CAN ART CHANGE THE WORLD?

このパンデミックでアーティストJRが取り組んだこと——JR「CONTRETEMPS」@PERROTIN TOKYO(〜11/20)

「アートが直接的に物事を変えることはないけれども、アートは物の見方を変える。つまりは世界の見方を変えてくれるのだ」とアーティストJRは語る。そして「CAN ART CHANGE THE WORLD ?」(アートで世界を変えようじゃないか)と。その想いは彼がたどってきた20年の活動によって現実のものとなりつつある。

TEXT BY YOSHIO SUZUKI
PHOTO BY KEI OKANO, MAIKO MIYAGAWA
COURTESY OF THE ARTIST & PERROTIN

パリ、バスティーユ広場。中世、パリが城郭都市だった頃、ここは要塞だった。17世紀になるとそれは牢獄に転用されたが、1789年、フランス革命が勃発すると、民衆により襲撃され、フランス共和主義を象徴する場所の一つとなった。革命後に解体され、現在は広場となっていて、その中央には1830年7月革命の記念柱(Colonne de Juillet)が立っている。

広場に面して西側には、かつて郊外鉄道線のバスティーユ駅があったが、この駅は1969年、パリ高速地下鉄(RER) A線の発足により取って代わられ、その跡地には、1989年に新オペラ座「オペラ・バスティーユ」が建てられた。

その記念柱の頂上には天使の像があるが、その下でバレリーナのカップルがポーズをとっている。

JR, Ballet, le porté de la Bastille #5, Paris, France, 2021. 100 x 150 x 6.5 cm. © JR / ADAGP 2021. Courtesy of the Artist & Perrotin.

この写真が撮影されたのは、パリが他の都市と同様に、世界から断絶されていた2021年初頭。撮影者も高い場所にいるのだろう。バレリーナたちをほぼ同水準に眺め、その先にパリの地平線が見えること、遠くにサクレクール寺院が見える方向である。このことからこれが「オペラ・バスティーユ」の屋上から撮影されたことが判明する。

撮影したのはフランス人アーテイスト、JR(ジェイアール)だ。この写真はかつてパリを舞台に多くの名作写真を遺した写真家ウィリー・ロニの撮った《バスティーユの恋人》(1957年)からインスピレーションを受けている。ロニのモノクロームの写真ではカップルと写真家はこの記念柱の展望台のような場所に立ち、パリの街を見下ろし、カップルはキスをしている。男性は横顔、女性は後ろ姿で顔は見えない。ロニもJRもともにバスティーユのここでの撮影だということは記念柱の手すりの柄が共通していることからわかる。

アーテイスト、JRの初期の作品で有名なのは、地下鉄で偶然に拾ったカメラ(28mmレンズがついていた)で人々の顔をアップで撮影したシリーズだ。撮られたのは無名の人たち。彼らは一様に豊かな表情を見せている。写真は大きく引き伸ばされ、街に貼られていった。その作品は、人が誰でもが持つ尊厳、自由、社会との関わりなどのテーマをあらためて喚起した。

こんな作品もある。2007年、イスラエルとパレスチナを隔てる壁や街中に、巨大な写真を貼り付けたのだが、それはイスラエルにはパレスチナ人のポートレートを、パレスチナにはイスラエル人のポートレイトをという具合だったのだ。これは「Face2Face」というプロジェクト。並んだ顔を見れば、同じ人間で、ただ国籍だけが違うのだということが今さらながらにわかる。JRは双方の国民に気づきをもたらし、さらに世界に向け発信する。「思い込みや偏見をとり除くこと。そうすれば、不可能はなく、想像よりもはるか遠くに行けるはずだ」と。

2008年、「Women are Heroes」では、発展途上国で起こる戦争や暴力、貧困で理不尽にも犠牲となってしまうのは女性である場合が多い。しかし、コミュニティを支える女性たちこそが真のヒーローだと作品を提示することで訴えるこの活動をしている。

JR, Ballet, Sur les Toits du Louvre #3, Paris, France, 2021 150 x 100 x 6.5 cm © JR / ADAGP 2021. Courtesy of the Artist & Perrotin

JR, Ballet, Sur les Toits du Louvre #3, Paris, France, 2021 150 x 100 x 6.5 cm © JR / ADAGP 2021. Courtesy of the Artist & Perrotin

さて、今回の一見、アクロバティックな絵を見せてくれた写真のシリーズ。空は曇り、これらの写真からは地を這って生きる市井の人々の生活を垣間見ることはできない。COVID-19のパンデミックに際して、世相を超越した街の様子を描いているのだろう。そんなJRからのメッセージがこれだ。

バスティーユだけでなく、ルーヴル美術館で撮影されたものもある。パリの美術館は7カ月間閉鎖されたわけだが、その期間中にルーヴルの屋根とバレリーナが被写体になった。

JR, Unframed, Policeman reviewed by JR Photo M.Watabe © JCII Camera museum, Matsuo, Japan © JCII Camera museum, Matsuo, Japon, 2012 83 x 122.5 x 6.5 cm © JR / ADAGP 2012. Courtesy of the Artist & Perrotin

もう一つ、展示されているのは進行中のシリーズ《Unframed》。JRが見つけた記録写真を原寸以上に拡大し、多様な建造物などに貼り付ける。今回の作品は東日本大震災のあと、2012年にJRが日本全国を旅した際に、報道写真家の渡部雄吉が撮影した写真に触発されたもので、忘れ去られた鉱山の村・松尾の廃墟や人目につかない岩の露頭に、渡部の作品「張り込み日記」の写真が大きく拡大プリントされ、織り交ぜて貼り付けてられている。

アートが突然、世界を変えることはないけれども、アートが人に気づきを与え、何かを感じさせ、心を動かし、そういう想いが集まったとき、なにかを変える、世界を変える。そう信じているのはJRだけでなく、我々も同じである。だから彼の活動や作品は支持されるのだ。
 

JR「CONTRETEMPS」

会期 〜11月20日(土)
会場 PERROTIN TOKYO(六本木・ピラミデビル1F)
開廊時間 予約制(日月祝休廊)

展示風景:JR「CONTRETEMPS」@PERROTIN TOKYO

JR|ジェイアール
1983年パリ生まれ。パリとニューヨークを拠点に活動。写真、ストリートアート、映像で社会的関与を織り交ぜた作品を制作。20年以上にわたり、パリ周辺のスラム街の建造物から、中東やアフリカの壁面、ブラジルのファヴェーラ(貧民街)まで、世界中の都市で数多くの公共プロジェクトやサイト・スペシフィックな作品を展開してきた。近年の個展に「The Chronicles of San Francisco」(2019年、サンフランシスコ近代美術館)、「JR: Chronicles」(2019年、ブルックリン美術館)、「Momentum, la mécanique de l’épreuve」(2018年、ヨーロッパ写真美術館[パリ])など。長編ドキュメンタリー映画の監督として、『Women Are Heroes』(2011年)、アニエス・ヴァルダとともに、アカデミー賞ノミネート作品『Faces and Places』(2017年)を制作した。

 

profile

鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。