ART AND DORAEMON COME TOGETHER

アーティスト30人が作る「わたしのドラえもん」——森アーツセンターギャラリー(〜2018 1/8)

現代美術の展覧会の主題がドラえもん? なんだ、そりゃ? ドラえもん自体、立派なマンガ「作品」じゃないか。その通りである。作品を作品にするってどういうこと? でも、それ、美術の世界では伝統的にあること。特に日本美術では「見立て」「本歌取り」と言って、すでにあるものを変形発展させて新しい優れた表現をする伝統ある。その元となるのが「ドラえもん」だったとしたら…。

TEXT BY Yoshio Suzuki

28組30人のアーティストたちに「あなたのドラえもんを作ってください」とリクエストしたのがこの展覧会だ。

今回の(というのは2002年にもあったからなのだが)「THE ドラえもん展 TOKYO 2017」のメインヴィジュアルは村上隆の作品《あんなこといいな 出来たらいいな》である。村上がよく描く花の間に間にマンガ『ドラえもん』のキャラクターそして藤子・F・不二雄先生も登場している。縦3メートル、横6メートル8センチの大作で、村上作品らしく「モノとしての」(という言い方が稚拙なら、「工芸的な意味での」と言い換えよう)完成度も高い。

村上 隆《あんなこといいな 出来たらいいな》 ©2017 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co.,Ltd.All Rights Reserved. ©Fujiko-Pro

ちなみに上記の画像は実際の絵画作品ではなく、Adobeイラストレーターによる下絵なので、会場に展示された実物を撮影した画像も掲出しておこう。

村上 隆《あんなこといいな 出来たらいいな》 ©2017 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co.,Ltd.All Rights Reserved. ©Fujiko-Pro (森アーツセンターギャラリー「THE ドラえもん展 TOKYO 2017」での展示。撮影:筆者)

展覧会出品作全体を見渡すと、マンガのキャラクターたちからはあえてやや離れて作られたものやシュールレアリスティックな構成をしたものなど個性的な作品の中にあって、村上の作品が最も正統派である。マンガっぽい(とあえて言ってしまうが)。

村上隆は東京藝術大学の日本画研究科で初の博士号を取得しているがその後、日本画家ではなく、現代美術作家として活動して来た。作品そのものの魅力に加えて、周到なリサーチや緻密な戦略のもと、現代の美術マーケットを席巻し、世界有数のコレクターがウェイティングをかけ、有力なオークションでは落札額がニュースになる。

そんな日本美術出身の村上は日本発の現代美術作家として世界で闘うときに、マンガ、アニメ、フィギュアなど日本が得意とする領域を作品の源に置くことでプレゼンスを高めた。それは若冲や蕭白を紹介した『奇想の系譜』の著者である辻惟雄氏の著作を読んだとき、マンガやアニメ的な表現はすでに伝統的な日本美術の中にも見られるという一節に触れ、我が意を得たからでもある。

マンガ展ではなくて、現代美術展である

少し話はそれるが、美術史に残る美術家の作品はシグネチャー的、アイコニック的なモティーフを持っている、または作品に敷いていることがある。たとえば、草間彌生なら水玉や無限の網だし、ロバート・ライマンはどの作品も白い正方形だし、イヴ・クラインならなんでもあのブルーで塗ってしまうこと、ダニュエル・ビュレンなら一定幅のストライプを描き続けている。

村上のシグネチャー的なモティーフの一つが表情を持った花である。今回の作品《あんなこといいな 出来たらいいな》も無数の花の中に「ドラえもん」の登場人物たちが出没している。原作品キャラクターを最大限尊重しているし、大きな画面をフラットな構成としている中、キャラたち+F先生の乗るタイムマシンだけが三次元的に描かれている。

遠近法に関して、西洋の美術と一線を画する考え方をする日本美術を学んだ村上はその後、「スーパーフラット」という概念を提唱し、活動の根幹にもしてきた。絵画における平面性、二次元的な捉え方もこれによって考えるし、あるいは単に絵画そのものの話にとどまらず、いわゆるファインアート、広告に見る美術、アニメやマンガなども表現として等価であるという平等性も内包している。花と平面性を利用した巧みな表現。これはまさに村上の表現が高度に簡潔にまとめられた傑作である。

村上 隆《あんなこといいな 出来たらいいな》(部分) ©2017 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co.,Ltd.All Rights Reserved. ©Fujiko-Pro

国民的マンガ『ドラえもん』、いやいや、今やマンガもアニメも世界数十カ国で翻訳、放映され、地球規模で愛されている『ドラえもん』『DORAEMON』…である。作る側も見る側も暗黙の決まりごとは心得ている。ちょっとさえない少年、のび太がいて、未来からやっていた猫型ロボット、ドラえもんの相棒である。家がお金持ちのスネ夫がいて、強引な性格のジャイアン、みんなのマドンナ、しずかちゃんがいる。のび太が困った時や途方に暮れたとき、ドラえもんがなにか道具を出してそれを解決してくれたり、あらぬ方向に話を発展させてしまう。

世界中の多くの地域でおおもとの説明が不要なこれを美術の題材にすれば、それは世界言語であるアートのテーマになりうるのだ。

たとえば、かつて、学校の授業で国語や歴史の先生に「この尾形光琳の美しいカキツバタを描いた屛風は、実は名作『伊勢物語』の主人公と言われる美男、在原業平が東下りしたとき、愛妻を思い、趣向を凝らした歌を詠んだ、その逸話がもとにあります。カキツバタを…」と聞いたかもしれない。美術を理解するためには文学を知らないといけないの?と思ったりした。

