特集麻布台ヒルズ

ARTWORKS FOR AZABUDAI HILLS

麻布台ヒルズにこんなアートがやって来る! ——片岡真実・森美術館館長インタビュー

麻布台ヒルズの中央広場をはじめ、オフィスタワーやレジデンスタワー内にアート作品が恒久的に置かれることになった。その作品選定を手がけた森美術館の館長、片岡真実さんにセレクトの意図を伺った。

TEXT BY Mari Matsubara
PHOTO BY Ryo Yoshiya
illustration by Geoff McFetridge

——麻布台ヒルズでは、一般の方の目に触れるパブリックスペースにもアートが置かれるそうですね。どのようなコンセプトでアート作品を選定していったのでしょうか?

片岡 麻布台ヒルズのコンセプトに「Modern Urban Village」と「Green & Wellness」があります。

東京の新しい“磁場”にふさわしいアートとは

片岡 都市生活の現代性を備えながらも緑豊かで、様々な施設が集まるある種の「村=ヴィレッジ」にどんなアートがふさわしいかと考えたとき、まずは、大きな自然界のエネルギーを可視化できるような作品を想像しました。麻布台ヒルズが様々な人やコトが集まる場所であり、そこに大きなエネルギーが渦巻く様子をイメージしたからです。

もうひとつは、今回の非常に大規模な都市再開発の中で、いかにヒューマンスケールを感じさせるか、ということも重視しました。ヘザウィック・スタジオがデザインした低層部の建築はまさにそのことを念頭に置いたものですが、そこに置かれるアートも同じ意識で選びたいと考えました。人々の感情に訴えかける有機的なデザインの低層部に響き合うアートを取り入れることで、奥に控える超高層ビルとバランスを保てると思いました。

また、麻布台ヒルズには〈森ビル デジタルアート ミュージアム:チームラボボーダレス〉と〈麻布台ヒルズ ギャラリー〉がオープンしますので、街のあちこちにアートが点在していて、歩きながらいろんな場所でミュージアム・クオリティのアートに出会えることを想定しました。

宇宙の気を感じさせるステンレス彫刻

ジャン・ワン《Artificial Rock. No.109》 2015年 ステンレススチール Photo 木奥惠三 Courtesy 茨城県北芸術祭 KENPOKU ART 2016

——具体的に設置されるアートについて説明していただきながら、アート選定のコンセプトの詳細を伺いたいと思います。

片岡 パブリックな空間としては中央広場が中心になりますが、そこに3点のアートワークを配置しました。まず中国人アーティスト、ジャン・ワンの彫刻作品です。

自然石を模して人工的に作った彫刻で、表面がステンレスで覆われているので、周りの景色が映り込み、彫刻それ自体の存在は消えて周囲の環境と一体化するようなイメージです。中国の伝統的な山水画に描かれる岩山のようにも見え、宇宙の気のようなものを感じさせるので、先ほど申し上げたコンセプトに合うと考えました。ここはB-2街区の低層部に入るホテル〈ジャヌ東京〉のカフェのテラス席からも眺めることができます。

宇宙と交信する森の精霊

奈良美智《森の子》 2017年 ウレタン塗装、ブロンズ 500.4×139.7×158.8 cm 展示風景:N’s YARD(栃木) 撮影:森本美絵

片岡 次に、奈良美智の彫刻作品《東京の森の子》です。

目を閉じた《東京の森の子》は、アンテナを天高く伸ばし、宇宙と交信しているようにも、森の精として自然界の平安を祈っているようにも見えます。天空に向けて円錐状に立ち上がる本作は、2011年の東日本大震災の悲しみから、創造活動を再開する契機ともなった《ミス樅の子》(2012年)に続き、2016年以来、青森、那須塩原、ロサンゼルスなどに恒久設置されている《森の子》シリーズの8体目。都内に常設される奈良の野外彫刻としては初めてです。粘土で作った原形をブロンズで鋳造し、ウレタン塗装を施した表面には、奈良の指跡が鮮やかに残り、作家の身体性や情動がリアルに伝わってきます。心の奥底に刻み込まれた記憶、感性、直感のままに制作されたこのシリーズには、奈良自身の葛藤、世界平和への願い、希望などが折り重なり、私たちの心の奥底に話しかけてくるようです。

また、円錐形をした《東京の森の子》は針葉樹を思わせますが、麻布台ヒルズには多種多様な樹木が植えられているので、この作品はバイオダイバーシティを象徴する場所にぴったりだと思いました。

触れて、腰かけて楽しむ彫刻

曽根 裕《Log (long version)》 2017年 大理石 400×60×60 cm 展示風景:「Obsidian」四方当代美術館(南京)2017年 

片岡 そして彫刻家の曽根裕による、樹木をかたどった石の彫刻を数点、点在させます。これは一部、ベンチのように座ることも可能です。

四国・高松にある、鷲ノ山の凝灰岩を使って制作しています。ちょっとグレーがかった色合いが、雨に濡れると黒っぽく変化します。キャンプ場などに転がっている丸太(ログ)に腰かけるのと同じようなイメージで、アートを媒介としながら自然と私たちが一体になれる。その点で「Green & Wellness」というコンセプトと共鳴するものです。長い一本のログや二股になっているログもあります。

