虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワーがいよいよ今月2022年1月に竣工する。緑の多い環境、本質的な豊さを追求したインテリアデザインに加え、注目されているのが共用部に置かれるハイレベルなアート作品だ。その詳細について、キュレーションを統括した森美術館館長の片岡真実さんと、パブリックアートを担当する同館展示・制作グループの高橋美奈さんに話を聞いた。
PHOTO BY HIROAKI SUGITA (PORTRAIT)
INTERVIEW & TEXT BY MARI MATSUBARA
——2014年に誕生した「虎ノ門ヒルズ 森タワー」に続いて、2020年1月には「虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー」が完成。そして新年2022年1月に住宅棟である「虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワー」が竣工します。2023年完成予定の「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」を加えた「虎ノ門ヒルズエリアプロジェクト」のうち、3つ目のタワーが誕生することになります。これまで森ビルではアークヒルズ、六本木ヒルズ、そして虎ノ門ヒルズと、どのプロジェクトでも「パブリックアート」を積極的に取り入れてきました。今回の「虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワー」にも多くの作品が設置されると聞きました。進捗状況はいかがですか?
片岡 今回、私及び森美術館のキュレーターたちから推薦を募り、森ビルとの協議の結果、グローバルに活躍する6人のアーティストを選び、彼らにコミッションワークとして新作を作っていただきました。計画自体は2018年ごろから始まって作家とやりとりを重ね、途中コロナ禍という予期せぬ事態もありましたが、どうにか乗り越えて、現在はすべての作品が完成し、日本への輸送、あるいは現場への設置を待つばかりです。
——住宅棟の共用部に置かれるアートの選定という作業と、展覧会のためのキュレーションとでは違いはありますか?
片岡 そうですね、まったく違います。現代アートは幅広いですし、それぞれのアーティストが置かれた社会的、政治的状況を反映した作品も多くあります。そうしたコンセプトは普段の企画展キュレーションならば鍵となる大事な部分ですが、レジデンシャルタワーに置かれるアートとしては必ずしも相応しいとは言えません。住民の方々が毎日通る廊下やエントランス、目にする壁面ですから、あまりにも刺激が強いものや、個性が強すぎるものは避けなければなりません。
また、空間の物理的制約もありますね。インテリアデザイナーとともに、どの場所に、どのぐらいの大きさの作品を置くか、決めていきました。その空間のボリュームや性質に見合う作品を制作できる作家は実のところ限られています。また基本的にはガラスケースの保護なしに置かれますし、車寄せなどは外気に触れる環境ですので、物理的な耐久性も問われます。また、作品そのものの魅力が開発のコンセプトに合致しているか、ということも考え合わせると、おのずとアーティストの候補は絞られていきました。
——それでは、6人のアーティストをご紹介いただきながら、レジデンシャルタワーに設置される作品を紹介していただけますか?
片岡 ソピアップ・ピッチはカンボジアのアーティストで、籐や竹などローカルに自生する植物で抽象的な形を作る作家です。その造形はときに花や貝や臓器を思わせます。フロントデスクの背面に1点、エレベーターホールにつながる廊下に3点を設置する予定です。自然素材を編んで制作しており、向こうが透けて見えるので、3メートルを超える大型作品なのに威圧感がありません。廊下に重厚感のある大型彫刻が並ぶよりも、見通しの利く軽快さがこの場所にふさわしいと思いました。
高橋 背景にはガラス越しに公園が見える位置なので、この有機的な作品は外の景色とも調和すると思います。
片岡 ベルナール・フリズは2019年にパリのポンピドゥー・センターで回顧展が行われた、現代フランスを代表する画家のひとりです。この作家の特徴は幅の広い筆を駆使して大きなストロークで描く抽象画です。通路の突き当たり、正面の大きな壁にかける作品を探していて、大きなサイズを制作できるベルナールにお願いしました。4つのキャンバスをつなげると縦4.5メートル、横3.5メートルもの大画面になる作品が完成しました。広い面積なので、イメージを限定する具象的なものより、鮮やかな色彩の抽象的なものを望んでいたので、場所にぴったりの作品が仕上がりました。
片岡 タジマミカさんは音をジャカード織にして表現するというユニークな手法で人気のアーティストです。今回のプロジェクトにあたって、開発される虎ノ門という街の歴史や記憶をどういうふうにアートに投影できるだろうかと考えていたとき、彼女のことを思い出しました。タジマさんにはコロナ禍前に来日していただき、虎ノ門の街のいろいろな場所で様々な音を録音し、それを作品にしていただいたのです。
