新しいテクノロジーは、美術家の表現やそのプロセスに大きな影響を与えることもある。LA在住の画家エマ・ウェブスターは、VR空間を自ら作り、風景画を制作する新しいタイプの画家だ。六本木・ペロタン東京で日本初個展を開催中の彼女に、その見どころ、そして創作哲学を尋ねた。
PHOTO BY KOHEI OMACHI
TEXT BY MASANOBU MATSUMOTO
EDIT BY JUN ISHIDA, AKANE MAEKAWA
3次元の世界を、透視図法や陰影などの技術を駆使して2次元のキャンバスに表現する——絵画の伝統的なジャンルである「風景画」は、じつは人類が生み出した仮想空間だと言えるかもしれない。
現在、六本木のペロタン東京で個展を開催しているエマ・ウェブスターは、言わばこうした風景画に新しい光を当てる画家だ。目の前にある自然の風景を写し取るのではなく、独自の想像世界をVRで構築し、自身が没入体験しながらその風景を絵に仕上げていく。完成された絵画は、一見オーセンティックな油絵だが、重力から解放されたように木々がダイナミックに伸びていたり、朝焼けと夕焼けが画面のなかに同居していたりと、そこには現実にはあり得ない風景が広がっている。
「もともとは、粘土などを使って演劇のセットのようなジオラマやマケット(模型)を作り、そこから風景画を制作していました」とエマ。「ただ、そうしたジオラマは経年劣化していくもの、つまり物質的な制約があるものです。その問題について考えていた時、友人がスタジオに来て、ジオラマをスキャニングし、デジタル化する方法を教えてくれました。VRに関心をもったのは、それから。VRを使えば、たとえば自分でハンドリングするジオラマよりスケールの大きいものを作ることができ、ディテールもよりこだわれます。また、作った空間に内在できる。VRは私の創作の自由度を広げてくれるものでした」
アメリカ・マイアミ現代美術館(ICA Miami)がYouTubeで公開しているビデオでは、オキュラスのヘッドセットとコントローラーを身につけVR空間に没入しながら制作するエマの姿が紹介されている。「バーチャルの世界を作り込んでいく最中、たしかに自分がその中で本当に生きるような瞬間もあります。ただ、一度、絵画が完成したら、私自身そのVRの空間には戻らないようにしています。そういう意味で、VRの世界と絵画の世界はパラレルな関係。VRの世界も、私の手を離れ、現実の世界と同じように時間を経ていくものとして思いたい。制作中も、最後には戻れなくなる世界を作っているという意識はすごくあります」
近年のエマの活躍には著しいものがある。2022年、俳優のエマ・ワトソンが、自身初監督となるショートフィルムでフィーチャーしたのも彼女だった。その短編映画では、現実世界の大きなトピックス、環境問題についても触れられている。つまり、彼女がVRで描く世界は、まったくの幻想によるものではなく、現実とどこかでリンクしているものなのか? ――そう問うと「それは重要なテーマで、直接的なところで言えば、実際の制作プロセスにおいて現実世界に存在する気になった樹木などを、VRで再現し、風景を作ることもあります」と言い、こう続けた。「VRが優れているのは、現実世界において、たとえば環境問題がどう発展していくのかをシミュレーションできること。実際にVRやテクノロジー自体が、環境問題の課題解決に活用され、大事なツールとして機能しています。実際の私の作品については、(現実世界の問題に限らず)それぞれにテーマやメッセージがありますが、VRが現実にどう機能しているかは、今を生きる私にとって重要な関心ごとです」
展示空間自体を、ひとつの風景として見せる
今回の個展のタイトルは「The Dolmens」。先史時代の「遺跡」や「古墳」を意味する言葉だ。「マケットやジオラマを作る際は、まず土台を設け、その空間に収まるようにオブジェを配置します。つまり、空間的な枠組みのなかで、その世界を作っていくわけです。今回のタイトルに選んだ言葉は、そういったものが実世界にはどのようなものとして存在しているか、と考えを巡らせる中で浮かんできたもの。箱、棺桶、洞窟——。そうして辿り着いたのがThe Dolmens(古墳)でした。この古墳というものは、何かを収めるために人類が作り出した、最初の人工的な空間のひとつ。その点で、創作のインスピレーションに満ちた言葉でもありました」
このような空間に関する思考やそこで生まれたアイデアは、展示空間づくりにも反映されている。ペロタン東京には、まず自然光が入る一面がガラス張りになったメインの展示室があり、奥の通路を抜けると、さらに2つの展示室がある。今回の作品のほとんどは、エマ自身が実際にギャラリーを訪れたのちに制作されたもので、展示プランも場所ありきで進められたという。
実際に、自然光が入るはじめのスペースでは、外の風景を描いた絵画が展示され、ドアしか開口部がない、2つ目の箱状の展示空間では、タイトルの古墳、空間にフレーミングされて収められているものといったテーマをかたちにした作品が配置されている。3つ目の展示室には、人類が生まれる以前の原始的な風景を思わせる2つの絵画を向かい合うように置かれている。ギャラリーを洞窟のように捉えた、と本人が言うように、外の世界から内なるところに、だんだんと深く潜り込んでいくような体感をもたらす展示構成になっている。
「特に2つ目の展示室では、スポットライトがちょうど絵画のハイライト部分が当たるように、展示空間のライトを配置しています。実際の空間と絵画に描かれた空間が共鳴するように」と試みを明かしてくれたエマ。総じて、ギャラリーの展示空間自体が、彼女によって作られたひとつの風景だと眺めても楽しいだろう。
またオイルペインティングに加え、ドローイングを展示しているのも、今回のエマの新しい試みだ。描かれているのは花や動物など。これらは、コンピューターでレンダリングしたモチーフを、鉛筆や黒鉛の粉で書き起こしたものだという。
VRといった新しい技術を駆使しながらも、最終的なアウトプットに、絵という伝統的なメディウムを選んでいることにも、エマ独自の思い入れがある。「たとえば、現実の世界をリアルに再現するには、絵よりも写真のほうが手軽で正確かもしれません。またVRなど新しいリアリティを獲得する手段も日常的になっています。ただ、絵というものは、そういったリアリティあるいはイマジネーションを表現するために人間が開発した一番はじめの方法だったわけです。そこに立ち戻ることは、今でも大きな意味があると思うのです」
事実、目の前に広がる風景を、平面で仮想的に表現するために、古来、画家たちは、遠近法や陰影、ぼかしなどのテクニックを培ってきた。風景画には、そうしたイメージにおける知と技術が集積されている。そうした歴史を踏まえて、印象的だったのは、インタビュー中にエマが話した次のような言葉だ。「ただ、VR空間に没入して風景を平面には、伝統的なテクニックをそのまま使うだけではうまくいかないときもあります。つまり新しい絵画のテクニックを自分で生み出さなければいけないこともある」。彼女は、つまり、風景画の新しい地平を切り開く画家なのだ。
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