自治体の公共プロジェクトの予算が年々削減される中、空地活用などを通していかにエリアを活性化できるか。建築家のカール・ターナー氏に聞いた。
Photographs by Haruko Tomioka
Edit & Text by Megumi Yamashita
連載ロンドンは変わり続ける
Report 3
Photograph by Haruko Tomioka
Photographs by Haruko Tomioka
Edit & Text by Megumi Yamashita
ロンドン南部のブリクストン。ジャマイカ系住人が多く、いつでもレゲエ音楽が聞こえてくる庶民的な下町だ。人種問題に起因した暴動も何度かあり、犯罪が多く危険なイメージも強かったが、ここ数年は区が安く貸し出したアーケード内にカフェやショップがオープンするなどで、注目のエリアになっている。そんな地区に昨年5月にオープンしたのが「Pop Brixton」だ。このプロジェクトをデザインし、運営も手がける建築家のカール・ターナー氏に話を聞いた。
——どういう経緯でポップ・プリクストンは創設されたのですか?
ターナー ここは昔ながらのマーケットが立つ人通りの多い界隈ですが、老朽化で取り壊された区営立体駐車場の跡地を、エリアの活性化につなげるアイディアの募集があったんです。3年間限定ということだったので、古いコンテナーを使った小さな店やオフィス、そして多目的なスペースを持つコニュニティーのハブを提案しました。
——建設費などは区が持つということですか?
ターナー いえ、土地は提供するからと、建設資金集めや運営も含めての提案を求められました。それで思い切って自分の家とオフィスを売却して、私財を注ぎ込むことにしたんです。
——ご自身で設計した建築賞受賞作の自邸を売却されたのですね。
ターナー ええ。設計事務所もここで経営していましたが、仕事は住宅設計が中心で行き詰まっていました。もっと社会貢献につながる建築を作りたくて。なので、自分の案が採用されかけている時、いちかばちか出資もするぞ、と。その後「コレクティブ」という若いシェアハウスのディベロッパーも投資に参加し、有限会社を設立しています。
——デザインだけでなく、運営もしているということですね。
ターナー そうです。数日前に私のオフィスもここに移転したところです。
——コンテナーでも窓があると閉塞感がなく、意外と広いですね。
ターナー 全部で大小60個の中古のコンテナーを使っています。コストを抑える目的のほか、ラフな外観の方がこの界隈では馴染みがいいので。コンテナーは移動や追加もできるので、使う人や使い方次第で育っていくようなイメージです。真ん中には温室用のポリトンネルを屋根にしたコモンスペースがあり、パーティーなどのイベント用に貸切ることもできます。2フロアを吹き抜いたシアターにもなるスペースはリサイクル材などを使って建てました。建設作業には地元カレッジに通う12人を見習い工として雇い、業者と共同で行っています。
——どんなテナントが入居しているのですか?
ターナー 小さなビジネスや非営利団体などですね。約3分の1が飲食店で、いずれもここが初出店になる個人経営の店です。あとはアフリカ系ブティック、レコード屋、理髪店など。ラジオ局も先日オープンしました。国内で唯一、運営は25歳以下の若者だけ。DJがここでミュージックイベントも主催しています。オフィスの方は元受刑者の社会復帰援助をしているチャリティー団体や音楽関係のプロモーターなど。一番大きなオフィスは、市の助成金で建てられた「インパクト・ハブ」で、いわゆるシェアオフィスです。全部合わせると、250人ほどがここで働いていることになります。
——テナントを決めるにあたって、審査があるのですか?
ターナー はい。まずは地元ベースであることが条件で、現在85%が地元住民です。そして利益の追求より、コミュニティーのサポートに積極的であることが重要です。各テナントは月に4時間を地元のサポートのために、ボランティア活動をすることになっています。ここのスペースを使って年配の人にピラティスを教えたりしている人もいますよ。私はテナントとしては引っ越してきたばかりなので、今、何をするか考え中です。こうした時間を代替通貨にする、タイムバンク制度に組み込むことも検討中です。この地区には2009年から発行されているブリクストン・ポンドという独自の地域通貨があるんですが、それとリンクさせる可能性も探っています。
——ここは期間限定ということですが。
ターナー 2017年10月までの契約がありますが、それ以降どうするかは、その時点で区とコミュニティーが決めることになるでしょう。
——ほかの地区への拡大などは?
ターナー 現在、隣の区のペッカムにある旧立体駐車場を同じようなコミュニティーのためのワークスペースや飲食店にする「ペッカム・レベル」というプロジェクトも進めています。ブリクストンで学んだことを生かし、ここはさらに一歩踏み込んだものにしたい。建築家とは、基本的にはスペースをデザインするのが仕事ですが、ハードだけでなく、ソフトもよくないとうまく機能しませんからね。
——ペッカムでは「ペッカム・スクエア」も手掛けていますね。
ターナー こちらも区の依頼で、既存の広場をもっと活用できるように、周辺の建て替えも含めた計画です。その際、地域住民と共同でデザインする、Co-Designというプロセスを踏んでいます。具体的には地域住民向けのワークショップを定期的に開催し、プランを説明しながら意見交換をするもので、両者とも学ぶところがあります。スクエアに沿って演劇学校を建てることも決まったところです。
——素晴らしいですね。これも自邸を売って投資した結果では?
ターナー 確かにそうですね。エリアの転機を目指して始めたポップ・ブリクストンですが、私自身の転機にもなりました。
カール・ターナー
建築家。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート卒。2006年にオフィスを開設。2012年、ブリクストンに建てたエコ仕様の自邸で各賞受賞。ポップ・ブリクストン、ペッカム・レベルでは設計と運営を手掛ける。洪水被害が増える中、設計図を無料ダウンロードできる水に浮く家もデザインしている。
[2016年1月1日発行『HILLS LIFE』プリント版(No.76)より転載]
SHARE