Urban oasis

都心に生まれたメディテーションの空間、虎ノ門ヒルズスパの空間デザイン

虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワーの2~3階に位置する「虎ノ門ヒルズスパ」は、ヒルズスパにおける6拠点目の施設だ。これまでのヒルズスパで最大規模の約2,000㎡を誇り、25mプール、ジャグジーバス、バスルームエリアにはドライサウナ、水風呂を併設、最新機器を備えるジムにはスタジオや、エステティックサロンを備える。レジデンシャルタワーの共用部、専有部、住宅インテリアと同じく、国際的に活躍するインテリアデザイン事務所のトニー・チー・スタジオが空間を手がけた。

Photo by Junpei Kato
Text by Yoshinao Yamada
Edit by Kazumi Yamamoto

2階プール。タイルのサンプルを実際に水に沈め、色がどのように変化するかを確認したという。柱の照明も特注品。

神殿のように安らぎと畏敬の念を呼び起こすプール

トニー・チー・スタジオは、日本でもグランド ハイアット 東京のレストラン「オークドア」をはじめ、「アンダーズ 東京」「パーク ハイアット 京都」などのインテリアを手がけたことで知られるデザイン事務所だ。「きめ細やかな気配り」が行き届く空間には特有の上質さが宿る。その気配りこそが自身のデザイン哲学で、豊かさに直結するものだとチーはいう。今回は彼が率いるトニー・チー・スタジオのクリエイティブディレクターとして設計に携わったウィリアム・ペイリーに話を聞いた。彼らの生み出す空間の妙とともに虎ノ門ヒルズスパの魅力を紐解いていこう。

プールは西側に面して大きな開口部をもつ。リクライニングチェアを置き、泳いだあともその場でくつろげる。

コマドリに導かれた少女が古い鍵を見つけ、閉ざされていた庭園の扉を開く。フランシス・ホジソン・バーネットの児童文学『秘密の花園』は、主人公のメアリーが庭園に秘められていた想いを解き明かしていく物語だ。虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワーの3階に位置する虎ノ門ヒルズスパのアプローチもまた、「快適でいて目立たない通路を意図」したものだとチーはいう。それはまるで静かな物語の導入部でいて、後に続く空間への期待を高める装置でもある。

虎ノ門ヒルズスパにおける「秘密の花園」はプールといっていい。慎ましいアプローチのエントランスや更衣室を抜け、3階から2階へと下った先に広がる高い天井のプールは別世界だ。外部の喧噪から遮断され、窓の向こうに都市の風景が垣間見える。ペイリーは、「静寂と壮大さを兼ね備える空間は、まるで神殿のように安らぎと畏敬の念を呼び起こすものでしょう。運動やリラクゼーション、あるいはその両方の目的で利用されるプールにおいて、そこに至るまでの道のりが、美しく、感動的であることは重要でした」という。秘密とまではいかずとも、親密ながらプライバシーを保つ控えめなエントランスから一転、壮大な空間のプールが現れるさまは感動的だ。

プール脇の通路に設置された彫刻家、施海(シ・ハイ)による四体の彫像作品「changeable muse」のうち一体。

プールとともに設置されるジャグジーには白い楕円の彫刻「海の瞑想」を置く。タイトルが謳うとおり、自分自身と向き合う空間を演出する。

眼洗い場の造作。静謐なデザインのプールでは数少ないグラフィカルなパターン。

プールを覆うタイルが水の青をさらに深いものへ変え、水面に映し出される風景はどこか水墨画を思わせる。一方でプールサイドに設置された彫像はペイリーのいう神殿を彷彿とさせ、グラフィカルなタイルの意匠はイスラム寺院を思わせる。このアートワークを手がけたのは中国杭州で生まれた彫刻家、施海(シ・ハイ)だ。⻄洋の古典彫刻と中国の伝統絵画を学んだ彼は、壁面に設置された四体の彫像作品「changeable muse」とジャグジーに設置された白い楕円の彫刻「海の瞑想」を手がけている。彼の作品も相まって、プールは洋の東西が入り交じるメディテーションの空間となった。

