日本の現代美術のさまざまな表現を通して、いまの日本を考察することを目的とする森美術館の展覧会「六本木クロッシング」。今回で8回目を迎えた「六本木クロッシング2025展」の特集記事ですでに紹介した4組のアーティストのほか、他のアーティストたちの人となりや展示に至るまでのエピソードなどを、森美術館のシニア・キュレーター、徳山拓一と森美術館アソシエイト・キュレーターの矢作学に語ってもらった。
EDIT & TEXT BY KAZUMI YAMAMOTO
特集注目!日本の現代アート最前線
Roppongi Crossing 2025
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美(花)と脆さ(ガラス)が緊張関係をもって表現されている。ケリー・アカシ《星々の響き》2025年 制作協力:Lisson Gallery Courtesy: Lisson Gallery 展示風景:「六本木クロッシング 2025 展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館(東京)2025-2026年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館
徳山 日本にはきれいなアート作品はいっぱいあるけれど、きれいなものに振りすぎて中身が感じられない表現が多々あるんですね。しかしケリー・アカシさんの作品はきれいであり、かつ深い考察をしっかり表現している現代美術のアーティストとして、日本で紹介したいなっていうのはずっと前から思っていました。今回、「六本木クロッシング」の枠組みを考えている時に、日本国内で活躍、活動している日本人だけではなくて、日本という定義をもう少し拡張して、日系アメリカ人のケリーさんしかり、日本で活動している外国人のアーティストたちや海外で活動している日本人たちも、日本の現代美術を伝える表現者として入れていきたいという文脈ができたので、ケリーさんも紹介できることになってよかったと思っています。
実は、昨年1月のロサンゼルス近郊の山火事でケリーさんの自宅とスタジオが消失してしまったんです。そんなこともあり、京都に3週間ほど滞在して今回の作品のほぼ半分は日本で制作しました。知り合いのアーティストや工芸作家などを紹介したのですが、みんなと普通にフレンドリーにコミュニケーションを取れるし、全然無理を言わない。とてもオープンな人なんですね。
手法はガラスやブロンズを取り入れ、あるいはレースを編んだりと、いわゆる工芸といわれているジャンルの技巧も使って作品を作っている。日本でそういう手法で作品を作ろうとしたら、やはり長年修業しなければ駄目なのかなとか思うじゃないですか。ケリーさんは大学院まで写真を勉強していたのですが、工芸の分野に関しては、大学を出た後に自分でサマークラスを取ったり、カルチャーセンター行ったり、レースを編むのはZoomでコースを取ったりして身につけたそうです。新しい手法を自分の作品の中に取り込んで、軽々と境界を越えて表現している。そんなオープンマインドなところもすごいですね。
彼女の作品は、工芸的でもあり、美しくもあり、ちょっと変な感覚を内包していたり。家族の記憶や個人の記憶、あるいは美術史を非常に強く意識しているところにも注目してほしい。
気候変動によって絶滅する痕跡を、重層的な映像で問いかける。マヤ・ワタナベ《ジャールコフ》2025年 コミッション・製作:イン・ビトウィーン・アート・フィルム財団 助成:モンドリアン財団 展示風景:「六本木クロッシング 2025 展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館(東京)2025-2026年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館
矢作 マヤさんは生と死とか、記憶、喪失、境界線の領域などといったところに関心のある人なので、今回の「六本木クロッシング」の「時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」というテーマにふさわしい、と思いお声がけしました。今回の新作の対象は、シベリアの永久凍土に埋もれた約2万年前のマンモスの死骸。凍土から出現した遺骸の断片、毛皮や皮膚をとらえた映像は、美しくもあり、時間の流れを超越していて、映像作家としての力量のすごさを感じます。作品を撮影した場所はエクストリームな場所で、かつ機材もたくさん持っていかないといけないだろうし、そんな過酷な状況に身をおいて、制作活動をしていること自体に感心しています。確固たる意志がないとできないことですから。それこそ人の目では視認できないほどの距離からスローカメラで細部をなめるようにじっくり撮っていきながら徐々に引いていく。そして全体像がどんどん積み重なって見えてくる。最後までぜひ見てほしいですね。
私たちが自分自身の身体をどこまで把握できるか、を問う作品。展示風景:「六本木クロッシング 2025 展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館(東京)2025-2026年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館
