐敗臭やガスを発し、その処理が問題となっています。建材として再利用するためには洗浄が必要で、それには重油を原料とする莫大なエネルギーが発生するので、たとえ資源を循環させるとしても問題をはらんでいるわけです。

ノイハウス なるほど。なかなか答えが出ない難しい問題ですね。でも、そうしたことに気づかせてくれるのが、アートの力でもあるんですね。

セシリア・ヴィクーニャ《キープ・ギロク》2021年 Courtesy: Lehmann Maupin, New York, Hong Kong, Seoul, and London

椿 天井から下がった長い布、これはチリのアーティスト、セシリア・ヴィクーニャの作品で、5000年以上前のアンデス文明のコミュニケーション方法である「結縄文字」を用いています。結び目がところどころにあるのが分かりますか?

ノイハウス萌菜|Mona Neuhauss 1992年生まれ。ドイツ人と日本人の両親のもとに生まれイギリスで育つ。7年前に日本に移住し、ステンレスストローブランド「のーぷらNo Plastic Japan」を設立。環境保護やサステナビリティに関して幅広く活動中。現在二児の母。

ノイハウス ほんとだ! この結び目は何を意味しているのですか?

椿 結び目が一つあれば「1」というようないくつかの法則はあるようですが、詳しいことは解明されていません。この生地は韓国の伝統衣装である「韓服(ハンボク)」に用いられるシルクコットンのガーゼです。布の上に幾何学模様のような絵も描かれており、アンデスの原初的な絵画を思わせます。グローバリズムによって先住民族や彼らの文化が失われていくことや、気候変動の影響などを示唆している作品です。

谷口雅邦《発芽する?プリーズ!》2023年。210×φ200cm。1988年に池袋西武アートフォーラムで展示された作品を本展用に再度制作し直したもの。

トウモロコシの実やさまざまな穀類の根っこが刺さっている。

ノイハウス この巨大なオブジェ、以前に見たのと印象がずいぶん違います。前は昼間に来たので、自然光を浴びて黄金色に燃えるようなイメージでした。でも夜景の中で見ると、夜空に浮かんでいるように見えますね。

椿 これを作った谷口雅邦は華道・龍生派にも所属している女性アーティストです。釣鐘型の粘土でできた土台にトウモロコシや大豆などさまざまな穀類を挿してあります。突き出ているのは根っこや実の部分で、千手観音の慈悲の手をイメージしているそうです。

ノイハウス 確かに神々しい感じがしますよね。トウモロコシは自分から種を落とさず、人間が介在することによって初めて種が南米から世界中へ広まったと聞いたことがあります。自然の摂理だと思われていることに人間の営みが深く関与していることもあるのですね。森美術館は、毎週火曜日以外は夜10時まで開館しているので、眼下に広がる東京の夜景と共に眺められるのは醍醐味ですね。

椿 こちらは殿敷侃の《山口―日本海―二位ノ浜 お好み焼き》という作品です。

「殿敷侃《山口―日本海―二位ノ浜 お好み焼き》1987年 120×120×190cm 個人蔵 寄託:広島市現代美術館

椿 山口県の二位ノ浜海岸に大きな穴を掘り、砂浜に落ちているごみを拾い集めて穴に投げ入れ、油をかけて燃やしたものです。

ノイハウス うわっ。プラスチックの空き瓶とか漁網とか、いろんなものが混じっていますね。

椿 この作品が作られたのは1987年ですが、世界的に環境への配慮が不十分だった時代で、シベリアやフィリピンから日本海へと大量のプラスチックごみが流れ着いたのです。

ノイハウス ごみが層になっているところから「お好み焼き」というタイトルなんですね。

椿 今いる展示室は「第2章:土に還る 1950年代から1980年代の日本におけるアートとエコロジー」の一部なのですが、ここでは日本の高度成長期における公害問題や放射能汚染、自然災害などに向き合ってきたアーティストの作品を展示しています。

ノイハウス どの時代にどんな公害が問題になったのか、そして環境問題にまつわるどんな運動が起きたのか、こちらの年表に時系列でわかりやすく書かれていて、すごく勉強になります! 思わず見入ってしまいました。ひとつひとつの事象を断片的に覚えていても、それらに関係性があるのがこの年表でよく理解できます。私は1992年生まれですが、当時「地球にやさしい」という表現が文献やメディアに現れてきた、と書いてありますね。へー、知らなかった。

