森美術館で開催中の企画展「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」を、ミュージシャンの岡村靖幸さんとDaokoさんが鑑賞しました。五感を刺激し、想像力を駆り立てる作品群に2人が想うこととは……?
PHOTO BY KENSHU SHINTSUBO
STYLING(Yasuyuki Okamura)BY YOSHIYUKI SHIMAZU
HAIR & MAKE-UP(Yasuyuki Okamura)BY HARUMI MASUDA
HAIR & MAKE-UP(Daoko)BY NATSUHO MAKINO
TEXT BY MARI MATSUBARA
「電話なんかやめてさ、六本木で会おうよ」と誘い合ったかどうかはともかく、ある晩、地上53階のアートの殿堂へ岡村靖幸さんとDaokoさんが現れた。森美術館アソシエイト・キュレーターであり、今回の企画を担当する德山拓一さんの説明を聞きながら、夜のアート鑑賞のはじまりはじまり——。
この展覧会は国内外16組のアーティストによる、様々な時代に作られたアートを厳選して紹介している。そこに共通するのは「よりよく生きる=ウェルビーイング」。五感を研ぎ澄ませてアートに向き合うことで、目には見えない世界を想像したり、自然と人間、個人と社会、生と死などについて思いを馳せたり。そうした鑑賞体験が、他者から与えられるのではない、自分自身のウェルビーイングを見つけるきっかけになる、そんな展覧会だ。特にCOVID-19のパンデミックによって行動が制限され、感覚さえも閉ざされがちな状況が続くなか、様々なことを切実に考えさせられる作品が集まっている。
まずは岡村さんが敬愛するオノ・ヨーコの作品から——。
【オノ・ヨーコ(1933〜)】
「この展覧会のタイトル《地球がまわる音を聴く》という言葉は、1964年にオノ・ヨーコが東京で出版した『グレープフルーツ』に収められたインストラクションのひとつです。彼女は言葉で観客に指示(インストラクション)を与える作品を「インストラクション絵画」または「インストラクション作品」と呼んでいます。オノ・ヨーコは絵の具やキャンバスなどの素材を使うのではなく、概念や言葉そのものが作品になる、ということを初めて呈示したアーティストの一人です。」(德山)
岡村 ジョン・レノンがこの本に非常に影響を受けて、のちに「イマジン」を作るきっかけになったという、あの本ですよね。「想像してごらん」と呼びかける歌詞はまさにこの本とリンクしている。僕はビートルズファンなので、日本語版を何十回も読みました。今読み返しても素晴らしい本ですよ。そのオリジナルがこれですか!
Daoko わぁ、貴重な1冊ですね。素敵な言葉がたくさん。
「オノさんはジョンに初版本を贈ったそうです。そういえば『イマジン』は現在はジョンとヨーコの共作としてクレジットされていますよね。想像力自体がアートにとって重要な力の一つではないか、ということをオノ・ヨーコはこの作品で訴えています。彼女は戦時中、疎開先で弟と空腹を紛らわすために、互いに架空のメニューを言い合う遊びをしたそうで、その経験がこの作品を作るきっかけになったそうです。では次の展示へ進みましょう」(德山)
【ヴォルフガング・ライプ(1950〜)】
「近寄ってみると、何かの匂いを感じませんか?」(德山)
岡村 なんだろう? 全くわからない。
Daoko ポップコーンみたいな? 美味しそう、香ばしい香りがします。