矢作 廣さんは、1990年代〜2000年代のLAのアートシーンにおいて、身の回りにあるものを使いながら肉体的な表現をする文脈で映像作品を制作していました。ご飯をべっとり顔に付けて、それがどうやって経過していくのかを記録したり。コンセプト自体は、人間は鏡がないと全身を確認できない、そこに違和感を感じた、というところから生まれたそうです。つまり、「身体の不可知性」を体現すること。あと、自分の家の下に誰かが住んでいた、という事件があったそうで……
徳山 あるとき、空港で日本に帰る飛行機に乗る寸前に奥さんから連絡があり、「床下に誰かがいるんだけど」って。そんなことあるわけないとは思っても、奥さんが不安がっているので、飛行機をキャンセルして家に帰った。で、帰って床下をのぞいてみたら、バーッて人が逃げていったそうです。ホームレスみたいな人が。
矢作 アメリカの一軒家でポーチがあって、その下に出入りしていたのか、寝袋があったから住んでいたのか。で、その出来事から着想を得て、自分が実際狭い中に入って映像を撮ることを始めたそうです。
徳山 実際狭い空間に身を置いてみたら、「意外とメディテーティブな時間だった」と。そこで、自分自身の身体をどこまで把握できるか、という問いを、身体を制限しながら表現するようになった。
矢作 例えば今回出展している木製パネルの絵画は、床から低く水平に設置したパネルの下に自分の身体を滑り込ませ、かなり限られた視界と動きのなかで描く。その作業を2時間続け、その後、違う体勢で2時間描く。そんな制作過程を知ったうえで、頭の中でその手法を想像しながら見てもらえると作者の意図が感じられるかもしれません。
作品の元となった戦闘機「隼(中島キ43)」は、日本軍によるジャワ侵攻(1942)に使用され、後のインドネシア独立戦争(1945-1949)ではインドネシア軍によって再利用されるなど、複雑な歴史を象徴している。北澤 潤《フラジャイル・ギフト・ファクトリー》2025年 展示風景:「六本木クロッシング 2025 展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館(東京)2025-2026年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館
矢作 展示している《フラジャイル・ギフト・ファクトリー》(2025)は2021年から続く北澤さんの長期プロジェクト「フラジャイル・ギフト」から派生した最新作です。このプロジェクトは、北澤さんがジャカルタの空軍博物館で戦闘機「隼(中島キ43)」が保存されているのを発見したことがきっかけでスタート。今回の展示は、現地の職人たちと一緒に考えながら、竹や手染めの布などの素材でその戦闘機を実物大の凧として再構築したものです。あの戦闘機の作品を持ってくると決めた時に、実際どうやって置くかというのはかなり議論をしました。館内のルールの一つとして、大きいものをつるすとその下に何も置けないんです。作家としては飛んでいる風景を見せたいので吊るしたかった。でも、そうすると何も使えないゾーンが出てきてしまう。何か考えられないかというので、竹で足場を組んで整備工場として見せる、という案が出てきた。とても柔軟に取り組んでくれたんですね。なので、作品制作にまつわる素材なども展示することができ、また、作品の下のベンチに座って記録映像を見ることもできます。
世代的なものもあるかもしれないんですけど、最近の新しい世代のアーティストたちは、しっかりコミュニケーションを取って、理解を示しながら仕事をしてくれる。若い世代のアーティストたちには、そういったマインドセットの人が増えてきているのかなっていうのは感じます。
2025年11月1日〜2日に開催された「Knots Art Festival at サンタナ学園」の記録映像をもとに構成したインスタレーション。金仁淑《Eye to Eye, Side:E, 森美術館 Ver.》2025年 展示風景:「六本木クロッシング 2025 展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館(東京)2025-2026年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館(東京)
徳山 2022年から滋賀県にあるサンタナ学園(コレジオ・サンタナ)と継続的なプロジェクトに取り組んでいます。この学園には、労働者としてブラジルから来日した家族の0歳から18歳までの子どもたちが通っているんですね。ブラジル政府としては、来日した子どもたちは日本の公立学校に通い、なじんでもらうことを推奨しているのですが、残念ながら不登校になってしまう子どもたちもいる。そんなサンタナ学園に通う子どもたちや先生、支援者たちと交流を重ねながら、学園と外の世界をつなぐ架け橋となっているのが金さんなんです。多様な背景を持つ人々がそれぞれの個性を認めあい、相互理解を築いていく過程を作品を通じて紹介しています。
先日、ブラジル大使館の人が金さんの作品の前で泣いていたのが印象的でした。
真鍮製のフレームで固定された2枚のガラス板の間にブランデーが注がれている。和田礼治郎《MITTAG》2025年 制作協力:SCAI THE BATHHOUSE, Tokyo Courtesy: SCAI THE BATHHOUSE, Tokyo 展示風景:「六本木クロッシング 2025 展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館(東京)2025-2026年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館
