日英のアーティストデュオA.A.Murakamiが、日本の美術館では初となる展示を森美術館で開催中の「六本木クロッシング2025展」で行っている。暗闇の中で白い泡が生まれ、ゆっくりと落ち、転がり、弾けて消えるさまを目の前に、恍惚として立ち尽くす人続出——。
TEXT BY MARI MATSUBARA
MOVIE & PHOTO BY KENSHU SHINTSUBO
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
連載注目!日本の現代アート最前線
Roppongi Crossing 2025
展示風景より、A.A.Murakami《水中の月》(2025)
展示風景より、A.A.Murakami《水中の月》(2025)
TEXT BY MARI MATSUBARA
MOVIE & PHOTO BY KENSHU SHINTSUBO
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
展示風景より、A.A.Murakami《水中の月》(2025)
「よどみに浮かぶうたかたは かつ消え かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」——鴨長明の『方丈記』の一節を思い浮かべてしまうこの作品《水中の月》を手がけたA.A.Murakamiとは、日本人で建築家の村上あずさと、イギリス人アーティストのアレクサンダー・グローブスによるユニットだ。彼らは2011年からStudio Swineを結成して海洋プラスチックゴミからオブジェを制作したり、中国にある世界最大の人毛マーケットを拠点に人毛を使った家具を作るなど、環境問題やサステナビリティをテーマにデザインプロジェクトを展開していた。2017年に《New Spring》という体験型のアート作品を発表、それをきっかけにA.A.Murakami名義での活動が始まる。《New Spring》は樹木のような形の設備からミストが詰まった泡を生成する作品で、今回の作品はその進化形だ。
あずさ Studio Swineとしての活動ではより素材そのものにフォーカスし、サステナビリティについて考えることが多かったのですが、あるコミッションを受けて《New Spring》を制作した背景には、その頃私たちの関心が徐々にテクノロジーのほうに向かっていたということがあると思います。霧や雲や水蒸気といった自然界の中にある現象を、自然ではない方法で出現させるツールとしてテクノロジーを使うことに興味を持ち始めていたので、それ以来、私たちはA.A.Murakamiという名前で「エフェメラル・テックEphemeral Tech」をテーマとした様々な形態の作品シリーズを制作し、世界各地の美術館などで発表しています。
「エフェメラル・テック」とは直訳すれば「儚いテクノロジー」。この言葉をアートの文脈で使うのは彼らが初めてだと言う。
アレクサンダー もともと「エフェメラル・テック」とは送信した後に一定時間が経過すると消えてしまうメッセージなどのことを指す言葉でしたが、僕たちがこの言葉を使うのとは意味が異なります。たとえばメディアアートはスクリーンやプロジェクションなど既存のデバイスを用いて、デジタル領域で何かを制作するものであり、その世界は物理的な法則によって成り立っている私たちの世界とは全く違うものです。僕たちが表現したいのはそれとは違い、ソフトとハードの両方をうまく使いながら、生きている世界を再現したい。なのでテクノロジーの利用法がメディアアートとは根本的に異なります。
展示風景より、A.A.Murakami《水中の月》(2025)
「エフェメラル・テック」をテーマとした一連の作品に通底するのは、日本古来の「もののあわれ」の思想や「儚いものへの愛着」だ。
アレクサンダー 日本人であるあずさと協働するようになって、僕自身そうした儚さへの感度は増したのかなと思います。日本人は、普遍的に存在しているけれど見過ごされているものを見つけるのが上手だと思うんです。たとえば味覚には「甘味・塩味・酸味・苦味」の4つがあると思われてきましたが、それに加えて「うま味」があることを発見したのは日本人です。同じ味蕾を持っているはずなのに、極めて繊細に味を認識している。また1週間ぐらいで散ってしまう桜に対する日本人の愛惜の念は独特で、今この瞬間でしか体感できないものへの感覚が研ぎ澄まされているように思います。消えゆくものや束の間の美しさに価値を見出すという独特なものの見方が日本文化全体に影響を与えているように感じます。デジタル領域で起きていることはエントロピーの増大や死とは無縁ですが、そこに僕たちはあまり関心がありません。