人の身体を的確にとらえつつ、シンプルで力強い動きにデフォルメされた彫像「changeable muse」。四体いずれも両腕で頭部を支えるような姿勢をとり、思索する人を思わせる。都市に浮かぶように全身で泳ぐうち、雑念は取り払われて自身の内なるものと向き合う時が訪れる——彫像はまるでそんな時間を象徴する存在だ。都市や自然の光と視覚的につながりながら、内面と向き合う時間を生む特別な空間である。

「テクノジム」のマシンが並ぶジム。市松模様の光壁が特徴。奥にはカウンセリングルームがあり、カリキュラムや健康相談などに対応する。

約200㎡の広さをもつジム。イタリアのウェルネスカンパニー「テクノジム」のマシンがリズムよく並ぶが、利用者は空間の視覚的操作で、各々のパーソナルな空間を自ずと生み出すことだろう。

虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワーは、多くの人々が暮らす一つの街といえる。だからこそトニー・チー・スタジオは、巨大な建物の随所まで適切なヒューマンスケールの実現に心を配った。住人専用のゲストハウス、ライブラリー、キッチンは、人を家に招く習慣が欧米と比べて少ない日本文化のために、そのようなライフスタイルを居心地よく提供し、虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワー全体を自分の住まいと呼べるような場として重視された。レジデンシャルタワーには、プライベート、セミプライベート、パブリックの3つのレイヤーがあり、一般会員も募るスパはパブリックな空間を担う。

「都市を見下ろす高層階の魅力とは対照的に、低層階で得られる居心地の良さもまたロマンティックです。ジムやプールでは、その利点を生かすことができました。都市の風景と視覚でつながることで、利用者は自身がいま置かれている環境への意識も明確となり、近隣とのつながりも意識するでしょう。しかし聴覚的につながることはなく、静かで落ち着いた空間が人々のバランスを保ちます。身体や心、精神の内側にまで焦点を当てるスパという施設において、それは重要なことです。内なる静寂と周囲とのつながり……この両方を備えることで虎ノ門ヒルズスパは癒しと滋養を与えてくれる施設となりました」と、ペイリーは言う。

小さな瞬間の積み重ねが心のこもった環境に繋がる

イギリスの作家、オリバー・マースデンによる「Ohm VIII」。自然や科学からインスピレーションを受け、光や水などの風景の要素から視覚的な美と緊張のバランスを追求して作品を制作する作家。

インドネシアの作家、アルベルト・ヨナタン・セティアワンの「マインドボーダー」。幾何学的なパターンが反復、増殖する作品。

高畠依子による「MARS23」。画布に糸のような絵具を網状に重ね、キャンバスを再生成した作品。

こうした施設のなかで、彼らはどのように美しさを求め、なにを手がかりにデザインを始めたのか。「空間の機能やコンテクスト、そして利用者を中心にストーリーを考えました。このスパは虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワーの一部であり、建物のもつエスプリと融合しなければなりません」というペイリーは、なにより機能が重要だと明言する。

虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワーのエスプリとはなにか。ローカルでありながらグローバル、自然や建築的空間との直接的な対話といった二律背反的な要素から、体験やスタッフの行き届いたサービスをペイリーは挙げる。タワーの随所に置かれたアート作品も、こうした要素を構築する重要な存在のひとつだ。もちろんスパでも、いくつものアート作品を目にすることができる。

「私たちはデザイン、そしてサービスのあり方について最大限の配慮を行います。どんな小さな瞬間の積み重ねも、全体的な配慮や心のこもった環境に繋がるからです。それは利用者のみなさんの気持ちを落ち着かせ、心地よくするものになります。素材や照明の選択、音の配慮、これらはすべて、配慮の延長線上にあるものです」

