The stream glides calmly on

この星の川は流れ続ける——奈良美智 「北海道 - 台湾」(〜12/26@TIGP)

世界を舞台に活躍するアーティスト奈良美智。絵画、立体作品ともに大変な人気があるが、実はこの20年、写真作品も発表し続けてきた。戦場で会った子どもたちの澄んだ瞳、自身のルーツを探りながらの北帰行、国内外の名も無い小さな集落への旅。本展では北海道と台湾の奈良の旅をトレースできる。

text & edit by Yoshio Suzuki
photo: Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

「奈良美智 『北海道 - 台湾』」(タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルム) 展示風景 Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film Photo: Kenji Takahashi

現在、青森県立美術館で自らの美術家としての原点にまで触れようという展覧会「奈良美智: The Beginning Place ここから」を開催中の奈良美智。彼が2020年から2023年に撮影した写真を展示した「北海道 - 台湾」が東京・六本木のAXISビルにあるタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルムで開催されている。

日本では東京国立近代美術館を筆頭に各地の公立・私立美術館、海外ではニューヨーク近代美術館はじめ有名美術館に作品が収蔵されている奈良だが、写真作品もこの20年間、断続的に発表している。

奈良の最初のカメラについて、近年出版された奈良の評伝、イェワン・クーン『奈良美智 終わらないものがたり』(青幻舎 2023年)によると、「13歳のときに初めて両親からカメラを買いあたえられて以来」と書かれているが、あるトークイベントでは「家にあって誰も使ってなかったカメラを持ち出して写真を撮っていた」とも話している。

奈良美智《台湾 / 台東市建和里》2023, pigment print © Yoshitomo Nara. Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

奈良が初めに写真を発表したのは、『エスクァイア日本版』2002年3月号「写真は語る。」という写真特集で、写真家としてはいわば新人であるにもかかわらず、破格の待遇を受けていた。綴じ込みの特別付録の冊子24ページに写真が掲載され、その冊子の表紙周りにはドローイングがついている。被写体は子どもや猫や犬、室内のオブジェや、多摩ナンバーのクルマが写っていたりするのでおそらく東京郊外の風景。

ドローイングとともに自筆でこんなことが書いてある。

「切りとられた永遠はほんとに永遠なんかな…
そんなことおかまいなしにこの星の川は流れる。
流れつづけて、いっときにとどまちゃいない。」
(原文ママ)

この『エスクァイア日本版』が発行された2002年、今度は創刊準備中の雑誌『FOIL』から依頼を受け、奈良は写真家の川内倫子とともにアフガニスタンへの取材に出かけている。当時は前年9月11日に起きたアメリカの同時多発テロの首謀者とされたオサマ・ビン・ラディンをタリバン政権が匿っているとして、アメリカが主導する有志連合諸国がアフガニスタンを攻撃し、まさにその最中にあった。

奈良美智《台湾 / 恒春鎮》2023, pigment print © Yoshitomo Nara. Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

若い頃から多くの旅をしてきた奈良にとっても、戦地への旅は初めての経験だっただろう。奈良が多く撮影したのは、そんな土地、そんな状況でも健気にたくましく生きる子どもたちの写真だった。それらの写真は雑誌『FOIL』創刊号(『Snoozer』2003年2月号増刊)「特集 戦争反対」に掲載され、のちに写真集『The good, the bad, the average…and unique : 奈良美智写真集』が出版され、また2003年、東京・六本木の森美術館の開館記念展「ハピネス」に奈良はこのときアフガニスタンで撮影した山羊飼いの子供たちの写真をポスターに仕立て、訪れた人が1枚ずつ持ち帰ることができるという展示をしている。また、2004年、横浜美術館で写真をテーマとしたグループ展「ノンセクト・ラディカル 現代の写真III」でも発表している。

奈良美智《山羊飼いの子供たち——カブール市郊外》2002年(本展には展示されていません)

開催中の青森県立美術館での大規模個展でもプリント写真の展示、スライドショーをしていて、そこでは2014年のサハリンで撮った写真などを見せているのだが、こちら東京・六本木の「北海道 - 台湾」では2020年から2023年の間に北海道と台湾の小さな集落で撮影した写真55点が展示されている。2002年〜2003年頃は35mmや中判645のフィルムカメラを使っていたが、今回の写真はすべてiPhoneで撮影したのだという。モノクロにしたり、正方形にクロッピングしたものもあるが、Photoshopなどを使っての修正は一切していない。

「奈良美智 『北海道 - 台湾』」(タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルム)展示風景 Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film Photo: Kenji Takahashi

2011年に起こった東日本大震災を境に、奈良は自身のルーツや縁を探ることに意欲的になった。祖父が出稼ぎに行っていたという理由から、2014年には、サハリンを旅したりもし、風景や少数民族の人々の姿を撮影している。また、それとは別に北海道の白老町や洞爺湖町へはこの数年、何度も訪れ、小さなコミュニテイに溶け込み、信頼関係を築き、そこに住む人たちの気負わない日常を撮影している。一方、台湾という、オランダ、清国そして日本に統治されたこの島の山岳地帯や小さな町をまわり、そこに住む人たちや風景を撮りためている。

奈良美智《北海道 / 洞爺湖町》2022, pigment print © Yoshitomo Nara. Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

奈良にとって、ドローイングは日常的に描いているもので、自然に手が動くというほどのものなのだが、ペインティング作品を描くということはまるで修行のように極度に集中する力を必要とするものだそうだ。そういう制作の違いはあまりにもはっきりとしているのだが、写真を撮る行為はドローイングを描くことに似ていると語っている。

しかし、写真はドローイング以上にさまざまな情報が入ってくる。旅したときの写真であるならば、場所は特定できないにしてもどんな場所かを垣間見れたり、ときどき捉えられる自身のアトリエならばそこにあるものを写していてどんなものがあるかわかったりする。

奈良美智《北海道 / 白老町飛生》2022, pigment print © Yoshitomo Nara. Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

ところで、奈良が生み出す作品の卓抜さについてはもちろんなのだが、展示を組み上げる能力の高さについては、彼と仕事をしたことのある学芸員、ギャラリストは口を揃えて絶賛するところだ。しかも、展示作業にほとんど迷いがなく、素早く的確な作業で完結するのだという。奈良が撮影する写真の秀逸さや一瞬のチャンスを逃さない瞬発力というのは、展示に優れた力を発揮する並外れた能力と同じところから来ている能力なのではないかと考えられる。衰えることのないみずみずしい感性、鋭い洞察力、高い技術力を併せ持った彼ならではの仕事なのである。

奈良美智 「北海道 - 台湾」


会期=開催中〜2023年12月26日(火)
会場=タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルム


奈良美智|Yoshitomo Nara
1959年青森県弘前市生まれ。1987年愛知県立芸術大学大学院修士課程修了。1988年ドイツ、デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学、卒業後もケルンを拠点に作品を制作。2000年に帰国、以後国内外の展覧会で発表を続ける。近年の主な個展に「Yoshitomo Nara」(ロサンゼルス・カウンティ・ミュージアム[アメリカ]/ユズ・ミュージアム[上海、中国]、2021–23年)「YOSHITOMO NARA. ALL MY LITTLE WORDS」(アルベルティーナ近代美術館[オーストリア]、2023年)「The Beginning Place ここから」青森県立美術館(2023-24年)など。2024年夏からはビルバオ・グッゲンハイム美術館から始まるヨーロッパ巡回展が企画されている。

profile

鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。