1958年に美術愛好家のビジネスマンによって設立された、ルイジアナ近代美術館。デンマークのエアスン海峡に臨む広大な庭つきの元個人宅に改装を重ね、自然と一体化した環境で世界最高峰のアート鑑賞ができる。それだけでなく、誰もが歓迎されるダイバーシティの場でもある。何度訪れても、また行きたくなるルイジアナ近代美術館の魅力の秘密を探る。
Text by Chieko Tomita
Edit by Kazumi Yamamoto
アート、建物、自然との絶妙なコントラストを保つスタッフの役割
コペンハーゲン中央駅から北に向かう郊外電車で35分、緑豊かな住宅地と森を抜けた先に、ルイジアナ近代美術館がある。元個人宅の雰囲気を残すこじんまりとした玄関からは、美術館という公共施設を訪れる緊張感を感じない。しかし、入り口先の庭に足を踏み入れた途端、木々や芝生の緑に圧倒され、ヘンリー・ムーアの彫刻の後方に広がる海の景色に感嘆する。この風景を見たくて、国内外から年間約60万人以上の人がここを訪れると言っても過言ではない。デンマーク人にとって、美術館に行くというより、休日に庭園や海を見に出かける場所、という感覚で親しまれている。
ルイジアナ近代美術館は庭園だけがセールスポイントではない。ピカソ、ジャコメッティ、アレキサンダー・カルダーやアンディ・ウォーホールから、デンマーク人アーティストのアスカー・ヨーン、ペア・キエクビュー、タル・アールまで素晴らしいアートがコレクションされている。現代作家では、アイ・ウェイウェイ、ゲルハルト・リヒター、草間彌生なども常設。ピピロッティ・リストやアレックス・ダ・コルテらの企画展も開催。世界中の美術評論家や美術ファンに高く評価されている美術館だ。
また、建築の面でも評価が高い。設計を手がけた2人の建築家のうちのひとり、ヴィルヘルム・ウォーレアトは、王立美術大学の建築学科で「近代デンマークデザインの父」と呼ばれる建築家コーア・クリントに師事。その後クリントの建築事務所に勤務した経歴をもつ。もう一方のヨルゲン・ボーは、1930年代にデンマーク機能主義建築を確立したカイ・フィスカーの愛弟子で、ルイジアナ近代美術館のボックス型のシンプルな建物にその影響が見られる。1951年にカリフォルニアのバークレーで客員教員として長期滞在していたウォーレアトの元にボーが訪ね、2人でフランク・ロイド・ライトの建築を巡った経験がここの設計に反映されているなど、そんなストーリーが興味深いのか、建築家や建築を学ぶ人々も足繁く訪れる。
いずれにしても、ルイジアナ近代美術館は唯一無二の近代美術館といわれているが、なぜそれほど人々を魅了するのか? 広報担当のトーマス・ベンディックスさん(以下TB)に話を聞いた。
——ルイジアナ近代美術館は圧倒的に素晴らしい立地や、元の建物を生かしつつ、40年以上の時間をかけて増築していった建築的な要因があります。それに加え、運営者や学芸員の配慮が、ここでの体験を素晴らしいものにしている。どんなことに気をつかっているのでしょうか?
