Another Energy by Mariko Yamauchi

あなたはどう生きる? どう生きたい?——小説家 山内マリコが体験した「アナザーエナジー展」@森美術館(〜2022/1/16)

50年以上にわたって世界で活躍する、70歳以上の女性アーティスト16名の作品に光をあてる「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」が、現在、森美術館で開催中だ。本展を人気女性小説家が体験し、エッセイに綴る企画。第1回は、一人で美術館を探訪するアートエッセイ集を上梓し、フェミマガジン「エトセトラ」の共同責任編集も務めた山内マリコさんが登場。

TEXT BY Mariko Yamauchi
PHOTO BY Yurie Nagashima
EDIT BY AKANE WATANUKI

スコット・フィッツジェラルドの妻ゼルダをはじめ、モダニズム文学者の妻であり“ミューズ”という言葉でスポイルされてきた女性たちの境遇を取り上げた『ヒロインズ』(西山敦子訳/C.I.P.BOOKS)という本がある。2012年にアメリカで、2018年に日本語版が出版されたこの本の中に、著者のケイト・ザンブレノがブルックリン美術館で常設展示されているジュディ・シカゴの作品《ディナー・パーティー》を観た、こんな感想が記されている。

「シカゴはこの作品で、架空の、あるいは実在した有名なヒロインたちのために食事の席を用意している。(略)そう、彼女たちの存在もまた、見えないことにされてきた。(略)印象的だったのは、使われている銀器の思いがけない安っぽさ。いっぽうでタペストリーは、愛を注ぎ、手をかけて織り上げられたものだとわかる。」

ロビン・ホワイト&ルハ・フィフィタ《大通り沿いで目にしたもの》(「コ・エ・ハラ・ハンガトゥヌ:まっすぐな道」シリーズより)(2015-2016) 伝統工芸の手法と素材を用いるニュージーランドのアーティスト、ロビン・ホワイト。樹皮製の布「タパ」は、女性たちの共同作業によって作られる。タパは室内装飾に使われるだけでなく、新生児や遺体を包む儀式的な用途もある。ジュディ・シカゴは『T: The New York Times Style Magazine: JAPAN』のインタビューで、「女性たちは何世紀もの間、家の中で過ごし、キルトを縫い、裁縫をし、パンを焼き、料理をし、家を飾りつけ、巣作りすることでその創作意欲を発散させてきた」と語っているが、本展にも女たちの手仕事、とりわけ糸や布をモチーフや素材にした作品は多い。

《ディナー・パーティー》はフェミニズム・アートの金字塔的傑作だが、正当に評価されるのに20年以上かかった。1979年にサンフランシスコ近代美術館でこの作品が展示された3ヶ月の期間中、10万人が来場した人気ぶりに反して批評家からはバッシングされ、全米を巡回する予定がキャンセルされてしまう。解体して倉庫に保管され、ようやく日の目を見たのが2002年。ブルックリン美術館が作品を買い上げ、常設展示されるようになった。私はこの《ディナー・パーティー》を観たくて観たくてたまらないのだけど、うかうかしているうちにコロナになってしまった。

ジュディ・シカゴがようやく正当な評価を勝ち取ってからさらに20年ほどの月日が流れ、今、アートの世界でホットな存在は、「若い男性から老年の女性に取って代わった」とまで言われているそうだ。こういった価値観の大転換はアートに限らず、世界的な潮流だろう。

スザンヌ・レイシー《玄関と通りのあいだ》(2013/2021) ブルックリンの住宅街の一角で行われた壮大なアートイベント。黄色いマフラーをつけた365人の活動家が数名ずつグループに分かれ、玄関ポーチの階段に腰掛けて、人種や民族、階級やフェミニズムなどの問題について話し合った。2500人ものオーディエンスが街歩きしつつその対話に耳を傾けた。スザンヌ・レイシーはジュディ・シカゴに師事。シカゴとともに、性的暴行の被害者女性たちへのインタビューを題材にしたパフォーマンス《沐浴》(1972年)を発表している。

そんなここ数年の変化がよくわかるのが、『天才たちの日課』(フィルムアート社)という本。2013年に原書が、2014年に日本語版が出たこの本には、古今東西の作家や画家、哲学者たちの、クリエイションにまつわるあらゆる日課、ルーティーンが集められている。161人もの“天才”が取り上げられているが、女性は27人にとどまった。

