ブルックリン・ブリッジ・パークがある場所は、かつて栄えた水上貨物輸送が衰退した後は、いわゆる「ブラウンフィールド」(産業汚染地域)として長年放置されていたという。今やNY本来の自然環境を取り戻し、市民や旅行者に喜びを与えるBBPがつい10数年前までは人も立ち寄れない荒れ地だったとは。この自然環境を設計したのはどんな人物? そしてBBPのスタッフはじめ周囲の人々は一体どんな努力を払って、この心豊かなパークを保っているのだろう?
TEXT BY MIKA YOSHIDA & DAVID G. IMBER
Main Photo by Alexa Hoyer
EDIT BY KAZUMI YAMAMOTO
Photo courtesy of Brooklyn Bridge Park
成功のカギの1つ、ランドスケープ・アーキテクトとBBPのチームワーク
ブルックリン・ブリッジ・パーク(BBP)の植生など自然環境を設計したのは、ランドスケープ・アーキテクトのマイケル・ヴァン・ヴォルケンバーグ。NY州北部の農場で育ったヴォルケンバーグは1951年生まれ。バッテリーパークやユニオンスクエア・パークといった公園やブルックリン・ボタニカル・ガーデン、また各地の大学のキャンパスや企業の施設をはじめ、アメリカ国内外のさまざまな場所に、先進的な緑の空間をもたらしている。
BBPがユニークなのは、このヴォルケンバーグ本人がご近所さんでもある点だ。業務契約が完了した今もなお、BBPのスタッフを引き連れてはあちこちチェックし、手入れを続けているという。これはアメリカでもきわめて珍しいケースである。
BBPの広報は長年NYの大手NPOを多数手がけてきた〈アナット・ガースティン〉社。バイスプレジデントのマット・ソラース氏はこう語る。
「植生の手入れやオペーレーション、メンテナンスは40名余りのスタッフによる緻密なコーディネーションで成り立っています。マイケル・ヴァン・ヴォルケンバーグ・アソシエーツはパークのチームが独自の判断でメンテなどができるよう、今は顧問に近い形で関わってくれています。BBP全体を通じて目指すのは、NY原生の植物や昆虫・鳥などを育て増やすこと。毎週行う芝生のケアから半年毎の樹木点検・診断まで、短期・長期のメンテナンスを積み重ね、年間を通じた美しい植生の維持につとめています」
また地元や外部の人々による自発的な協力が大きいとも。
「常に、地域住民の人々からの助言やコメントを積極的に求めています。この都市型緑地という特殊な場所にいったい何がどう必要なのか、私たちが地元の人に教わる事は多い。またグリーンの世話を行うインターン、専門家グループなど外部の人達とも積極的に知識やノウハウをやりとりしています。専門知識をもつ人々と共に動くことで、学生やボランティアなどアマチュアの人々もエキスパートと同レベルで取り組めるのです。その結果、このパークは自分の手によって世話をし、人々に喜んでもらっているという感覚を地元住民やBBPファンは共有できるようになる」
イベントやプログラムを決めるのは誰?
青空の元での朗読会やシェークスピア劇、音楽イベントに映画上映、天文観測会などBBPのバラエティ豊かなイベントは、地元ブルックリンの多様性そのものだ。プログラムはどのように決めるのだろう?
「私たちは常に、地元ファミリーそして海外からの旅行者に喜んでもらえるプログラムを目指しています。運営と資金調達を行うのは基本的に〈ブルックリン・ブリッジ・パーク・コンサーバトリー〉。各イベントについては、地元コミュニティの反応を元に、暮らしを豊かにする体験を気軽に提供するというパークの使命や季節に照らし合わせながら個別に検討します」(ソラース氏)
BBPは官民連携の成功例
「BBPの成功は、15年前に興したユニークな〈パブリック・プライベート・パートナーシップ〉(官民連携)に根ざしています。従来の市営パークとは異なり、BBPは周辺の不動産開発を通じての収益を生み出す独自のビジネスモデルを築いており、資本投資によって建設から維持までの資金がまかなわれています」(ソラース氏)
投資収益のほか、税金や個人・団体からの寄付もここに加わる。このBBPがさらにユニークなのは、周辺住民の固定資産税が直接〈ブルックリン・ブリッジ・パーク・コーポレーション〉に投入される点だ。市全体の予算に回るのではなく、パークにダイレクトに注がれれば「自分たちのパーク」という所有感や誇りがおのずと湧く。自分が払った税金が使われているパークでイベントに出かけ、水辺を散歩し、ボランティアに加わりアイデアを寄せるうちに、自分がBBPというパークを生み出しているという意識が深く根付くのだ。
世の行政・団体が真似したくても真似できない、と羨望と共に語られがちなBBP。単に高所得者エリアにあるから良質なパーク、なのではない。実際、生活環境の異なるエリアから少年達がスポーツ施設を利用しようと多数通い始めた際には、住民の間で熱い議論が交わされた。しかしだからといって排他的な方向に進みはしない。多彩なブルックリンを織りなすタペストリーの一部として愛されるパークのあり方を、皆が考えながらコツコツ追求する。世代を問わず社会への関心や意識が高い層が住むコミュニティだからこそ可能、と言い切るのは簡単だ。しかし地域や人々の「成熟」が作り上げるこうしたパークこそ、今の私たちに未来のヒントを示してくれるのではないだろうか。
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