TB 世界レベルの展覧会の企画や展示にまつわるクオリティの高いイベントはもちろん、芝生でのピクニック、海岸での海水浴においても、訪問者が心地よく過ごせる自然環境を保つための作業にとても気を配っています。一番大切なことは、その真摯な仕事が訪問者に悟られないようにしているということ。つまり、訪問者がルイジアナ近代美術館に来て、誰からも押し付けられない環境で、リラックスして過ごせることが肝心なのです。
——ルイジアナでは、アート鑑賞だけでない楽しみもありますね。
TB 室内の展示に興味がなくても、彫刻公園で昼寝したり、カフェで海をずっと眺めたり、建物のディテールを観察したり、誰もが自分の居場所をみつけられるミュージアムを目指しています。そのため、ルイジアナ近代美術館のガイドツアーでは、アート鑑賞のコツや公園巡りの順路などの手引きは行っていないのです。ただ、ここでどんな過ごし方をしても、それぞれの視界にアートが入ってくるのですよ。
人々に好かれる空間に共通する要素は自然環境との関わり方
——ルイジアナには、北棟のジャコメッティ・ギャラリー、カフェ、廊下など、人気スポットや展示室がありますが、それらについて、運営者や学芸員の方ならではの見立てや分析などがあれば、教えてください。
TB ご指摘の場所は多くの訪問者に好まれています。まず、ジャコメッティ・ギャラリーの「歩く男」。ルイジアナ近代美術館は“時代と共に歩みたい”、という当館の願いを象徴するような作品です。大きな窓から池が見えるこの展示室は、創設者のクヌド・W・イェンセン氏が最も気に入っていました。どんなに混雑していても、ここには静謐な雰囲気があります。宗教的な要素はないのに、まるで教会に足を踏み入れたような気持ちになるのです。窓からの風景と訪問者の視点は変わっても、「歩く男」はいつもここにいます。そのように、自然とアートのコントラストを感じていただきたいのは、ルイジアナの常設作品全てに共通することです。
次にカフェですが、季節を問わず、テラス席を好む訪問者が多いです。海の風景とカルダーのモビールの動きを見ているとリラックスできるからだと思います。
そして、西棟から北棟に向かうガラス窓の廊下。広大な庭との一体感がよく指摘されますが、大人3人が横に並んでラクに歩けるくらいの絶妙な幅を考えて設計されています。すれ違った人とぶつかることもなく、ちょっとしたアイコンタクトが交わせる広さです。ルイジアナに来たら、自宅同様にリラックスして、アートに親しんでほしい。そして、その気持ちを訪問者同士で共有してほしい。「みんなの近代美術館」を理想とした創設者の希望を形にしたとも言えましょう。
楽しみながらアートに触れれば、美術館訪問が特別ではなくなる
——ルイジアナでは、ラーニングプログラムを積極的に行なっていると聞きました。特に自然環境や立地を生かしたオリジナルのプログラムがあれば、教えてください。
TB 毎年8月には大きなテントを庭に張り、4日間にわたる「ルイジアナ・リタラチャー(Louisiana Literature festival)」を開催しています。国内外から集まった作家たちが自身の作品について語り、パネルデスカッションをする文学フェスティバルですが、コンサートやパフォーマンスもあるので、多くの人で賑わいます。参加の作家からは、「ルイジアナに住みたい!」という嬉しいコメントをよくいただきますが、アットホームな空間での催しだからかもしれません。
また、季節に関係なく、ヴィジュアル・アート・ワークショップでは屋外でのスケッチも行っています。
——子供の創作の場として、「子どもハウス(Children’s Wing)」がありますね。
TB 開館日は連日ワークショップに参加できます。学校の授業の一環として訪れたり、子供連れファミリーに人気です。ただし、子どもハウスは、両親がアート鑑賞をするためのベビーシッターや自由な遊び場として存在するのではなく、子供が展示作品に繋がる経験やレッスンによって想像力を養う場です。テーマは設けていますが、模倣することは指導しません。
——子供のための屋外のラーニングの例を教えてください。
TB 学校の休みに合わせて、家族全員で楽しめるイベントを考えます。例えば、庭での宝探し、彫刻や木々を探すゲームなど、遊びながら新たな発見をしてもらいたいのです。
ルイジアナの楽しみ方は、訪問者それぞれが見つける。季節によって、光の差し方によって、さまざまに表情を変える自然の中で、庭の彫刻やオブジェなどに気づく。そういう経験を通してアートへの関心が芽生える。そして、それぞれの美的経験を多くの人と分かちあう。アートに関するイベントやワークショップは、訪問者同士のコミュニケーションツールとしても考えられている。
創立者の理念、「みんなの近代美術館」として、ルイジアナはデンマーク人に美術館に行く習慣を根づかせ、未来の訪問者となる子供たちにアートの楽しみ方を教えたパイオニアだった。これからも時代の変化に沿いながら、ジャコメッティの作品「歩く男」のように、歩きつづけるに違いない。
Louisiana Museum of Modern Art
Gl. Strandvej 13, 3050 Humlebæk, Denmark
火〜金: 11:00〜22:00, 土日: 11:00〜18:00 月休 / 入場料(18歳以上の大人): 145DKK / オンラインで日時指定チケット予約のこと(6時~12時は不要)
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