「これはドイツのヴォルフガング・ライプの作品で、彼が3年間かけて集めたヘーゼルナッツの花粉を手作業で敷き詰めています。花粉の中には植物が繁殖するためのDNA情報がすべて入っている、つまり花粉は生命の源の象徴でもあります。私たちの身の回りに飛んで目には見えない花粉がこれだけ尋常ではない量で集められると、見え方がガラリと変わりますよね。その思考の転換を促すのがライプさんの作品の特徴です」(徳山)
岡村 ヘーゼルナッツは美味しくて香ばしいから、Daokoちゃんの答えは惜しかったですね。それにしても、人工的とも思えるほど鮮やかな黄色ですね。
Daoko 本当、鮮やかできれいですね〜
「こちらも同じライプの作品ですが、キューブ状の物体に覆われた小部屋の中に少し入ってみてください。今度はなんの匂いがしますか?」(徳山)
岡村 ここも匂い系なんですね? ん? 蜂蜜みたいな甘い匂いがします。
「ほぼ正解、これは蜜蝋で作られた部屋なのです。一匹の蜂が集められる花の蜜の量はごくわずかですが、それがこんなに大量に集まることで、数万匹の蜂が費やした膨大な時間を想像させるという作品です」(徳山)
岡村 嗅覚に訴えるアートって、いろいろなことを考えさせられますよね。
Daoko これだけ集めるのは大変だろうな……あっ今、蜂の気持ちになりました(笑)
【エレン・アルトフェスト(1970〜)】
【ギド・ファン・デア・ウェルヴェ(1977〜)】
【内藤正敏(1938〜)】
【青野文昭(1968〜)】
岡村 これはすごい、タンスのお化け屋敷……。
「青野文昭は『修復』をテーマに海岸や空き地などさまざまな場所で拾ってきた家具や日用品などを接合したり復元したりして作品を作っています。時間の経過とともにモノの中に宿っていた魂や存在を見えるようにするのが作家にとっての『なおす』ということだそうです。仙台の人たちに呼びかけて、使われなくなったタンスをたくさん集めたそうです。青野さんの生まれ故郷である仙台の八木山(旧名:越路山)という街にかつてあった越路山神社の鳥居の一部を拾い、それを復元し、さらに内部に御神体などを配置した“神殿”が、目の前にあるこの大型作品です。まずは八木山橋を渡って、鳥居をくぐり、中に入りましょう。怖い、気味が悪いと感じる人もいるようですが……」(德山)
Daoko なんか、少年の無邪気さを感じます。怖いというより、ロマンがありますね。子どもが夢中になって作る秘密基地みたい。あと、神話とか民俗的な雰囲気もあります。作家の方は見えないものを見ようとしているんでしょうか?
岡村 うーん、ある種の狂気を感じますね。ものすごい思想があって、理屈で作っているのか、それともDaokoちゃんが今言ったような、子どもの無邪気さや衝動で作っているのか、どっちなんだろう。とにかく妄想力がすごいですね。あと、タンスやぬいぐるみや洋服や茶碗や靴や、いろんなものがゴミ同然となって渾然一体となっているさまには、いろいろ考えさせられます。人間もいつかはゴミになってしまうのだ、とかね。ゴミとアートの境界線があいまいになっているようで不思議です。これを作った人はどんな人なのでしょう?
「青野さんはお会いすると謙虚な、礼儀正しい、ごく普通の54歳の男性です」(德山)
岡村 そうなんですか?! 髪の毛を掻き乱したりしてはいないんですね。しかし何らかの狂気は孕んでいるでしょうね。こういうタンスがたくさんある景色は、僕が子どもの頃の記憶の中にあります。タンスの上のガラス戸棚の中に小さな人形とかナゾのお土産物がたくさん並べられているのを見ると、親戚の家を思い出します。めちゃくちゃ昭和の雰囲気ですよね。Daokoちゃんは平成生まれだから、この昭和感は実際には体験していないでしょ?