市松模様を思わせる受付カウンター。エントランスは控えめにし、後に続く空間とのコントラストを意識している。

家具はチーのルーツである台湾の影響も感じさせつつ、あくまでモダンに。

一方でトニー・チーは、「アンダーズ 東京」や「パークハイアット 京都」でも市松模様を思わせるグラフィカルなパターンという具体的なデザインを空間に採用してきた。虎ノ門ヒルズスパでも受付カウンターをはじめ、さまざまな箇所でこの意匠が見られる。日本の私たちがまず思い浮かべるのは、桂離宮の松琴亭で使われる市松模様の襖だ。

「東京で仕事をしていて、日本の文化や美意識に根ざす工芸の伝統に触発されないことはありません。影響を受けずにはいられないものである一方、それを模倣しようという意図もまったくありません。モダニズムをルーツとするデザイナーとして、桂離宮の合理的でバランスのとれた構成には大きな影響を受けました。しかし私たちが成すべきは複製ではなく、学び、そして学んだことを、感性と思いやりをもって応用することです。振り返りながら、同時に前を向く。これこそが、私たちが日本での生活や経験から大きな影響を受けたひとつであり、それを作品として表現できる機会を得たのだと考えています」

新しい建築における新しい表現に挑むことこそ重要

エントランスのグラフィックパターンが施されたガラス壁面。組子細工を参照し、目隠し的な役割とともに奥行きを感じさせるデザインに。

2階のカフェ。天井の雑然としたケーブル類を納めるためにグラフィカルな折り下げ天井をデザイン。センターにある大きなアイランドテーブルでは料理教室やセミナーなどの開催も予定している。

カフェのテーブルは湾曲した板で四面を囲む。足元には電源用のコンセントを納めるなど、現代的なニーズに応える。ベンチのグラフィカルな形状にも注目。

トニー・チーが現代を代表するデザイナーとして最前線を走り続ける理由は、そこにある。歴史に学びながらも、現代に求められる要素を機能的かつ装飾的な両面から意識して表現に昇華する。たとえば虎ノ門ヒルズスパのエントランスファサードを始め、エレベーターホールや扉まわりなどに使われる模様入りミラーガラスは、組子細工の影響を受けたものだという。しかし彼らが注目したのは、組子細工の意匠というよりも組子細工が本来果たす遮蔽と視覚的な連なりという役割だ。そのなかで意匠にも組子のグラフィカルなパターンを参照する。大輪の花を思わせる、カフェのアラベスク調の天井造作も同様だ。これは空調機器や埋め込み照明を整理する手段として抽象的に表現されたもの。そのなかで伝統的なテキスタイルに見られる幾何学的・有機的パターンにインスパイアされているかもしれないと続ける。

一方で彼らは、これが虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワーという新しい建築における新しい挑戦であることを忘れてはならないという。「新しい建物は、新しいデザイン言語と包括的なビジョンを持てる大きなチャンスです。私たちがここでどのようなデザイン言語を新たに考え、巨大な建物のなかでどのようにインテリアのスケールを考えていくか。それこそが真に重要なことです」と、ペイリーは言葉をつなぐ。

プールのような全体的な空間計画から、装飾品のディテールまで。彼らは、機能、経験、要望を詳細に考慮しながら、その積み重ねで形を作りだしていく。そうしてはじめて、視覚的な豊かさ、細やかなディテールのバランスと全体の調和が生まれるのだとチーは考える。もちろん必要とする多くが既製品では手に入らない。

「森ビルはユニークなものを作ることを恐れない会社。ですから私たちもその流れに身を任せます。それはとても大胆なことですが、新鮮であり爽快な気持ちにもさせてくれます」

ウィリアム・ペイリー|William Paley

トニー・チースタジオにおいて長年クリエイティブデザイナーを務めた後、現在は独立。若い頃に日本に滞在し大工の見習いとして学んでいた時期もあり、日本の文化と造形への理解も深い。

虎ノ門ヒルズスパ

住所 東京都港区愛宕1-1-1 虎ノ門ヒルズレジデンシャルタワー2・3F
Tel 03-6809-1007
営業時間 平日6:30〜22:00、土日祝7:00〜21:00
休館日 第4木曜日
※当施設は会員制のスパとなり、ご入会の際には審査がございます。ご入会に関する情報はヒルズスパWEBサイトをご参照ください。