
NHK Eテレの人気番組『デザインあneo』のコンセプトを体験の場に拡げる展覧会「デザインあ展neo」が、虎ノ門ヒルズのTOKYO NODEで開かれている。会場には「あるく」「たべる」「すわる」「もつ」といった日常の行為をテーマに、自分の体を使って体感する作品が並ぶ。普段私たちが何気なくする“動作”をデザインの視点で捉え直すユニークな場だ。東京大学生産技術研究所DLXデザインラボにおいて、デザインとサイエンスを結ぶ国際的プロジェクトを数多く手がけるマイルス・ペニントン教授は、この展覧会を体験する中で何を感じ取ったのか。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで「Innovation Design Engineering」の学科長を務め、2027年に東京大学に新設予定の「UTokyo College of Design」初代学部長に就任する予定の教授が見据える〈デザイン教育の可能性〉とあわせて、話を伺いました。
TEXT BY Noemi Minami
PHOTO BY Manami Takahashi
“遊び心”と“奥深さ”が散りばめられた展覧会

Photo courtesy: Design Ah! Exhibition neo
——まず、この展覧会を見て、率直にどう感じましたか?
ペニントン 展覧会を体験して浮かんだ言葉は二つ。“遊び心”と“奥深さ”です。遊び心は、とてもインタラクティブで、誰もが参加できて、楽しいから。実際、作品を体験している子どもたちを眺めているだけでも楽しかったです。奥深さは、遊び心あふれる体験のなかに隠されています。デザインの基本を巧みに教える仕掛けが散りばめられていました。
——例えば、どんな仕掛けが印象に残りましたか?
「もちごこち」 岡崎智弘


《人の手の大きさはさまざまです。モノや道具の大きさはどう決められてるのでしょうか? だれかにとってちょうどいいもちごこちは、わたしにとっても同じでしょうか?》(オブジェデザイン:井上理菜/制作協力:光伸プランニング)
ペニントン 「もちごこち」には、教育者の立場から感心しました。デザインの分野では“アフォーダンス”という概念があります。モノの形が、ある使い方を“与える”という考え方です。例えば、取っ手は自然とどう持つか分かりますよね。デザインされたものは、自然に正しい持ち方が分かる仕組みになっている。そういうことを研究するのがアフォーダンスです。「もちごこち」はその入門として、授業でも使いたいと思いました。
——他には、どんな作品が気になりましたか?
「オノマトピース」 プラプラックス


《ふわ、サク、ジュワなど食感をあらわすオノマトペのピースを丼もの、串もの、手巻き寿司などの食べもののフォーマットに当てはめます。食感から食べ物を考える、つみ木遊びです》
ペニントン 「オノマトピース」は、非常に日本的だと感じました。今回の展覧会の多くはそのまま英語バージョンにできそうだなと思ったのですが、これだけはどうしても難しい。そもそも英語にはこんなにたくさんオノマトペはないんです。日本の言語文化を表していると思いました。
最高の教育は、時に間接的なもののなかにある
——お話にもあった通り、今回の展示では、身体を使ってインタラクティブに体感する作品が多く見られます。こうした体験型の展示は、見る人の思考や感覚にどのような影響を与えると思いますか?
ペニントン 「言われたことは、忘れる。教わったことは、覚える。参画したことは、学ぶ」という格言がありますが、身体を使うことは学習においてとても有効な手段です。大学では、いわゆるアクティブラーニングやプロジェクトベースの学習を常に取り入れてきました。教員が前に立って一方的に教えるのではなく、学生自身が関わることで、学びのスピードが速くなるんです。これは子どもだけでなく、大人にも言えることです。この展覧会も、子どもと一緒に来た親が、思わぬ形で参加して学べますよね。
——子どもだけでなく、大人も得られるものがあるということですよね。
ペニントン そう思います。デザインには、“子どもの遊び”の感覚のようなものが重要なんです。デザイナーはブレインストーミングをよくやるのですが、奇抜なアイデアを考えて描くことは、子どもが本当に得意なんですよね。大人は「こんなことやっていいのかな」と恥ずかしがり、躊躇するんです。
私たちは企業向けのワークショップもよく行うのですが、実際に創造性を解放して、子どもの頃の感覚を思い出すことを促します。スーツ姿のビジネスパーソンたちも、終わる頃には袖をまくって段ボールで何かを作ったり、自由に新しいアイデアを生み出したりして楽しんでいます。
——どうして大人になると、自由に考えることを躊躇してしまうのだと思いますか?
ペニントン 状況は徐々に変わりつつありますが、過去50年間の伝統的な教育のほとんどは、事実の暗記中心でしたよね。例えば歴史を学ぶとき、数字や人物名をただただ覚えることが求められる。論理的思考や批判的思考、想像力についてはあまり教えられませんでした。試験も多くは選択式です。しかし創造性はそういう形では測れません。創造性には、自然な思考やひらめき、想像力、自由な発想が大切です。
だからこそ、こういう展覧会はみんなにとっていい機会だと思うんです。誰もが本来は創造的で、想像力を持っていますから。
「るてす」 YOY

「重力に逆らってゴミをすてる体験装置。一定時間がたつとだれかがすてたゴミがふわりとふってきます」
——この展覧会は、「あるく」「たべる」「すわる」「もつ」といった日常の“行為”に焦点を当てています。この視点からデザインを考えることの意義はなんだと思いますか?
ペニントン デザインは、どうしても“見た目”や“フォルム”として捉えられがちです。でも、実際はもっと包括的なプロセスなんです。「どう使うか?」「どう関わるか?」「どう体験するか?」——こうした問いが、デザインのより広い、より本質的な意味を考えさせてくれます。
もちろん、見た目やフォルムといった要素も確かにデザインにはありますが、それは氷山の一角に過ぎません。この展覧会は、体験を押し出しすぎることなく、デザインのビジュアル以外のディティールに意識をさりげなく向けさせてくれます。

