特集麻布台ヒルズ

Geoff McFetridge INTERVIEW

ジェフ・マクフェトリッジ|インタビュー「この絵は未来の麻布台ヒルズなんだ」

世界中のブランドやクリエイター、映画監督やミュージシャンが協働を願ってやまないアーティスト、ジェフ・マクフェトリッジ。その彼が、ヒルズライフの麻布台ヒルズ特設ページのためにイラストレーションを描き下ろした。それは麻布台ヒルズが舞台の「未来の街」。ジェフが夢見る街のこと、そして彼のライフスタイルについて話を聞いた。

TEXT BY MIKA YOSHIDA
INTERVIEW BY DAVID G. IMBER
PHOTO BY AYA MUTO
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
illustration by Geoff McFetridge

——イラストレーションの依頼にあたり、まだ工事中の麻布台ヒルズを上から見てもらいましたね。

ジェフ・マクフェトリッジ 引き受けるかどうかまだ検討すら始める前の段階で、たまたま個展のため来日し、偶然が重なって絶妙のタイミングで見学することができた。麻布台ヒルズの詳細はマネージャーがしっかり把握してくれていたが、個展の準備で右往左往していた僕はほぼ予備知識のない状態で訪れた。でもだからこそ、この素晴らしいプロジェクトと驚異的な出会いができたんだ。お隣りのアークヒルズ 仙石山森タワーのエレベーターに乗りながら、これが麻布台ヒルズかーと勘違いしていたくらい何もわかっていなかったんだが(笑)、高層階の会議室に入って驚いた。その部屋には建物や街の模型、ビジュアルによって「夢の街」の構想が描かれている。そして窓からは、まさにその「夢」が今まさに建設中なのが見下ろせた。まるで生きたコンピュータグラフィックスのように! 衝撃が走ったね。どんな技術的またはクリエイティブなハードルを乗り越えねばならなかったか、どんな決断が下されてきたか、僕の目には一目瞭然だった。緑も植えられて、「ヒルズ」(丘)が“インストール”されつつあった(笑)。このプロジェクトに込められた「意図」を、まざまざとこの目でとらえることができた。しびれたよ!

麻布台ヒルズは、ジェネロシティにあふれてる

© Geoff McFetridge

——建設中の麻布台ヒルズをその目で確かめたからこそ、イラストを引き受ける決断をされたのですね。一体どんなインスピレーションを得たのでしょう?

ジェフ 「パークは大事、緑は大事」と誰もが言う。でも、例えばベンチに微妙な傾斜を付けて人が横になれないようにするといった「都市の言語」も、みな承知している。だからこそ、建設中の麻布台ヒルズを高い所から見おろした時、すべての意図が見てとれた。「ここはストリートに開かれているのか!」「ここから近道ができるんだなあ」……堅く囲い込まれた特別な施設ではなく、周りとゆるやかにつながりあう、開かれた場所なのだと。そこで僕は、ビジュアルによって新しい対話を提案しようと考えた。

——ではイラストを解説してください。

ジェフ まずはトップの全体画像を見てみよう。一見フツウだろう?(笑) でも実は計算した微妙なニュアンスが随所に仕込まれている。観る人はひとつひとつを「読む」ように導かれていき、最終的に気づきを得る。「ここにあるのは、ジェネロシティ(持つものを、あらゆる人々と分かち合う精神)だ」、という気づきだ。

ディテールに移ろう。絵のあちこちに樹木があるね。

© Geoff McFetridge

都市生活の中でビルのそばにカシの木があれば、それは大自然による魔法なんかじゃなくて、テクノロジーの成果。例えばコンピュータ制御された灌水システムや、樹木の運搬、敷地のどこにどう植えるかCADで設計したり……。僕はただ単に「自然ってすばらしい」と伝えるだけの世界は描きたくなかった。

© Geoff McFetridge

僕らはテクノロジーの中で生きている。だから現実的な視点と共にポジティブな未来像、明るい将来への夢を提案しようと考えた。だって夢見るからこそ、夢が実現するんだからね!

© Geoff McFetridge

クリエイティブを引き出し、人々の夢を生む装置

© Geoff McFetridge

——何かMRIのようなものに横たわっている人物がいますね。

ジェフ 描いたあとで知ったんだが、麻布台ヒルズには健診施設があるんだね。ヘルスケアや健康管理は重要で、ただ必ずしも楽しい事ばかりじゃない。だからリアルに、ただやはり理想ということでフューチャリスティックなボディスキャナーにしてみたんだ。この人はただリラックスしているだけなのか、または何か未来社会で可能になった治療を受けているのか……? 体の異常を見つけ治療を施すのも当然ながらテクノロジーの力あってこそ、だよね。

——彼の頭から何かがつながり出ていますが、これは?