女性は全体の17%以下という、アンバランスな男女比を反省した著者が、2019年に『天才たちの日課 女性編』(フィルムアート社)を上梓。その際、プロローグにはこんな言葉があった。「(前作の男女比は)私の想像力が恐ろしく欠けていた証拠で、ほんとうに申し訳なく思っている。そこで今回は、前作にみられた男女比のバランスの悪さを遅まきながら解消する」。

インドネシア出身のヌヌンWSの作品群。モンドリアンを連想するモダンな抽象画だが、色合いとタッチは不思議と温かい。同じ展示室に対置されているのが、キューバ出身で今年5月で106歳になるカルメン・ヘレラの、極度にシンプルな作品群。90代でブレイクした超遅咲きにして、現在もっとも高値がつくスター画家でもある。ドキュメンタリー『100歳の現役アーティスト』がNetflixで配信されていた(現在は配信終了)。

今、世界で起こっていることはまさにこれだ。ジェンダーバランスは、2013年の時点ではそこまで問題にされていなかった。しかしその後、喫緊に是正すべき課題に浮上したのだ。2017年の#MeTooによってその機運はいよいよ高まり、2019年には女性の“天才”のみに焦点を絞った続編が刊行されるほど、重要な視点となったわけだ。

視点――たしかにこの現象は、視力でたとえるとわかりやすいかもしれない。2013年頃までは、多くの人が裸眼で世界を見ていた。けれど、裸眼だと世界が男性中心にしか見えていないことがわかってきた。そんなわけで最近は、女性の姿もちゃんと見えるよう、眼鏡をかけることが推奨されているのだと。

エテル・アドナン《無題》(1969) レバノンの首都ベイルート生まれのエテル・アドナンは、詩人で小説家で哲学者。レバノンはフランスが統治していた時代があり、反撥からフランス語での創作をやめて、慣れない英語で詩作する。が、言語表現の不自由さにぶつかり、「視覚言語としての詩」である絵を独学ではじめる。この経歴だけでも彼女の創作意欲の強靭さがわかる。「絵が得意だから絵描きを目指す」のとは別の次元だ。

新たな視点で16人の女性アーティストが紹介される「アナザーエナジー展」。面白いのが、全員がキャリア50年以上(!)の現役アーティスト(!)であるところ。

まず胸打たれたのが、最初の展示室で巨大なインスタレーション作品を組み上げた、イギリスの作家フィリダ・バーロウのこんなプロフィール。「美術学校で教鞭をとりつつ5人の子供を育て、2009年の定年退職後に行った二人展でようやく脚光を浴びた」。つまり65歳まで、彼女はアーティストとして完全に無名だったのだ。

長い長い雌伏の時代、彼女はどのように創作活動をつづけてきたのか。『天才たちの日課』風のこんな答えが返ってきた。「仕事と子育てで忙しい中、フィリダは毎日1時間、スタジオに行くことを自分に課していたそうです。そこでなにか形にできてもできなくても、とにかく1時間だけは、必ず自分の時間を作って創作をつづけました」(本展担当キュレーターの德山拓一さん)。

フィリダ・バーロウ《アンダーカバー 2》(2020) 「説明できないことが大事」が信条のフィリダ。上部を不安定に支える木材と鋼鉄の形状から、森美術館のある六本木ヒルズのエントランスを飾る、ルイーズ・ブルジョワ作《ママン》(巨大なクモ)を連想したが、もっともっといびつで抽象的でカオスだ。ストレートな「わかりやすさ」を追求しないこの作風を、65歳を過ぎて評価されるまでの間、変えなかったというのもすごい。

作品づくりには時間がかかる。しかし女性には時間がない。家のことをやり、家族のケアをし……女性たちの一生は、自分以外の誰かをサポートする無償労働に費やされてきた。外で働いていれば尚更その負担は重くなる。フィリダ・バーロウもそんな女性役割を背負いながら、しかし創作意欲の火を消さず、日々を過ごした。

本展を語るとき、作風に一貫した共通点は見出だせない。けれど、作家たちの境遇はみなよく似ている。高齢であること、評価されだしたのがここ10年であること、つまりは気が遠くなるほど長い間、誰にも認められないまま、自分の作品を作りつづけてきた人々だということ。

