世界中から人が集まり、あらゆる人種や宗教の人が暮らすロンドン。2012年オリンピックの成功は、そんなロンドンに新たな結束感を与えた。一人の女優のアイディアから始まった「ガーデン・ブリッジ」計画は、この街をパラダイスにしていこうという、市民の思いを代弁するものだ。
Edit & Text by Megumi Yamashita
連載ロンドンは変わり続ける
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テムズ川に浮かぶ小さなオアシスのような印象の「ガーデン・ブリッジ」の完成予想図。ロンドンの新しい名所になることは確実だろう。
テムズ川に浮かぶ小さなオアシスのような印象の「ガーデン・ブリッジ」の完成予想図。ロンドンの新しい名所になることは確実だろう。
IMAGE COURTESY OF GARDEN BRIDGE TRUST
Edit & Text by Megumi Yamashita
「薄汚れたテムズ川は流れ続け、人は慌ただしく往来する。でも橋の上から眺めるウォータールーのサンセットはパラダイス」。ロンドン・オリンピック閉会式のハイライトにもなったキンクスの名曲「ウォータールー・サンセット」。そこにはロンドンの雰囲気がよく表れている。とはいえ、この歌が書かれてからはや半世紀近く。交通の動脈としての役目を終え、南北を分断する存在になっていたテムズ川も、再び市民の拠り所として息を吹き返し始めている。その契機となったのは2000年に南岸にある旧発電所を改築してオープンした世界有数の現代アートギャラリー「テートモダン」だろう。同時に北岸の1710年に完成したセントポール大聖堂と直結するノーマン・フォスター設計のミレニアム・ブリッジも架けられた。歩行者専用のこの橋は、古いものと新しいものとの共存を目指す、新世紀のロンドンを象徴するものだ。
それ以前から「テムズに浮かぶガーデン・パラダイス」を夢想していたのが、イギリスではおなじみの女優、ジョアンナ・ラムリーだった。「川の真ん中にもガーデンがあったらどんなにステキかしら?」 そんな彼女のロマンチックなアイディアを形にできないものかと考えたのが、デザイナーのトーマス・ヘザウィックだった。ロンドン・オリンピック聖火台のデザインで、世界中から注目を浴びたヘザウィック。ラムリーの夢の実現化へと動き出したきっかけも、このオリンピックの成功だったという。
「懐疑的な声も多かったオリンピックでしたが、フタを開けてみれば、みんなが一体となり、街全体が素晴らしい雰囲気に包まれました。ある意味、一番驚いたのは私たちロンドン市民だったかもしれません。みんなでやればできるという、ポジティブな結束感が生まれたんです」
ヘザウィックはこの機をとらえ、アイディアの具体化を考え始めたと言う。こうして、2013年にテムズに「ガーデン・ブリッジ」を架けるという、壮大なプロジェクトのための慈善団体が発足になる。「テムズの両岸をつなぎながら、人々が草花を愛で、季節の移り変わりを楽しむ場に」となれば、ブリッジ本体だけでなくガーデンのデザインが重要になる。
そこで指名されたのが、ダン・ピアソンだ。六本木ヒルズレジデンスの屋上庭園も手がけているピアソン。今や世界を代表するガーデンデザイナーである。植物を知り尽くし、自然の生態系を尊重する「ナチュラリスティック」と言われるのが彼のガーデンのスタイル。橋の上という人工的な環境であっても、彼の手にかかれば、それは繊細で季節の移ろいを映し出す、テムズの上のパラダイスになるに違いない。
こうして一流のクリエイターが組んだ「ガーデン・ブリッジ」の案が発表になると、それは瞬く間に市民の共感を得た。企業や個人からの寄付に続き、政府とロンドン交通局からも予算が計上されることになる。総予算は1億7500万ポンド(320億円強)。そのうち35%が公費で賄われるという計算だ。建設許可には住民の声が大きく反映されるロンドンだが、市民の78%が支持を表明。行政区からの建設許可も下り、間もなく着工になる段階まで来ている。
橋は全長366メートル。南はナショナル・シアターなどモダニズム建築の文化施設が集中するエリア、北は法曹関係の建物が集まる歴史あるエリアで、「ダ・ヴィンチ・コード」にも登場する12世紀に建てられたテンプル教会もある。構造設計はアラップが手がけ、外壁は銅とニッケルの合金製、2本の支柱を中心にアサガオのように広がる大きな鉢を2つつなげたようなフォルムになっている。
「ロンドンの歴史や自生の植物を尊重し、南の湿地と草原から、北のイングリッシュガーデンまで、5つのテーマのガーデンが連続します」と、ピアソンによる植物のセレクトも進行中だ。270本の木、2000本の低木、2200本の多年草やシダ類、6400個の球根が植栽されるという。ちなみに発案者のラムリーからのリクエストは「リンゴの木とクリスマスツリーがあること」とか。ミツバチが集まる草花や鳥が好む実を結ぶ植物もふんだんに植えられるそうで、ラムリーが夢見た以上にロマンチックなパラダイスになりそうだ。完成予定は2018年になっている。
このほか、ロンドン南部のペッカム地区では、建築学生のアイディアから始まったガーデン計画が進行中だ。旧石炭移送用の線路をガーデンとして再生する「ペッカム・コールライン」というプロジェクトで、こちらはクラウドファンディングと区の援助を資金に、実現化への調査段階に入っている。草の根的な活動が街を大きく変えていく、そんな時代が来ているようだ。
ダン・ピアソン (左)
植物を知り尽くし、その本来持つ習性を生かしたナチュラリスティックなガーデンを信条とするガーデンデザイナー。世界各地にプロジェクトを抱え、日本では六本木ヒルズレジデンスの屋上庭園のほか、北海道「十勝千年の森」のガーデンも手がけている。
トーマス・ヘザウィック (中)
アート、デザイン、建築のボーダーを越え、幅広いデザインを手掛けている異色のデザイナー。上海万博の英国館「種の聖殿」や、ロンドン五輪の聖火台で世界的に注目を浴びる。ロンドンでは新型ダブルデッカーバスもデザイン。建築作品も増え始めている。
ジョアンナ・ラムリー (右)
1960年代にボンドガールでデビューした女優。1990年代からはBBCの人気コメディドラマ「アブソリュートリー・ファビュラス」のパッツィー役で国民的人気を得る。英国植民地時代のインド生まれで、グルカ兵の英国移住権取得運動や、発展途上国支援のための慈善活動でもよく知られる。
[2016年1月1日発行『HILLS LIFE』プリント版(No.76)より転載]
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