Design Innovation

「デザイン・シンキング」がいまなぜ社会人に必要か?

デザイン・シンキングは、あらゆるビジネスの場面で、問題解決に役に立つ。だからこそ、社会人がデザイン思考を身につけられる学校を作れないか? そんな思いから生まれた教育カリキュラム「デザインアカデミー」。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(以下、RCA)と東京大学生産技術研究所が協同で運営する「RCA-IIS Tokyo Design Lab」と、森ビルが連携して実施するプログラムだ。「デザインアカデミー」のディレクターを務めるマイルス・ペニントン氏に、社会人がデザイン・シンキングを学ぶ重要性について聞いた。

photo by Nozomu Toyoshima
edit & text by Yuka Uchida

——最初に「デザイン・シンキング」という言葉の意味を教えてください。

ペニントン デザイン・シンキング、つまりデザイン思考とは、ある種の“姿勢”を意味します。それは私たちが一番学んで欲しいと思っていることでもあり、デザインの技術や斬新なアイディアを生む方法論よりも、ずっと重要なことです。その姿勢とは、「境界を越えたいと思う態度」や「人々と繋がりたいと思う態度」のこと。デザインというのは、何かを変えていきたいという強い思いなのです。そのためには様々な壁を越えようとするバイタリティも必要です。私が働く東京大学生産技術研究所の扉にはこんな言葉を掲げてあります。「What Are You Waiting For? Make It Now!」。これは、とある鋳型工房で見かけたスローガンなのですが、この研究室にぴったりだと思って使わせてもらっています。姿勢を持つことこそ難しく、それさえ手に入れば、技術や方法論を手に入れることはとても簡単なのです。

——では、「デザインアカデミー」のカリキュラムではどういったことから学ぶのでしょうか?

ペニントン 前述した“姿勢”を身につけた後は、人間について知ることが大切です。それも自分ではなく、他者について。そのために例えば、生徒同士でインタビューを行ってもらいます。「朝ごはんに何を食べたのか?」といった、他愛もないことを聞き合うのです。他人に興味を持つことも、デザイン・シンキングには欠かせません。他にはエクスペリエンス・マップを制作したりします。ある商品を使った時の満足度を、何人もの人から聞き出し、それをデータに取って、マップ上に可視化していくのです。そうした作業で身につくのは、企業でも、ブランドでも、マーケティングでもなく、何より「人」が重要であるという認識です。そして、その過程で解決すべき問題を自ら見つけられるようになってもらいます。古典的なデザイン・シンキングの学校では、課題を与え、それを解決するというステップを取ることが多いのですが、そうすると自ら問題を見つける力が養えない。本来、デザインというのは物事に足りないものに気づくこと。提示された問題を解決するのと、問題そのものを自ら見つけるのとでは、使う能力が異なるのです。

——斬新なアイディアを生み出すためのレクチャーもあるのでしょうか?

ペニントン もちろん、発想力を鍛えるためのクリエティブなエクササイズもします。例えばここに「ラモジャモ・カード」というアイテムがあります。片側にはイラストが描かれていて、ひっくり返すと、そのイラストから想起されるキーワードが羅列されている。このカードを無作為に引いて、90秒以内に、想起する言葉を次々と言っていきます。これは、鍵のかかっている大人の想像力を解放するような作業。子供の遊びのように思うかもしれませんが、真剣なエクササイズです。大人が持つ膨大な知識に、想像する自由を与えてあげるのです。こうしたデザイン思考は、身につけばすぐにでも仕事に活かせるはずです。

——デザインアカデミーを都心に開講することにも意味があるのでしょうか?

ペニントン 私たちは大学ではない、社会人のための教育モデルを模索しています。目指しているのは、社会人や主婦など、あらゆる立場の人がアクセスできる、開かれた空間です。1日限りのワークショップに参加して、デザイン・シンキングの面白さに触れるのもいいですし、週に1度のカリキュラムを長期的に受講して、デザイン思考を徹底的に身につけるのもいいでしょう。覚えておいてほしいのは、この教育システムがあらゆる問題の解決に有効であること。現状をよりポジティブな方向へと変えていく。デザイン・シンキングにはその力があるのです。

※初出=プリント版2019年1月1日号

デザインアカデミー|DESIGN ACADEMY
英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)と東京大学生産技術研究所が協同で運営する「RCA-IIS Tokyo Design Lab」と、森ビルが連携して実施する社会人向けの教育プログラム。ワークショップやレクチャーを通して、あらゆるビジネスや生活の問題解決に役立つ、応用力の高いデザイン思考を育み、未来を創る人材を育成する。2018年11月にキックオフ・ワークショップ「ロイヤル・カレッジ・オブ・アートが標榜するデザインの本質」が「新虎通りCORE」にて開催された。

東京大学生産技術研究所 工学を中心とした研究所。大学に附置された研究所としては日本最大級。量子レベルから宇宙レベルまで、工学のほぼすべての分野をカバーする。

ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA) 世界最高峰のデザイン・アートの大学院大学。1980年代からデザインエンジニアリングの教育を始め、この分野の世界的リーダーとなっている。

RCA-IIS Tokyo Design Lab RCAと東大生研が共同運営。工学とデザインを結びつけ、最先端のテクノロジーを実装可能なイノベーションへ転換することを目標に活動。

マイルス・ペニントン|Miles Pennington
東京大学生産技術研究所教授。専門はデザイン先導イノベーション。デザインアカデミーの共同ディレクターとして、プロジェクトに携わる。前職は、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの、Innovation Design Engineering(IDE)およびGlobal Innovation Design(GID)の学部長。