褒められず、金にもならなず、まわりから変人扱いもされただろう。それでも彼女たちは自分の作品を作りつづけた。

三島喜美代《作品 92-N》(1990-1992) 間違いなく本展で一番「ヤバい」作品。どっさり積み上げられた新聞紙が一つ一つ違うと気づいた瞬間、クラっと倒れそうになった。なんという圧倒的な物量、そして繊細な手仕事! 先日、Eテレ『日曜美術館』で創作の現場にカメラが入っていたが、すべて想像以上に丁寧な手作りだった。土を平たく伸ばして、新聞紙をシルクスクリーンで転写して、焼いて……。彼女のプロフィールにあった言葉「ゴミを一生懸命作っている」は、もはや一遍の詩である。/三島喜美代 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館

そこには名声をほしいままにする男性アーティストとは別種の、かといって人に見せることを前提としていないアウトサイダーアートとも違う、内発的なモチベーションと永続的なエネルギーがある。アナザーエナジー=「何か別のエネルギー」とは、そんな彼女たちに流れる血潮、不屈の精神のようなものだろう。

スザンヌ・レイシーは本展のインタビューを受け、年齢を重ねるうえで身体に変化はあるが、「内面にある魂は変わらない」と語っている。魂は老いない!

アンナ・ボギギアン《シルクロード》(2021) 日本をテーマにした新作で、エジプト出身のアンナ・ボギギアンが選んだテーマは「絹産業」。日本は明治維新後に殖産興業として、生糸を大量生産する養蚕業に力を入れ、外貨を獲得し富国強兵政策の資金とした。『女工哀史』で告発されたとおり、悲惨な労働環境で働かされた女性たちの犠牲の上に、日本の近代化はあったのだ。蚕の飼育、富岡製糸場の女工たちの姿だけでなく、トヨタグループの創始者・豊田佐吉(トヨタ自動車のルーツは紡織)まで描く考察の鋭さ。他国をモチーフにしてこれだけ本質を突いた作品を作るとは! 

ちょうど先日テレビで、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの名著『老い』が取り上げられているのを見た。本の中でボーヴォワールは、老害化する偉人たちの例を容赦なく挙げる。アインシュタインですら晩年は量子力学を受け入れられず、「その生涯の終わりにおいて、アインシュタインが科学に役立ったというよりは、科学の進歩の邪魔になったことは事実である」とまで言い切っている。

老いによる衰えは誰しも避けられないが、例外的に老害化しにくい職種の一つが、画家や音楽家といったアーティストだという。ゴヤやバッハなど、高齢になってから代表作を手がけたアーティストは多い。

「アナザーエナジー」展の16人も無論、このタイプだろう。彼女たちは全員、肉体の内側に、老いない魂を持っている。作家それぞれの作品のみならず、自分らしい容貌と言葉で創作について大いに語る各インタビュー映像が見どころで、これは本展が生み出した一つの作品だろう。

 

アンナ・ボギギアン 森美術館「アナザーエナジー展」インタビュー動画 ※その他の出展アーティストのインタビュー動画は「こちら」にて!

ジョージア・オキーフを思わせるストイックな白髪のロビン・ホワイトも、歯はないけどヒゲはあるアンナ・ボギギアンも、かっこよくて美しくて見惚れる。逃げも隠れもせず、老いた姿で堂々と自作を語る女性たちを見ると、否応なしに「それで、あなたは?」と問いかけられている気がしてくる。彼女たちの年齢に達するまでの年月を、あなたはどう生きる? どう生きたい?

山内マリコ|Mariko Yamauchi 小説家。1980年生まれ。富山県出身。2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー。小説に『あのこは貴族』(集英社文庫)『選んだ孤独はよい孤独』(河出書房新社)など、エッセイ集に『山内マリコの美術館一人で行く派展 ART COLUMN EXHIBITION 2013-2019』(東京ニュース通信社)『The Young Women’s Handbook〜女の子、どう生きる?〜』(光文社)など多数。2019年にはフェミマガジン「エトセトラ」で柚木麻子と共同責任編集で田嶋陽子特集を組んだ。

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德山拓一|Hirokazu Tokuyama
森美術館 アソシエイト・キュレーター/静岡県生まれ。2012年より京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで学芸員として勤め、2016年4月より森美術館に勤務。森美術館では「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」(2018年)、「SUNSHOWER: 東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」(2017年)を担当。「アジア回廊 現代美術展」(2017)キュレーター。平成27年度京都市芸術文化特別奨励者。

アナザーエナジー展:挑戦しつづける力─世界の女性アーティスト16人
会期 〜9月26日 時間 10:00〜22:00(当面20時閉館。火曜日のみ17:00まで)。入館は閉館時間の30分前まで。会期中無休。最新情報はウェブサイトにてご確認ください。 場所 森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)