JAPANESE ART SCENE INTROVERTED?

海外から見て「日本のアート」はいまも内向きで特殊?——「六本木クロッシング2022展」キュレーター、レーナ・フリッチュに聞く

森美術館が3年に一度、日本の現代アートシーンを総覧すべく開催する展覧会「六本木クロッシング」。キュレーションを、美術館と外部から招いたゲストキュレーターが共同で行うのも特徴で、第7回目となる今回は、国内外から4名のキュレーターが企画した。議論の末に彼らが見出したテーマは、コロナ禍を経て見つめ直された「身近な物事や生活環境」や「共に生きる多様な隣人たち」、そして「日本の中の多文化性」だ。ゲストキュレーターの一人、オックスフォード大学アシュモレアン美術博物館近現代美術キュレーターのレーナ・フリッチュに展覧会の見どころ、そして海外から見た日本のアートシーンの現在について聞いた。

TEXT BY JUN ISHIDA
PHOTO BY MANAMI TAKAHASHI

——レーナさんは戦後日本の写真界における多様性をテーマにした書籍を発表し、オックスフォード大学で日本美術も教えていらっしゃいます。そもそも日本のアートに興味を抱いたきっかけは?

フリッチュ 日本とは私的なつながりがあって、子供の頃、1年半ほど日本に住んだことがあるんです。生まれたのはドイツですが、ドイツ語の後に学んだのは日本語で、日本は自分の人生とつながっている国という感覚があります。日本のアートに興味を持つようになったのは、19歳でインターンシップを行いに、東京に移り住んだ時でした。半年ほど一般企業で働き、仕事内容はいわゆるOL的なものだったのですが、こういうことではないと思い、週末に美術館巡りをするようになったんですね。特に恵比寿の東京都写真美術館などに足を運びました。ドイツに戻ると大学で美術学を専攻し、卒論では指導教授からのアドバイスもあって森村泰昌さんを研究テーマとしました。2004年に再び日本に戻り、大学で日本語を勉強しながら森村さんについて学び、最終的には2010年に「1990年代の写真と身体」をテーマに博論をまとめました。

SIDE COREなどのアーティストグループの活動にも注目するというレーナ・フリッチュ。写真は、SIDE COREがプロデュースするEVERYDAY HOLIDAY SQUADの作品《rode work ver. Tokyo》2018/2022年

——今回、「六本木クロッシング」にゲストキュレーターとして参加した経緯は?

フリッチュ 2021年9月にメールでお声がけいただきました。コロナのため渡航が制限されており、オンラインでのやりとりとなりましたが、長時間のオンラインミーティングを何度も行い、テーマを詰めてゆきました。コロナのことを無視はできないけれど、そのものをテーマにするのは避けたいという考え方は共通していて、パンデミック後の世界が共有するものやこれからの人々の生き方について話し合いました。

日本の伝統的な文化をテーマにデジタルやテクノロジーを使って再解釈する市原えつこ。《未来SUSHI》2022年 展示風景:「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館(東京)2022-2023年 撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館

——来日するのは2019年以来、3年ぶりとのとことですが、今の日本のアートシーンについてどのような印象を抱きましたか?

フリッチュ 以前よりもとても自由な雰囲気を感じました。アーティストが使用するマテリアルも多種多様だし、活動の形式もグループだったり1人だったり様ざま。選択肢がたくさんあります。そして、その多様性は「六本木クロッシング2022展」にも反映されていると思います。

自然界における人間以外の生き物と「共同」で作品を制作するAKI INOMATAが、ビーバーと共に作った作品。《彫刻のつくりかた》2018年- 展示風景:「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館(東京)2022-2023年 撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館

——新たな発見はありましたか?

フリッチュ 作家のプレゼンテーションの上手さに驚きました。以前は、日本の作家は英語の問題などがあって作品の説明ができないから海外で展示するのは難しいと言われていましたが、随分変わった気がします。コロナでスタジオに行けないため、オンラインでのミーティングとなりましたが、みなさんパワーポイントなどを使いながら丁寧に説明してくれました。

漆を用いて、人体の一部を用いた抽象的なフォルムの彫刻作品を制作する青木千絵。展示風景:「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館(東京)2022-2023年

——展覧会のテーマとなった「身近な物事や生活環境」や「共に生きる多様な隣人たち」についてはどのように考えますか?

フリッチュ 世界的なテーマでもあると思います。インターネットの普及などにより世界はグローバル化しましたが、コロナ禍は再び私たちの目をローカルなものへと向けさせました。大きな世界もあるけれど、小さな、身近な世界もある。その二つの世界を行き来しながら作品を作るというのが、今、世界に共通する特徴なのかもしれません。

ある場所に埋もれていた歴史や人間の記憶に着目する竹内公太。《エビデンス》(左)は、竹内が福島の立ち入り制限区域内にある除染作業で出た土を貯蔵する施設で警備員を行なった経験から生まれた作品。展示風景:「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館(東京)2022-2023年 撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館

——日本のアートはテーマが内向きでわかりにくいという声も聞かれますが、日本のアートに特殊性を感じますか?

フリッチュ 作品のコンテクストを考えるのが大事だと思っているので、日本のアートが特殊だと思ったことはありません。作品によって“日本”につながっているものもあれば、もっとローカルなところとつながっているもの、あるいはそういった地域性とは全く関係のないものもあります。展示作家でいえば、竹内公太さんの作品は、放射能汚染のため立ち入りできない地域を撮影したもので、日本でしか作れないものです。青木千絵さんの漆の作品も、日本の伝統的な素材と技術で作られています。一方で、AKI INOMATAさんの作品は、ビーバーやヤドカリなど人間ではないものとのコラボレーションにより、「作家とは誰か?」、さらには「アートとは何か?」を問うものであり、地域性とは関わりがありません。市原えつこさんの作品は、「Sushi」というローカルな素材を用いながら、背後には未来の人間や自然はどうなるのかという大きなテーマもあります。

ストリート・カルチャーの視点から、公共空間を舞台にしたプロジェクトを行うSIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY SQUAD。《rode work ver. Tokyo》2018/2022年 展示風景:「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館(東京)2022-2023年 撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館

——今後、海外でも展示したいと思うアーティストには出会いましたか?

フリッチュ 大規模なインスタレーション作品を手がけるアーティストをもっと紹介できればと思いました。塩田千春さんや、teamLabは海外でも知られていますが、他にも面白い作品を作るアーティストはたくさんいます。SIDE COREは、ストリートカルチャーのスタイルを使いながらアート作品へと昇華していて、深い意味もあり海外でも多くの人々を惹きつけるのではないでしょうか。

レーナ・フリッチュ|Lena Fritsch ベルリンのハンブルガー・バーンホフ現代美術館、ロンドンのテート・モダンを経て、2017年オックスフォード大学アシュモレアン美術博物館近現代美術キュレーターに着任。近年、企画した展覧会に「Tokyo: Art & Photography」(2021年、アシュモレアン美術博物館近現代美術館)、著書に『日本写真史1945-2017 ヨーロッパからみた「日本の写真」の多様性』(テムズ・アンド・ハドソン/青幻舎、2018年)など。

六本木クロッシング2022展:往来オーライ! 期間 開催中〜3月26日(日) 開館時間 10:00~22:00 ※会期中の火曜日は17:00まで ※ただし3月21日(火・祝)は22:00まで ※最終入館は閉館時間の30分前まで 会場 森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階) ※本展は、事前予約制(日時指定券)を導入しています。専用オンラインサイトから「日時指定券」をご購入ください。※当日、日時指定枠に空きがある場合は、事前予約なしでご入館いただけます。