Daoko でも私自身は古道具屋さんで和簞笥を買ったりするので、家はわりとこういう茶色い色合いです(笑)。なので、違和感よりむしろ親近感が湧きます。人が中に入って巡るような大型の展示作品って、他の美術館ではなかなか体験できないですよね。
【金崎将司(1990〜)】
【堀尾貞治(1939〜2018)】
「2018年に亡くなった堀尾貞治の『色塗り』というシリーズは、自分で拾ってきたガラクタに毎日1つの色を塗るという行為を、亡くなるまでの33年間欠かさず続けた作品です。色塗りは、3歳の子どもでも、死にかけた人でもできる意味のないこと。でも、それでしか表現できない大切なものが見えてくるのではないか? との思いで続けたそうです。最終的に塗ったのは数万点になるのですが、大半は人に無償で譲ってしまい、残っているのは1,300点ほどで、ここにはそのうちの約1,000点が展示されています」(德山)
岡村 作品の物量に圧倒されますね。これだけ集まると圧巻です。
【金沢寿美(1979〜)】
Daoko わー、星雲のカーテンみたい。すごいですね。
「新聞紙を10Bの鉛筆で黒々と塗りつぶしているのですが、目に留まった言葉や写真だけを塗り残していて、新聞紙をつなげると全体が宇宙空間や星雲のように見えます。作者の金沢寿美は、子どもが生まれて以来、外出する機会が減り、社会との接点がなくなったと感じた時にこの作品の制作を始めたそうです。このシリーズは、コロナ以前から約8年にわたり制作されています。今回展示されているのは、その3年分です」(德山)
Daoko そうですか。なぜか分からないけれど、作品から女性性を感じました。
「展覧会の通奏低音となるオノ・ヨーコの作品から出発し、自然物を使って嗅覚に訴えるライプの作品、自然と人間の関係や時間の重層を考えさせるギドやエレンの作品、そして途中に異界や精神世界、宇宙の果てを想像させる作品が続き、最後はガラスでできた曼荼羅の作品で祈りとともに終わるというのが、今回の企画展の構成です。お二人はどんなことを感じましたか?」(德山)
Daoko 展示を見ながらふと、かまやつひろしさんの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」という曲の歌詞を思い出しました。それは、「君は何かに凝ったことがあるか? 狂ったように凝れば凝るほど、君は幸せになれるだろう」というような内容なのですが、「凝れば凝るほど」という表現が、今日拝見した展示とリンクしているなぁと思ったんです。毎日同じことを繰り返している作家さんがいらしたり、同じものを何年もかけて集める人がいたり。狂ったように一つのことに集中されている人もいる。ひとりひとり凝りの方向性は違いますが、その方ならではの凝り方で作品を作っていらっしゃる。そこにアーティストそれぞれの宇宙を感じ、全体を通して心に残る、素敵なストーリーを感じました。岡村さんはどうでしたか?
岡村 花粉や蜜蝋など、嗅覚に訴えるアートも多かったですし、思わず触りたくなるような作品もありました。コロナ禍でみんながマスクをしていたり、他者と触れ合うことに怖さを感じたりする状況で、こうした展示を通して一つの物語を伝えたいというキュレーターの方の意思を感じました。五感をフルに働かせて、想像するということの大切さですよね。そして、超有名な作家の作品ばかりをなぞるのではなく、それほど有名ではないアーティストによる作品の数々にいろんなことを考えさせられました。
たとえば「死」を感じさせる作品がいくつかありましたね。ゴミっぽいものとアートが一緒になっていたり、朽ちていくカボチャの写実絵画、即身仏を撮影した写真などもそうですね。綺麗なものと汚いもの、ピュアなものと不浄なものの境目をアーティストは表現しているのではないか、と思いました。「死」を考えるということは、すなわち「どう生きるか」につながっているのでしょうね。
Daoko 私にとってのベスト1は決めきれませんが、青野さんのタンスの作品は中に入ると美術館と切り離されたような空間が広がり、まるで時空が歪んでいるように思いました。
岡村 そうそう、狂気も感じるのですが、鳥居をくぐってタンスの森をさまようような、アトラクション的な面白さもありますね。狂気だけに終わらせず、結果としてエンターテインメントになっているという、作品としての完成度の高さもすごいなと思いました。これはすべての作品に言えることですけれど。
Daoko 今日だけでは時間が足りなかったので、あらためてもう一度来て、説明文をじっくり読みながら鑑賞したいです。光を見いだせる展覧会だよって、絵描きの友人に報告したいです。
岡村 そう、何回も観に来ればいいですね。仕事帰りにふらっと立ち寄れるし、とってもいい展覧会だなと思いました。
岡村靖幸
1965年生まれ。音楽家。モバイルファンクラブ「DATE」にて、俵万智さんと短歌教室がスタート。2022年11月から23年1月にかけて秋冬ツアー開催予定。
Daoko
1997年東京生まれ。中学3年の時に動画サイトに投稿したラップが評判を呼び、インディーズレーベルを経て2015年メジャーデビュー。2017年にDAOKO×岡村靖幸「ステップアップLOVE」をリリース。2022年3月には絵画の初個展を開催した。
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