Photo courtesy: Design Ah! Exhibition neo

Photo courtesy: Design Ah! Exhibition neo
——確かに、さりげなく楽しめる体験が多いですよね。子どもたちは、今は楽しい遊びだと思っているだろうけれど、将来どこかで作品のメッセージにハッと気づくことがありそうです。
ペニントン そうですね。時に最高の教育というのは、こういう間接的なもののなかにあると思います。すぐには分からなくても、10年後に「ああ、なるほど……」と気づくこともあるし、もしかしたら一生気づかないかもしれません。でも本能的に理解している。自然と自分の考え方の一部になっていく。それは、最高の学び方だと思います。
デザインはスーパーパワー

Photo courtesy: Design Ah! Exhibition neo
——こういったデザイン教育をすることはなぜ重要だと思いますか?
ペニントン これからを生きる子どもたちには、複雑な課題が山積みです。気候変動や教育、年金制度の問題……。今でさえ、国々の争いは絶えません。こうした大きく複雑な課題は、一つの専門分野だけでは解決できないんです。例えば気候変動は、科学者だけでも、政治家だけでも、どうすることもできません。さまざまな分野の人が集まって手を取り合って取り組む必要があります。デザインは、そうした異なる人々をつなぐ架け橋、もしくはハブのような存在になれます。
つまりデザインは、様々な分野や人々を行き来し、つなげ、アイデアを生み出し、解決策を届けるのにとても適した学問です。だからこの展覧会で、多くの若い世代が少しでもデザインに触れることは素晴らしいことだと思います。たとえ将来デザインの世界に進まなくても、そうした考え方を自然に身につけるきっかけになるはずです。
——「デザインが人をつなぐ」というのはどういうことでしょうか?
ペニントン デザインが物理的に人をつなぐわけではありませんが、デザイナーの働き方や人との関わり方がそうさせるのです。あなたから学んだことを別の人に伝え、そこから何かを学び、それらの知識をまとめて、あなたやまた別の人に分かりやすく返す——プロトタイプやスケッチなど、実際に手で見て理解できる形で返すわけです。こうしてデザインは人と人をつなぎ、共通の課題を理解させることができるのです。
「うごかせロボメカ男」

《機械の動きや、構造の魅力を伝える歌。ロボメカ男は、同じ動きをなん度もくり返してもへこたれずに働きつづけます》(柴田大平/音楽:蓮沼執太/うた:KIRINJI)
——デザインが社会課題の解決にも役立つということでしょうか?
ペニントン これは、デザインの領域を超えていく話だと思いますが、デザインそのものをプロセスとして、つまり課題に取り組む“思考の方法論”として捉えると、強力なツールになります。
私は1990年代初頭にデザインを学びましたが、当時は工業製品やグラフィックコミュニケーションが中心でした。しかし徐々に、その領域をサービスにも広げてきました。例えば、1990年代よりも便利に銀行サービスを利用できるようになったのも、技術だけでなく、デザインされた体験のおかげです。旅行やホテルの滞在の仕方もより良くなっています。今では、一部の政府が政策設計にデザインを取り入れることで、より良い統治が行われるようになっています。
デザインは今、成熟しつつあると感じています。そして、複雑で難しい課題、例えば社会課題に対してもより広く活用されるようになれば、これこそが未来のデザインのあり方だと思います。まだそこに完全に到達してはいませんが、その方向に向かっていると思っています。
——デザイン教育はデザイナー以外の人にとっても有益になりそうですね。
ペニントン そう思います。私は2001年からデザインを教えていますが、自分はデザイナーを育てているとは思っていません。彼らはむしろ、課題を解決したり新しいものを生み出したりするハイブリッドな人たちです。ただ、彼らはデザインを使います。デザインは、彼らが持つスーパーパワーのようなものなんです。

マイルス・ペニントン|Miles Pennington 東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 教授(専門分野:デザイン先導イノベーション) / DLXデザインアカデミーの共同ディレクター。また、東京大学生産技術研究所価値創造デザイン推進基盤DLXデザインラボにおいて、デザインとサイエンスが協働する国際的かつユニークなプロジェクトの数々を指導する。前職の英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)では、Innovation Design Engineering (IDE)の学科長を、また2012年に国際的なエクスチェンジプログラムであるGlobal Innovation Design(GID)を立ち上げ、学科長を務めた。2017年9月東京大学に着任。2027年に東京大学に新設予定の「UTokyo College of Design」初代学部長に就任する予定。
——最後に、あらためて「デザインとは何か」伺えますか。
ペニントン 私は、デザインほど変革を起こせる方法はないと思っています。デザインは課題や世界を理解するための素晴らしい方法です。また、実に創造的で、オリジナルなアイデアを生み出す方法としても最適です。そして何より重要なのは、そのアイデアを実際に形にして、問題を解決したり状況を改善したりできることです。何もないところから理解し、アイデアを作り、それを使って現実を変える——それができるのがデザインだと考えています。
東京大学では「UTokyo College of Design」という教育プログラムを新設する予定です。ここでは、東京大学が持つ幅広い学術知に、デザインの力を掛け合わせ、社会課題に取り組んでいく予定です。今のいわゆるデザイン教育から離れるということではなく、その領域や役割を広げていくことをミッションに掲げて、活動していきます。
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