ジェフ このマシンは思考を引き出し、世界へ拡大する。創造力を頭から取りだして、モノ=ブロックを作っていくんだ。その下ではブロックを使って何か子どもに教えを授けている。子ども達が見ている映画は、誰かの夢。そのストーリーは「人と分かち合うこと」で、上に見える三角形はその象徴。治療用のマシンにただ横たっているように見えて、実は精神の深いところからモノを生み出し、人々と分かち合う。「持つものを分かち合うことは、人間の健康的な側面である」というメッセージをパッケージ化したとでも言うかな。ある人の思考をブロックの形に変え、他の人が確認したりまとめたりして、みんながそれぞれの「夢」を作り出すんだ。

ヒル(丘)ってなんだろう?

© Geoff McFetridge

——ひとつのディテールに、そこまで深い意味が込められているとは!

ジェフ 僕の絵をたとえ気に入らなくても構わない。ただ、絵を「読んで」ほしいんだ。この全体画像には「フィラー」、つまり余白を埋めるためだけの絵は何ひとつ無い。たとえば工事現場のクレーン操縦士の絵を見てみよう。その右で絵を描いているのは同じ操縦士。オフ時間もしっかり楽しんでいる。僕にとって、重機を操作する人々はみなアーティスト。どちらも共通するのは、ハードルを越えての目標達成、創造性、そして求められる熟練の技術。それをシンプルに表現してみたんだよ。

© Geoff McFetridge

——丘を登る登山チームも気になります。

ジェフ 「ヒル(丘)」って一体何だろう? 小さい丘もあれば、山のような丘もある。頂上も平坦だったり、切り立っていたりと様々だ。だから左側ではまずリュックを背負った少年がだんだん登山家になり、酸素ボンベを携帯した冒険家になり、最後はネパールのアンナプルナ山脈に到達する。ゆるやかな進化だね。その頂点に「ヒルズライフ」の旗を立ててみた(笑)。右の反対側は小さな丘で、子ども達を先生が引率して階段を登っている。こちらも左側と同じく「夢」と「嬉しい興奮」がテーマだ。小さい子にとって、学校に初登校する日は不安と期待で胸がいっぱいで、それは大人が生命をかけて挑む大冒険となんら変わらない。未知への恐怖、でも挑戦はきっと報われる。人生を「ヒル」に例えてシンプルに描いてみた絵だよ。

僕のライフスタイル

——仕事とプライベート、どちらが大事ですか?

ジェフ 僕にとってヒューマニティ(人間らしさ)こそが最重要テーマ。作るものすべての核にある。生活も同様に、人間らしい暮らしがあってこそ。昨日ミュージシャンの友人にこう言われた。「君は仕事の手を休めても、家族とのディナーのために帰宅する。僕の場合はディナーに出かけず作曲を続け、これだ! という瞬間に出会うまで徹夜するタイプだ」と。そこで僕はこう言った。「そう、僕は20年前に長女が生まれてから家族中心主義を貫いてきた。自分に良くすれば、仕事も良くなる。僕はむしろ家族や友人とのディナーから“新曲”を生み出す人間なんだ」と。

生活を犠牲にしてまで仕事にのめり込むというのは、自分のやり方ではない。意外なようだが、家族とのアウトドア活動や旅行を優先にすることで、むしろ仕事の能率は上がり、結果的に仕事量も増えた。なぜなら、限られた時間でこなさねばならないから集中力が上がるんだね。

——特にサーフィンがお好きですね。その魅力は?

ジェフ 子どもの頃からスキーやスケボーに親しんできたが、サーフィンを妻と始めたのは90年代後半。未体験のことを大人になってから学ぶのは良いね。サーフィンの魅力は、絶えざるパラダイム・シフト(思考の枠組みの劇的な転換)、この一言に尽きる。知れば知るほど、いかに自分が知らないかを知る。頭で考えず、体で動くのがキモだ。海では恐怖の瞬間も多い。いわば穏やかな笑顔をして、時に怖い目にも遭わす座禅の師匠のようだ。いきなりバシッと禅杖を頭に食らわされる。僕はサーフィンから多くを学んだけれど、ピンポンでも何でも同じだと思う。

