新型コロナウィルスによる死亡者が世界でも群を抜いて高いイギリス。その要因の一つに挙げられているのが肥満率の高さだ。成人だけでなく子供の肥満も増加している。そんななか、草の根的に進んでいる学校給食の改善や食育、食の貧困への取り込みをリポートしたい。
TEXT BY MEGUMI YAMASHITA
PHOTO BY Jim Stephenson
コロナと肥満と貧困の相互関係
2021年1月の段階で、新型コロナウィルスによる死者が10万人を超え、死亡率が世界でも群を抜いて高くなってしまったイギリス。一体なぜか? その要因の一つに肥満率の高さが挙げられている。コロナで一時は命が危ぶまれたジョンソン首相も「太りすぎで重症化した」と認め、肥満対策に力を入れると表明している。
2016年のWHOのデータでは、世界全体の子供(5〜19歳)の過体重と肥満は、過去10年間で40倍に膨れ上がっている。特に肥満率が高いのはポリネシア諸島周辺だが、先進国ではアメリカが42%、日本は14%と低いが上昇の傾向に。イギリスは31%と相当に深刻な状況にあることがわかる。
これを2020年にユニセフが発表した子供の貧困率と比較してみよう。アメリカ30%、イギリス24%、日本18%で、先進国の数字としては衝撃的だが、貧困と肥満の関連性が見えてくる。
給食の向上と食育
ロンドンを例にとるなら、過去20年ほどの食事状況の向上は著しい。パリを超えたと言われるほどバラエティー豊かな美味しいレストランが急増。ビーガンやヘルシー志向も拡大中だ。一方で低所得家庭の子供たちは、脂肪や糖分や添加物ごってりで、高カロリーだが栄養価の偏った安価なジャンクフードを食べて太り続けるという悲しい現実。貧困=痩身というイメージは今や昔、貧困=肥満というのが、先進国の実体である。
日本の子供の肥満率が低いのは、給食やお弁当が優れているからという分析もある。イギリスの場合、給食も親が持たせるランチも一般的にヘルシーなものとは言い難い。
そんな学校給食の改善を試みた先駆者は、セレブシェフのジェイミー・オリバーだ。TV番組と組んで給食改善キャンペーンを始めたのは2005年にさかのぼる。自ら学校で給食を作り、同じ予算でも美味しくてヘルシーなものができることを訴えた。オンライン署名と合わせて政府に働きかけ、補助予算などを勝ち取るなどしている。が、ジャンクフードには一種の中毒性もあり、親たちの抵抗も大きく、一朝一夕の改善はむずかしい。
ハックニー・スクール・オブ・フード
そんな中でも、給食改善や食育を草の根的に進める動きも少しづつ進んでいた。コロナ禍で学校閉鎖が続くなか、有名シェフやフードライターのバックアップで昨年末にオープンしたのが「ハックニー・スクール・オブ・フード」だ。場所はロンドン東部のハックニー。2012年オリンピックのメイン会場に近いこのあたりは、低所得層が多かったが、今はクリエイティブなミレニアルたちに人気が高い。スクールはマンダヴィル小学校の敷地内の元用務員の宿舎を改築して実現したものだ。改築を担当した建築ユニット「スルマン・ウェストン」のパーシー・ウェストンが案内してくれた。
「校舎は100年以上前に建てられたもので、当時は暖房のための石炭の火を絶やさぬよう住み込みの用務員は必須でした。最近はこの辺りも家賃が上がっていますから、用務員だけに宿舎を用意するのはフェアじゃないと、宿舎はどこも閉鎖になっています。今回、それを利用してクッキング教室に改築することになったんです」
「2階建ての建物でしたが、2階の床を取り払って吹き抜けにしました。床面積は減りますが、階段がなければフロアいっぱいをフレキシブルに使えるし、開放感があります。一番の工夫は、子供も大人も使えるように、調理台の高さがアジェストできるところでしょうか」
ガーデンの野菜やハーブを育てる花壇も、各年齢の子供の背の高さに合わせて階段状にデザインされ、ここには薪のオーブンもある。
「施設はこのエリアの学校が共同で調理の学習に使うほか、給食シェフ養成コースや一般向けのクッキングコースを主催。またパーティーなどに貸し出し歳入にする計画です。専門の庭師もおり、野菜を育てて料理するまでトータルで教えています」
そう話すトーマス・ウォーカーは、スクールのヘッド・エデュケーターだ。前出のジェイミー・オリバーのスクールでも教えていた経験を持つ。
「ジェイミーが始めたのは10年以上前ですが、政府を動かすなど上への働きかけでは成功しました。が、本当の変化は上からではなく、下からの地道な活動がないと起こりません。このスクールが全国に飛び火することを夢みながら、子供やシェフを指導していきたいです」