長く読み継がれてきたという点では『ドラえもん』は『伊勢物語』にはかなわないが、多くの人に読まれたという点では勝っているだろう。それだけ、共感や暗黙の了解が得られる題材である。『ドラえもん』は我らの時代、誰もが読む「文学」であると言っていい。

誰もが話を知ってるドラえもんだから…

さらに現代美術は様々なものをテーマにする。美しいとか、洗練されているとか、非常に巧みに仕上がっているというだけでは成立しない。社会問題、紛争や貧困という同時代の問題を取り上げ、現状を見据えること、多くの人に問題意識をもたせること、そしてなんらかの解決の糸口を与えるのもある種の現代美術の目的だ。そして、もちろん希望を与えることも。

そう考えると、『ドラえもん』には、我々が抱える同時代の問題がのび太の半径500メートルくらいに凝縮された形で次々に起こっているのではないか。友だち社会のいろいろな問題やスネ夫やジャイアンとの諍い、ときに暴力。しずかちゃんを思うときのときめき、彼女を軸に据えての将来のかすかな展望、希望。

だから、現代美術作家に『ドラえもん』をテーマにして作品を作ってもらうのは、これまで美術が果たしてきた役割的にも、あるいは現代美術の題材・手法としてもまったく理にかなっているともいえる。

しかもこの「ドラえもん展」の監修がもともとは日本美術の研究者で、日頃、縄文土器から現代美術まで幅広くわかりやすく解説をしてくれる山下裕二氏(明治学院大学教授、日本美術応援団団長)であるというのはまさに的確な人選である。山下氏は「見立て」や「本歌取り」という特質を高い水準で発揮する日本美術に関しては専門である。一方、現代美術の展覧会にも足繁く通い、美術館や有名ギャラリーばかりでなく、都内のあちこちの貸画廊にまで足を運んで無名の作家までチェックしている。

ただし、山下氏に現代美術と社会問題などと話を振れば、「美術で社会に問題を提起しようとか、紛争解決の一助にしようなんてしなくていいんです。優れた絵がそこにあればそれでいい。それ以上でも以下でもない」と言いそうだが。

会田 誠《キセイノセイキ〜空気〜》 ©AIDA Makoto ©Fujiko-Pro Courtesy of Mizuma Art Gallery (森アーツセンターギャラリー「THE ドラえもん展」での展示。撮影:筆者)

アニメ『ドラえもん』の中では登場人物しずかちゃんがときどきシャワーを浴びるシーンがあるが、会田 誠の本展出品作《キセイノセイキ〜空気〜》はしずかちゃんを描かずに流れる水滴だけでしずかちゃんの存在を示している。

これも日本美術の用語で言えば「留守模様」というものである。人物は描かないことで逆にその存在感を示すこと。プロファイリングをする要素だけを残し、むしろその人となりを印象付けることができる。『源氏物語』を題材にした美術作品にもそんな作品があるし、あるいは《誰が袖図屏風》などは主人公ではなく、その衣類を描くことで人物を想像させる趣向を持ったものと言える。

会田誠が「留守模様」としてのしずかちゃんを描きたかったのかどうかは確かめたわけではないが、伝統的な日本美術に造詣が深く、これまでもさまざまな本歌取りを自作に取り入れている彼なら、当然それも意識しているだろう。展覧会カタログに掲載したコメントでは「透明性や流動性のある油絵具の性質を利用した」のが見どころや見方のポイントだと語ってはいる。

召喚するか(どこでも)ドアをあけるか…

村上隆も会田誠も「THE ドラえもん展 TOKYO 2017」会場の森アーツセンターの階上にあり、今や東京で屈指の現代美術作品の展示で話題を提供し続ける森美術館で大規模個展を開催するほどのアーティストだが、そんな超有名作家ばかりでなく、これから活躍が期待されるアーティストがこの展覧会には多数参加している。

近藤智美《ときどきりくつにあわないことするのが人間なのよ》 ©Satomi Kondo ©Fujiko-Pro

作者の近藤智美は1985年生まれ。異色の経歴を持つ画家で、森美術館「LOVE展」にも出品している。今回は映画『のび太と鉄人兵団』(1986年)を発想元にしてこの作品を制作した。

「ときどきりくつにあわないことするのが人間なのよ」というのは映画の中のしずかちゃんのセリフだそうだが、それをこの映画作品のハイライトととらえた。そこから、不条理やシュルレアリスムを思わせる作品に仕上げてある。そして、パラレルワールドをこんな形で描き出し、楽しませてくれる力量はただものではない。

現代美術はどう見たらいいのかわからないとか、あまりにテーマや手法がまちまちで見ていて散漫に感じるという声は聞くけれど、この展覧会に限っていえばそういう感想を持つことはないだろう。作者と見る者の間に「ドラえもん」のストーリーやキャラ設定という暗黙の了解があり、その上で作者がどんな表現や展開をしてくれるかを楽しむことができるのだから。

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THE ドラえもん展 TOKYO 2017
開催期間 2017年11月1日(水)~2018年1月8日(月・祝)※会期中無休 開館時間 10:00~20:00(火曜日は17:00まで)※入館は閉館の30分前まで 会場 森アーツセンターギャラリー

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鈴木芳雄|YOSHIO SUZUKI
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌ブルータス元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。

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