1950年代から現在までの日本で起こった工業汚染、公害問題、災害、環境破壊、社会運動などを時系列にまとめた年表。エコロジーへの問題意識の発生なども見てとれる。

椿 次の第3章は「大いなる加速」と題して、特に20世紀後半に人間活動があらゆる側面で急激に拡大し続け、地球の資源をどれだけ搾取し、環境を破壊してきたか、また人間と自然の共生は可能なのかといったことを考えさせる作品をセレクトしています。まずはジュリアン・シャリエールの没入型映像作品を見てみましょう。

ジュリアン・シャリエール《制御された炎》2022年。ビデオ・インスタレーション(32分)。シャリエールは2011〜2013年にオラファー・エリアソンの「空間実験研究所」に所属した人物。© the artist; VG Bild-Kunst, Bonn, Germany

ノイハウス うわー、花火みたいに綺麗です。これは何を写したものなんですか?

椿 まさに花火が爆発する様子を撮影しながら、廃棄された石油掘削機や、露天掘りの鉱山などをドローンで撮影した映像がつなぎ合わされ、合間に原始的なシダの葉の広がりや羽ばたく蛾のイメージがカットインされています。実は映像が逆回しで映し出されているのも、エネルギーが爆発する以前への回帰を促すかのようで、示唆に富んでいます。

モニラ・アルカディリ《恨み言》2023年。真珠を模した球体の下に立つと、恨み言が聞こえてくる。

ノイハウス この部屋に入ると、どこからか声が聞こえますね。何か詩を朗読しているような…。

椿 天井から下がる丸い物体は「真珠」のメタファーで、この真珠から音声が流れています。これはクウェート国籍のモニラ・アルカディリによる《恨み言》というタイトルのインスタレーションです。彼女は1983年生まれで、オイルマネーによる繁栄しか知らない世代ですが、それより以前、ペルシャ湾岸は古くから天然真珠の採取で富を築いていました。ところが20世紀初頭に日本をはじめとする国々で養殖真珠の技術が発明されたことで、この地域の天然真珠産業は衰退してしまいます。その後の油田開発で再び経済が発展するのですが、こうした国の歴史を辿りながら、アルカディリは真珠とオイルの表面に共通する玉虫色を手がかりにさまざまな作品を作っています。

ノイハウス 耳を澄ますと、5つの真珠から5つのストーリーが聞こえてきますね。

椿 真珠の養殖は母貝に異物を入れることから始まります。「侵入」「搾取」「干渉」「劣化」「変貌」と、それぞれの真珠にとっての恨み言が聞こえます。

アリ・シェリ《人と神と泥について》2022年。3チャンネル・ビデオインスタレーション(18分40秒)。スーダン北部のナイル川にあるアフリカ最大級のダム建造のために強制移住させられ、日雇い労働者となった人々が、日干しレンガを作っている映像。旧約聖書の一説なども融合させた、泥と水の物語がナレーションとして添えられている。

アグネス・デネス《小麦畑―対決:バッテリー・パーク埋立地、ダウンタウン・マンハッタン》1982年。Courtesy: Leslie Tonkonow Artworks + Project, New York

椿 これはアグネス・デネスというアメリカのアーティストが1982年にニューヨークのマンハッタン島南部の埋立地を4カ月間だけ麦畑に変化させたという、画期的なプロジェクトを写真に収めた作品です。

ノイハウス 種を蒔くところから始めて、4カ月間で大都会の風景を一変させたのですね。

椿 写真の横に展示されているのは、プロジェクトの制作期間中に不動産マフィアに脅迫されたり、共同で活動している人にお金を持ち逃げされそうになったり、彼女が受けたさまざまな迫害や不条理を訴えた文章なのです。

ノイハウス 現代のアーバンファームの先駆けのようにも感じます。今でこそ屋上菜園ですとか、都会の中の緑地整備に取り組む企業や自治体が増えましたが、80年代当時はまだそんなこと誰も考えていなかったでしょうしね。

ケイト・ニュービー《ファイヤー!!!!!!!》2023年。共同制作:エルメス財団/路上には意外なものが落ちていることを実感させられる。

椿 ケイト・ニュービーのこの作品は、六本木から銀座までの道を歩いて拾った石や陶器や金属、プラスチック、ガラスなどの欠片を混ぜた人工のテラゾタイルを床に敷き詰めたものです。

ノイハウス 面白いですね! 折れた釘や鍵、フックとか、割れたお皿のかけらでしょうか、こっちはビー玉かしら? ソフト塩化ビニールの小さな人形まで混じっていますね。こんなにいろんなものが道に落ちているんですね。

