六本木ヒルズ・ウェストウォークにクリスマスツリー《Reflective tree》が完成。華やかなシャンパンゴールドや神秘的なブルーなど、8色の光を受けながら絶え間なく回転し、複雑な輝きを放っている。手がけたのは、国内外で活躍するビジュアルデザインスタジオ〈WOW〉と、クリエイターから絶大な信頼を集めるエンジニアチーム〈nomena〉。初となるコラボレーションはいかなるものだったのか? 両チームに振り返ってもらった。
TEXT BY Yuka Uchida
PHOTO BY Mie Morimoto
夜だけでなく、昼も煌めくクリスマスツリーを
天窓から太陽光が降り注ぐ、開放的なウェストウォークのエントランス。人の往来も多く、六本木ヒルズらしい賑やかさがあるこの空間に、繊細な光を放つクリスマスツリーが完成した。ゆっくりと移ろう色。風に吹かれるように回転する枝。自然物を思わせる有機的な動きで、周囲に煌めく反射光を拡散させている。
コンセプトやデザインは、ビジュアルデザインスタジオ〈WOW〉によるもの。そのイメージを共に形にしたのがエンジニアチーム〈nomena〉だ。プロジェクトが具体的に動き始めたのは今年の夏。〈WOW〉の於保浩介さんと近藤樹さん、〈nomena〉の武井祥平さんは、そこから短くも濃密な時間を共有してきた。初となるタッグから、3人はどのような刺激を受け取ったのだろうか。
——WOWとnomenaのコラボレーションは今回が初めてだそうですね。何かきっかけはあったのでしょうか?
於保 〈nomena〉の仕事は以前からもちろん知っていました。いつか一緒にできたらとは思っていて、ようやくお願いできた、という感じですね。
近藤 同じイベントに参加したり、顔を合わすことはあったんです。今回は複雑な動きを形にしなくてはいけなかったので、彼らしかいないな、と。
武井 嬉しいです。僕は以前から〈WOW〉の作品のファンだったので、今回のお話をいただいて、尊敬するクリエイターの制作を間近で見られるのが何よりの楽しみでした。
——nomenaに声を掛けた時点では、どういったコンセプトが決まっていたんですか?
近藤 コンセプトは私が担当しました。まず思い描いたのは、夜だけでなく、昼も楽しめるということ。クリスマスのイルミネーションは夜のイメージがあると思いますが、六本木ヒルズは昼夜問わず、たくさんの人が訪れる場所なので、冬らしい煌めきを昼間に訪れた人にも味わってもらいたいと考えたんです。でも、イルミネーションのように電飾を使うと日中は光の粒が見えづらくなる。そこで、ミラーによる反射光を用いたツリーを考案しました。
武井 近藤さんのアイデアを聞いて、“昼も煌めく”という点がユニークだなと思いました。夜しか楽しめないものをつくるより、ずっと面白そうだな、と。
於保 ただ、ネックになったのがミラーを使うことだったんですよね。
武井 そうなんです。僕らがエンジニアリングを担当するときは、自分たちの手がける構造とか仕掛けの部分をできるだけ見えないように工夫しているんです。余計なノイズをできる限り消すというか。その方が、クリエイターが表現したいことを直接的に届けることができる。
近藤 今回でいうと、回転する幹や、枝の接着部分を極力目立たないようにしたかった。武井さんはそのために“ミラーの密度”を作る必要がある、と。でも、そのためには相当な量のミラーを吊るす必要があり、重量オーバーに……。
武井 それで、反射光をつくる素材から探し直すことになりました。
近藤 そこで出合ったのが「ピカサス®️」という素材です。〈nomena〉チームが見つけてきてくれました、非常に薄いフィルムで、ハーフミラーに使われたりするそうです。
於保 ピカサス®️を含めた数種類の素材で実験も行いましたよね。実際のサイズに切り出して、〈WOW〉の会議室で、実際に光を当てて反射光の具合を比べたり。すると、ピカサス®️だけが異質だった。反射光が複雑で、おもしろい。これなら僕らが思い描いている煌めきが作れると確信したんです。
早めにフィジカルに置き換える。それがクリエイションの刺激に
武井 クリエイターやアーティストの仕事をお手伝いするときに心掛けているのは、彼らの頭の中にあるイメージを、なるべく早い段階でフィジカルに置き換えることなんです。触りながら考えられる実験アイテムのようなものを用意する。すると、それを手にしたことで、元のアイデアがより豊かに膨らんでいく。そういった形でプロジェクトに関われるのが、僕らの喜びでもあります。
於保 すごく、ありがたいですよね。パソコンのシミュレーションには限界があって、特に今回のような光の反射や拡散は、目視することでしか微妙なニュアンスを掴めない。
近藤 もちろん、これまでの経験値から、このアイデアが面白くなる確信は持っているんです。でも、自分たちの想像通りなのか、想像をさらに超えてくるのかは、実物を見ないとわからない。実物大の試作を作るわけにはいかないので、部分的な模型でテストを重ねて、イメージに近づけていくといった感じです。
武井 ツリーの幹は10段に分かれていいて、それぞれが個別に回転するのですが、この幹も1段分を試作しましたよね。
近藤 あの試作も重要でしたね。枝を伸ばしてピカサス®️を吊ってみたら、意外とボリュームが出なかった。そこからピカサス®️の枚数や、サイズのバリエーションを検討していきました。
——プロジェクトの難所はどのあたりだったのでしょうか?
