最初は耳。聞こえてくるのは特別の音ではない。ありふれた曲の音色かもしれない。次に目。音が発生しているそのオブジェを見る。仕掛けがまず気になる。そして、脳。目の前の装置からいろいろなことに思いが及ぶ。想像力が立ち上がる。もう、感覚が呼び起こされてる。そんなオンラインショーが始まっている。
TEXT BY Yoshio Suzuki
ガラスのチューブが動力に直結していて、着実に回転している。中に入っている岩塩や固形の天日塩、氷砂糖、大理石のキューブが不規則に回転して、ときおり、一度に動くような気ままな動きをする。動力はオルゴールのゼンマイが解かれる力を利用しているので、オルゴールが奏でる音楽と、チューブの中で動くオブジェの音が重なる。作品によっては、モーターで動いているのでオブジェが立てる音だけのものもある。大理石は硬いけれど、塩や砂糖など、ややもろい物質だと少しずつゆっくり粉砕されていって、音も微妙に変わっているのかもしれない。
そんな作品群を映像で眺める形式の、藤本由紀夫のオンラインショーがシュウゴアーツのサイトで始まっている。
藤本由紀夫はどんなアーティストか。「音を素材として…」とか「音楽を表現媒体として…」と説明されるかもしれないが、それはひとまず措いたほうが良さそうだ。もっと広く、作品を前にすることで、知覚を研ぎ澄まさせ、それによって、観る(聴く)者の感覚を呼び覚まし、感情を掻き立てる作品を作るアーティストと定義しておくことにする。多くのアーティストが主に視覚によって、そういうことを企んできたとすると、藤本はまず、聴覚を活用する割合が大きいという点で独自性がある。
この素朴な音を聞きながら、音や音楽について考えてみた。楽曲を聞きたければ、レコードを買っていた。それがCDになり、今ではダウンロードしたり、ストリーミングで聴くようになった。録音したければテープレコーダー、それも最初はオープンリールだったけれど、それがカセットやDATになり、現在はICレコーダーで録る、聴く。そして、オルゴール。最近ではあまり身近ではなくなった気もするが、これ自体は変わっていないようだ。小さなドラムに突起が植えられていて、そのドラムがゼンマイ動力で動き、櫛歯を弾いて音を出す。その仕組を初めて見たとき、誰でも少なからぬ驚きと感動を覚えたことだろう。
さらにオルゴールについて考えていて、以前に見たもっと複雑なオルゴールのことを思い出した。それはやはりゼンマイ仕掛けなのだが、小さなふいごと笛がついていて、ぴーひゃららー、という音も出すものだった。こんな複雑なものがあったのかと調べてみたら、それは小鳥に歌を教えるために作られたオルゴールだということだった。
小鳥がその音を聞いて、歌を覚えるのかどうかはわからないが、ある種の鳥は人の声を真似るのだから、機械から流れる音を真似る鳥もいるのかもしれない。オルゴールにはそんな役割があったのだ。
それはともかく、シンプルなオルゴールの奏でる音とゼンマイの回転部分に直結したガラスのチューブの中で起こっていることによって藤本の作品は成立する。藤本はオルゴールについてこんな文章を書いている。
「オルゴールを使って作品を作るようになって『⼩さな⾳』は⽿の能⼒を増⼤させることがわかった。⼩さな⾳を聞くためには、⽿を集中させる必要がある。作品を聞くために集中した⽿は⾮常に敏感になり、その結果、作品が鳴り終わった後には、それまで気づいていなかった周りの騒⾳の存在を明確に知覚することになる。これは新鮮な驚きであった。」(藤本由紀夫『YUKIO FUJIMOTO objects, installations and performances』カタログ ⻄宮市⼤⾕記念美術館、1998 年)
藤本が言う、「それまで気づいていなかった周りの騒⾳の存在を明確に知覚する」からすると、オンラインショーの形式をとるこの展覧会は一層独特の意味を持つことになるだろう。というのも、静かなギャラリーの中で作品に集中して聴くときとは異なり、オンラインなら鑑賞する場所を選ばない。よくも悪くも人の数だけ違う条件がある。静かな書斎に置かれたコンピュータで見る、聴く人もいれば、リヴィングルームのタブレットで見る、聴く人もいるだろうし、スマートフォンにイヤホンをつけて見る、聴く人もいだろう。どう聴いているにせよ、画面からは小さなオルゴールの音と中の物質が転がされれる微かな音が流れてくる。
これらは「revolution & gravity」というシリーズだが、それらの中には乾燥した苔と岩塩が一つのチューブの中で回転させられているものもある。もう一つ、造花とガラス玉が一つのチューブの中で回転させられているものもある。前者、苔と岩塩はもともと山からもってきたもの、つまり自然を閉じ込めたもので、後者、造花とガラス玉は工場からやってきたもの、つまり人工のものである。
ゼンマイを巻かれ、演奏を始めたオルゴールは早い動きと強いトルクで音を繰り出し、ゼンマイが解けるにしたがって、緩やかに穏やかになっていく。そしてやがて、止まる。しかし、最後のころ、ゆっくりゆっくりしてきて、いよいよ止まったかなと思ったとき、やや長い間隔のあと、予想外に一音、鳴るときがある。どれが最後の音になるかは正確には予測がつかない。それもオルゴールのもつ哀愁だろう。
このほかにも、透明アクリルでできた四曲屏風の各扇につき9つのオルゴールを配して、それらを思い思いに鳴らす《The Music (Four-Panel Folding Screen)》(2013年)なども、このショーに収録されている。
この藤本由紀夫 オンラインショー「Yukio Fujimoto Sound Album」は、SIDE AとSIDE Bに分かれていて、「SIDE A : music boxes」では主に作品を映像記録したもの、「SIDE B:fragments 1980-2020」は過去の映像作品やパフォーマンスの記録が中心である。
● 藤本由紀夫 オンラインショー「Yukio Fujimoto Sound Album」
会期 〜2020年8月31日(月) 会場 シュウゴアーツ ウェブサイト(※ オンラインでのみの開催です)藤本由紀夫 1950年名古屋市生まれ、大阪市在住。「音」を「かたち」に捉えたサウンド・オブジェを中心に、人間の知覚を喚起する作品を発表する。主な個展に「+/-」国立国際美術館(大阪、2007)「関係」和歌山県立近代美術館(2007)など。「キュレトリアル・スタディズ12:泉/Fountain 1917-2017, Case 2: He CHOSE it.」京都国立近代美術館(2017)「DOMANI・明日展 PLUS × 日比谷図書文化館 Artists meet Books 本という樹、図書館という森」日比谷図書文化会館(2017)などキュレーションも。
鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。
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