椿 タイルの色をイエローにしたのは、東京の街で見かけた点字ブロックに作家がインスピレーションを得たからだそうです。公共の領域がハンディキャップのある人にもきちんと開かれていることに感銘を受けたのだそうです。背景の青い布は東京・青梅市で染めた藍染の布で、空にも見えますよね。

西條茜《果樹園》2022年。130×82×82cm

ノイハウス これは大きな陶のオブジェですね。まるで管楽器のようです。

椿 西條茜さんの陶器のオブジェには穴が開いているのが特徴で、そこからパフォーマーが息を吹き込んで音を鳴らす様子をとらえた映像作品も併せて展示しています。

ノイハウス 触れないようにそっと耳を近づけると、貝殻に耳を当てた時のように、何かの音が聞こえてくるようです。面白いですね。

椿 複数の人の呼吸が混じりあったり、音を共有したり、他者との共鳴によって現実を捉え直すことができるかもしれません。粘土を捏ねて焼くという古代から変わらぬプリミティブな行為に、現代に山積する様々な問題の糸口があるかもしれないことを物語っているようです。

シェロワナウィ・ハキヒウィのペインティング:右から《乾いた土地》《成長する植物》《むかで》《タンガラの羽から作られたイヤリング》2022〜23年。

ノイハウス このヤノマミ族のペインティングは大好きです。色もモチーフも本当に素敵で、スカーフやハンカチにしたくなります。特に緑色のシャンプーボトルが並んだような絵柄に惹かれました。これは《タンガラの羽から作られたイヤリング》ですって。

椿 作者のシェロワナウィ・ハキヒウィはベネズエラのヤノマミ族のコミュニティ出身で、彼らが住む世界最大の熱帯雨林は先進国からの略奪の脅威にさらされています。彼らの絵はかつては紙に記されるのではなく、ボディペインティングで人々の記憶や神話を伝えるものでした。今回の展示作品は、彼らの文化遺産の抄録のようなものです。

ノイハウス なるほど。ヤノマミ族の素晴らしい伝承アートは私たちにとって興味深いことですが、一方で、いったん外部の世界とコンタクトをとってしまったがゆえに彼らが失うものもあるでしょう。近代化と環境保護のバランスをどう取っていくのが正しいのか、難しい問題ですね。

——今回の展示を駆け足で見てきましたが、どんなことを感じましたか?

ノイハウス 「見る」だけじゃなく、音を聞いたり、映像に没入できたり、足裏に感触を感じたり、体ごと体験できる展示が多かったのが素敵だなと思いました。最初のホタテの貝殻の作品などはまさにその象徴ですね。

エコロジーという言葉から、単純に「自然環境」や「グリーン」だけを思い浮かべがちですが、そればかりではなく、想像以上にいろんな要素が複雑に絡んでいるのだな、ということに気付かされました。戦争、公害、災害、開発、経済成長、格差、貧困などさまざまな背景があることを理解できました。人間が作り出す人工物、たとえばコンクリートも石灰と砂と水でできているように、元をたどれば結局は自然界から生まれたものなのですよね。人間界と自然が断絶しているのではなく、私たちが暮らすビルも、街の風景も、地球の自然環境と密接に結びついているということを、アートの力で想起させる素晴らしい展示だなと思いました。

ミュージアムショップでヤノマミ族のドローイングのポストカードを手に取るノイハウスさん。「ここで扱われている書籍のラインアップも素晴らしくて、展示内容に関連する本が見つかるし、買いたくなるものばかりです」

ノイハウス まずは何も予備知識なく、自分の感覚だけで楽しむのもおすすめです。そしてもう一度訪れて、今度はオーディオガイドなどを頼りに、説明文をじっくり読みながら鑑賞すると、より理解が深まり、違った角度から作品を味わうことができると思います。エコロジーって意識の高い人だけの関心事ではなく、すべての人間の生活と地続きの問題だということを、この展覧会を通じて多くの人に知ってもらえたらいいですね。

森美術館開館20周年記念展
私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために


会期=開催中〜2024年3月31日(日)※会期中無休/場所=森美術館(六本木ヒルズ森タワー53F)/開館時間=10:00〜22:00(火曜日のみ17:00まで。ただし3月19日(火)は22:00まで開館。最終入館は閉館時間の30分前まで)/料金=[平日]一般2,000円、学生(高校・大学生)1,400円、子供(4歳~中学生)800円、シニア(65歳以上)1,700円/[土・日・休日]一般2,200円、学生(高校・大学生)1,500円、子供(4歳~中学生)900円、シニア(65歳以上)1,900円 ※専用オンラインサイトでチケットを購入すると割引料金が適用されます/※最新情報はウェブサイトにてご確認ください