近藤 難所は無数にありましたよね(笑)。課題を解決すると、また新しい課題が生まれる。その繰り返しというか……。
於保 時間が限られていたこともあり、トライ&エラーの“エラー”が許されない緊張感がありました(笑)。でも〈nomena〉は、あの東京五輪の聖火台の機構を手がけたチーム。あれだけ複雑な動きを作れるんだったら、きっと大丈夫だろう!と思っていました。
武井 ありがとうございます(笑)
於保 僕らは動きや演出を思い描くことはできるけれど、機構は作れない。これまで映像作品やインスタレーションで大規模な空間表現は行ってきましたが、これだけ大きな機構を作ったのは初めてなんです。
武井 僕らが手がける「機構」とは、英訳すると「メカニズム」のこと。「機械仕掛け」というとより分かりやすいでしょうか。厳密には動きを作り出さない機構もあるのですが、何かを機能させるために必要な仕掛け、と捉えてもらうと分かりやすいかもしれません。今回は10段に分けたツリーの1段1段を独立してコントロールする機構を作りました。高さが8メートル程になるので、耐震構造や設営時の施工手順も綿密に考える必要がある。その辺りが、プロジェクトの難所のひとつではありました。
於保 機構を作るのも、センスが必要なんです。例えば回転させるにしても、ブンッと回り出してキュッと止まると機械的な印象になる。今回はゆーっくり回り始めて、ゆーっくり止まる。そのゆったりとした動きの繰り返しによって生まれる空気がある。そうしたニュアンスひとつひとつを具体的に指示しないといけない関係だと、プロジェクトはなかなか進まないんです。
近藤 僕もそう思います。細かく指定し合う関係だとうまくいかない。個人的に、プロジェクト毎に何かしらのチャレンジをしたいと思っているので、出来るか出来ないか分からないプランに、「こうしたらできるかも!」という提案をくれる相手と組みたい。前向きなコミュニケーションという点でも、〈nomena〉チームとの仕事は楽しかったですね。
《Reflective tree》に感じる、日本的な美意識
武井 僕は〈WOW〉の作品は、アクティブ(能動的)というより、パッシブ(受動的)だと感じているんです。環境と戯れるような作品が多くて、テクノロジーを駆使した尖った表現でも、どこか日本的で品の良さがある。これまでの作品に触れて、そうした感覚を持てていたことが、今回のコラボレーションをスムーズにさせたのかもしれません。
於保 日本的だね、とはよく言われるんです。それこそ海外で活動を始めた頃は、日本人らしい表現だと散々言われました。
近藤 僕らとしては「日本的にしよう」とは思っていないんですけどね。
於保 日本的な表現やモチーフを使っているわけではないのにそう受け取られるのは、間の取り方や余白のあり方に、僕ら日本人に刻まれた美意識が自然と滲み出ているからだと思います。今回のツリーにも日本的な美しさがありますよね。完成後に嬉しかったのは、床に映る煌めきに、ミラーでは出せない柔らかさや、有機的なゆらめきがあったこと。風になびくような枝の動きだったり、拡散した光が周囲に生み出す模様だったり。そうした空間全体を染め上げるような美しさが、僕らが作り出したかったものだと思います。
近藤 完成したのを見て、宝石みたいだな、とも思うんです。自ら発光するのではなく、周囲の光を取り込んで、複雑に輝いている。とくに幹に近い奥の部分は、ピカサス®️が密集していて、眩いほどの光を放っています。この空間だからこそ生まれる冬の煌めきを、存分に楽しんでもらえたら嬉しいですね。
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