型破りな発想と人並み外れた行動力で、この40年間で世界の建築シーンを塗り替えていった建築家・安藤忠雄。それは大阪の下町から始まり、現在、芸術の都パリにANDOの名は轟いている。国立新美術館で開催中の「安藤忠雄展―挑戦―」はその軌跡をたどり、安藤忠雄という人物を浮き彫りにし、数々の羨まずにはいられない建築作品を見せる。
TEXT BY Yoshio Suzuki
建築展を「挑戦」と名付ける。それは確かに安藤忠雄にふさわしいタイトルだ。
建築家になること、建築家としてやっていくこと、世界の舞台で活躍すること。すべてが挑戦だったからだ。そして一つ、注意しておきたいのは英文タイトルが「CHALLENGES」ではなく「ENDEAVORS」であること。チャレンジには時に無鉄砲さという意を含むが、エンデバーだとひたすら努力する姿勢が見える。
独学(本を読むこと、旅をすること)で建築を学び、師匠も持たない。それでも建築家になるという挑戦だった。いや、建築家になる以前から挑戦する人生だった。高校2年の時、ライセンスを取得しプロボクサーになり、海外試合も経験している。
そんな挑戦を続ける安藤忠雄の国立新美術館での「挑戦」は展覧会としても前代未聞のものとなっている。安藤の名作《光の教会》(礼拝堂1989年/日曜学校1999年)を実物大で再現したのだ。つまり大阪・茨木市にあるこの教会と同じものを東京・六本木に出現させてしまったのである。
この《光の教会》にはこんなエピソードがある。
1987年、教会員が安藤のところに設計の依頼に来た。大阪の教会でもあり、安藤に依頼したいのだが実は資金があまりない。それを聞いて
安藤「ほんとに、お金ないの?」
教会員「ほんとにない」
安藤「それは、ええもんが建つかもしれん」
(平松剛『光の教会 安藤忠雄の現場』建築資料研究社)
茨木市の《光の教会》では、壁に切られた十字のスリットにガラスが入れられている。それは安藤にとっては不本意だった。ガラスなど入れずにただスリットを開けているだけにしたかった。
「(ガラスは)別になくてもええの違うかなぁ。ちょっと寒いだけやろ。そらちょっと寒いわなぁ。だけどきれいや、なんか。ガラスがないほうが。パーっとするで」
(前掲『光の教会 安藤忠雄の現場』)
結局、安藤の意図は叶わず、《光の教会》の十字のスリットにはガラスを入れることになってしまった。寒さ対策、雨や雪が吹き込むことを考えると仕方がなかった。
しかし、今回の展覧会で再現された《光の教会》の十字スリットにはガラスを入れなかった。安藤の目論見が反映されたのである。
住み手にも「挑戦」を求めるか
建築を人間に合わせるのでなく、人間を建築に合わせる発想が安藤には見られる。安藤の実質的なデビュー作である《住吉の長屋》は冷暖房設備を考えていない。寒ければ1枚多く着ればいい。それでも寒ければもう1枚着ればいい。それでも寒い時はそれはあきらめてもらうしかない。そう言ったというエピソードがある。
《住吉の長屋—東邸》は大阪下町の三軒長屋の中央の一軒をコンクリートのコートハウスに建て替えた住宅。狭小な敷地に建つ極小の建築という条件のもと、住まいとして最も必要なものは何かを考え抜き、中庭を建物中央に置いている。しばしば言われる、雨の日に寝室からトイレに行く時は傘をささねばならぬ家である。
「都市の只中にあっても自然を感じられる住まいをつくろうと、中庭が生活動線を分断するプランを採用した《住吉の長屋》を始め、常識的な感覚からすれば、私のつくる住宅は『住みにくい』かもしれません。しかし、クライアントの多くは皆、今も変わらず住み続けてくれています。その事実に、時を重ねるほど感謝の思いが募る一方で、彼らもまた住みこなすことに挑戦せねばならないという、その厄介な部分が歓びにもなっているのでは、と勝手なことを思いつつ、今も住宅の設計を続けています。」(本展カタログから)
ここでも「挑戦」だ。しかも住み手を「挑戦」に巻き込んでいる。
世界の公共建築や宗教建築などを手がける安藤だが、自分の原点は住宅であると言い、実際手がけてきた住宅は多い。その中から代表作を一気に公開している。
30年という長い時間をかけて多くの安藤建築が作られた直島。美術館やホテルなので我々にとって、最も安藤建築を身近に感じることができる場所である。その全貌を見渡す展示も本展の見どころの一つである。3面マルチの大きなモニターは直島9つのプロジェクトを映し出す。
長い時間をかけたプロジェクトや海外展開も見せる
手がけてきた海外プロジェクトの模型なども展示されている。ヴェニスには《パラッツォ・グラッシ》、《プンタ・デラ・ドガーナ》という2つの美術館がすでにある。
《プンタ・デラ・ドガーナ》の模型は最終的に実際に出来上がったものとは異なり、運河側にせり出すデッキがある(写真でジェフ・クーンズのオブジェが置いてあるところ)。これがこの建築物を大胆に改装した象徴になっているのだが、この案は実現できなかった。歴史的な建物の外観を変えることが許されなかったからである。
さらに現在進行中の《ブルス・ドゥ・コメルス》(パリ)の精緻な模型も展示している。ルーヴル美術館とポンピドゥ・センターの間くらいに位置する現代美術家で2019年春の開館に向け、工事中である。オーナーは前述のヴェニスの2つの美術館と同じフランソワ・ピノー氏だ。
建築の展覧会は往々にして退屈なものになる。たいていは建物の完成や施工プロセスの写真や映像を掲示し、図面や模型を展示する。プロの建築家や建築を専攻する学生ならば、図面の読み方のコツがわかるし、見るべきディテールや工法などで参考になるだろうが一般客としてはそこまで踏み込めるものではない。
しかし、今回の展覧会は前述のように代表作を実物大で再現したり、安藤の仕事場も実際の什器や蔵書も持ち込み、再現している。さらに住宅を手がけた時、安藤が施主に送ったカードや施主側からのアンケート回答があり、建築展を誰もが理解し、楽しむ工夫がされている。
斬新な展示方法を模索した結果、展覧会そのものが新しい見せ方の、そして観客の裾野を広げたいという「挑戦」になっている。建築家の、そして美術館の「挑戦」的展覧会をぜひとも見ていただきたい。
1941年大阪生まれ。独学で建築を学び、1969年安藤忠雄建築研究所設立。代表作に「光の教会」「ピューリッツァー美術館」「地中美術館」など。1979年「住吉の長屋」で日本建築学会賞、1995年プリツカー賞、2003年文化功労者、2010年文化勲章、2013年フランス芸術文化勲章(コマンドゥール)、2016年イサム・ノグチ賞など受賞多数。1991年ニューヨーク近代美術館、1993年パリのポンピドー・センターにて個展開催。イェール、コロンビア、ハーバード大学の客員教授歴任。1997年から東京大学教授、現在、東京大学特別栄誉教授。
国立新美術館開館10周年 安藤忠雄展-挑戦-
会場 国立新美術館(企画展示室1E + 野外展示場) 会期 〜2017年12月18日(月) 閉廊日 毎週火曜日 開廊時間 10:00〜18:00 ※金曜日・土曜日は20:00まで。入場は閉館の30分前まで
鈴木芳雄|YOSHIO SUZUKI
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌ブルータス元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。
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