宝飾品がそのまま大きくなったかのようなオブジェがギャラリーを飾っている。美しいガラスの球が連なり、それはときに人の心、ときに花の姿の映しである。日本では初めてのギャラリーでの展覧会をめぐる対話をお届けする。
TEXT BY Yoshio Suzuki
Photo: Claire Dorn / Courtesy of the artist and Perrotin
©Jean-Michel Othoniel / JASPAR, Tokyo 2020
「子どものころからとにかく花が好きでした。ただ鑑賞することも好き、どうして美しいのだろうと思いを巡らせることも好きでした。美術史の上で花がなにを象徴しているかなどにもとても興味があります」
六本木のギャラリー、ペロタン東京には、ヨーロッパはもとより、日本でもたいへん人気のあるアーティスト、ジャン=ミシェル・オトニエルの作品が色とりどりに花開いている。今回の展覧会のタイトルは「夢路(DREAM ROAD)」。作品のモティーフになっているのは菊の花なのだという。
1992年に初めて日本に来て以来、日本の庭園を訪れ、そこでは木や花がどういうふうに育てられているのか、そして庭園の設計にも注目し、大いに興味の対象となってきたというジャン=ミシェル。さらにそこから発展し、いくつかのお寺で開催される「菊まつり」にもしばしば足を運んできた。もともと菊の花の持っている造形的な美しさが好きだったが、その菊を育て、美しく見せようという日本の職人の技術力の高さにも感服してきた。
「寺の境内に正確に同じ色、同じ形のものがいくつも展示されている様子はまるでミニマリスムの展示のようだと思いました。それはまるで、ドナルド・ジャッドやソル・ルウィットの作品を見ているような感じですね」
ジャン=ミシェル・オトニエルの作品として身近なものとしては、六本木ヒルズの毛利庭園にあるパブリックアート作品《Kin no Kokoro》(2013年)がある。金色に光るガラスの球が数珠つなぎになって、大きなハート型を成すこのオブジェは池の中に立ち、水面に反射され、メビウスの輪のようにも見える。また、群馬県伊香保のハラ ミュージアム アークにも《Kokoro》(2009年)という赤いハート型の作品が美術館正面に設置され、すべての訪れる人を迎えている。
近年、彼の活躍ぶりは一層目覚ましい。2014年にパリ郊外のヴェルサイユ宮殿の庭園に噴水型の作品を制作し、高い評価を得た。また昨年はパリ、ルーヴル美術館のピラミッド30周年記念に合わせて新作絵画《ルーヴルのバラ》を発表し、この絵は同館に収蔵されている。日本では2012年に原美術館で大規模な個展「ジャン=ミシェル オトニエル: マイ ウェイ」が開催された。今回、このペロタンでの「夢路」はその原美術館以後、久しぶりの展覧会で日本国内のギャラリーでは初めての個展となる。
菊の花をモティーフとして、それを抽象化したオブジェ。美しいガラスの球体をつなぎ、その線が織りなす曲線を見る。ガラスの輝き。今回はギャラリーでの発表作品ということで高さ50cmほど。彼の作品としてはコンパクトといえる。
「菊の花は日本で最も重要で象徴的な花の一つですね。人々はこの花に長寿と若返りを託します。冬が来る前、秋に咲く花。季節と闘い、困難を乗り越えて咲くからでしょう。そこがとても気に入っています」
もともと菊は薬草として、8世紀に中国から日本にもたらされた。平安・鎌倉時代には不老長寿の象徴として、皇室や公家、武家、のちに広く庶民にも愛されてきた。皇室の紋章が菊であることからも重要さがわかる。この今回の作品シリーズをジャン=ミシェルは6〜7年前から構想していたが、たまたまのこのコロナ禍の中、健康や命の大切さをあらためて問う機会となり、この作品のコンセプト、意義が深まったと感じているそうだ。
「濃いピンク色の作品はアヤメの色がもとになっています。アヤメというのはスピリチュアルな花でもあり、愛を意味しています。今回、9個の立体作品を展示していますが、形で分類すると3種類になります。それぞれの作品の一つ一つの球の中に、作品そのものが反射するというつくりになっていて、もちろん、鑑賞する皆さんも作品の中に映り込んで、その反射に包まれているような効果をもたらしています。言ってみれば、作品のDNAのような形そのものに包まれるという感じでしょうか。若竹色のこの作品は印象としては最も柔らかい印象の立体作品になっています」
「立体作品を展示して、その背景の壁にドローイングを展示してあります。立体を作る前にまず、水彩のドローイングを描くことから始めますが、そのとき、色を決めるのです。その絵をもとにガラス職人と相談しながら、立体作品へと展開していきます」
カラフルな立体作品や水彩ドローイングがある一方、モノクロームのペインティング作品も展示されている。このペインティングのモティーフも花。花のもつエネルギーを描きたいとのことである。
「花というと誰もが思うのは、きれいで色があってということですが、花をよく観察していくと、そこを入口にして、宇宙に広がるような普遍的な世界を感じることができるでしょう。ペインティングの作品に関しては特にそういう側面を強調しているつもりです。画材としては墨と白金箔を使っています。箔というのはちょっとスピリチュアルな印象を与える素材ですね。特に日本では金箔を伝統工芸で用いてきた歴史もあるので、今回のテーマにとてもふさわしい素材だと考えました」
ところで、今回の展覧会タイトルは「夢路」はジャン=ミシェルが通った「菊まつり」で見つけたある菊の花の名前に由来している。それぞれに丹精込めて作られた菊にはそれぞれ名前がつけられているが、その一つが「夢路」だった。
「花には一つ一つ、詩的な余韻を持つ名前がつけられていて、この『夢路』という名前には、まさに我々がいま、一緒に歩むべき道、その先にある希望や夢に向かっていこうという希望に溢れたものだと思います」
夢といえば、古くからの日本の言い伝えによると、夢にある人が現れるのはその人がこちらのことを愛しく想っているからだということになる。これは逆に、好きな人のことを強く想うことで、その人の夢の中に出ることができるのだ、ということである。日本人にとって、夢というものは、かようにロマンティックなものなのだが、これについてどう思うかをジャン=ミシェルに聞いてみた。
「当初、この『夢路』をタイトルとして選んだときは、本当に直感的に音感で選んだので、その時点ではそういう意味があることをまったく知りませんでした。でも、いわば、アーティストの直感ですね。展覧会の準備をしていく中で、多くの人とディスカッションしていくうちに意味を知るようになって、なるほどと感じるようになったのです」
鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。
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