あずさ 私たちは2020年に日本に移住し、3年前から神奈川県の葉山で暮らしています。都会から離れた自然あふれる葉山は、「もののあわれ」といった感情をまさに日常的に感じられる環境にあります。ここに越してきてから、四季折々の季節の美しさをより感じるようになりました。それが作品制作にももちろん影響を与えているように思います。
展示風景より、A.A.Murakami《水中の月》(2025)
今回発表された《水中の月》には泡を噴出する装置の前に大きな水盤を設置したのが新しい展開だ。白い泡が黒々とした水面をバウンドし、転がり、やがて弾けてしまう様子が神秘的だ。
アレクサンダー 今回、制作に初めてAIを使いました。デザイン的な部分ではなく、作品の管理・維持の面でAIが役立っています。見た目はシンプルで簡単に見える装置ですが、実はさまざまなシステムが複雑に絡み合って、あの現象の平衡を保っているんです。展示室の気温や湿度、その場にいる観客の人数などによっても、あの作品を成立させている微妙なバランスが崩れてしまうのです。それをコントロールするための人員を常駐させるわけにはいかないので、その部分をAIが担ってくれます。
あずさ プールに入っているのは真水で、薬品などを使っているわけではありません。むしろ徹底的に濾過して、不純物が混じっていない純水であることが不可欠です。たとえば泡風呂の表面では泡は弾まずに水面にくっついてしまいますね。そうではなく、水面をバウンドさせるために水を真水に保っておかなければならず、その維持のために水面下では複雑なオペレーションが起こっています。一方、泡のほうは私たちが何度も実験を繰り返して作り上げたカスタムメイドの洗剤のようなもので作り、中に水蒸気ミストを入れています。
展示風景より、A.A.Murakami《水中の月》(2025)
事前にロンドンのスタジオで縮小版のプールを作って実験を繰り返したという。
あずさ どのプロジェクトも2人の会話からスタートします。アイディアを洗練させていった後にスケッチをして、物理的にどう作るか考えます。ロンドンにエンジニアやプログラマーや施工担当者などで構成する私たちのチームがいますので、彼らと綿密にやりとりしながらプロジェクトを進めます。
A.A.Murakamiはテクノロジーを駆使して、泡や霧や光など現実世界にある現象を私たちの目の前に出現させる。子供も大人も、異なる言語を話す人も、何の知識も持ち合わせなくとも、誰もがこの機械仕掛けの自然現象の前でうっとりと佇んでしまう。まさにユニバーサルで普遍的な作品と言えるだろう。
アレクサンダー 今後作品として扱ってみたいのは「雷」、それから「プラズマ」です。「プラズマ」は固体・液体・気体に続く物質の第四の形態と言われるもので、太陽の光の根源でもあり、雷やオーロラもプラズマによる現象です。
あずさ 2025年は森美術館での展示のほかに、シャネルが主宰した展覧会「la Galerie du 19M Tokyo」でも新作を発表しました。日本で展示することは私もアレクサンダーも嬉しく思っているので、今後さらに機会が増えるといいなと思っています。

A.A.Murakami ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで建築を学んだ村上あずさと、アートを専攻していたアレクサンダー・グローブスのアーティストデュオ。ロンドンと日本で「儚いテクノロジー(Ephemeral Tech)」をテーマに、テクノロジーを用いて原初の起源と未来の世界を探求。作品はニューヨーク近代美術館、ポンピドゥー・センター、M+(香港)に収蔵されている。2025年は米国ヒューストン美術館で個展のほか、デンマーク、フランス、イタリア、イギリス、韓国などで作品を展示した。A.A.Murakami《水中の月》2025年 スチール、アルミニウム、カスタムロボティクス、カスタム濾過システム、泡、水、AI制御ロボティックシステム 407×807×485cm 制作協力:アンソロピック 撮影:Petr Krejčí

六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠会期 開催中〜2026年3月29日(日)会期中無休開館時間 10:00〜22:00(火曜のみ17:00まで)※最終入館は閉館の30分前まで会場 森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
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