高橋 レジデンシャルタワーの工事現場でコンクリートを流す音や、作業員が朝礼でラジオ体操をするときの音、近くの愛宕神社でお祓いのときに柏手を打つ音などを録音していました。採取した音の波動を一度ビジュアル化させ、ある部分を選び色をつけた模様を織物にしています。波動データは0コンマ数秒の短い音だそうです。
片岡 色合いはタジマさん自身が、虎ノ門ヒルズレジデンシャルタワーの付近を訪れた記憶をインスピレーションにして選んでいます。2階の通路に5点の作品が並ぶ予定です。
片岡 フランシス真悟さんは美しい色面構成による抽象画で知られ、その一部に塗り残しがあったり、何かしらの所作があるのが特徴です。今回描いていただいた作品はライブラリーに置きます。壁面の棚にいろいろな本の背表紙が並ぶ空間ですから、特定のイメージがある具象画よりも、色彩の塊だけがあるという作品がふさわしいと思い、フランシスさんを選びました。
高橋 縦3メートル×横2メートルというかなり大きな油彩作品を2点作っていただきました。
片岡 石塚源太さんは漆を用いた作品で人気急上昇中のアーティストです。立体作品を2点、プレミアムエントランスに設置します。日本美術を象徴する素材であり、伝統工芸の主要な素材でもある漆は、その貴重さや重厚さが「プレミアム」な場所に適していると思いました。とにかく漆の艶やかな輝きが美しくて、見つめていると吸い込まれそうな深遠さもあります。
高橋 乾漆造で作られた作品で、1点は壁面に設置し、もう1点は金箔で仕上げた作品をレセプションカウンターの上に置く予定です。
片岡 球をいくつも詰めた袋のような不思議な形は、中に生物がうごめいているようにも見えます。これまで伝統的で静的な存在と思われていた漆に、動的な印象や生命感を与えているという点で、傑出した現代作家です。
片岡 車寄せの壁面のための陶板作品を作ってくれたのが、サム・フォールズです。彼はもともと画家で、地面に置いた生キャンバスの上に草花や枝などの植物と染料を一緒に配してひと晩放置します。その後植物を取り除くと、ステンシルあるいは最初期の写真のように自然の形態をキャンバスに定着させるという独自の技法を用いています。当初はサムに来日してもらい、信楽の野山で植物を採取して、それを直接粘土に押し付けて焼くことを予定していました。ところが来日直前にコロナ禍にみまわれ、その計画は断念。代わりにサムがキャンバスで制作した作品を日本に送って写真に撮り、それを陶板にプリントすることになりました。
高橋 陶板制作に関しては、その技術で定評のある信楽町の大塚オーミ陶業にご協力いただきました。サムからは約縦2.5メートル×横10メートルのキャンバスが2枚送られてきまして、それを撮影しデータ化して陶板に転写しました。リアルな葉っぱや枝がそのままのサイズでプリントされています。よく見ると彼が靴でキャンバスを踏んだ跡があったり、飼い犬の足跡が残っていたり、制作プロセスを想像させて面白いんですよ。
片岡 サムの手法は、人間の力で絵を描くのではなく、風や光や雨などの自然条件が絵を作っているという点がすばらしいと思います。都会の真ん中で暮らす人々に、季節感や自然の味わいをどう感じてもらえるか。ガラスや金属やコンクリートなど硬質なものに囲まれた生活の中に、こうした手の温もりや自然の情景が感じられる作品が必要なのではないかと思っていました。それは他のアーティストの作品にも共通しています。タワーの入口に来るサムの作品は、なかでも色合いが洗練されていて落ち着きがあるのも、虎ノ門ヒルズの雰囲気にふさわしいと感じました。コロナ禍のために制作方法の変更を余儀なくされましたが、結果的には良い方向に進められたと思っています。
——「虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワー」のパブリックアートには、どのような特色があるのでしょうか?
片岡 今回選ばれた6人のアーティストは全員、世界の現代アート界から評価されている人ばかりです。住居施設のパブリックアートにこれだけのミュージアム・クオリティを揃えられたことを大変嬉しく思っています。これまで森美術館が数多くの企画展を通じて多くのアーティストとの関係を構築してきた実績に助けられました。すべてがコミッションワークですから、未知の建物に置かれる作品づくりという同じゴールを目指して一緒に協働する、その長いプロセスを支えるのはお互いの信頼関係しかないですよね。
ですので、入居される方に「こんな素敵なアートがある場所に住んでいるのよ」と誇りに思っていただけたら嬉しいです。そのためにも、居住者の方にアーティストをご紹介したり、作品を説明したりする機会を設けられたら、と考えています。作り手の意図や制作プロセスを知ることで、作品への理解がいっそう深まり、アートとの暮らしをより密接なものとして認識していただけることを期待しています。
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