德山 和田さんとは10年越しのお付き合いで、やっと今回森美術館で紹介することができました。和田さんは初期の頃からコンセプトは一貫していて変わらない。ブロンズと真鍮という素材を扱いながら、ゆっくりだけど、徐々に自分の作品の幅を拡大させています。1つのメディア、限られたメディアにこだわって、自分のアートは何かを追求し続けている、割と古いタイプのアーティストという感じの人ですね。和田さんの作品はクラシックな彫刻だから、誤解を恐れず言えば、例えば大理石で作られたギリシャ彫刻であり、そしてその彫刻とは何ぞやって系譜の中に置かれるような作品、というふうに捉えてもらっていいかと思います。例えばこの作品の液体と気体は、ありとあらゆる二元論に当てはめられる象徴的なもの。生と死であったり、未来と過去、過去と現在であったりとか、そういう哲学的な問いを投げかけています。だから、日常とか生活の中には存在しない、崇高なものとしてのアート作品。唯一、窓がある部屋での展示となっているので、見るなら午前中をおすすめします。
10年以上にわたり訪れてきた尾道とマレー半島の風景との深いつながりを表現した作品。シュシ・スライマン 展示風景:「六本木クロッシング 2025 展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」森美術館(東京)2025-2026年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館
矢作 シュシさんは2013年にアーティスト・イン・レジデンスで尾道に来て、町並みに惚れ込んでしまって、ここで何かやる、と決めたそうです。で、2023年の夏に尾道市立美術館で「ニューランドスカップ シュシ・スライマン展」という集大成的な展覧会をやっていて、その時の作品を見て紹介したい、と思ったことを覚えています。シュシは日本の現代アートの文脈の中で表現をしているので、そういった意味で今回、お声がけしました。
本作は尾道から運んだ100年以上前に作られた1500枚の瓦とマレー語の詩で構成しています。大きな壁に詩を書いてくれた時は、書き始めたらだんだん乗ってきて、予定よりちょっと早く終わらせることができた。詩の内容は、2013年に尾道に来てある建物から瀬戸内海の島々を見た時に、もうその景色に心を奪われてしまったらしく、その時の経験を詩に書いたものです。
德山 マレーシアの自分の故郷から見た風景と、尾道のそれが重なっているそうです。もともと彼女は画家として活動していて、風景を絵画として残すという作業と同じように、今回は立体作品で尾道の風景を描いている、と解釈できるのかと思います。
矢作 瓦が少し余ったので、設営の最終日にシュシさんが瓦にサインをし始めて。なので、サイン入り瓦をいまショップで売っています。売り上げの一部は尾道の家の再生プロジェクトに使われるそうです。

左)徳山拓一|Hirokazu Tokuyama森美術館・シニア・キュレーター/静岡県生まれ。京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAを経て、2016年4月より現職。森美術館では「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」(2017年)、「MAMプロジェクト025:アピチャッポン・ウィーラセタクン+久門剛史」(2018年)、「六本木クロッシング2019展:つないでみる」、「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」(2022年)などを担当。2020年より東北芸術工科大学客員教授。
右)矢作 学|Manabu Yahagi森美術館アソシエイト・キュレーター/ニューヨークのコロンビア大学で20世紀初頭の日本におけるメディアアートの発展に関する研究で修士号を取得。ホイットニー美術館インデペンデント・スタディ・プログラムを終了後、2018年より森美術館勤務。同館では、オスカー・ムリーリョやさわひらきなどの個展を企画。他には「ルイーズ・ブルジョワ:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」(2024-2025年)、「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート(2025年)、などの展覧会の企画を担当。ゲーテ・インスティトゥート東京、テンプル大学ジャパンキャンパスで講演を行っている。撮影:田山達之 写真提供:森美術館

六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠会期 開催中〜2026年3月29日(日)会期中無休開館時間 10:00〜22:00(火曜のみ17:00まで)※最終入館は閉館の30分前まで会場 森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
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