——敷地内をただ歩くだけでもトップ・アーティストの作品に出会えるのは贅沢な体験ですね。

再生金属で描く物質運動の軌道

オラファー・エリアソン《相互に繋がりあう瞬間が協和する周期》(イメージ図) 2023年 再生亜鉛、スチールケーブル © 2023 Olafur Eliasson

——一方オフィス棟には、2020年に東京都現代美術館での個展が話題となったオラファー・エリアソンの作品が入るそうですね。

片岡 5年前からオファーをして、森JPタワーのオフィスエントランスのために新作を作ってもらいました。吹き抜けのロビーに吊られた4つのオブジェで構成される作品です。

オラファー・エリアソンは世界的にも早くから環境問題を意識し始めた現代アーティストで、光・水・気温など自然の要素を用いたインスタレーションで知られていて、太陽光発電を利用した作品などもあります。そういう意味で最も現代的な課題にコミットするスタンスが、「Green & Wellness」の文脈にも合致した作家です。この作品は宇宙のエネルギーや物質運動の軌跡を示唆するもので、奥から手前へと連なる4つのオブジェが少しずつ複雑化する軌跡を表しています。そこには時間の経過も見てとれます。オブジェは再生金属のモジュールの組み合わせでできており、非常に複雑な多面体(十一面体)を一つひとつ手作業でつなぎ合わせています。その制作工程をベルリンにある作家のスタジオで見ましたが、VRのゴーグルをつけて次の接合面を見極める複雑な作業でした。制作における超ハイテクと超アナログの融合が興味深かったですね。

バルコニーから眺めると、自然界の法則や大きなエネルギーの流れを感じさせ、奈良さんの作品ともつながりがあり、響き合うと思います。

全宇宙のエネルギーとヒューマンスケール

——お話を伺っていると、ここに選ばれたアート作品には、まさに「宇宙のエネルギー」や「気の流れ」が通底しているのですね。

片岡 麻布台ヒルズは、そこで働く人、暮らす人、学ぶ人、遊ぶ人、運動に来る人、ただ通り過ぎる人など、いろんな方がいらっしゃる場所です。また海外からのビジネス客やツーリストにも注目されるでしょう。多様な人たちを惹きつける、東京の新しい“磁場”となる街には、やはりエネルギーを吸引し、集約していくような強さを持つアートが必要ですよね。ビジネスのパワーや、人々が交流し、躍動する活力など目に見えないエネルギーがグルングルンと渦巻いているような街。そんなイメージを象徴する作品群になったのではないかと思っています。

——竣工時には日本一の高さとなる330mのA街区タワーなど、誰も経験したことのない大規模プロジェクトに見合うアートを選ぶには、難しい点もあったのでしょうか?

片岡 工事に入る前からアーティストには声をかけるのですが、図面やパースを見て一所懸命空間を想像しても、やはり限界がありますし、スケール感が実感できないのでセレクトには苦労しました。主要部分に設置するアートを先に選定して開業に間に合わせますが、開業後も引き続きアートの置き場を探しながら、作品を増やしていければと思っています。また、ビル自体がとてつもなく巨大なので、そこにモニュメンタルな作品を持ってきて対抗してもあまり意味がない。オラファーや奈良さんの作品はある程度大型ですが、全体としてはヒューマンスケールを感じさせる作品で、街を移動しながらあちこちで発見して楽しめるものがあると良いですよね。

森美術館が築いてきた豊富なアーティスト人脈

——パブリックアートは今や様々な場所で見られますが、麻布台ヒルズのアートにはどんな特徴があると思われますか?

片岡 現代アート界のトップランナーたちによる作品がこれだけの数揃い、美術館以外の場所で見られるというのは希有ですし、他所にはない強みだと思います。それは、森美術館が開業以来、世界各地から延べ1,600人余のアーティストを紹介してきた実績があり、そこで培われたネットワークがあればこそです。とりわけ、今回のほぼ全ての作品がこのプロジェクトのために作っていただいた新作で、それが可能だったのは長年の信頼関係があったからだと自負しています。

——世界の現代アートとつながっている森美術館だからこそ、トップレベルの作家の作品を集めることが可能だったのですね。

片岡 世界の誰が来ても、「わぁ、オラファーの作品があるの?!」とか、「東京の屋外で奈良美智の彫刻を見られるのはすごい」と言っていただける場所になると思います。また、住宅棟に置かれるアート作品についてお話すると、六本木や虎ノ門、そして今度完成する麻布台のヒルズレジデンスにお住まいの富裕層の方たちと、現代アートのコレクター層は重なっているんです。そういう方たちが、ご自分たちのレジデンス棟の共有スペースに置かれたアートをご覧になって、「この作家の作品を自宅にも欲しい」とリクエストされることもあるそうです。そういう場合、取り扱いギャラリーをご紹介することも可能ですし、作家にとっても別の仕事につながるので、パブリックアートはとても意義深いと思います。

profile

片岡真実|Mami Kataoka
森美術館館長。2018年第21回シドニー・ビエンナーレ芸術監督、2022年国際芸術祭「あいち2022」芸術監督。2023年「国立アートリサーチセンター」初代センター長に就任。日本及びアジアの現代アートを中心に企画・執筆・講演など多数。