——アウトドア派ですね。

ジェフ 耐久系スポーツ派で、特に長年やってきたのがトレラン、あとは自転車。没入できるアクティビティが好きでキャンプも頻繁にやっている。

——いつも大変お忙しいのに、時間をうまく工面されていますね。

ジェフ 子どもができてからは、親子で一緒の活動というとどうしてもビーチや長期キャンプが多くなる。親あるあるだね。だが子育てもまたパラダイム・シフト。これまでの既成概念を覆されて、未知の価値観に出会い続ける。僕は物事の明るい面を見る人間なので「そういえばこれまでヨセミテ国立公園やニューメキシコに行った事がなかった! ラフティングの旅もしたことがない!」と子どもを口実に(笑)新しい体験に飛び込んでいくのが楽しくてならない。まあ子ども達も成長したので、今はそれぞれの関心事に夢中なんだけど(笑)

いま惹かれるのは、自然と人の関わり方

——カナダのアルバータ州カルガリーのご出身です。どんな場所でしたか?

ジェフ ニール・ヤングの有名な「Four Strong Winds」はアルバータに移り住もう、凍てつく強風の吹く土地だけど、と妻に語る曲なんだが、まさにここで歌われる辺境の開拓地こそが僕の故郷だ。うちは郊外だったけどね。牧畜と石油採掘、炭鉱の町。僕は1971年生まれだけど、80年代でもまだ西部劇に出てくるような汽車で3時間もかけて祖父母の家に遊びに行ったものだよ。その後はLAの大学に進学した。チャンスをつかみにね。

——貴方の作品について。以前は人と人とのつながりやふるまいを描いていましたが、今はむしろ人と自然との関わりに興味が移ってきたという印象を覚えます。

ジェフ まったくその通り。僕はアウトドア好きでいわゆる「自然志向の人間」だけに、お決まりの陳腐な「自然礼賛」的なセリフを聞かされることが多い。だからというか、その逆に自然を陳腐に語らない文章や考え方に強く惹かれる。僕が動物を描くのは、大自然を端的に現すものだったり、あるいは何かの思想を表現するものだったり……。そうそう、年々興味が高まっているのがコンサベーショニスト・ハンティング。つまり同じ狩りでも、ただ獲物を殺すためではなく、野生生物の保護や生息環境の保全を支えるためのハンティングだ。その手で狩りをし肉を食らう、きわめてリアルな世界でもある。ハンターには深い畏敬の念を覚えずにはいられない。最近開いた個展でも、シカの立体作品を制作したほどだよ。

——麻布台ヒルズのために描いたイラストでもシカが歩いていますね。

ジェフ それもフツウのシカだね。描くにあたってはシカを画像検索したりせず、ごくありふれたシカを記憶だけで描く。だからあまりシカらしくない(笑)

——絵によって動物そのものを追求するのではなく、人のありようを表現しているのですね。

ジェフ その通り。僕にとって自然とは、言語や世界と、僕ら人間とがどう関わり合っていくかを映し出す鏡。あくまで「仲介者」なんだ。

クリエイティブな思考を促すイラストレーションを

ジェフ 僕のアートは一見とっつきやすい。自分が知っている言語のようにスッと入っていけるが、よく見れば深いところに色々と詰まっている。流れは止まることなく連なり、単純に見える表面の奥には人間らしさやフィーリングがある。そのフィーリングを見出すことが、僕の原動力であり、仕事におけるキモなんだ。僕のオーディエンスはとびぬけてリテラシーが高い人々だといつも思う。よく言うんだが、物を描くのがドローイングではない。「次」へ移るために、常に「描き終え」続ける。瞬間瞬間が、その連続さ。

麻布台ヒルズの為に描いたイラストも、なにも僕の理想や考えを押しつけているわけじゃない。この先の世界をもっと考えるきっかけになってほしいんだ。クリエイティブな思考を促す、僕からみなさんへの「プロンプト」(ユーザーに入力や操作を促すメッセージ)なんだよ。

profile

ジェフ・マクフェトリッジ|Geoff McFetridge
カナダ・アルバータ生まれ。LA拠点のデザイナー/アーティスト。1996~1998年、ビースティー・ボーイズが刊行していた雑誌『グランド・ロイヤル』のアート・ディレクターを務め、のちに自身のスタジオ《チャンピオン・グラフィックス》を設立。エルメスやパタゴニア、アップル等のプロジェクトを多数手がける一方、映画『ヴァージン・スーサイズ』のタイトル画や『her/世界でひとつの彼女』のユーザーインターフェイスなど、ソフィア・コッポラやスパイク・ジョーンズとの協働にも熱烈なファン多し。2016年にはクーパーヒューイット・スミソニアン・ナショナル・デザイン賞受賞、2019年には全米グラフィックアーツ協会(AIGA)からメダルを授与。ドキュメンタリー映画『Geoff McFetridge: Drawing a Life』が2023年公開。