森美術館で開催中の「未来と芸術展」はITや環境問題、バイオテクノロジーなど、私たちの暮らしと社会を急激に変えているさまざまな科学技術とアートとの関係性を探る展覧会。64組のアーティストや建築家たちがそれぞれの考察を提示している。参加作家の中のザ・ワイ・ファクトリーは、デルフト工科大学、千葉工業大学と協働して《ポロ・シティ》を出品した。学生たちとのワークショップから生まれた作品が示す未来都市の姿とは?
TEXT BY Naoko Aono
PHOTO BY TATSUYUKI TAYAMA
Photo Courtesy: MORI ART MUSEUM, TOKYO
《ポロ・シティ(PoroCity)》とは「porosity」=多孔性という言葉から作り出された言葉。会場にはこのコンセプトから作られた81個の建築模型が並んでいる。レゴブロックで作られた作品は9×9のグリッドに沿って並んでいて、1列目の9つはすべて同じシンプルな直方体だ。この模型はザ・ワイ・ファクトリーが千葉工業大学 今村創平研究室の学生と行ったワークショップで作ったもの。同じ直方体から9つのキーワードに基づいて模型を変形させ、多様な形のビルを作る様子がシミュレーションされている。
変形のためのキーワードは「Dissolve(溶解)」「Shifts(ずれ)」「Rings(輪)」「Cavities(空洞)」「Sky-Decks(スカイデッキ)」「Bubbles(泡)」「Jenga(ジェンガ)」「Belly(腹)」「Branches(枝)」の9つだ。レゴブロックをずらしていったり、内部が空洞になった膨らみを作ったり、枝分かれさせたりといった操作で直方体を変形させていく。このワークショップに参加した学生は24人。2、3人ずつのグループに分かれて、レゴブロックの模型を変形させていった。
ザ・ワイ・ファクトリーはデルフト工科大学でも同様のワークショップを行っている。彼らがこのプロジェクトを始めた動機は、ややもすれば閉じられたものになってしまう都市や建築をどうやってオープンなものにするか、というものだった。
「そのためには『ポロ』、多孔という概念が最適だと考えました」とザ・ワイ・ファクトリーのエイドリアン・レイヴォンはいう。建物にいろいろな角度から大小さまざまな「孔」を開けることで、より豊かな空間を作り出すことができる。内外をつなぐテラス、眺望、日照、通風、自然換気など質の高い建物を建てることができるのだ。
9種類の多孔質の建物を作るワークショップはレゴブロックというアナログな手法から始まる。
「コンピュータでデザインして3Dプリンターで出力するといったやり方より、ブロックのほうが直観的に空間を把握することができます。また、言葉で説明することが難しい場合でも容易にコミュニケーションができる。とくにここではブロック一つがアパート1戸分を表しているので、住戸をどう配置するかもわかりやすい」
こうして形を検討するのと並行してコンピュータによる検証も行う。検証ポイントは主に強度とコストの二つだ。
「変形のためのキーワードによっては根元が細く、上の方が広がっていくような極端な形になることがある。そういったときに倒れたりしないよう、強度を計算します。またおおよそのコストを見積もることもできます」
展示ではこれら81のビルの模型の他に「ザ・グリーン・ディップ」と名づけられた映像が上映されている。建物全体を緑化するというものだ。名称は野菜などにつける「ディップ」からの連想だ。
「どんな植物を植えるか、約4,000種の植物が掲載されたカタログから選びました。生物学や植物学の教授や専門家たちの協力も得てその土地の気候や地理に適したものをセレクトしています。植物が吸収する二酸化炭素と供給する酸素の量や、気温上昇をどの程度抑制するかといったこともコンピュータでシミュレーションできる。果物など、食べられる植物を植えることも考えています」
《ポロ・シティ》は人々の孤立や少子高齢化といった社会問題にも有効に機能することが期待される。
「建物の内部には『コレクティブ・テラス』など、人々が集まる場所も作ります。多孔質な建物はアクセスしやすい公に開かれたつくりだから、内外のコミュニケーションをとりやすい。各住戸の間取りも多様なものにすることができるので、さまざまな形態の家族がともに暮らすことができます。緑化された《ポロ・シティ》は生物学的にも社会的にも多様性のある建築なのです」
今から50年以上前、ル・コルビュジエは建物を高層化し、その間にオープンスペースを確保することで、高密度でも住人が日照と緑を確保できる「輝ける都市」を提唱した。この概念を元にした集合住宅〈ユニテ・ダビタシオン〉は、鉄筋コンクリートの枠にプレハブ化した住戸をはめ込むというやり方で作られている。屋上に保育園やプールなどが作られているものもあった。
「当時に比べるとコンピュータなどの技術が格段に進歩して、柔軟な設計ができるようになっています。その一方でグローバリゼーションなど、社会の抱える問題もより複雑になってきた。ザ・ワイ・ファクトリーでは建築を通じてどのようなシナリオを示すことができるのか、研究を続けていきたいと思っています」
ザ・ワイ・ファクトリーの方法論には日本でも応用可能な要素が多い。建築の領域を広げる彼らの活動から生まれる未来の都市がどんなものになるのか、この展示にヒントがある。
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