プロのシェフが給食に挑む
このプロジェクトのはじまりは2015年、政府の依頼で学校給食などの実態調査を手掛けたヘルシーなストリートフード店〈Leon〉の創設者ヘンリー・ディンブルディが、まずは自身の子供が通う小学校の給食から改善しようと「学校のシェフになりたい人はいませんか?」とツイートしたことからはじまった。これに反応したのが有名レストラン〈Nopi〉でヘッドシェフを務めるニコル・ピサーニだった。
「シェフの仕事は週に80時間立ちっぱなしという過酷なもの。そして一部の人だけが食べられる高級料理を作り続けることにも疑問を感じていました。学校勤務なら週末や長い休みもあるし、みんなに平等に食べてもらえると、転職を決めました」
こうしてプロのシェフが学校給食をつくる試みは〈ハックニー・スクール・オブ・フード〉のそばにある公立小学校から始まった。ピサーノが食材の買い付けから献立、調理や配膳の指導までトータルで手がけることになった。使える予算は以前と同じだが、できる限りローカルでオーガニックな食材を使い、パンは全て校内のキッチンで焼く。
「レストランでも安価な食材に手をかけて美味しい料理に仕立てるのがシェフの仕事です。400人分のパンを買えば140ポンドしますが、ここで一から作れば人件費込みで40ポンド。ずっと安くかつ美味しい焼きたてを食べてもらえます」
また「家族が食卓を囲む」ことが少ない子供たちも多いということで、一緒に食べる楽しさも教える。2週間に一度くじ引きで、レストランのようにテーブルをセッティングをした「キャプテンのテーブル」に子供たちを招待する。料理は同じだが、ちゃんとした食器やカトラリーを使い、特別なデザートがつく。テーブルマナーを指導する機会でもあるが、食事をしながら会話を楽しむソーシャルスキルを育む試みだ。
拡がるシェフのいる学校
2018年にはこの方式を全国的に拡げようと「シェフ・イン・スクール」が発足した。参加校を募集し、現在国内35校にまで拡がっている。その一つ、サウスロンドンの学校ではミシュラン星有名レストラン〈St.John〉で修行したジェイク・テイラーとサム・リッチーズがシェフを務める。30代そこそこの彼らは、2011年のオキュパイ運動にも参加したという社会貢献を目指す世代だ。
こちらのメニューを見てみよう。日替わりで、メインが2種類(うち1種はベジタリアン)、主食、野菜、サラダ、焼き立てパン、デザートが基本。今学期は水曜日は全てベジタリアン、木曜日はアフリカテーマで、ナイジェリア風ジェロフライス、プランタン、ガーナサラダ、ナイジェリア式パン(アゲゲ)など、見ただけでワクワクするメニューだ。生まれる赤ん坊の母親の75%がイギリス生まれではないというデータがあるぐらい、国際化しているロンドン。給食メニューの国際化も当然の流れだろう。
マンU選手、政府を動かす
このシェフ・イン・スクールは学費の高い私立校ではなく、あくまでもさまざまなバックグランドの子供たちが通う公立校での話だが、イギリスの公立校では2014年より年長から小学2年までの3年間は給食が無償になった。その後も世帯収入次第で無償になる。ロンドンでは平均して3人に1人が無償給食児だ。低所得の家庭にとっては無償の給食はライフラインでもある。コロナ禍で学校が閉鎖され授業がオンライン化する期間も、給食を提供したり、食材や調理されたものを配布している学校もある。
政府も在宅学習児のためにスーパーなどで使えるフード券を配布する対策を取ったが、夏休み期間は継続しないとの発表に声を上げたのが、マンチェスターユナイテッドの若きエース、マーカス・ラッシュフォードだった。家計が苦しいシングルマザーの家庭に育った彼は自分の体験を率直に語り、母親と共に食料の無償配布ボランティアに参加しながら、ジョンソン首相に直訴した。スター選手の真摯な行動に瞬く間に国民の賛同が集まり、政府の方針を転換させることにつながった。
そのほか、食の貧困をサポートする慈善事業はコロナ禍も全国でいくつも進行中だ。俳優やコメディアンの働きかけで、コロナ前線で働く医療関係者に無料で美味しい食事を届けけるFeed NHS も続いている。14軒のレストランが協賛するほか、一般からのオンライン募金で賄われている。
新型コロナウィルスで多くの死者を出し、またEU離脱という大転機にもあるイギリス。人種も宗教も経済状態も多彩な人たちが自粛しながら暮らすなか、草の根からの社会改革はリモートであっても着実に進んでいる。
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